Take On Me

マン太

文字の大きさ
上 下
19 / 43

18.病院へ

しおりを挟む
「明日、病院に行く」

 それから、数週間ほど経ったある日。
 夕食を取りながら、たけるが俺に向けてそう口にした。
 既に抜糸が済んだ為、家事全般は俺の手に戻って来ている。
 今日の献立は麻婆豆腐に、もやしのナムルに、豆腐と水菜のサラダシラス掛け。豆腐が被っているのは気にしてはいけない。

「へぇ。って、なんでまた? 検査でもすんのか?」

 俺の頬は抜糸が済み白いテープが貼られているが、これも数週間後にはしなくていいそうだ。跡はやはり残って、うっすら白い線が左の頬を縦に走っている。
 これでは漫画で見るやくざ者だと笑ったが、岳も亜貴あきもただ渋い顔をしてみせただけだった。

 岳は元より、亜貴が笑う訳無いか…。

「いいや。俺の父親ちちおやに会いに行く。お前に一言礼を言いたいそうだ」

「へ? 俺? ってそんなのいいって!」

「大和。それは断らない方が賢明だぞ」

 いつの間にか、ここで夕食を取るのが当たり前になりつつある真琴まことがそう口にした。すると横から亜貴も。

「父さんのそういうの、断らない方がいいって。拗ねるから。こじらすと面倒だよ?」

「拗ねるって…」

 俺が言葉を失うと岳が。

「それは大袈裟だけどな。せっかくの申し出なんだ。断らないでやって欲しい。ついでに大事な亜貴の世話をしてくれている奴の顔を拝みたいんだとさ」

 『拝む』の言外に、寄りつく虫なら排除してやると言う、ただならぬ気配を感じたが、俺の中にやましさは微塵もない。
 俺は頷くと。

「わかった…。でも、俺、何も作法とか知らないぞ? 仁義とか切るんだろ?」

 その言葉にリビングの空気が一瞬固まる。岳は呆気に取られていたが、気を取り直して。

「…お前、ヤクザ映画の影響を受けすぎだ」

 眉間にしわを寄せた岳の傍らでは、真琴が肩を揺らして笑いをこらえている。亜貴もあきれ返りつつ。

「大和。それって、いつ時代の話し? っとに、大和って世間ずれしてるよね?」

「なんだ? 寄ってたかって! そんなの知る訳ねぇだろ?」

 怒り出す俺を岳はなだめると。

「別に普通でいいんだ。明日は真琴の運転で病院まで行く。亜貴、登下校はまきふじがつくからそのつもりでな」

「分かった」

 亜貴は何処かつまらなそうにそう返す。

 しかし。そうは言ってもヤクザの親分。『こんにちは~! はじめましてっ!』で、済むのだろうか?

「…本当に仁義、切らなくていいんだな?」

 再度確認すれば、岳はぽかんとして俺を見つめた後。

「…いや。どうせならやってもらってもいいんだぜ? …可愛くて悶死しそうだな」

「は?」

 俺が聞き返せば、

「大和君。それは岳が喜ぶだけだな。止めておいた方がいい」

 真琴は首をふりつつ制止した。
 亜貴はそんな様子に口先を尖らせながら。

「なんか、そっちの方が楽しそう。俺だって父さんの顔、そろそろ見たいのにな」

「当分はだめだ。この件が落ち着けば幾らでも会っていい」

「分かってるって。言っただけ」

 岳の言葉に素直に引き下がるが、ちらと俺に視線が向けられたのに気付く。それは頬の上を滑って逸らされた。
 まだまだ襲われる危険があるのだ。まして組長の周りなど危険極まりないのだろう。

「それじゃあ、明日はよろしくな」

「おう…」

 岳の父親と言っても、鴎澤おうさわ組の組長で。

 どんな人なんだろう?

 見定められそうな予感に、その夜、緊張してろくに寝た気がしなかった。

+++

 その日は快晴だった。
 久しぶりの外出となる。最後に出たのは、あの襲われた日だ。あれから街の景色は春を過ぎ、夏の気配が漂ってきていた。

 そろそろ梅雨時期かな?

 岳に雇われたのが秋の最中だったのだから、半年以上が経っていた。
 けれど、色々あわただしくそんな気はちっともしていない。あっという間のこの季節だ。
 若葉がそよぐ街路樹を目にしながら、俺の隣、後部座席に座る岳にちらと目を向けた。
 岳はいつも通りのビシッとスーツを着こなし、それは運転する真琴も同じだった。家族に会うというより、取引先の重役にでも会うと言った風情。
 俺はかしこまった服を持っていないため──家政婦として雇われた時に持ち込んだ荷物はなく、今身に着けている者はすべて雇われてから買ってもらったものばかりだ──亜貴のお下がりの、青地の生地に白の薄いストライプの入ったシャツを着ている。
 若干袖の長さが合わず、余計に自身が小柄に見える様で哀しさを覚えたが、文句は言っていられない。

「大和って、何着てもオーバーサイズだよね? 兄さん、わざとそう言うの買ってきてんのかな?」

 今朝、亜貴の部屋にシャツを借りに行くと、そう言われた。

 俺の服は岳が買ってきてくれていたのか。

 オーバーサイズだろうが、支給される服に文句は言えない。
 というか、着せられているだけでましだと思っている。質がいいのは分かっていたが。

「確かに少しだぼっとしてるとは思ってたけど…。そうなのか?」

「兄さんの趣味だね。大和、可愛いから」

「か、かわいい?」

 聞き返せば亜貴はふんと鼻先で笑った後。

「兄さんがかわいいもの好きって、聞いた?」

「あ、ああ…」

「兄さんの部屋にぬいぐるみあるの、知ってるよね?」

「ああ。あるな、あのくたびれた奴」

 例のスタンド下を陣取る奴だ。

「コツメカワウソ。あれ大和に似てるんだよね」

 それは岳にも以前、言われたことがある。
 古びたぬいぐるみはコツメカワウソで、大和はあのぬいぐるみだと。

「似てる……」

 亜貴の言葉にはたとする。
 今まで岳に同じだと言われ、この野郎くらいで深く考えていなかったが、よくよく考えてみれば、あれは岳のライナスの毛布なのだ。

 それって──。

 ないと困る存在。

『側にいて欲しい』

 そう口にした岳の思い。
 不意に自分に向けられた思いの深さに気づき、ぶわっと頬が熱くなった。

「兄さん、昔っからそうだった。可愛いものに目がなくて…。って大和?」

「な、なんでもないっ」

 俺は急いで亜貴の差し出したシャツに袖を通した。

+++

 車窓の外、緑の木立の中を、通学、通勤途中の人々が行き交う。
 俺は同年齢の男性陣から見ると小柄な方だ。
 シャツが大きいのも、普段着る服がオーバーサイズになっているのも、結局俺が小柄だと言う事実を突きつけてくる。
 そういうコンプレックスもあって、ムエタイやらボクシングを進んで教わったのだが。
 今も藤に護身術を習っている。これはだいぶ上達してきたが、まだまだ藤を唸らせるには至っていない。
 せめて、体型をカバーできるくらいは強くなりたい。小柄イコール守られる側の構図はなんとしても避けたいのだ。
 同じ小柄の牧なら分かってくれるだろう。
 ただ、牧は風貌が一昔前とは言え、俄然威力を放っている。そこへ行くと俺は──言わずもがな。
 流石にスキンヘッドにして、眉毛をそるような奇行には走れない。

 どうせなら、金髪にでもしてみっか?

 そうすれば、岳達よりは目立って、的くらいにはなるかもしれない。

 って、発想がなんだかヤクザになってるな…。

 まあ、要は役にたちたいんだよな。

 ただの家政婦ではなく。
 モブキャラにも意地はあるのだ。せめて主人公を陰で守る素敵キャラになりたいのだ。

 道のりは遠いけどな…。

 そうこうしていれば、病院に着いたようだった。入口から車を進め玄関アプローチに真琴が車をつける。

「先に降りて行っていてくれ。車を駐車場に入れてくる。大和、タケをよろしく」

「ふ? へ、お、おう! がってん!」

 病室までの間、岳を警護してくれと言っているのだ。

「…お前は。どっか時代がかってるよな?」

 岳は苦笑しながら真琴が開いたドアから降り立つ。俺も慌てて反対側のドアから下りた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の部下がかわいくて仕方ない

まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

【完結】うたかたの夢

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
 ホストとして生計を立てるサリエルは、女を手玉に取る高嶺の花。どれだけ金を積まれても、美女として名高い女性相手であろうと落ちないことで有名だった。冷たく残酷な男は、ある夜1人の青年と再会を果たす。運命の歯車が軋んだ音で回り始めた。  ホスト×拾われた青年、R-15表現あり、BL、残酷描写・流血あり  ※印は性的表現あり 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう 全33話、2019/11/27完

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

後の祭りの後で

SF
BL
 ※親父×小学生(エロはなし)  今年47になる道雄は、体調を崩して休職し地元に帰ってきた。  青年団の仕事で屋台を出せば、そこにかつての幼馴染、勝也が現れる。  しかし勝也は道雄とともに過ごした頃の、小学生の姿のままだった。  あの頃と今が交錯する、夏の夜の行方はーーーー ・Twitterの企画で書かせていただきました。 課題・親父×小学生 キーワード・惚れた弱み

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく
BL
人間と魔族が共存する国ドラキス王国。その国の頂に立つは、世にも珍しいドラゴンの血を引く王。そしてその王の一番の友人は…本と魔法に目がないオタク淫魔(男)! 友人関係の2人が、もどかしいくらいにゆっくりと距離を縮めていくお話。 【第1章 緋糸たぐる御伽姫】「俺は縁談など御免!」王様のワガママにより2週間限りの婚約者を演じることとなったオタ淫魔ゼータ。王様の傍でにこにこ笑っているだけの簡単なお仕事かと思いきや、どうも無視できない陰謀が渦巻いている様子…? 【第2章 無垢と笑えよサイコパス】 監禁有、流血有のドキドキ新婚旅行編 【第3章 埋もれるほどの花びらを君に】 ほのぼの短編 【第4章 十字架、銀弾、濡羽のはおり】 ゼータの貞操を狙う危険な男、登場 【第5章 荒城の夜半に龍が啼く】 悪意の渦巻く隣国の城へ 【第6章 安らかに眠れ、恐ろしくも美しい緋色の龍よ】 貴方の骸を探して旅に出る 【第7章 はないちもんめ】 あなたが欲しい 【第8章 終章】 短編詰め合わせ ※表紙イラストは岡保佐優様に描いていただきました♪

Take On Me 2

マン太
BL
 大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。  そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。  岳は仕方なく会うことにするが…。 ※絡みの表現は控え目です。 ※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...