18 / 43
17.護身術
しおりを挟む
「もう一度」
野太く冷静な声が頭上に響く。
くっそ。
俺は流れる汗を拭いながら、言われるようにもう一度、立ち上がって構えた。
場所はマンションのトレーニングルーム。岳にお願いした護身術を、岳の部下、藤に教えて貰っているのだ。
二メートルはある巨漢。
その動きを止めるため、教えられた通りに技をかけようとするのだが、その前に直ぐに弾き飛ばされ、ろくに触れることも許されない。
「狙いはいい。だが相手に悟られるな。大和は視線ですぐ分かる」
「って、言ったってっ。藤、隙がっ」
ないのだ。
俺も必死だから狙う場所などモロバレなのだろう。けれど、それ以上に何処を狙っても、流れるようにかわされ、ポイと投げられる。
実際、敵と対応したらかわされるだけでは済まされないだろう。何とか一矢報いたいのだが。
「まだやってんのか?」
トレーニングルームのドアが開き、岳が現れた。手には冷えたペットボトルの水を二つ持っている。
始めたのは午後八時過ぎ。時計を見ればもうすぐ十時になるところだった。
「そろそろ終いだろ? もう大和の足がフラフラだ」
岳のからかうような声。
しかし、その通りなのだ。
岳は藤へそのうちの一本を手渡した。目礼してそれを受け取ると、一気に煽る。
藤は口元を手の甲で拭ったあと。
「ですね。続きはまた次回で。それまで自主練習しておくように」
藤は低音のよく響く声で終わりを告げた。
「って。もうちょっと──」
ホッとはしたが、まだまだ行けそうな気がする。
「おい。初めから無理すんな。明日はきっと筋肉痛で動けないぞ。それに頬の傷にも良くない」
岳が俺の気配を察して諌める。
確かに抜糸は済んだとは言え、テープを貼るのみとなった頬の傷に余り良くないかも知れない。
今日はリタイヤが賢明のようだった。
「分かった…。ありがとう。藤」
「大和は筋がいい。暫くやれば直ぐに上達する」
藤の大きな手のひらがぼすりと頭に降ってきて、そこをくしゃくしゃにした。
「うう。そう言われると嬉しくなるけど。俺的には結構遠い道のりだなぁ」
「大丈夫だ。これまで何度か人に教える機会があったから分かる。大和は直ぐ上達する。岳さんと同じだ」
その言葉に俺は岳を振り返る。
「え? なに? 岳も藤に習ったのか?」
岳は置いてあるベンチに腰掛け、俺達の様子を眺めていた。
「ああ。藤に習った。こいつは強いぞ? 教え方も上手いしな。みっちり仕込んでもらえ」
「みっちり…。おう。がんばるぜ」
「ま、みっちりなのは訓練中だけにしとけよ?」
「お? おう…」
訓練以外に何があるのかと思うが、藤は急に居ずまいを正して頭を下げると。
「すみません。出過ぎました」
「気にすんな。ちょっと妬けただけだからさ。藤、帰る前にシャワー浴びてけ。どうせ着替え持ってきてんだろう?」
「いいんですか?」
「気を遣うな。今更だ。飯も用意してある。食ってけ」
岳の言葉に、藤は一礼するとトレーニングルームを後にした。何が妬けるんだと思いながら。
「岳も藤に教わったんだな?」
「ああ。結構しごかれたぞ。ああ見えて厳しいんだ」
藤のどっしり構えた姿は大岩のようで、一見すると茫洋とした風情だが、鋭い眼差しはその一見を覆す。動きも俊敏でついていくのがやっとだ。
岳がペットボトルの水を差し出してきた。それを受け取り口にする。冷えた水が喉に心地いい。
「お前は、誰にでも好かれるんだな」
「へ?」
一旦、飲むのを止めて見返せば、ベンチに座る岳がポツリと漏らした。
「誰にでも警戒心を持たせない。油断できないな…」
「んだよ…。油断って。それにさっきも妬けるって、妬く必要あんのかよ?」
言いながら顔が熱くなる。あれ以来、事あるごとに岳を意識しまくっている。
というか、そういう目で見ると、岳の言動や行動は、全てそこへ帰着している気がして。
「…まあ、あるな?」
やや間があって岳が答える。その目には面白がる様な色が浮かんでいた。俺は口先を尖らせながら続ける。
「大体、気に入られるって言っても、俺は亜貴みたいに可愛い訳じゃねぇし。みんな小動物か何かと間違えてんじゃねぇのか?」
小柄でちょこちょこしているのだから、間違われても可笑しくない。
岳は苦笑すると。
「まあ、確かに俺にはコツメカワウソにしか見えないしな」
「まだ言うか。それ」
いつか、真琴にその件を話したら、爆笑された。
コツメカワウソは確かに可愛いが、可愛いだけでは現実に役にはたたない。
「な。俺が強くなったらさ。家政婦兼岳の用心棒になってやろうか?」
「用心棒…?」
「前、副島先生が言ってたじゃん。ボディガード。本当にそうなってやろうか?」
それなら、亜貴の成人まで待つまでもなく、岳と共にいられるのだ。いざと言うときに役にも立てる。
けれど、俺の言葉に岳は視線を落とし首を振ると。
「だめだ。ヤクザにはさせない。たとえ組員にならなくてもな。気持ちだけありがたく受け取っておく」
きっぱりと言い切る。
俺はしゅんとなったのを押し隠しながら、わざとふくれっ面を作り。
「んだよ。せっかく、守ってやるって言ってんのにさ」
岳は真摯な眼差しをこちらに向けながら。
「この世界は必要がないなら、関わらない方がいい。それに、大和には似合わない。コツメカワウソがヤクザ者になれるわけがないだろう?」
「コツメ、コツメって。俺はれっきとした人間の男子だっての!」
「分かってる」
笑った岳は、ただ黙って俺を見つめていた。
野太く冷静な声が頭上に響く。
くっそ。
俺は流れる汗を拭いながら、言われるようにもう一度、立ち上がって構えた。
場所はマンションのトレーニングルーム。岳にお願いした護身術を、岳の部下、藤に教えて貰っているのだ。
二メートルはある巨漢。
その動きを止めるため、教えられた通りに技をかけようとするのだが、その前に直ぐに弾き飛ばされ、ろくに触れることも許されない。
「狙いはいい。だが相手に悟られるな。大和は視線ですぐ分かる」
「って、言ったってっ。藤、隙がっ」
ないのだ。
俺も必死だから狙う場所などモロバレなのだろう。けれど、それ以上に何処を狙っても、流れるようにかわされ、ポイと投げられる。
実際、敵と対応したらかわされるだけでは済まされないだろう。何とか一矢報いたいのだが。
「まだやってんのか?」
トレーニングルームのドアが開き、岳が現れた。手には冷えたペットボトルの水を二つ持っている。
始めたのは午後八時過ぎ。時計を見ればもうすぐ十時になるところだった。
「そろそろ終いだろ? もう大和の足がフラフラだ」
岳のからかうような声。
しかし、その通りなのだ。
岳は藤へそのうちの一本を手渡した。目礼してそれを受け取ると、一気に煽る。
藤は口元を手の甲で拭ったあと。
「ですね。続きはまた次回で。それまで自主練習しておくように」
藤は低音のよく響く声で終わりを告げた。
「って。もうちょっと──」
ホッとはしたが、まだまだ行けそうな気がする。
「おい。初めから無理すんな。明日はきっと筋肉痛で動けないぞ。それに頬の傷にも良くない」
岳が俺の気配を察して諌める。
確かに抜糸は済んだとは言え、テープを貼るのみとなった頬の傷に余り良くないかも知れない。
今日はリタイヤが賢明のようだった。
「分かった…。ありがとう。藤」
「大和は筋がいい。暫くやれば直ぐに上達する」
藤の大きな手のひらがぼすりと頭に降ってきて、そこをくしゃくしゃにした。
「うう。そう言われると嬉しくなるけど。俺的には結構遠い道のりだなぁ」
「大丈夫だ。これまで何度か人に教える機会があったから分かる。大和は直ぐ上達する。岳さんと同じだ」
その言葉に俺は岳を振り返る。
「え? なに? 岳も藤に習ったのか?」
岳は置いてあるベンチに腰掛け、俺達の様子を眺めていた。
「ああ。藤に習った。こいつは強いぞ? 教え方も上手いしな。みっちり仕込んでもらえ」
「みっちり…。おう。がんばるぜ」
「ま、みっちりなのは訓練中だけにしとけよ?」
「お? おう…」
訓練以外に何があるのかと思うが、藤は急に居ずまいを正して頭を下げると。
「すみません。出過ぎました」
「気にすんな。ちょっと妬けただけだからさ。藤、帰る前にシャワー浴びてけ。どうせ着替え持ってきてんだろう?」
「いいんですか?」
「気を遣うな。今更だ。飯も用意してある。食ってけ」
岳の言葉に、藤は一礼するとトレーニングルームを後にした。何が妬けるんだと思いながら。
「岳も藤に教わったんだな?」
「ああ。結構しごかれたぞ。ああ見えて厳しいんだ」
藤のどっしり構えた姿は大岩のようで、一見すると茫洋とした風情だが、鋭い眼差しはその一見を覆す。動きも俊敏でついていくのがやっとだ。
岳がペットボトルの水を差し出してきた。それを受け取り口にする。冷えた水が喉に心地いい。
「お前は、誰にでも好かれるんだな」
「へ?」
一旦、飲むのを止めて見返せば、ベンチに座る岳がポツリと漏らした。
「誰にでも警戒心を持たせない。油断できないな…」
「んだよ…。油断って。それにさっきも妬けるって、妬く必要あんのかよ?」
言いながら顔が熱くなる。あれ以来、事あるごとに岳を意識しまくっている。
というか、そういう目で見ると、岳の言動や行動は、全てそこへ帰着している気がして。
「…まあ、あるな?」
やや間があって岳が答える。その目には面白がる様な色が浮かんでいた。俺は口先を尖らせながら続ける。
「大体、気に入られるって言っても、俺は亜貴みたいに可愛い訳じゃねぇし。みんな小動物か何かと間違えてんじゃねぇのか?」
小柄でちょこちょこしているのだから、間違われても可笑しくない。
岳は苦笑すると。
「まあ、確かに俺にはコツメカワウソにしか見えないしな」
「まだ言うか。それ」
いつか、真琴にその件を話したら、爆笑された。
コツメカワウソは確かに可愛いが、可愛いだけでは現実に役にはたたない。
「な。俺が強くなったらさ。家政婦兼岳の用心棒になってやろうか?」
「用心棒…?」
「前、副島先生が言ってたじゃん。ボディガード。本当にそうなってやろうか?」
それなら、亜貴の成人まで待つまでもなく、岳と共にいられるのだ。いざと言うときに役にも立てる。
けれど、俺の言葉に岳は視線を落とし首を振ると。
「だめだ。ヤクザにはさせない。たとえ組員にならなくてもな。気持ちだけありがたく受け取っておく」
きっぱりと言い切る。
俺はしゅんとなったのを押し隠しながら、わざとふくれっ面を作り。
「んだよ。せっかく、守ってやるって言ってんのにさ」
岳は真摯な眼差しをこちらに向けながら。
「この世界は必要がないなら、関わらない方がいい。それに、大和には似合わない。コツメカワウソがヤクザ者になれるわけがないだろう?」
「コツメ、コツメって。俺はれっきとした人間の男子だっての!」
「分かってる」
笑った岳は、ただ黙って俺を見つめていた。
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
僕の部下がかわいくて仕方ない
まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした
たっこ
BL
【加筆修正済】
7話完結の短編です。
中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。
二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。
「優、迎えに来たぞ」
でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。
【完結】うたかたの夢
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
ホストとして生計を立てるサリエルは、女を手玉に取る高嶺の花。どれだけ金を積まれても、美女として名高い女性相手であろうと落ちないことで有名だった。冷たく残酷な男は、ある夜1人の青年と再会を果たす。運命の歯車が軋んだ音で回り始めた。
ホスト×拾われた青年、R-15表現あり、BL、残酷描写・流血あり
※印は性的表現あり
【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう
全33話、2019/11/27完
後の祭りの後で
SF
BL
※親父×小学生(エロはなし)
今年47になる道雄は、体調を崩して休職し地元に帰ってきた。
青年団の仕事で屋台を出せば、そこにかつての幼馴染、勝也が現れる。
しかし勝也は道雄とともに過ごした頃の、小学生の姿のままだった。
あの頃と今が交錯する、夏の夜の行方はーーーー
・Twitterの企画で書かせていただきました。
課題・親父×小学生
キーワード・惚れた弱み
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
Take On Me 2
マン太
BL
大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。
そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。
岳は仕方なく会うことにするが…。
※絡みの表現は控え目です。
※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。
【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔
三崎こはく
BL
人間と魔族が共存する国ドラキス王国。その国の頂に立つは、世にも珍しいドラゴンの血を引く王。そしてその王の一番の友人は…本と魔法に目がないオタク淫魔(男)!
友人関係の2人が、もどかしいくらいにゆっくりと距離を縮めていくお話。
【第1章 緋糸たぐる御伽姫】「俺は縁談など御免!」王様のワガママにより2週間限りの婚約者を演じることとなったオタ淫魔ゼータ。王様の傍でにこにこ笑っているだけの簡単なお仕事かと思いきや、どうも無視できない陰謀が渦巻いている様子…?
【第2章 無垢と笑えよサイコパス】 監禁有、流血有のドキドキ新婚旅行編
【第3章 埋もれるほどの花びらを君に】 ほのぼの短編
【第4章 十字架、銀弾、濡羽のはおり】 ゼータの貞操を狙う危険な男、登場
【第5章 荒城の夜半に龍が啼く】 悪意の渦巻く隣国の城へ
【第6章 安らかに眠れ、恐ろしくも美しい緋色の龍よ】 貴方の骸を探して旅に出る
【第7章 はないちもんめ】 あなたが欲しい
【第8章 終章】 短編詰め合わせ
※表紙イラストは岡保佐優様に描いていただきました♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる