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17.護身術
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「もう一度」
野太く冷静な声が頭上に響く。
くっそ。
俺は流れる汗を拭いながら、言われるようにもう一度、立ち上がって構えた。
場所はマンションのトレーニングルーム。岳にお願いした護身術を、岳の部下、藤に教えて貰っているのだ。
二メートルはある巨漢。
その動きを止めるため、教えられた通りに技をかけようとするのだが、その前に直ぐに弾き飛ばされ、ろくに触れることも許されない。
「狙いはいい。だが相手に悟られるな。大和は視線ですぐ分かる」
「って、言ったってっ。藤、隙がっ」
ないのだ。
俺も必死だから狙う場所などモロバレなのだろう。けれど、それ以上に何処を狙っても、流れるようにかわされ、ポイと投げられる。
実際、敵と対応したらかわされるだけでは済まされないだろう。何とか一矢報いたいのだが。
「まだやってんのか?」
トレーニングルームのドアが開き、岳が現れた。手には冷えたペットボトルの水を二つ持っている。
始めたのは午後八時過ぎ。時計を見ればもうすぐ十時になるところだった。
「そろそろ終いだろ? もう大和の足がフラフラだ」
岳のからかうような声。
しかし、その通りなのだ。
岳は藤へそのうちの一本を手渡した。目礼してそれを受け取ると、一気に煽る。
藤は口元を手の甲で拭ったあと。
「ですね。続きはまた次回で。それまで自主練習しておくように」
藤は低音のよく響く声で終わりを告げた。
「って。もうちょっと──」
ホッとはしたが、まだまだ行けそうな気がする。
「おい。初めから無理すんな。明日はきっと筋肉痛で動けないぞ。それに頬の傷にも良くない」
岳が俺の気配を察して諌める。
確かに抜糸は済んだとは言え、テープを貼るのみとなった頬の傷に余り良くないかも知れない。
今日はリタイヤが賢明のようだった。
「分かった…。ありがとう。藤」
「大和は筋がいい。暫くやれば直ぐに上達する」
藤の大きな手のひらがぼすりと頭に降ってきて、そこをくしゃくしゃにした。
「うう。そう言われると嬉しくなるけど。俺的には結構遠い道のりだなぁ」
「大丈夫だ。これまで何度か人に教える機会があったから分かる。大和は直ぐ上達する。岳さんと同じだ」
その言葉に俺は岳を振り返る。
「え? なに? 岳も藤に習ったのか?」
岳は置いてあるベンチに腰掛け、俺達の様子を眺めていた。
「ああ。藤に習った。こいつは強いぞ? 教え方も上手いしな。みっちり仕込んでもらえ」
「みっちり…。おう。がんばるぜ」
「ま、みっちりなのは訓練中だけにしとけよ?」
「お? おう…」
訓練以外に何があるのかと思うが、藤は急に居ずまいを正して頭を下げると。
「すみません。出過ぎました」
「気にすんな。ちょっと妬けただけだからさ。藤、帰る前にシャワー浴びてけ。どうせ着替え持ってきてんだろう?」
「いいんですか?」
「気を遣うな。今更だ。飯も用意してある。食ってけ」
岳の言葉に、藤は一礼するとトレーニングルームを後にした。何が妬けるんだと思いながら。
「岳も藤に教わったんだな?」
「ああ。結構しごかれたぞ。ああ見えて厳しいんだ」
藤のどっしり構えた姿は大岩のようで、一見すると茫洋とした風情だが、鋭い眼差しはその一見を覆す。動きも俊敏でついていくのがやっとだ。
岳がペットボトルの水を差し出してきた。それを受け取り口にする。冷えた水が喉に心地いい。
「お前は、誰にでも好かれるんだな」
「へ?」
一旦、飲むのを止めて見返せば、ベンチに座る岳がポツリと漏らした。
「誰にでも警戒心を持たせない。油断できないな…」
「んだよ…。油断って。それにさっきも妬けるって、妬く必要あんのかよ?」
言いながら顔が熱くなる。あれ以来、事あるごとに岳を意識しまくっている。
というか、そういう目で見ると、岳の言動や行動は、全てそこへ帰着している気がして。
「…まあ、あるな?」
やや間があって岳が答える。その目には面白がる様な色が浮かんでいた。俺は口先を尖らせながら続ける。
「大体、気に入られるって言っても、俺は亜貴みたいに可愛い訳じゃねぇし。みんな小動物か何かと間違えてんじゃねぇのか?」
小柄でちょこちょこしているのだから、間違われても可笑しくない。
岳は苦笑すると。
「まあ、確かに俺にはコツメカワウソにしか見えないしな」
「まだ言うか。それ」
いつか、真琴にその件を話したら、爆笑された。
コツメカワウソは確かに可愛いが、可愛いだけでは現実に役にはたたない。
「な。俺が強くなったらさ。家政婦兼岳の用心棒になってやろうか?」
「用心棒…?」
「前、副島先生が言ってたじゃん。ボディガード。本当にそうなってやろうか?」
それなら、亜貴の成人まで待つまでもなく、岳と共にいられるのだ。いざと言うときに役にも立てる。
けれど、俺の言葉に岳は視線を落とし首を振ると。
「だめだ。ヤクザにはさせない。たとえ組員にならなくてもな。気持ちだけありがたく受け取っておく」
きっぱりと言い切る。
俺はしゅんとなったのを押し隠しながら、わざとふくれっ面を作り。
「んだよ。せっかく、守ってやるって言ってんのにさ」
岳は真摯な眼差しをこちらに向けながら。
「この世界は必要がないなら、関わらない方がいい。それに、大和には似合わない。コツメカワウソがヤクザ者になれるわけがないだろう?」
「コツメ、コツメって。俺はれっきとした人間の男子だっての!」
「分かってる」
笑った岳は、ただ黙って俺を見つめていた。
野太く冷静な声が頭上に響く。
くっそ。
俺は流れる汗を拭いながら、言われるようにもう一度、立ち上がって構えた。
場所はマンションのトレーニングルーム。岳にお願いした護身術を、岳の部下、藤に教えて貰っているのだ。
二メートルはある巨漢。
その動きを止めるため、教えられた通りに技をかけようとするのだが、その前に直ぐに弾き飛ばされ、ろくに触れることも許されない。
「狙いはいい。だが相手に悟られるな。大和は視線ですぐ分かる」
「って、言ったってっ。藤、隙がっ」
ないのだ。
俺も必死だから狙う場所などモロバレなのだろう。けれど、それ以上に何処を狙っても、流れるようにかわされ、ポイと投げられる。
実際、敵と対応したらかわされるだけでは済まされないだろう。何とか一矢報いたいのだが。
「まだやってんのか?」
トレーニングルームのドアが開き、岳が現れた。手には冷えたペットボトルの水を二つ持っている。
始めたのは午後八時過ぎ。時計を見ればもうすぐ十時になるところだった。
「そろそろ終いだろ? もう大和の足がフラフラだ」
岳のからかうような声。
しかし、その通りなのだ。
岳は藤へそのうちの一本を手渡した。目礼してそれを受け取ると、一気に煽る。
藤は口元を手の甲で拭ったあと。
「ですね。続きはまた次回で。それまで自主練習しておくように」
藤は低音のよく響く声で終わりを告げた。
「って。もうちょっと──」
ホッとはしたが、まだまだ行けそうな気がする。
「おい。初めから無理すんな。明日はきっと筋肉痛で動けないぞ。それに頬の傷にも良くない」
岳が俺の気配を察して諌める。
確かに抜糸は済んだとは言え、テープを貼るのみとなった頬の傷に余り良くないかも知れない。
今日はリタイヤが賢明のようだった。
「分かった…。ありがとう。藤」
「大和は筋がいい。暫くやれば直ぐに上達する」
藤の大きな手のひらがぼすりと頭に降ってきて、そこをくしゃくしゃにした。
「うう。そう言われると嬉しくなるけど。俺的には結構遠い道のりだなぁ」
「大丈夫だ。これまで何度か人に教える機会があったから分かる。大和は直ぐ上達する。岳さんと同じだ」
その言葉に俺は岳を振り返る。
「え? なに? 岳も藤に習ったのか?」
岳は置いてあるベンチに腰掛け、俺達の様子を眺めていた。
「ああ。藤に習った。こいつは強いぞ? 教え方も上手いしな。みっちり仕込んでもらえ」
「みっちり…。おう。がんばるぜ」
「ま、みっちりなのは訓練中だけにしとけよ?」
「お? おう…」
訓練以外に何があるのかと思うが、藤は急に居ずまいを正して頭を下げると。
「すみません。出過ぎました」
「気にすんな。ちょっと妬けただけだからさ。藤、帰る前にシャワー浴びてけ。どうせ着替え持ってきてんだろう?」
「いいんですか?」
「気を遣うな。今更だ。飯も用意してある。食ってけ」
岳の言葉に、藤は一礼するとトレーニングルームを後にした。何が妬けるんだと思いながら。
「岳も藤に教わったんだな?」
「ああ。結構しごかれたぞ。ああ見えて厳しいんだ」
藤のどっしり構えた姿は大岩のようで、一見すると茫洋とした風情だが、鋭い眼差しはその一見を覆す。動きも俊敏でついていくのがやっとだ。
岳がペットボトルの水を差し出してきた。それを受け取り口にする。冷えた水が喉に心地いい。
「お前は、誰にでも好かれるんだな」
「へ?」
一旦、飲むのを止めて見返せば、ベンチに座る岳がポツリと漏らした。
「誰にでも警戒心を持たせない。油断できないな…」
「んだよ…。油断って。それにさっきも妬けるって、妬く必要あんのかよ?」
言いながら顔が熱くなる。あれ以来、事あるごとに岳を意識しまくっている。
というか、そういう目で見ると、岳の言動や行動は、全てそこへ帰着している気がして。
「…まあ、あるな?」
やや間があって岳が答える。その目には面白がる様な色が浮かんでいた。俺は口先を尖らせながら続ける。
「大体、気に入られるって言っても、俺は亜貴みたいに可愛い訳じゃねぇし。みんな小動物か何かと間違えてんじゃねぇのか?」
小柄でちょこちょこしているのだから、間違われても可笑しくない。
岳は苦笑すると。
「まあ、確かに俺にはコツメカワウソにしか見えないしな」
「まだ言うか。それ」
いつか、真琴にその件を話したら、爆笑された。
コツメカワウソは確かに可愛いが、可愛いだけでは現実に役にはたたない。
「な。俺が強くなったらさ。家政婦兼岳の用心棒になってやろうか?」
「用心棒…?」
「前、副島先生が言ってたじゃん。ボディガード。本当にそうなってやろうか?」
それなら、亜貴の成人まで待つまでもなく、岳と共にいられるのだ。いざと言うときに役にも立てる。
けれど、俺の言葉に岳は視線を落とし首を振ると。
「だめだ。ヤクザにはさせない。たとえ組員にならなくてもな。気持ちだけありがたく受け取っておく」
きっぱりと言い切る。
俺はしゅんとなったのを押し隠しながら、わざとふくれっ面を作り。
「んだよ。せっかく、守ってやるって言ってんのにさ」
岳は真摯な眼差しをこちらに向けながら。
「この世界は必要がないなら、関わらない方がいい。それに、大和には似合わない。コツメカワウソがヤクザ者になれるわけがないだろう?」
「コツメ、コツメって。俺はれっきとした人間の男子だっての!」
「分かってる」
笑った岳は、ただ黙って俺を見つめていた。
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