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16.過去
しおりを挟む「本当に倫也がやったのか?」
若頭補佐、楠の第一声に、岳は腕を組み厳しい視線を向けた。
所は会社事務所の応接室。
楠正嗣は岳と向かい合うように黒い革張りのソファへ座っていた。岳の左側、戸口に近い方に真琴が座る。
楠は大柄な体を小さく縮こませるようにして、膝の上に手を置き前屈みになっていた。
短く刈られた髪は乱れ、顎には無精髭を生やしている。普段、何事もきっちりとしている楠にしては珍しい事だった。
「そうだ。証言も証拠も揃っている」
「しかし、どうして…。いや。あいつならやりかねんな」
言いながら額に考え込む様に右手を当てる。真琴はプリントアウトした資料を手渡しながら。
「怪我は頬を十センチ程切られ、全治は二ヶ月。腕、腹部、足の打撲。これは全治三週間。もしこれが組長の息子、岳の弟だったなら、これと同程度、若しくはそれ以上の怪我を負わされていただろう。襲われた宮本君は鍛えているからこの程度で済んだが」
「どう始末をつけるつもりだ?」
岳が真琴の後を引き取って問う。
楠は唸るような声を漏らしたあと、深くため息を吐き出し。
「倫也は今行方を追っている所だ。見つけ次第、二度と馬鹿な真似はしないようきつく言い聞かせる。暫くは自宅で謹慎だ。もちろん、監視付きでな。それに当分、しのぎを倍に上乗せする。止め時は岳が決めてくれていい」
岳はその言葉を聞いたあと、徐ろに口を開いた。
「親父は次はないと言っていた。もし今後同様の事が起これば、相応の処分が待っていると思っていい。特に弟の倫也だが、あれは道理の分からない奴だ。楠、表にはしていないがあんたはうちの組を継ぐんだ。処分される目に遭えばそれも危うくなる。気をつけてくれ」
楠に会う前、入院中の岳の父親でもある組長、潔へ話をしてきた所だった。
「分かった」
楠は頷くと。
「組長に俺からも詫びを入れてくる。今回の件、本当に済まなかった。怪我を負った彼にも済まなかったと伝えてくれるか?」
「ああ。分かった」
話しが終わり、岳達が席を立っても、楠はソファに深く沈む様にして、暫くそこに座り込んでいた。
+++
楠に会う前。岳が病院に入院する父親、潔へ今回の件を改めて報告した際、特に表情は変わらなかった。
ただ、暫く沈黙した後、先ほど楠に告げた言葉を口にした。
次はない。
しかし、その横顔はどこか辛そうでもあり。
楠の父親は、当時組長の息子だった潔と兄弟盃を交わしていた。
兄と弟。当時の組長、祖父の元で共にしのぎを削った。
その楠の父が、当時の組長を裏切り嵌めようとしたのだ。敵対する組の組員と共に、闘争に巻き込まれた様に見せかけ、命を奪おうとした。
後日、幼い息子を人質にとられ仕方なく悪事に手を貸したらしいと知ったが、それも後のこと。
結局、企ては失敗し、楠の父は自ら命を絶ちけりをつけた。悲しい話だ。
当時楠は五才。年の離れた弟の倫也は産まれたばかり。
その後、弟倫也は母親と共に実家へ、兄の正嗣は鴎澤組で引き取り、親父の潔と共に家族同然に育てられた。
当時、いい顔をしなかった組員を諭し宥め祖父は楠を守った。楠は恩義を感じ潔と親子の盃を交わし今に至る。
その楠の弟が、息子の亜貴を襲った。
失敗に終わったものの、事象は違うとは言え過去と同じ事が繰り返されるとは。
親父は楠をあの時の、楠の父の二の舞いにはさせたくないだろう。
次はないと言いながら、次を絶対に起こさせたくは無いはず。
病室を出た所で、一つ息を吐く。
この騒ぎを治めるには──。
「誰が跡を継ぐか、はっきりさせるべきだろうな…」
亜貴の成人まで待つこともない。皆に周知すればこの騒ぎも治まる。
倫也の思う通りになるのは癪だが。
ふと脳裏に大和の顔が浮かんで、胸の内苦笑した。
もし、この提案を父親が飲めば、亜貴の成人を待たず晴れて自由の身となる。
どこか心が軽くなるのは止めようもなかった。
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