Take On Me

マン太

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14.告白

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 話が終わって、リビングにいた亜貴あきは部屋へと戻って行った。
 その背が小さく見えるようで、可哀想になるが、今はそっとしておくのが一番だろう。

「一体、何が良かったんだ?」

 真琴を見送り、リビングに戻ったたけるはソファに座り直す。その前のローテーブルには飲みかけのコーヒーが微かに湯気を立てていた。

「お前が無事で良かったって事だろ」

「俺が無事でお前が良かったって事は、家政婦に大事がなくて良かったなって事か?」

 俺は真面目にそう思っていた。そんな俺に岳は苦笑交じりの笑みを浮かべ。

「そうじゃない。…あいつは分かってるんだ。俺が欲しかったものをな」

「欲しかったもの?」

「こっちの話だ」

「ふうん」

 首をかしげつつも、飲み終わった他のカップを下げる。

「てか、お前いつから真琴を下の名前で呼んでるんだ? 真琴まことも呼び捨てにしてるし…」

 その声は何処か拗ねているようにも聞こえた。

「え? って、いつだったかな…。ちょい前か? 真琴でいいって言われてさ」

「あいつも何だかんだ言って…」

 何故か岳は小さく舌打ちした。何か気に入らないらしい。俺はカップを洗いながら。

「なあ。ここにいる間、俺に護身術教えてくれないか? 忙しいだろうから岳じゃなくていい。誰かそっちに長けてるやつ、いないか?」

 すると岳は呆れた様に。

「何を言い出すかと思えば…。お前はかじっただけにしろ、ボクシングもムエタイもできるんだろう? その必要があるのか?」

「だって、俺のは喧嘩するためだけでさ。今回みたいに守らなきゃいけなくなった時、それじゃダメだと思って…。相手を叩きのめすんじゃなくて、守りつつ逃げることも必要だって思ったんだ。今回は亜貴が巻き込まれなかったから良かったけど。もしあの場にいたらきっと守れなかった。だから…」

「亜貴の為にそこまで思ってくれるとは、嬉しい限りだな?」

 岳は髪をかきあげつつどこか不服そうに返す。

「別に亜貴の為だけってわけじゃ。暫くここで世話になるんだ。不測の事態が今後ないとも限らない。それに──」

「分かった」

 俺の勢いに押されたのか、岳は途中で会話を遮ると。

ふじに教えさせる。別室のトレーニングルームで、仕事終わりに教えさせよう」

「やった! ありがとな、岳」

 満面の笑みを浮かべた俺に岳はため息を漏らすと。

「そこまで気遣うとは、亜貴のこと相当気に入ってんだな。まあ、あいつは見た目もかわいいし、男女構わず受けがいいからな。俺とは大違いだ」

「何言ってんだよ。別に亜貴がどうとか、そういう事じゃねぇって言ってるだろ? 岳に何かあった時だって、守ることができるかもって思ったんだ。俺なんてただのモブキャラだけど、少しは役にたちたいだろ」

 それに強くなれば、岳に雇って貰えるかも知れない。これは俺の勝手な思いだが。
 すると、岳はふっと笑んで。

「モブじゃない。…俺にとってはな」

 その眼差しが熱を帯びている様に見えて、思わずドキリとする。

「んだよ。それ」

 照れくささを隠すように、そそくさと洗い終えた手元のカップを布巾で拭き、いつもの棚に片付けた。

「少しこっちに来て話さないか? 疲れただろう」

「まあ、そうだな。ちょっと休むか。…って!」

 俺は腰をぐんと伸ばして、そこで身体の痛みに顔をしかめた。

「殴られたの、忘れるなよ?」

 岳は笑う。
 俺はその傍らへと腰掛け一つ息をついた。そうは言っても殴られたダメージは大きい。
 いつもより、身体が重いのはそのせいだろう。
 岳は背もたれに腕を預けながら、こちらを見つめてくる。いつかの様に距離は近い。
 間接照明のみに落とされた室内には、穏やかな空気が流れていた。

「大和は強いな…」

「そうか? けど、あいつらとまともにやりあって勝てる気はしねぇな」

 あいつらとは、楠の弟、倫也ともや達の事を指している。身長も体重もあっちが上。
 余程、不意打ちしない限り勝機はないだろう。しかし、岳は苦笑した後。

「そうじゃない。精神的なものだ。お前は強いよ。自分の身を顧みず、最後まで亜貴を守ろうとしてた」

「岳に言われると、なんだか照れくさいな」

 岳はそれまで背もたれに預けていた身体を起こすと。

「大和を家に呼んで良かった。家の中の空気が変わった。帰れば明かりがついていて、夕げの香りがする…。それだけで癒やされるんだ。食卓を囲んで下らない会話をしたり、干した洗濯物が風にはためいていたり。それだけで幸せを感じる。それは大和が来てからだ。俺の欲しかったものの一つだ」

 真っ直ぐな瞳。柔らかく笑む岳に、目を奪われる。

 俺が来てから。

 その言葉に心が揺さぶられた。フワリと心のうちが温かくなる。

 なんだろう。この感覚って。

 副島そえじまの所で手当を受けたあと、抱き締められた時も感じた奴だ。

「そんな、大袈裟だなぁ。俺は普通に炊事洗濯してるだけだって」

 俺は照れ隠しに笑って見せる。

「それでいいんだ」

 岳の声は穏やかだ。

「俺の方こそ、ここに来られて良かったと思ってる。初めこそどうなることかと思ったけどさ。お帰りとかお早うとか、言える相手がいる生活っていいなって、思った」

「思っている事は同じだな」

「そうだな」

 互いに笑い合う。

「そうそう、あの時、岳が来てくれてさ。本音ではほっとしてたんだ。助かったって。強がり言っても、本当は怖かったんだよな…」

 暗闇の向こう、街の光を背に岳が現れた時、どれ程安堵したか。あの時の気持ちは一生忘れないだろう。

「だろ? 自分では気付いていなかっただろうが震えていたからな。あの時は一瞬、亜貴の事も忘れてた」

「マジで?! 岳がんなワケねぇだろ?」

 筋金入りのブラコンの癖に。

 言いながらも、確かにあの時、岳は亜貴よりも俺へと真っ先に声をかけ、抱きしめてきた。
 あれには正直驚いたが、岳が自分を気にかけてくれたことが嬉しかった。

「ま、速攻で思い出したけどな」

「ちぇっ。やっぱそうじゃん。一瞬かよ。このブラコンっ」

「言ったな」

 岳の大きな手のひらが俺の頭に降って来ると、くしゃくしゃに頭を撫でていった。

「止めろって! ったく。俺は亜貴じゃねぇんだ。子ども扱いすんなよなっ」

 岳の手を避けようと身体を捩れば、不意に手首を掴まれた。

「子どもとは思っていない」

「岳…?」

 岳の瞳には強い光が宿る。

「俺が──親父を手伝うのは、亜貴の成人までと決まっている。跡はくすが継ぐ」

「え…?」

「だが、周知はしていない。知っているのは当人と真琴位なものだ。それで組員の間で混乱が生じて、組が荒れている」

「亜貴の成人まで…」

「そうだ。親父は元々亜貴に継がせる気はなかった。内々に楠には、亜貴の成人後、跡を頼むと伝えてあったんだ。その後、病を患ってな。亜貴の成人まで自分が保つか分からなかった。既に妻も亡くした後。流石に亜貴の面倒を他人には任せられない。そこで元恋人に産ませた子、俺に声がかかったんだ。幼い亜貴の世話をして欲しい、その間、自分を手伝って欲しいと」

「んな、勝手な…」

 俺の呟きに岳は口元へ僅かな苦い笑みを浮かべる。

「そして俺はそれを受けた。成人まででいいからと言われ、それを条件にな」

「でも何で組の仕事まで? 亜貴の世話だけでも──」

「そこは、心細さもあったんだろう。それに、どこかに息子に継いで欲しいと言う思いもあったのかも知れないが…。俺は約束通り成人までと決めている」

「じゃあ、成人した後は自由なのか?」

「ああ。どこでどう暮らそうとな」

「へぇ…」

 それは、岳の告白だった。きっと、ごく僅かの人間しか知らないはずの。
 すると、岳は今までとは違う種類の熱のこもった眼差しを向け。

「もし、亜貴が成人するまでここにいて欲しいと言ったら、いてくれるか?」

「え…」

「亜貴が成人して、今の仕事を辞めた後も大和と一緒にいたいんだ」

「俺と…?」

「そうだ。側にいて欲しい」

 それって。いったいどういう──。

 動悸が激しくなる。

 側にいていいなら、願ったり叶ったりだ。俺だって、岳達と離れがたくなっているのは事実で。
 けれど、岳の言っているニュアンスは、少し違う気がする。
 岳の手が伸び、怪我をしていない側の頬に触れて来た。触れられた箇所がピリリと痺れた様に熱い。
 その顔が、徐々に近づいて来る。
 分かってはいるのに、身体はストップがかかった様に動かなかった。
 吐息が唇にかかる。
 長い睫毛。色素の薄い茶色の瞳。
 ともすると、グリーンがかって見えるから不思議だ。

 岳は綺麗だよな。綺麗で、カッコいい──。

 そんな岳から目が離せなくなる。
 後少しで、唇が触れそうだと思った瞬間。

「大和、寝る前に話しが──」

 リビングのドアが唐突に開けられた。亜貴が顔を見せたのだ。
 ハッと我に返り、岳から身体を離した。
 が、岳は動揺した様子もなく、逆に舌打ちでもしそうな勢いで不満気に俺からゆっくり離れる。

「…邪魔した?」

 亜貴は怪訝な表情で尋ねて来るが。

「…いいや。別に世間話ししてただけだ。なにか様か?」

 岳が答える。

 うん。そうだ。

 他愛無い話をしていただけで。
 別に邪魔されて困るような事をしていた訳じゃない。

 ──よな?

「うん…。大和に話があったけど。また今度でいいや。おやすみ…」

 どこか迷いつつもそう返事を返し、来たばかりなのにさっさと踵を返し部屋へと戻って行った。
 岳はため息をつき、クシャリと前髪をかきあげたあと。

「さて。もう遅い。俺たちも寝るか。大和、明日は飯を食べる頃に起きてくればいいからな? 身体が痛むだろう。よく休め。それから、さっきの話し、よく考えておいてくれ」

「あ、ああ。うん…」

 岳は俺の頭を再度ぽんと撫でると、リビングを出てドアの前で別れた。

 岳の側に──。

 誘いの言葉と先程の熱い眼差しに、胸の高鳴りが止まない。
 熱くなった頬を麻酔が切れたせいだと思い込む事にした。
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