Take On Me

マン太

文字の大きさ
上 下
12 / 43

11.代償

しおりを挟む
「もうそろそろ、いいだろう? 後はどこ行くんだよ…」

 日はすっかり落ちて、街の明かりが目に眩しい。久しぶりの外出だったが、楽しむ気持ちにはなれない。
 別段、危ない目にはあっていないのだが、それでも注意は怠れない。
 俺は周囲を気にしながら亜貴あきの後に続く。もう約束の三時間になる。

「最後に甘いの飲みたい! あそこ、季節限定の新しいの出てんだよね」

 そう言って、嬉しそうに振り返った亜貴の示した先には、大手コーヒーチェーンの看板。亜貴の言うのはこってりホイップクリームが乗ってる例のあれだ。

 ああ、あれね。上にナッツとかココアパウダーとか振ってあるやつ。たまにすっげぇ飲みたくなるんだよなぁ。

「って、理解を示してる場合じゃねえ! もう時間だぞ」

 亜貴は数時間前、牧に連絡してから端末を見ていない。きっとそこには山の様な着信と、メッセージが送られて来ている事だろう。

「ここの飲んだら帰るって。ちょっと待ってて。勿論、大和やまとのも買って来るからさ。同じでいい?」

 そう。俺は着の身着のまま、財布も持っていないのだ。

「なんでもいい。早くしろよ?」

「分かってるって!」

 鼻歌交じりの亜貴を見送った。
 今頃、岳は心配して気を揉んでいることだろう。俺は店の脇に立ち、出入口に注意しつつ、そこで待っていれば。

「おい…。お前、鴎澤おうさわ亜貴か?」

 呼ばれて顔を上げれば、ガタイのいい、如何にも真っ当ではない感じの男が、俺を取り囲む様に四人程立っていた。
 声をかけてきたのは、中にいた三十代くらいの男。
 髪を半分くらいアッシュグレーに染めていて、鼻にも耳にもピアス。襟元を大きく寛げた黒のシャツの首筋や手首からチラチラと入墨が見えていた。
 くっきりした目鼻立ちは多分、格好いい部類なのだろうが、如何にも悪そうな目つきに歪んだ口元がそれを台無しにしていた。

 こいつら、まともじゃねぇな。

 俺は思案する。

 俺は亜貴じゃない。

 察するに、マンションから後をつけて来たのだろう。制服を着て出て来れば─ブレザーだけだが─当然亜貴だと思い込むはず。
 ただ、この場合の返答は、

「だったら?」

 これが正解だ。
 亜貴を大切に思うたけるの気持ちを知った今、その思いを重く見るのは当然で。
 もし、俺が違うと言えば亜貴に危害が及ぶ可能性がある。
 俺は口を噤んだ。
 口を開いたアッシュグレーの男は目をすっと細め口に笑みを浮かべると。

「ちょっと話がある…」

 俺は男達に取り囲まれ、その場を離れた。

+++

「って…」

 口の中には砂利が入り込み、血の味がする。
 連れて来られたのは、ひとけのない廃ビルの地下駐車場。
 直ぐ表の通りに面しているのに、そこだけは入口に植木が茂り放置されていた。何年も人が住んでいないのだろう。
 歩いて十分とかからなかった。
 そこへ着いた途端、何も言わず唐突に腹を殴られ。
 何度も殴りつけられ、動けなくなった所を羽交い締めにされ頬を切られた。それで気が済んだのか、男達はそこをあとにして。

 久しぶりにやられたな…。

 いつ以来だろう。動けなくなる程、人に殴られたのは。亜貴の貸してくれた制服のブレザーがドロドロだ。
 亜貴が整った顔をしているのを知っていたらしい。だから傷つけてやれ、そう口にした。
 馬鹿な奴らだ。幾ら制服を着ていたとは言え、俺と亜貴を間違うなんて。

 イヤ。気づけよ。
 どう見ても俺と亜貴とじゃ雲泥の差だろうに。

 と、言う事は。
 やった奴らは亜貴を知らないと言うことだ。このままなら、当分亜貴本人に危害はおよばない。
 さて、とひと息つくと、軋む身体を起こし、壁に背を預ける。

「っ…」
 
 そこはカビと土の匂いが入り混じっていた。背にあたる壁はじっとりと湿っている。

 誰か通りかかれば助けも呼べるけど。

 薄暗いこちらに比べ、出入口の向こうには夜の街の光が溢れていた。
 けれど人の行き交う気配がない。余程の事がない限り、誰もここを覗かないだろう。

 まあ、時間が経てば回復するからいいけどな。

「ふぅ…」

 多分、骨はやられていない。もう少し呼吸が落ち着けば、立ち上がれるだろう。

「った。痛ぇな…」

 切られらた頬が、ドクリドクリと脈打つ様に痛み熱を持つ。

 俺の顔なんか傷つけたって、箔がつくだけだっての。

 手の甲で拭うとヌルリと血が手についた。うんざりする。
 マンションまで徒歩で行くしかない。この姿ではタクシーも止まらないだろう。

 亜貴はどうしてんだろ。

 ちゃんと家に帰っただろうか。
 俺がいなくなって、驚いている事だろう。
 相手が人違いをしているにしろ、うろうろしていれば、どんな危険が潜んでいるか分からない。亜貴は黙っていれば可愛いのだ。

 岳達に連絡してっといいけど。

 側についていないため、守る事が出来ない。
 しかし考えてみれば、俺は戦う事は出来ても、守る事をしたことがないと気がついた。
 相手をとことんやっつける事は出来ても、果たして守る事ができるのか。
 もし、亜貴と二人でいた所を襲われたら、守れなかったかも知れない。

 今度、岳にでも聞いてみるか。
 
 護身術を身に付けるのは悪いことじゃない。

 それに。

 岳の身にだって同じことが起きないとは限らない。そんな時、ある程度鍛えてあれば、それを未然に防ぐ事が出来る。

 やっぱ、頼んで雇って貰おっかな?

 護身術を身につければ、鬼に金棒だ。
 そんなことを考えていた所へ、タイミングがいいのか悪いのか。

「…大和?」

 弱々しいが、聞き覚えのある声に顔を上げれば、亜貴が入口に立っていた。
 その姿を認めて一気に緊張が走る。

 さっきの奴らが戻って来ないとも限らないのに。

「亜貴。お前、なにこんな所に来てんだよ。さっさと帰れ!」

 つい声を荒げれば、負けじと亜貴も食ってかかる。

「帰れるわけないだろ! こんな状態の大和置いて…!」

 亜貴はそう言うと傍らに駆け寄って、取り出したハンカチを頬へそっと押し当ててきた。痛みに顔を顰める。

「岳には? 連絡したのか?」

「した…。カフェを動くなって。でも、大和が気になって、探しに来たんだ…。そしたら、この先の路地で柄の悪い連中とすれ違って…」

 そこまで言うと唇を噛みしめる。
 俺は亜貴の震えるニの腕に手を添えると、声音を落として諭すように。

「俺は大丈夫だ。いいからお前は、さっきのカフェに戻って岳を待て」

「出来るわけない。血も止まんないし…」

 ハンカチを押さえる亜貴の指に血が滲む。さっき当てたばかりなのに、青地のハンカチが赤黒く染まっていった。
 確かに出血は止まらないし、腹も痛む。
 けれど、大事なのは亜貴の身の安全だ。自分がこの状態では、なにかあっても亜貴を守れないだろう。

「ここにいたんじゃ、岳が見つけられないだろ? 一旦戻って岳と合流してから、牧にでも頼んで迎えに来てもらえれば──」

 言いかけた途中で、

「大和…!」

 その声に目を向ければ、亜貴の向こうに、上背のある人の姿が見えた。
 余程急いで来たのだろう。息を切らしている。

 岳──。

 俺は壁から少し体を起こすと、亜貴の向こうに見える岳に向け。

「岳! 亜貴を早く連れてけ。やっぱ狙われて──」

 岳はそれには答えず、無言で駆け寄ると強い力で抱き締めてきた。

「岳…?」

 冷えた肩が温もりに包まれる。岳の香りが、自分を包みこむように感じられた。

「無事で良かった…」 

 ぎゅっと抱きしめる腕に力がこもった。
 その様子に傍らの亜貴も驚いているよう。岳は暫くそうしていたが。

「…岳。俺は大丈夫だ」

 広い背中をポンポンと叩くと、それで岳も我に返ったらしい。直ぐに体を離すと、俺の怪我の状態を確認した。

「頬の他に怪我は? 何処を殴られた? 腕や足は動かせるか?」

 血に染まってぐしょぐしょの亜貴のハンカチを自分のそれと取り替え、手で押さえるように言われた。その際、傷口を見た岳は顔を幾分、顰めて見せる。

「殴られたのは腹ぐらいで、後はたいした事は──」

「直ぐに医者に見せる。懇意にしてる奴だから気にしなくていい。亜貴はふじと先に帰ってろ」

 そう言うと、有無を言わさず俺を腕に抱えあげた。途端に見晴らしが良くなるが。

「うわっ! 降ろせってっ」

「大人しくしてろ」

「て、言ったって。楽チンだけど、俺歩けるって。それにせっかくのスーツが血だらけなんだけど?」

 俺の頬から滲む血が、既にジャケットからシャツからべったりくっついている。しかし、岳は。

「今はまともには歩けない。それに、スーツなんて幾らでも替えがある」

 表情は硬く真剣だった。
 いつも家で見るどこか茶化した様な何時もの雰囲気はそこにない。俺はその様子に大人しく従うしかなかった。

「分かった。頼む…」

「それでいい」

 そこで漸く岳の口元に幾らかの笑みが浮かんだ。すぐ後方から藤が出てきて、亜貴の傍につく。
 車は二台あり、一方は岳自ら運転し、亜貴はもう一方、同じくついてきた牧の運転で共にマンションへと帰って行った。
 亜貴はしゅんとしていたが、去り際、こちらを気にかけるように幾度も振り返っていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

オレに触らないでくれ

mahiro
BL
見た目は可愛くて綺麗なのに動作が男っぽい、宮永煌成(みやなが こうせい)という男に一目惚れした。 見た目に反して声は低いし、細い手足なのかと思いきや筋肉がしっかりとついていた。 宮永の側には幼なじみだという宗方大雅(むなかた たいが)という男が常におり、第三者が近寄りがたい雰囲気が漂っていた。 高校に入学して環境が変わってもそれは変わらなくて。 『漫画みたいな恋がしたい!』という執筆中の作品の登場人物目線のお話です。所々リンクするところが出てくると思います。

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

Take On Me 2

マン太
BL
 大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。  そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。  岳は仕方なく会うことにするが…。 ※絡みの表現は控え目です。 ※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。

Pop Step

慰弦
BL
「私のために争うのは止めて!」 と声高々に教室へと登場し、人見知りのシャイボーイ(自称)と自己紹介をかました、そんな転校生から始まるBL学園ヒューマンドラマ。 彼から動き出す数多の想い。 得るものと、失うものとは? 突然やってきた転校生。 恋人を亡くした生徒会長。 インテリ眼鏡君に片想い中の健康男児。 お花と妹大好き無自覚インテリ眼鏡君。 引っ掻き回し要因の俺様わがまま君。 学校に出没する謎に包まれた撫子の君。 子供達の守護神レンタルショップ店員さん。 イケメンハーフのカフェ店員さん。 様々な人々が絡み合い、暗い過去や性への葛藤、家族との確執や各々の想いは何処へと向かうのか? 静創学園に通う学生達とOBが織り成す青春成長ストーリー。 よろしければご一読下さい!

処理中です...