Take On Me

マン太

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8.似ている?

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「おい、入るぞ」

 ホットミルク片手に、ノックもそこそこ、ドアを押し開けば、ベッドの上でごろりと横になっている亜貴あきがいた。不貞腐れているのが見て取れる。
 そんな姿にため息をつくと。

「なんだ。もう寝てんのか?」

 すると、こちらも見ずに、亜貴は更に小さく丸々って。

「…このままじゃ、くさっちゃうよ」

「まあ、ナマモノだからな?」

 冗談めかしてそう言った後、持ってきたホットミルクを机へ置けば。

「他人事だと思ってんだろ?」

 じとりとこちらを睨んでくる。
 上目遣いのそれは、亜貴がすると可愛さ倍増なのだが、『ドキリ』とはしないのは、亜貴だからか。

「亜貴の気持ちはよく分かるって。俺だって、お前と同じ歳でそんな目にあったら、イライラするし。けどな──」

 亜貴が俺の言葉の続きを待つように、視線を向けて来る。俺は徐ろにベッドサイドに腰掛けると。

たけるはお前が思う以上に、お前のこと大切に思ってんだ。そこんとこ、分かってやれよ?」

「なんでそんな事わかるんだよ? 大和やまと、来たばっかだろ?」

 う。痛いとこ突いてくる。

 そう。まだここへ来て、たかだか数ヶ月。けれど──。

「だからこそ、見えるもんがあるんだってこと。それに、岳も亜貴に対する思いを話してくれたしな? そんな風に思ってくれる奴がいるのは羨ましいって思うぞ。大事にしないとな?」

「…大和には、いないの?」

 寝転がった亜貴が、どこか気づかう様にこちらに視線を投げ掛けてくる。俺は頭を掻きつつ。

「わかんね。けど、岳みたいなの、あんまいないって。だから、今は言うこと聞いとけよ? 一生、続くわけないんだし。な?」

「うん…」 

 それでもまだ納得が行かないようではあったが。俺は慰めるつもりで、ポンポンと軽くその頭を叩くと。

「お前の兄貴は、スゲェ奴だよ」

 そう言ってニッと笑む。

「ん…」

 亜貴はそれ以上何も言わず、部屋を出ていく俺をじっと見つめていた。
 俺はリビングへと戻りながら、思い返す。
 確かに自分の全てを投げうって、守ろうとしてくれる奴なんて、早々いない。

 わかんねぇとは言ったけど。

 亜貴には岳が、岳には真琴がいる。
 けど、俺にはそんな存在はいない。唯一の肉親である父親は、俺を見捨てていく始末だ。

 ま、自分で守るし、俺は守る側の方が性
に合ってるしな。

 それでも、亜貴に言った通り、そんな存在がいることを素直に羨ましいと思った。
 
+++

 夜十時も半ば過ぎ。
 亜貴の部屋を訪れたあと、寝支度を整えた俺は、そろそろ休憩が必要だろうとカフェオレを手に岳の部屋のドアをノックした。
 亜貴の時とは大違いだ。見られていたら文句を言われただろう。

「ちょっと休憩しないか? カフェオレ持ってきた」

「ん…。ああ、入ってくれ」

 ドアを押し開くと、デスクの上に端末を置き、手元の書類を睨みつけている岳がいた。
 俺は書類の置かれていない、安全地帯へカップを置く。フワリとカフェオレの薫りが漂った。それに釣られる様に岳も視線を上げる。

「済まないな。気を使わせて」

 若干、やつれたようにも見えるその横顔に心配になる。

「よく分かんねぇけど、あんまり根詰めるなよ?」

「そうだな…」

 視線が合うと僅かに笑む。
 なんだろう。それだけでドキリとしてしまう。ここは亜貴の時と違う所だ。

 疲れた顔に妙に色気があるんだよなぁ。

「肩でも揉むか?」

「いいや。大丈夫だ」

「その、さっき。俺、無神経な事言ってごめんな。何も知らない癖に…」

「気にするな。大方は真琴まことが話したと思うが。図星には変わりない。もう腹は括ってるけどな」

「うん…」

 先程、真琴が言った通りだった。岳はふと笑みを浮かべると。

「大和は、あれだな。きっと写真写りがいい」

「ん? なんでだ?」

「撮るだけで絵になる。そう言う奴が稀にいるんだ。容姿がいいだけじゃただのブロマイドにしかならないが、雰囲気のある人間は容姿に関係なく絵になる」

「…要するに、ブサイクだけど写真なら誤魔化せるって事か?」

 すると岳は肩を揺らして笑い出す。

「そうじゃない。そこまで卑屈になるなよ」

 ひとしきり笑った後、ふと我に返った様に真顔になって。

「俺は昔、写真を撮ってた。学生時代。山が主だったけどな。それを職業にしたかったんだ」

「さっき真琴さんにも聞いた。意外というか、納得と言うか…。な、本当は今も撮りたいんだろ?」

「どうだろうな…」

 岳は視線を反らすと、どこか遠くを見るような目つきになる。
 触れてはいけない部分だったのかも知れない。

 本当にやりたかった事を諦め、弟の為に違う道を選択して。

 なんか、やっぱり辛いな。

 岳の弟を思う気持ちも、夢への思いも。

 すると、岳は話題を変えるようにこちらに向き直って。

「なあ、大和は何かに似てるって言われた事ないか?」

「何かって、いいや? 某鉄道アニメの主人公には似てるって言われた事あるけど…」
 
「コツメカワウソ」

「は?」

「コツメカワウソに似てる。そっくりだ」

 岳はまた笑い出す。俺は頬を膨らますと。

「おうおう! コツメカワウソとは何だ! コツメカワウソとは! せめて人間にしろよっ」

 しかし。
 自分でもああ似てるな…と、胸の奥で納得した。
 ミーヤキャット程、可愛くはない。
 どこか間延びした、ぽやんとした顔。
 それが俺だ。

 肩を揺らして笑う岳に、これほど受けたなら、それもいいかと思ってしまう。

「いいさ。笑えよ。笑ってストレス発散しろよっ」

「拗ねるなって。フフ、しかし、見れば見るほど…」

「岳の役に立てて何より──」

 これ以上、仕事の邪魔をしてはいけない。これを機に、そろそろ退散しようと笑う岳に背を向ければ。
 不意に岳が腕を引いて来た。バランスを崩し、背後に倒れ込む。

「っ?!」

 気がつけばイスに座る岳の膝に乗っかっていた。フワリといつもの岳の香りが鼻先を掠める。

「た、岳?」

「うん?」

 言う間に、スルリと腕が背に回り、そのまま抱きしめられた。
 
 なぜ、この体勢?

「どうした? 突然。人恋しいのか?」

「そうだな…。温もりが恋しい」

 言葉と同時に、ギュッと腕に力が入る。俺は岳の肩に顎を預けながら。

 ははぁ。さてはパートナーに会えてないんだな?

 ここの所、いつも疲れた様子で帰って来ていた。忙しくて会いたくても会えていないのだろう。
 俺は密かに納得すると。

「そうか。仕方ない。俺でよければ、岳のパートナーだと思って、好きなだけ抱き締めとけ。顔は見るなよ? なんせコツメカワウソなんだからな」

 すると岳の身体が揺れ始めた。笑っているようだ。

「おっまえ、ほんと──」

 笑いが止まらないらしい。
 背に腕が回され、更に身体が密着して、まるで抱きかかえられた、ぬいぐるみのよう。
 何だか、岳の相手に無性に申し訳なく思った。

「暫くこのままでいさせてくれ…」

「お…おう」

 まあ。緊急事態だしな?

「大和は、あのぬいぐるみと同じだ…」

 ぬいぐるみ?

「って、あのベッドの脇に置いてある…?」

 俺の問いかけには答えず、ただ抱きしめる腕に力を籠めた。
 そのまま、俺がついうっかりうたた寝をするまで、好きなだけ岳は抱きしめていた。
 ──らしい。

+++

 ピピピっと、電子音が鳴る。
 傍らで誰かが動いてそれを止めた。衣擦れの音がして、左側にあった温もりが動く。

「大和、起きる時間だぞ」

「ん。はよ…。岳──」

 言いかけてハッと目が覚めた。
 目を開ければ、目の前に岳の整った顔がある。相変わらず綺麗な顔してんなと思いつつ。

「って、は? なんで、岳…? は?」

 言葉にならない。
 目の前にある顔は、正しく岳で間違いない。
 昨日の夜。岳と話していて、ハグされて。
 意外に暖かいなぁと思っているうちに──。

「…寝たのか」

「ああ。ぐっすりな。俺の腕の中で。その後、ベッドに移動させても、歯研いて帰って来ても、ちっとも起きなかったな」

 うぐぐぐ。何たる失態。

「確かによく眠れた…。けど、起こせよ。起こせばいいだろ? ベッドに移動させる前に起こせ? 何で一緒に寝ようと思う? 重いだろ? 邪魔だろ? 岳は相手がいるんだろ? パートナーに悪いと思わねぇのか?」

 矢継ぎ早に問えば。

「起きたばっかなのにテンション高いな? 一応、答えると、人と一緒に寝るのはイヤじゃない。大和は小柄で邪魔にはならないしな。因みに特定のパートナーはいないから、後ろめたくもない。あと、俺はこう見えて小さくてカワイイものが好きでね。このぬいぐるみはコツメカワウソなんだ。お早う。大和」

 このぬいぐるみとは、言わずもがな、スタンドの下を陣取るそれだ。

「……」

 ニコリと笑む岳が凶悪だ。
 俺はどうしたらいい? いや。ただ寝ただけだ。雇用主と従業員が同じベッドで、雇用主の腕枕で…。

「…メシの支度をする」

「そうだな。それがいい」

 岳は楽しげにそう返した。

 てか。なんで、抱きしめたんだ…。

 傍らのサイドボード、スタンドの下でコツメカワウソのぬいぐるみがつぶらな瞳で見上げていた。
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