Take On Me 3

マン太

文字の大きさ
上 下
30 / 50

29.七生の事情

しおりを挟む
 七生は、初めから大和のことが気になっていた。
 倖江から鴎澤家の話はよく聞かされていて。写真も見せられていた。とてもいい家族なのだと、倖江は楽しそうに語り。
 なかでも、大和の話題は多かった。
 笑える話には必ず大和が登場して。写真の中の大和は、いつも満面の笑みで、歯を見せ笑っている。

 いつか、会ってみたいな。

 明るく前向きで、屈託なく笑う──。七生が好きになるタイプだった。
 七生は中学高校と進む頃には、薄々、自分の性的志向に気付いていて。
 女の子と遊ぶのは、楽しいし気楽で。デートと称して泊りで遊びにいったことも頻繁にあった。
 けれど、手を出す気にはならず。
 気が付くと、異性とより同性といる時の方が、ドキドキして意識している自分に気がついた。
 そこで、性的自認は男性で、好意の対象も同性なのだと悟ったのだ。
 けれど、それを仲のいい女友達には話せても、実際、好意を持った男性には話せず。
 長い間、付き合う機会には恵まれなかった。
 高校、専門学校を卒業し、保育士になって保育園に勤めて、でも退職して。
 そこへ鷗澤家でのハウスキーパーの話が迷い込んできたのだ。
 祖母の姉、倖江からその話をもらった時、一も二もなく飛びついた。あの、大和に会えるのだ。飛びつかないはずがない。
 それで、実際に大和に会って、思っていた以上に好感が持てた。
 大和は分け隔てなく優しく、楽しく気遣いのできる人間で。余計に好感をもち、更に気になって。
 気が付いたら、本気で好きになっていたのだ。
 ただ、初めから分かっていたこととはいえ、大和は岳と付き合っていて。まさしく相思相愛。入り込む隙などない。
 勿論、七生も取って代わろうなどと言つもりはなく。いつ見ても岳は完璧で、自分が太刀打ち出来るような相手ではなかった。

 羨ましい。

 岳を見てはそう思った。
 その為、思いを告げるつもりもなかったのだが──。
 岳には、すぐに大和への思いを気づかれ、警戒された。
 岳はできる限り自分と大和を二人にはしなかったし、いつも監視の目を光らせていて。
 なるべく、大和と関わらせないため、岳は自分といる時間の方を増やしもしたのだ。
 岳の徹底的なガードに、逆に七生は思いをつのらせ。
 なかなか二人切りになれない事で、大和に会いたい一心と、働く姿を見てみたかった七生は、無理を承知で山に登った。
 その際、岳にどう言うつもりなのか指摘され、仕方なく本心を吐露したのだ。

「好きなんです!」

 岳に大和をどう思っているのか指摘され、半ば叫ぶように口にしていた。

「…わかってた」

 岳はやっぱりと言うように、ため息交じりにそう答え。

「だったら…。どうして今まで放って置いたんですか?」

 七生は睨むように岳を見つめる。

「好きになるのは…自由だ。止めろとは言えない。──だから放っていた」

「どうせ成就しないから、ですか?」

 余裕な岳にムッとしてそう口にすれば。

「…どうだろうな」

 岳は苦笑して見せる。

「僕、真剣なんです。今日だって、その為に無理してここまで来ました…。だって、少しでも一緒にいたいから…。岳さんは、どう思っているんです? 僕の事…」

 大和に会いたくて。もっと、その姿を近くで見ていたくて。
 七生は無理を押してここまで来た。
 そんな自分を、岳はどういうつもりで見ていたのか。ライバルなどと、思ってもいないのだろうが。邪魔な存在だとは思っているだろう。

「少し…、考えさせてくれ」

 岳は何か思う所があるらしく、そう答えた。
 即答しないとは。
 直ぐに出ていって欲しいくらいは、言われると思ったのに。

 それを大和は聞いてしまったのだが──七生は知る由もなく。
 そして、あの遭難事件。
 あの時、七生は言葉通り、大和の為に岳を探しに出たのだ。
 あれだけ岳を好きな大和が、どれだけ心配しているか。それなら迎えに行って、文句の一つでも言って連れ戻してこようと。
 あれは迂闊だった。山を知らない者の行動で。結局、逆に大和を危険な目にあわせてしまい。
 祐二や岳の話から、大和はあのまま朝を迎えていたら、命を落としていた可能性が高かったと告げられたのだ。
 自分の軽率な行動で、大好きな大和を危険に晒してしまった。その事実を知って、七生はひどく反省し。
 そして、七生の中で、大和は大きな位置を締めていることを、再認識したのだった。

 それが、七生の事情だった。

+++

 その七生が、大和を窮地に陥れるような事を口にするはずもなく。
 電話の向こうの真琴はしばし黙したが。

『…分かった。なら、そう言うことで。倒れた男を発見したのは俺と七生だけだ。俺たちは何も見ていない。ただ、散歩の途中に物音を聞いて偶然、発見した──そう言うことにしておく。藤はもう帰してある』

「すまない。頼んだ」

 ひとつ息を吐き出す。夜風が頬を撫でていった。

 俺はてっきり、大和が七生になびいているんじゃないかと、思ってたからな。

 大和は大和で、来たばかりの七生をずっと気遣っていて。いつも言葉の初めには七生の名前が出た。
 フランス人の血も入る七生は、日本人離れした容姿で、美形の部類。大和より小柄で、可愛い。なにより性別を感じさせなかった。これなら大和が気になっても可笑しくはない。
 岳は気が気ではなく。
 そうして、二人を注視しているうち、七生の大和に対する思いを感じ取った。明らかに大和に特別な感情を抱いている。
 七生はいつも大和を見ていたし、何かと頼った。逆に自分をじっと見つめてくる事があり。それは、好意の視線などではなく。
 勿論、大和に対して、先輩ハウスキーパーとして、教えを乞うている部分はあったのだろう。だが、それ以上に近い立ち位置に七生は入ろうとしていた。
 意識的なのか無意識なのか。
 大和はそれを嫌がるふうでもなく。むしろ喜んで対応していた。その殆どは親切心からくるものだろうが。
 だいたい、大和はそういったことに鈍いのだ。まさか、思いを向けられているなど、露ほども思っていなかっただろう。
 結果、大和に逆の思い違いをさせてしまい。
 大和は自分がフラれると思っていたのだ。山での話を立ち聞きすれば、誰でもそう思うだろう。
 でも、それまでの岳の態度がいつもと変わらなかったため、混乱してはいたらしい。
 心ではそんなはずはないと思っても、実際、七生と岳の会話では、七生へと思いが傾いていると聞こえたのだろうから無理もない。
 祐二から山小屋での大和の様子を聞き、すぐに会話を聞かれたのだと気付いた。

 このままにしてはおけない。

 そう思っていた矢先、あの遭難事件。
 学生は無事に救出できたものの、代わりに七生と大和が遭難しかけた。
 七生を必死に守った大和。
 それは弱いものを守るという思いのほかに、岳の思いが七生に傾いていると知って、何かあってはまずいと、考えた所為もあったのだろう。

 大和は優しい。お人好しと言ってもいいくらいだ。

 自分を犠牲にしても、好いた相手の大切なものを──誤解だったわけだが──守ろうとした。
 自分と置き換えたのだろう。誰しも、好いた相手には生きていて欲しいのだから。

 大和が無事で良かった。

 本当はあの時、一番に大和を抱きかかえ小屋に戻りたかった。
 だが、人の救助に私情は挟めない。あの状況では弱った七生を先に連れていくのが正解だった。
 名前を呼んだ時の、大和の顔を今でも思いだす。驚きほっとした表情。そこに泣き出しそうな表情も入り混じって。

 本当は、抱きしめてキスしたかった。
 
 どうしても、大和の事となると、正常でいられない。
 大和が自分を心から好いているのは分かっているのだが、独占欲が強く出てしまい、結局、疑心暗鬼になってしまう。

 こんな自分がいるとはな。

 真琴にそこを突かれた時、つっかかったのは、それが事実だからだ。
 大和のことになると、まるで嫉妬に狂った人間の様になってしまい、大和の人格など無視して、誰にも会わせず、閉じ込めて居たくなってしまうのだ。

 尋常じゃないな。

 我に返るとそう思うのだが、もし大和が他の誰かを──そう、想像すると、むくむくとそれが湧き上がってきて、大和を独占したくなるのだ。
 それが、今回の件。
 誰がみても可愛いと思える七生が現れ。
 元々大和はゲイでもバイでもない。岳が好きだからと、それに応えてくれたのだ。
 だから、どんなに見目麗しい人物が現れようと、揺らぐことはないと分かっていたのだが、七生が大和を好いていると知って、平常心ではいられず。
 大和は誤解していたから、岳と七生だけの時間も許していたが、岳は逆にその方が監視できるし、その間は七生と大和とを離しておけるからと、内心複雑ではあったが七生といる時間を受けれいていたのだ。

『それで──大和は?』

 控えめに真琴が問う。

「捕まえられなかった…。知らない車に乗ってった。逃げ足は速いんだ…」

 髪をかき上げ苦笑する。

 けれど、きっと見つけて見せる。

 差し出した手を、掴もうともしなかった。怯えた目でこちらを見て逃げ出して。

 まるで、俺を見ていなかった。

 追いついた後もこちらを見ようともせず。

 大和は──逃げたんだ。

 自分から。

 理由がなんであれ、その事実は岳の中に影を落とした。
 大和を乗せた黒塗りの外車は、既にはるか遠くに移動し、テールランプを僅かに光らせ、角を曲がると視界から消えていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

森のエルフと養い子

マン太
BL
 幼い頃、森の大樹の根元に捨てられたタイド。そんな彼を拾ったのは、森に住むエルフ、スウェル。  直ぐに手放すつもりがそうもいかず…。  BL風味のファンタジーものです。毎回ですが、絡みは薄いです。  エルフ設定は「指輪物語」に近いですが、勝手に妄想した設定も。  やんわりお読みいただければ幸いです。  よろしくお願いします。 ※小説家になろう、エブリスタにも掲載しております。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

Take On Me 2

マン太
BL
 大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。  そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。  岳は仕方なく会うことにするが…。 ※絡みの表現は控え目です。 ※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

薬師は語る、その・・・

香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。 目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、 そして多くの民の怒号。 最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・ 私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

浮気性のクズ【完結】

REN
BL
クズで浮気性(本人は浮気と思ってない)の暁斗にブチ切れた律樹が浮気宣言するおはなしです。 暁斗(アキト/攻め) 大学2年 御曹司、子供の頃からワガママし放題のため倫理観とかそういうの全部母のお腹に置いてきた、女とSEXするのはただの性処理で愛してるのはリツキだけだから浮気と思ってないバカ。 律樹(リツキ/受け) 大学1年 一般人、暁斗に惚れて自分から告白して付き合いはじめたものの浮気性のクズだった、何度言ってもやめない彼についにブチ切れた。 綾斗(アヤト) 大学2年 暁斗の親友、一般人、律樹の浮気相手のフリをする、温厚で紳士。 3人は高校の時からの先輩後輩の間柄です。 綾斗と暁斗は幼なじみ、暁斗は無自覚ながらも本当は律樹のことが大好きという前提があります。 執筆済み、全7話、予約投稿済み

処理中です...