Take On Me 4

マン太

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13.来客

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 その日、仕事もあと少しで終わるという頃、亜貴から、
『できれば家に帰る日を増やして欲しいんだけど』
 そう、端末に連絡が入った。
 岳が家を開け、以前より帰る日を増やしていたのだが。
 なにかあったのか、と返せば、
『大和が心配だから』
 とあった。
 ひとり借りたマンションに帰宅した真琴は、日付が変わる頃、ようやくベッドに潜り込むことができた。そこで改めて亜貴からの通知に目を落とす。
 どうやら、大和と例の少年、壱輝との関係を心配しているらしい。
 それは岳も気にしていた事だった。真琴も暫く接してみて、初奈はこのままで大丈夫と思えたが、壱輝は大丈夫とは思えなかった。
 亜貴の言う通り、大和に対してだけ壱輝は絡む。それは口うるさく生活態度を改めさせようとするからなのだろうが、亜貴や真琴が注意しても、反抗的な態度は取らない。
 大和の時だけだ。あきらかに大和を舐めている証拠で。大和の優しさに甘えているのだ。
 亜貴は別の事も気にしている素振りだった。いじめっ子が好きな子をいじめる心理に似てると。亜貴は自分の時と似ていると思っているらしい。
 亜貴も初めこそ大和を嫌ったが、一緒に過ごすうち、それはなくなり、逆に好意を持つようになった。
 真琴としては、そこまではないと思っているが、大和に気にして欲しいのは事実なのかもしれない。
 反抗的な態度を取ると言う事は構って欲しい証拠だ。目をつけられるのが嫌だったら、大人しいフリをしていればいいのだから。
 壱輝の近辺についてはすでに探っていた。
 前職の習性だ。組にいた頃、岳に関わる全ての案件について、事細かに調査を入れていた。見逃しては命に関わる一大事につながる可能性もあったからだ。
 円堂壱輝。公立高校に通う高校一年生。十五歳。高校での親しい友人は二人。クラスメートだ。中学からつるんでいる友人もいた。こちらは友人とは呼べないのかも知れない、素行の悪い連中だ。
 その中にはヤクザとのつながりもある人間もいた。下っ端に過ぎないが、そう言う輩こそ、手が付けられなかったりもする。

 いただけないな。

 真琴は眉根を寄せる。
 小学生の頃の事件も調べてあった。それは既に父親の円堂から岳へ。岳から大和へと聞かされていたのと変わりなく。
 犯人の男は他にも余罪があり、服役後、出所したがすぐに事件を起こし、実刑判決を受けいまだ刑務所にいた。
 親は壱輝が六歳のころ、初奈が生まれて間もなく離婚している。
 父親が親権をもったが、育てていたのは主に祖父母だったらしい。中学一年の頃、祖父母が相次いで死亡し、その後は近所の住民に助けられながらも、殆ど兄妹のみで生活していたようだった。

 それは乱れもするだろうな。

 普通ならそうなる。大和の様にまっすぐ前を向いて、スレないのは稀だ。
 どこかで躓き、または周囲に怒りを向け、自身を堕としていくものが多い。壱輝も例にもれず、反抗的な態度で周囲から疎まれ、自ら道を踏み外した感がある。
 逆に初奈は聡い子だった。兄の様に人や環境を憎む、妬むという事はなく。大人なのだろう。
 大人しいように見えて、芯はしっかりある。自身の環境を受け入れて、黙々と今自分ができることをやっているだけに見えた。

 そこは大和と似ている。

 それに絵をかくことが好きで、そこで自分の思いを発散しているようにも見える。
 前に亜貴が初奈からもらったと言う絵を見せてもらったが、かなり自由に空想の世界を描いていた。そこには様々な昆虫や動物、草花があらゆる方向から好き勝手に動き、生え。かなり自由に描かれていた。

 それが、初奈の思いでもあるんだろうな。

 何事にも縛られず、自由に。空想の世界で自分を解放する。
 だから、初奈はぐれたりはしないのだ。そこで自分を表現している。壱輝とは違った表現の仕方だった。
 初奈のことはそこまで心配はしていない。亜貴もきちんとフォローしている様で、授業の課題もあるだろうに、最近はリビングで一緒に絵を描いていたりもする。
 それは、大和の負担を軽くさせるためでもあるのだろうが、亜貴自身も意外に楽しんでいるようにも見えた。
 昔の自分と重なる部分もあるのだろう。亜貴の幼い頃はずっとひとりで。誰かと遊んでいたと言う記憶は無かった。

 問題は、やはり壱輝か──。

 今のところ大和に暴力的な態度は取っていない。過去を見ても、暴力沙汰は起こしていないようだった。
 単に素行が悪いのだ。タバコやアルコールもさることながら、女性とも複数関係している。相手は大抵水商売の女性で、後は僅かに一般人も含まれていた。すべて成人女性だ。
 今の時代、繋がろうとすれば幾らでも繋がれるのだろう。

 薬には手を出していないようだが、この分だと危ういな。

 高校のクラスメートらは問題はない。中学時代からの付き合いのある連中がいけなかった。
 中には暴力沙汰や、麻薬、覚せい剤の所持で逮捕歴のある者も含まれている。こちらの関係は早めに断つのが彼の為だろう。
 楠を頼ろうかと思った。岳や大和に関わることなら、二つ返事で応じるだろう。
 壱輝の関係するヤクザとつながりのある連中は、どうやら楠の支配下にある組の構成員の様で。かなり下だが、いざとなれば手を回してもらえるよう、手配しておいて間違いはない。
 どんな些細なことでも、小さいうちに摘み取っておくに限るのだ。何かあってからでは遅い。
 壱輝達とは、あとたった二カ月の付き合いだ。そこまで気にしなくてもいいだろうが、家にいる間は、面倒は避けたかった。何かあれば一番に大和へ害が及ぶからだ。
 真琴の思考の中心には必ず大和がいる。
 岳に大和を守ると誓ったのだ。岳が帰ってくるまでは、彼に降りかかる問題はすべて露払いするつもりでいた。

+++

「おかえり!」

 金曜日、壱輝とともに友人二人が家を訪れたのだ。いつもより三倍、気合を入れて迎えに出た。
 俺はそわそわした心境でそれを待っていたのだが、駆けつけて玄関を開け出迎えた途端、ひとりの少年が思いきり目を丸くして見せた。

「あの…、キャラ弁作ったひと?」

「え? あ、ああ。そうだけど…?」

「…嘘。男じゃん…」

 明らかにがっかりしている。

 なんだ。ちょっと傷つくぞ? 

 肩を落とした、運動部にでも所属しているのか、真っ黒に日に焼けた少年と、その向こうににこりと笑む優等生風の長身の少年がもう一人いた。

「俺、翔です。こいつは知高。御邪魔させていただきます」

「おう! さ、入ってくれ。俺は大和だ。呼び捨てでいい」

 翔は礼儀正しいな。こっちの知高はやんちゃな高校生って感じだな。

 がっくりして見せた知高は、大袈裟なほどの大きなため息をつきつつ靴を脱ぎ、用意したスリッパに履き替える。
 翔はそんな知高を押しやる様にしながら、廊下を進み案内したリビングへ向かった。壱輝も無言でついていく。
 キッチンのダイニングテーブルで、先に帰っていた初奈が勉強をしていた。
 リビングにあるテレビは大型だし、ゲーム機も置いてある。ネット環境もばっちりだ。俺はリビングのソファを示すと。

「遊ぶならここでな。初奈もここで勉強するからそこんとこ、気をつけてな。遅くとも十時には部屋に行くように。部屋は壱輝が知ってるな?」

 言いながら見れば、壱輝がこくりとうなずいた。先に場所は教えてある。二階の角部屋だ。狭いのが難点だが、朝は日差しが入って心地いい部屋だった。

「後は自由だ。夕飯は七時な? 浴室は一階の廊下を出て左手奥の突き当り。詳しいことは壱輝に聞いてくれ。新しいタオルは部屋に置いてある。歯ブラシもなければ新しいのあるからな? 他に何か必要ものがあれば言ってくれ」

 一応、着替えや寝巻の用意はある。ぐるりと見回したが、特に質問はなかった。

「じゃ、ゆっくりしてってくれ。俺は夕飯の支度があるから。あっと、十時過ぎには亜貴が帰ってくる。会ったら挨拶でもしといてくれ」

「はーい…」

「はい」

 知高と翔がそれぞれ答える。
 俺は満足気に二人をみて、またキッチンへと戻った。
 二人とも、性格は良さそうだった。というか、かなり普通だ。壱輝のみてくれだ。似たような感じなのかと思ったのだが。
 やはり、壱輝は根はいい奴なのだと思う。でなければ、こんな友人はできないだろう。
 俺は鼻歌交じりに食器を準備しだす。
 今日は高校生男子なら嫌いな奴などいない、唐揚げだ。王道だろう。片栗粉多めの小麦粉で作った衣で揚げたそれは、サクサクの衣となっている。味付けは三種類。ニンニク醤油味。黒コショウも効かせればばっちりだ。
 あとはカレ—風味に、塩こうじ漬け。俺としては塩こうじ漬けがおすすめだが、どれも間違いはないはずだ。
 俺はなんだか、壱輝が友だちを連れてきたのが嬉しくて、しかも、ごくまともな連中で。
 それが更に嬉しくて何時にもましてノリノリで支度に取り掛かった。

+++

「って、男って言えよ!」

 ソファに座った知高はキッチンで機嫌よく夕食準備に取り掛かっている大和を見ながら、同じく隣に座った壱輝に食って掛かる。

「別に聞かなかっただろ。俺、女だって一言もいってねぇし」

「だけどさぁ。普通、あんな可愛いキャラ弁作ってさ、その後も、スッゲェうまそうな弁当作ってきてさ。絶対、可愛くて綺麗な女の人! って、思うだろ? な? だろ? 翔」

 翔は後ろ頭をかきつつ。

「うーん。俺は別にそこは気にならなかった。てか、壱輝の雰囲気が最近変わってさ。そっちの方が気になって。その原因がここにあるんじゃないかって…」

「なにそれ? 原因? て、確かに、前みたいにこう、ツンツンしてるのが減ったよな? 柔らかくなったって言うか…。って、ここに来たから?」

「んなことねぇって。翔、変なこと言うなっての」

 すると翔は笑って。

「変なことじゃないって。絶対、変わったって」

 と、そこへ大和がココアを運んできた。ちゃんと粉から淹れたものだ。途端に三人は静かになる。

「とりあえず、飯のまえだからこれだけな? あとちょっとだから。初奈! そこ準備するからこっちでな! 壱輝、初奈の座る分、あけとけよ?」

 壱輝にそう言うと、大和はまたキッチンへと戻って行った。代わりに初奈がおずおずとこちらに来て、空いたソファの隅に座ると、また予習のプリントを出して続きを始めた。

「うわ! お兄ちゃんより、全然、勉強するな? えらいねー、初奈ちゃん」

 知高は覗き込んでからかうが。

「知高、放って置けよ。初奈、そう言うの慣れてねぇから」

「ちぇ。ちょっと話しただけじゃん」

 知高は頬を膨らます。と、そこへ『ただいま』と声がした。皆、声のした方へと顔を向ける。丁度、亜貴がリビングへ入ってくるところだった。

「あれ? 今日早かったのな?」

 まだ七時前だ。大和が驚いた様子で声をかける。すると、ちらと壱輝らを一瞥した亜貴は、

「だって、人が来るって言うし。大和だけじゃ対応仕切れないかもしれないだろ。心配だから帰ってきた」

「大丈夫だって。みんないい奴だ。だろ?」

 そう言って大和はこちらに目を向けてきた。知高と翔は頷く。

「だよな?」

「はい」

 それをみた亜貴は。

「…まあ、まともな感じか。でも、やっぱり帰ってきて良かった。何もなくても心配だしさ。手伝う」

「え? いいって。座ってろよ」

「いいの。バイトしてないから疲れてないし」

「ん。じゃ、そこの皿出して、唐揚げ移してくれるか?」

「了解」

 そうして、二人仲良く準備を始めた。
 時々額を寄せあったり、亜貴が大和の手元を覗き込んだり。二人の距離が近い。それをじっと見ていた知高と翔は。

「…なあ。距離、近くね?」

「さあ」

 壱輝は知高の問に素っ気なく答えると、翔は顎に手をあて。

「てか、亜貴さんて、カッコいいよなぁ。モデルやってそう。顔綺麗だし。化粧しても可笑しくないって。…まあ、確かに近いな」

 壱輝はひとつ、息をつくと。

「大和は他にパートナーがいる。今はうちの親父とヒマラヤ行ってるけど」

「ん? って、それって?」

 知高がきょとんとなって尋ねてくる。
 別に大和たちは隠していない。周囲もごく当たり前のようにしているから今更なのだが。壱輝は甘いチョコの香りを放つココアを口にしながら。

「…同性だよ。つきあってんのは亜貴の兄貴。そっちもかなり派手な見た目だけど…」

「へぇ…。今どき」

 知高はまた目を丸くする。翔はフーンと言いながら。

「なんか、納得。それもありでしょ。亜貴さんの兄貴ならきっとかっこいいんだろな」

 と、知高は声を潜め。

「てかさ。大和さん、言っちゃなんだけど、俺ら並みだろ? どこにでもいそうな顔しているし…。亜貴さんみたいだったら納得だけど」

「まあ、確かに。お前と同じレベルだな?」

 翔はニッと笑う。

「うっせーな。どうせぱっとしない一般顔だけどさ。なんか、違和感」

 しかし、壱輝は手の中のコップを見つめながら、

「ありなんじゃねぇの」

「マジ?」

「別に、見た目とかで見てねぇってことだろ? あれだけパッとしない奴選んだってことは。…なんかあるんだろ」

 壱輝はその何かを薄々感じ取ってはいた。
 いちいち絡む大和を鬱陶しく思いながらも、それを嫌と感じていない自分。それは、大和の優しさに触れたからだ。
 大和の様に接してきた大人は今までいなかった。大抵、関わらない様にするか、汚いものにふたをするように扱う。それか、利用しようとするか。それだけだった。
 大和の様にただの正論ではなく、壱輝の事を思って話そうとするやつはいなかったのだ。
 親父の話しでは岳も、かなり頼れる人物らしい。見た目は違えど、似たものが引き寄せあった結果かもしれない。
 それはほかの住人にも言えるのだろう。亜貴はもともと兄弟だったから引き寄せられた、とは違うが、もう一人、真琴という人物がいる。
 こちらもかなりの好人物だ。ひと目を惹く見た目の切れた容姿の人物でもあり。柔和な物腰だが隙が無い。初めて相対した時、精査されているのを感じた。値踏みとは違う、こう、鋭い眼差しで危険かどうか判断しているような。
 その後の真琴は特に変わった態度を見せていない。とりあえずは審査を通った、と言う事なのだろうか。何のための審査なのか。壱輝は大和を見る。
 好人物、プラス、ここの家人は大和に甘い。それはすぐに気づいた。何かと構おうとするし、気遣っているのが分かる。大和はそれに甘えることなく、同じように家人を気遣っていたが。

 大和が好きなんだな。

 亜貴も真琴も。それがどういう種類のものかは分からないが、大和に対する時だけ変化する空気にそれを感じ取ることができた。自分には向けられたことのない感情だ。

「壱輝さ。その大和さんの何か、に影響された?」

 見れば翔がニッと笑いこちらを見ている。

「なに? 壱輝、大和さん好きなの?」

「──! 好きなわけねぇだろ!」

 思わずカッとなって咄嗟にそう返せば。

「あー、それ。分かってたけど。改めて言われるとショック…」

 気が付けばソファの背後に大和が腰に手をあて立っていた。言う割にはショックな顔をしていないが。

「……っ」

 壱輝は冷や汗を浮かべつつ黙って大和を見返す。しかし、大和はにこりと笑むと。

「メシ。出来たぞ。出来立てを食え」

「わーい! 唐揚げ! 遠慮しなくていいっすか?」

 知高が小躍りした。

「勿論。かなり大量に揚げたからな。色々味も変えたから、皆食べてみてくれ」

「やった! さ、食おう、食おう」

 知高は音符を振りまきながら食卓に向かう。亜貴に呼ばれて初奈もその横の椅子に座った。亜貴の隣に座ったのは、そこが定位置になっているからだ。
 亜貴に言われて座るようになったのだが、いつも嬉しそうで。最近は少しだけだが、自分からも亜貴に話しかけている様だった。
 翔は同じく食卓に向かいつつ壱輝に小声で耳打ちする。

「大和さんに謝っといたら? 嫌いじゃないです! ってさ」

「っ! 下らねぇこと言うなっての!」

 翔に掴みかかる勢いの壱輝に、大和が声をかける。

「そこそこ。飯の前にじゃれあうな。食べてからにしろ。でないと、夕飯抜くぞ」

「はーい」

 翔はそう答えると、壱輝をちらと見て。

「俺は飯抜きはごめんだから。図星だからって、怒んなって」

 ニヤニヤ笑って見せた。さらに掴みかかりたい所だったが、壱輝も夕飯抜きはあり得ない。ぐっと堪えて食卓に着いた。

+++

「ふう。まるで嵐だな…」

 腰に手をあて、まさに嵐が去った後のようなダイニングテーブルを眺める。
 唐揚げはほぼない。欠片が少々、隅に残る程度だ。一応、初奈の分だけ避けてあったが、それは正解で。
 奴らはまるで獲物にたかるハイエナの如く唐揚げをつつくから、その隙を突いてからげを奪うのは、初奈には至難の業だっただろう。
 流石に若い奴らは元気がいい。食べながらも大騒ぎだ。あれやこれや言いあいながら、唐揚げを平らげていった。
 主に騒ぐのは知高で、それを翔がいさめる。時々、話しを振られた壱輝が無表情で返していた。

 ここでも、笑わねぇのな。

 ちょっとは笑うかと思って期待していたのに。苦笑いさえ浮かべない。

 ちぇーちぇー。

 全ての食器を食洗器に入れ終え、スイッチを押すと、明日の準備に取り掛かる。
 朝はご飯がいいだろう。好きなだけ食べられる。あとはサラダに、卵焼きに、ウィンナー、みそ汁にしとくか。個々に盛らずに大皿で出した方が良さそうだ。漬物も忘れてはいけない。
 ありがちな朝食メニューを思い浮かべていれば。ガチャリと唐突にキッチン側のドアが開いた。

「ん?」

 見れば浴室に向かったはずの壱輝が立っている。さっき、皆と風呂にむかったと思っていたが。
 この家のバスルームはそれなりに広い。もと家主が入浴時間を重視する人間だったらしく、小窓から庭ものぞくことができた。三人入っても問題ない広さなのだ。
 リビングには初奈も亜貴もいない。初奈は先にシャワーを浴びていたため部屋に戻っていた。リビングで遊ぶであろう、兄の友人に気を使ったのだろう。亜貴は授業に出た課題があると部屋に戻って行った。

「どうした? 忘れ物か?」

 どこか思い詰めた顔をしているのが気になった。俺は首を傾げつつ伺うが。

「…ありがとう」

 唐突にそう口にした。

「へ?」

 俺は予想しなかった言葉にきょとんとする。

「あれだけ用意するの、大変だったろ?」

 気遣われたのは初めてだ。俺はかなり動揺した。

「お、おお、おおとも。けど、元々男所帯だし。亜貴も結構食べるからあれくらい別に──」

「その…さっき、ごめん」

 言われて、さっきを必死に思いだす。

 さささ、さっき、さっき、さっき…。何か謝られることがあっただろうか? 

 俺は心の中で頭を抱える。すっかり忘れていたのだが、次の壱輝の言葉で思いだした。

「嫌いだって、言った奴…」

「あ、ああ! ああ、あれか! って、べっつに気にしてねぇよ。てか、あれだけ説教こいてんだ。嫌わない方が不思議だって。鬱陶しいだろう?」

「それは…そうだけど…」

 俺はビシッと右手人差し指を壱輝に向けると。

「けど、俺は止めないからな?」 

「……」

「てか、壱輝ってやっぱりいい子だな? でなきゃ、あんないい友だち出来ないって。良かったな? 大事にしろよ? ま、言われなくてもって所だろうが──」

 すると、黙って聞いていた壱輝は。

「…なんか。そう言う所だ」

「ん? 何が?」

「あんたの事、皆好きだろ? 真琴さんも亜貴さんも…」

「あ、ははは…。らしいな。ほんっと、もの好きで困ったもんでさ」

 照れ隠しに腰に腕を当ててふんぞり返ってみる。
 ありがたいことにその通りで。こんな俺でも、呆れずに付き合ってくれている二人には感謝しかない。いい加減、亜貴には他に目を向けて欲しい所なのだが。
 と、壱輝は視線を落としたまま。

「俺も…、嫌いな訳じゃない…」

「へ?」

 二度目の『へ?』だ。
 それだけ言うと、プイと顔を背け、壱輝は去って行ってしまった。残された俺はぽかんとして去った方向を見つめていたが。
 とりあえず。

 そっか。嫌われているわけじゃないのか。

 嬉しいなと素直に思った。
 それに、去っていった壱輝の耳が赤くなっていたのに気が付いて。余計に嬉しくなった。

 嫌いじゃない、ね。

 笑顔を見るより、嬉しく感じた。

+++

 言ってしまった。

『謝った方がいいんじゃないの』

 その翔の言葉がずっと引っかかっていて。つい、口をついて出てしまった。

 言うつもりはなかったのに。謝るだけのつもりだったのに。

 なぜか胸がドキドキする。

 なんだんだよ、これ。

 人に対して、告白まがいの事をしたのは初めてだった。大和はただ、驚いた顔をしていたが。壱輝にとって、それはかなり勇気のいる告白だった。
 どんな理由にせよ、初めての告白が大和とは。しかも相手は男だ。いつか、大和にホモだののたまわって、バカにした言葉が自分に返ってきた気分だった。

 でも、恋愛のそれじゃねぇし。

 自分の気持ちを整理する。ただ、自分を思ってくれる大和に、悪い気はしていなかったのだ。それを伝えたかっただけだ。
 そう、思い込ませることで、このドキドキを整理した。

「あれ、タオルは?」

 脱衣室のドアを開ければ、今まさにバスルームに入ろうとしていた知高が尋ねてくる。
 壱輝はタオルを忘れたと二階の部屋に取りに行ったのだが、手にしてはいなかった。実際は今なら誰もいないと、リビングの大和のもとに向かったのだ。

「間違った。ここにあるの忘れてた」

「フーン…?」

 きょとんとしながらも、首をかしげつつ知高は浴室に引っ込んだ。壱輝はふうと息をはく。

 俺、どうかしてんな。

 らしくない告白だったと、壱輝は後悔した。

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