Take On Me 4

マン太

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5.ハグ

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 夕食が終わり、岳はまた隣の棟の事務所へ、仕事に戻って行った。
 スタッフはとっくに帰っているが、残っている仕事があるらしい。とにかく、無事に出発するためにやることは沢山ある様だった。
 リビングで初奈の好きなテレビ番組を見終わった後、壱輝と初奈は部屋へと戻る。
 壱輝はその間中、初奈の隣で端末をずっと弄っていた。ゲームをしたり、アプリで友達と連絡を取り合っているらしい。今どきの子だ。
 明日は土曜日。真琴も亜貴も朝はゆっくりしている。部屋に戻る二人に、

「壱輝、初奈。明日は少し遅くまで寝てていいからな? 朝食は八時半頃だ。それまでには用意しておくから、あとは好きな時に起きてきて食べればいいぞ」

 平日は七時だ。もう少し遅くてもいいかと思ったが、とりあえずそこに設定しておく。休日だけは朝食時間は各自に任せていた。
 初奈は小さく返事をし、壱輝は頷いて戻って行く。そんな二人をダイニングテーブルのイスに座って見送った真琴は、

「岳がいない間は、ここへ帰る日を少し多くするつもりだ」

 手には先ほど淹れたカフェオレがある。

「真琴さん?」

「初奈はいいが、壱輝には少し手を焼くだろう? 亜貴のほかにも誰かいた方がいい」

「うーん。俺、舐められてっからなぁ。でも、何とかなると思うぞ。力じゃぜったい、俺が上だしな」

 ガッツポーズを作り、にししと笑って見せれば、

「そうだろうが…。大和は優しいからな。──いや、兎に角帰る日を多くしよう。俺も正直、ひとり暗い家に帰るのはしんどくてな。出来ればここに帰りたいんだ」

「わかった。無理のない範囲でよろしく頼む。真琴さん」

「ああ」

 微笑む真琴に心強さを感じた。

 皆が夕食を済ませ、真琴が部屋に戻った頃、亜貴が帰ってくる。こちらもかなり疲れている様だった。

「おかえり。遅くまでお疲れさん! 食べてきたか?」

「うん…。あーでも、家で食べたい。ほんと。外で食べるとどうしても油っぽくなっちゃって」

「シャワー浴びたら、何か飲むか?」

「いいよ。大和も疲れたでしょ? 兄さん、直にいなくなるんだし。もうあっちに行きなよ。絶対、待ってるって」

「よ、余計な気は遣うなって。まだ岳は仕事してるし。ホットミルク、飲むか?」

「あー、うん。じゃ、シャワー浴びたら。ああ、兄さんはいいよな。疲れて帰ってきても大和がいるんだもん。大和を抱きしめればそれで充電完了だろ? 俺なんてハグもできないんだから…」

「…ま、それは、そうだろ? てか、亜貴だっていい相手、いるんだろ?」

 すると、亜貴はジト目でこちらを見つめてきて。

「好きな相手はいるけどね」

「……」

 それが誰か、言わずともわかる。俺は口笛を吹く素振りをみせつつ、視線を泳がせると。

「ほら、早くシャワー浴びて来いって。出てくるまで待ってるからさ」

「あー、疲れたぁ。一日みっちり授業受けて、生意気な中高生の勉強見て。自分が選択したんだし、分かってるんだけど、疲れたなぁー」

 亜貴は肩に手をあて、疲れをアピールしてくる。

「シャワー浴びれば、疲れも取れるって。それに──」

 俺はえいとばかりに背後から亜貴の腰辺りに抱き着いた。
 昔はこうしても身長はそこまで差がなかったのに、今はかなりある。岳までとは行かないまでもそこそこありそうだ。

「ほら、俺からハグする分にはいいだろ? 元気出せって。大学一年生。先は長いんだからさ」

「…反則。それ」

 めずらしく亜貴の耳が赤くなった。

「亜貴には絶対いい相手が見つかる。だって、すごいいい奴なんだからさ。安心して今は勉学に励め」

「あーもー。兄さんがいなかったら、ハグしてキスしたい。もっと色々したい…」

「亜貴! 冗談でもそんなこと言うな」

「分かってる…。大和にとって、俺は家族なんだって。でもさ…」

 あーもー! と、叫びながら、俺の腕を名残り惜しげにとくと、亜貴はリビングを去って浴室へと向かった。
 そう。俺にとって、亜貴はどうやっても、岳の可愛い弟だ。俺にとっても弟だ。
 幸せになって欲しいし、なるべきだし、なるはずだと思っている。
 亜貴には、亜貴のことを分ろうとしてくれる、心優しい人があっていると思っていた。
 今まで連れてきた娘の中に、そう言った雰囲気の娘はいなかった気がする。元気がいい子は友だちにはいいだろうけれど。
 亜貴は辛口だが、繊細でもある。そんな亜貴をそっと支えてくれるような相手がいい。

 いい相手がみつかるといいけれど。

 焦る必要はないのだ。沢山の人に出会って、その中から見つければいい。出会いは五万とあるのだから。

+++

 そんな亜貴を見送った後、キッチンでホットミルクの用意をしていれば、リビングに壱輝が入ってきた。

「なんだ? お腹すいたのか? 今からホットミルク作るけど、良ければ飲むか?」

「要らない…。水飲みに来ただけだから」

「そっか。──ほら」

 俺はコップに水を注いで壱輝に手渡す。
 壱輝は無言でそれを受け取り一気に飲み干すと、シンクに空のコップを置いた。そうして、コンロの前に立つ俺に、

「…あんたらさ。全員、ホモなわけ? それともバイ? べたべたし過ぎじゃねぇの?」

 キッチンへの扉は開いていた。さっきの亜貴とのやり取りを見ていたのだろう。

 皆がいなくなった途端、これだ。

 俺は腰に片手をあてつつ、小鍋にコップで計ったミルクを投入した。これを亜貴がお風呂から上がって来たのに合わせて、温めて出すのだ。

「…壱輝。俺たちは血のつながりはなくとも、みんな家族だと思っている。岳と亜貴は本当の兄弟だけど…。あれくらい、家族ならやるだろ? 壱輝はハグしてもらったことないのか?」

「そんなのねぇよ。俺も初奈も放任されてきたから」

 俺はその言葉に反応する。

 それなら──。

 イタズラっぽい笑みを浮かべると。

「ハグ、してやろうか?」

「…は?」

 十五才の壱輝は、俺にとってまだまだ子どもだった。ハグに何の抵抗もない。

「うっし!」

 意味が分からずその場に固まった壱輝に、亜貴にしたのと同じ、背後からハグしてやった。流石に前からはテレがある。
 抱きしめると、思った以上に線が細いのに気が付いた。余り食べて来なかったのだろう。

 あの環境じゃな…。

 円堂が面倒を見るはずもなく。適当に食べていたのだろう。と、驚いた壱輝はすぐに腕を振り払うように押しのけてきた。

「離せっ!」

 案外力がある。子どもだと油断したのがいけなかった。

「のわっ?!」

 振りほどかれた拍子にバランスを崩して背後に転がる。
 キッチンはさほど広くない。家具か家電の何かにあたると覚悟した俺は、ぽすりと確かなものに支えられた。振り返らなくとも、それが何かわかる。

「──なにじゃれあってるんだ?」

 岳だ。俺は背後を見上げながら。

「岳…。いや、これは俺が突然抱きついたから、壱輝が驚いて──」

「不用意にスキンシップを取ろうとするな」

 そこで岳は壱輝を見る。

「壱輝は慣れてない。──だろ?」

 こくりと頷いて見せた。その顔には緊張が走っている。それはそうだ。岳が凄んでいるからだ。けれど、そればかりではないらしい。

「突然、抱きついた大和が悪い。だが、突き飛ばすほど、危険な状況じゃなかっただろう? 大和はお前を襲ったわけじゃないからな? なにかトラウマがあるのか?」

 壱輝はぐっと握りこぶしを作ると。

「…小学生の時、知らない男に襲われた。未遂だったけど…。他にも少し。だから、抱きつかれるとか、好きじゃない…」

 俺ははっとなる。

「ごめん! 俺、安易に抱きついて。済まなかった…」

「別に…。ただ、もう、しないで欲しい」

「ごめん…。もうしないから」

 壱輝は黙ったまま、部屋に戻って行った。

+++

 俺は深々とため息を吐き出す。胸もとに回された岳の腕に手を重ね。

「俺って…。ほんと、バカ」

 すると岳は俺を抱きしめ。

「バカじゃないって。見てたんだ。亜貴にしたようにしただけだろ? お前ん中じゃ、壱輝も家族になってた証拠だ。来たばかりの壱輝には理解できないだろうが。──てか、亜貴にもハグしなくていい…」

「岳?」

「大和は俺だけ抱きしめてくれ…」

「岳…」

 背後から首筋に顔を埋めて来る。長めの髪がふわふわ触れて気持ちいい。大型犬にすり寄られている心地だ。
 岳の切ない思いがそこから伝わって来る。
 俺は岳の頭に頬を寄せると、

「ごめん…」

 そう言って、温もりの中に身を埋めた。
 亜貴の為に用意したミルクが、鍋の中でゆらゆらと揺れた。

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