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後日談 金星食
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すばるが戻ってきて初めての金星食。
それを今、二人で眺めている。
「って、言ってもスクリーンでだけど…」
月の無い夜。真っ暗な庭に真っ白なスクリーンを張って、プロジェクターで過去の金星食の映像を映し出している。
手にはそれぞれ、缶ビールに缶チューハイ。子どもの頃はジュースやアイス片手に観ていたのに。大人になったと思う。
「いいだろ? 今のプロジェクター、性能いいし。だってさ、清。次の金星食いつだとお思いで?」
「五十年位先だっけ? って、すばる…。飲みすぎ」
酔って絡んで来る。その足元には空になった缶がニ個程。すばるにしては、飲んだ方だ。
三個目を片手に揺らしながら。
「飲んでないって。じいちゃんとこにいたときは、もっと飲んだって」
「その、じいちゃんって、一体どんな人だったわけ? …ズルイよ。俺の知らないすばるとずっと一緒でさ」
「って、じいちゃんはぁ、フツーだよ。酒が強くって、相撲が大好きで、朝ドラは絶対見逃さない、普通の、どこにでもいる──」
そこで言葉が途切れた。
「すばる?」
見れば缶を手にしたまま、腕で顔を覆っていた。
余計な話題を振ってしまったか。
「…ごめん。余計な事言った」
「違う…。そうじゃない。ただ、辛かったなって。じいちゃんといながら、ずっと清のこと、思ってた…。会いに行きたくて、でも会えなくて…。あれ、思い出すとさ。辛くなる…」
その肩にそっと手を置くと、ぴくりと揺れてすばるが顔を上げた。
「清…」
「もう、ここにいるだろ? な?」
「うん」
すばるに元の明るさが戻る。
五年近く。ずっとそんな気持ちを背負っていたのだ。
すばるは死んでしまったものとして過ごしてきた俺達と、生きているのにそれを伝えられなかったすばる。
どちらも辛いが、生きていた分、諦めようにも諦めきれない葛藤の中にいたすばるの方が辛かったのかもしれない。
俺は空になった缶を避けて、すばるの方へ寄ると肩に寄り掛かった。
「な、五十年後も見ような」
「え…」
「ここで肩並べてさ。手、繋いで。絶対、見る」
すばるの手を取って、自分の方へ引き寄せると、その甲へ口付ける。
「清…」
「約束。今度は絶対、破らないし破らせない」
「うん」
頷いたすばるは照れ臭そうに俯く。赤らんだ頬が暗闇でも分かった。
「俺は絶対、すばるを離さないから」
「…うん」
すばるも俺の方へ身体を預けて来た。肩口に頭を寄せてくる。俺はスクリーンに目を向けると。
「金星食って、綺麗だよな? アクセサリーに欲しいくらいだ」
映像に映る月と金星は、寄り添うように並んでいる。月の直ぐ下にある金星は、本当にアクセサリーの様に見えた。
「だな。ネックレスにありそうだ」
すばるは笑う。
「じゃあ、これ」
「え…?」
すいとすばるの目の前へキラリと光るネックレスを差し出した。ペンダントトップに月と星が掘られている、シルバーのネックレスだ。
「これ…」
「シンプルだけど、ゴツゴツしてないし邪魔にならないだろ? 後ろにお互いの名前が入ってる。あと、小さいけどブルーサファイア。海みたいで綺麗だろ?」
「って、どうして?」
そう。クリスマスでもなければ、すばるの誕生日でもない。
「な、すばる」
俺はしっかりと、すばるの正面に向かい合わせになるように座ると。
「俺の人生のパートナーになって欲しい。すばるが良ければ、だけど…」
心臓がバクバク言っている。らしくないほど、緊張していた。今まで生きてきた中で、これほど緊張した事はない。
「それって…」
「うん。プロポーズ。俺、今すっごい緊張してんの。気をつけないと声が上ずっちゃいそうだ」
笑って見せたが、上手く笑えているかどうか。多分、ひきつっているだろう。
「んだよ…。お前って。不意打ち、ずるいって」
目元を擦ったすばるの声が、涙混じりのそれになる。
「ずっと考えてた。だって、すばる以外に考えられないし。こういうのは、早いほうがいいかなって。指輪も良かったけど、いかにもでさ。こっちのほうが自然でいいだろう? …てか、返事は?」
「そんなの、いいに決まってる…」
すばるはそう言うと、同じく俺の正面に正座して。
「俺もパートナーになって欲しい。清しか考えられない」
真っ直ぐ見つめてくる。
揺るがない、視線。それはすばるの気持ちをよく表していて。
俺は笑むと。
「大好きだ。すばる──」
「ん」
抱き寄せて、キスをする。誓いのキスは触れるだけに留めた。けれど、長くゆっくり。
その感触を味わって。
「な、ネックレス。付けっこしよう」
「う、うん」
真っ赤な頬が可愛すぎて、悶絶ものだ。
そうして、互いに付けあって。
照れたすばるは、上目遣いになると。
「清。これで俺だけのものだな?」
ニッと笑む。
ああ。神さま。
彼と出会わせてくれて、本当にありがとう。
「すばるだって、俺だけのものだ」
そこでスクリーンが暗転した。映像は終わりらしい。
けれど、俺達の次へのカウントダウンは始まったばかり。
互いに抱き寄せあって、もう一度交わしたキスは、大人のそれに取って変わった。
五十年後も、君と共に──。
―了―
それを今、二人で眺めている。
「って、言ってもスクリーンでだけど…」
月の無い夜。真っ暗な庭に真っ白なスクリーンを張って、プロジェクターで過去の金星食の映像を映し出している。
手にはそれぞれ、缶ビールに缶チューハイ。子どもの頃はジュースやアイス片手に観ていたのに。大人になったと思う。
「いいだろ? 今のプロジェクター、性能いいし。だってさ、清。次の金星食いつだとお思いで?」
「五十年位先だっけ? って、すばる…。飲みすぎ」
酔って絡んで来る。その足元には空になった缶がニ個程。すばるにしては、飲んだ方だ。
三個目を片手に揺らしながら。
「飲んでないって。じいちゃんとこにいたときは、もっと飲んだって」
「その、じいちゃんって、一体どんな人だったわけ? …ズルイよ。俺の知らないすばるとずっと一緒でさ」
「って、じいちゃんはぁ、フツーだよ。酒が強くって、相撲が大好きで、朝ドラは絶対見逃さない、普通の、どこにでもいる──」
そこで言葉が途切れた。
「すばる?」
見れば缶を手にしたまま、腕で顔を覆っていた。
余計な話題を振ってしまったか。
「…ごめん。余計な事言った」
「違う…。そうじゃない。ただ、辛かったなって。じいちゃんといながら、ずっと清のこと、思ってた…。会いに行きたくて、でも会えなくて…。あれ、思い出すとさ。辛くなる…」
その肩にそっと手を置くと、ぴくりと揺れてすばるが顔を上げた。
「清…」
「もう、ここにいるだろ? な?」
「うん」
すばるに元の明るさが戻る。
五年近く。ずっとそんな気持ちを背負っていたのだ。
すばるは死んでしまったものとして過ごしてきた俺達と、生きているのにそれを伝えられなかったすばる。
どちらも辛いが、生きていた分、諦めようにも諦めきれない葛藤の中にいたすばるの方が辛かったのかもしれない。
俺は空になった缶を避けて、すばるの方へ寄ると肩に寄り掛かった。
「な、五十年後も見ような」
「え…」
「ここで肩並べてさ。手、繋いで。絶対、見る」
すばるの手を取って、自分の方へ引き寄せると、その甲へ口付ける。
「清…」
「約束。今度は絶対、破らないし破らせない」
「うん」
頷いたすばるは照れ臭そうに俯く。赤らんだ頬が暗闇でも分かった。
「俺は絶対、すばるを離さないから」
「…うん」
すばるも俺の方へ身体を預けて来た。肩口に頭を寄せてくる。俺はスクリーンに目を向けると。
「金星食って、綺麗だよな? アクセサリーに欲しいくらいだ」
映像に映る月と金星は、寄り添うように並んでいる。月の直ぐ下にある金星は、本当にアクセサリーの様に見えた。
「だな。ネックレスにありそうだ」
すばるは笑う。
「じゃあ、これ」
「え…?」
すいとすばるの目の前へキラリと光るネックレスを差し出した。ペンダントトップに月と星が掘られている、シルバーのネックレスだ。
「これ…」
「シンプルだけど、ゴツゴツしてないし邪魔にならないだろ? 後ろにお互いの名前が入ってる。あと、小さいけどブルーサファイア。海みたいで綺麗だろ?」
「って、どうして?」
そう。クリスマスでもなければ、すばるの誕生日でもない。
「な、すばる」
俺はしっかりと、すばるの正面に向かい合わせになるように座ると。
「俺の人生のパートナーになって欲しい。すばるが良ければ、だけど…」
心臓がバクバク言っている。らしくないほど、緊張していた。今まで生きてきた中で、これほど緊張した事はない。
「それって…」
「うん。プロポーズ。俺、今すっごい緊張してんの。気をつけないと声が上ずっちゃいそうだ」
笑って見せたが、上手く笑えているかどうか。多分、ひきつっているだろう。
「んだよ…。お前って。不意打ち、ずるいって」
目元を擦ったすばるの声が、涙混じりのそれになる。
「ずっと考えてた。だって、すばる以外に考えられないし。こういうのは、早いほうがいいかなって。指輪も良かったけど、いかにもでさ。こっちのほうが自然でいいだろう? …てか、返事は?」
「そんなの、いいに決まってる…」
すばるはそう言うと、同じく俺の正面に正座して。
「俺もパートナーになって欲しい。清しか考えられない」
真っ直ぐ見つめてくる。
揺るがない、視線。それはすばるの気持ちをよく表していて。
俺は笑むと。
「大好きだ。すばる──」
「ん」
抱き寄せて、キスをする。誓いのキスは触れるだけに留めた。けれど、長くゆっくり。
その感触を味わって。
「な、ネックレス。付けっこしよう」
「う、うん」
真っ赤な頬が可愛すぎて、悶絶ものだ。
そうして、互いに付けあって。
照れたすばるは、上目遣いになると。
「清。これで俺だけのものだな?」
ニッと笑む。
ああ。神さま。
彼と出会わせてくれて、本当にありがとう。
「すばるだって、俺だけのものだ」
そこでスクリーンが暗転した。映像は終わりらしい。
けれど、俺達の次へのカウントダウンは始まったばかり。
互いに抱き寄せあって、もう一度交わしたキスは、大人のそれに取って変わった。
五十年後も、君と共に──。
―了―
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