カーマン・ライン

マン太

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第7章 未来

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 目の前で起きた事実を認めたくなかった。

 アレクが、撃たれた──。

 ブラスター銃の放つ白い光線が、アレクの胸に吸い込まれる。
 着ていた純白の制服が血で染まった。
 それは、今日の為に新調された制服で。贅沢を好まないアレクが、珍しくたっての希望で作らせたものだった。
 それが、誰の目にも明らかに死を匂わせるほど、朱く染まって行く。
 慌てて駆け寄り、倒れる寸前で抱き止めた。

 ダメだ──! だめだ…。アレク、こんな──。

 胸を押さえ止血しようとするが、上手く行かない。面白いほど溢れ出るそれに、身体の震えが止まらなくなった。

 このままだと──。

 何が待っているのか、考えただけで身体がすくむ。
 アレクを撃ったのはケイパー。
 そのケイパーは直ぐに警備隊員に拘束され、ニ発目を放つ事は出来なかった。

「アレク…!」

 白い頬に手を添え名前を呼べば、薄っすらと目が開かれた。
 ブルーの瞳が不思議な色を浮かべ、ソルを捉える。震える唇が僅かに開くと。

「私を…信じろ…」

 撃たれた衝撃で記憶が混濁しているのだろうか。
 クッとソルの腕を掴む手に力が入ったかと思うと、再び目を閉じた。同時に手の力も緩む。意識を失ったらしい。

 アレク…?

 呆然としている間に、駆けつけた救急隊員が、アレクをソルの腕から引き取り、用意した担架に乗せると、上から素早くシーツを被せ壇上から退出した。
 未だ片膝をついたままのソルに、去り際隊員が。

「退いてろ」

 そう言った。聞き覚えのある声にハッとして声の主に目を向ける。
 見覚えのある背中。隊員の制服を身に着けていたのはザインだった。その向かいには、同じく隊員の制服を身につけたアルバがいて、担架に手をかけている。

 どう、して…?

 その先に待機する車の運転席に座る者が、ちらと一瞬だけこちらに視線を向けた。

 リーノ…。

 ソルにしか分からない程度に、瞳がいたずらっぽい光を湛える。

「早く。こちらに──」

 担架を車内で受け取ったのはラスターだ。
 もう、あっけに取られるしかない。
 問いかける間もなく、ザインとアルバは意識を失ったアレクと共に、専用車へ乗り込んでしまった。
 事態を理解できず血に汚れたまま、呆然とそこにいると、そっと背後からソルを立つように促す者がいた。ユラナスだ。

「…行きましょう」

「ユラナス…。アレクは…? それに、皆は…。どうして?」

 何が起こっているのか、理解出来ない。
 壊れた人形の様に、ぎこち無い動きでユラナスを振り返る。

「後で話します。さあ、こちらへ──」

 ひそめた声でそう言うと、ソルの背を半ば抱くようにしてそこを後にした。

 ユラナスに連れられ、一旦、控室に使われた部屋でシャワーを浴びると、新しい衣服に着替えさせられた。
 洗いざらしの薄いブルーのシャツに生成りのセーターを渡され、それに着替えるが、制服でないのが気になった。これでは平素の服と変わらない。
 ようやく息を付いた所で、来た時とは違う車に乗せられ、いずこかへ向かう。

「ユラナス。何が起こっているのか話してくれないか?」

 隣でハンドルを握るユラナスに尋ねる。

 アレクが撃たれた。あんなに大量の血を流して。きっと、撃たれた場所が良くなかったんだ…。

 撃ったケイパーはすぐ警備隊員に取り押さえられた。
 押さえつけられ、苦痛に歪んだ表情を見せた友人を思い出す。目が血走りまるで別人に見えた。

 どうして、そこまで──。

 お調子者で、でも頼もしく。きちんと気遣いの出来る人間だった。
 そんなケイパーを、あそこまで変えてしまったのが恨みだとするなら、今更ながら負の感情の怖さを思い知らされる。
 その後、出席者として会場にいた貴族の数人も捕えられた。

「──ソル。アレクは無傷です」

「だって、アレクは──…」

 大量の血を流して倒れた。

「細工をしました。白い制服は流血を目立たせる為。中にはレーザー対応の防弾ベストを身につけています。あの血も輸血用のもの。撃たれた箇所は暫く熱傷跡が残る可能性はありますが、大した事は無いはずです。意識を失くしたのは、あらかじめ口内に薬を仕込んでいたからです。一時的にでも周囲の目を欺く必要があったので…」

「…欺く?」

「ソルの様子に皆、アレクが危ないと感じた筈です。ソルには申し訳なかったのですが…」

 余りの告白に頭がついていかない。

「だって、なんで──そんなこと…?」

「民衆の目前で完全にアレク・ラハティを消すためです」

「アレクを…?」

「あなたの友人、ケイパーを利用させてもらいました。彼の行動はこちらで全て把握していました。それにはザイン含め、彼らにも協力してもらいましたが…。ケイパーは予定通り、アレクを撃ち抜いてくれました。予測通り、自身がアレクに撃たれた胸目掛けて…。これで、アレクは完全に死亡します」

「…辞めるだけじゃ、だめだったのか?」

「生きていれば、良からぬ事を考え出す者がいるでしょう。何かをきっかけにして、アレクを担ぎ上げようとする──。現にアレクの父親はそうなりましたから…。それに、『アレク』の痕跡は消したいのです。執拗に嗅ぎ回る者もいますから…」

「…でも、エルガーはもう…。それにアレクは大丈夫だって──」

「それが、そうではなかったのです…。──今回、アレクが『アレクシス』だと気づいた者がいました。エルガーの指示で探っていた者です。アレクの死亡診断書を作成した医師の元で働いていた看護師を見つけ出したのです。死亡したと見せかけ、田舎に帰していたのですが…。既に歳老いて記憶は不明瞭だった様ですが、アレクの事は良く覚えていたようで…」

「…正体を? それは、どうなって?」

「取り敢えず、調査員からは話しを聞いた後は自由にさせていました。エルガーにそれが伝わる事はありませんでしたが、その後、貴族の何人かとは会って話しをした様です…」

「大丈夫、なのか?」

 ユラナスは笑みを浮かべると。

「それで、今回の筋書きです。この件も含め、アレクが生きていれば、王族に縋りたい貴族連中が馬鹿な事を考えないとも限りません。父親の二ノ舞はごめんだと言うことです」

「父親の…」

 すると、ユラナスはその口元に笑みを浮かべ。

「アレクの望みは一つ。あなたと生涯を共にすることです」

「……!」

 正面からそう言われ、赤面するしかない。
 ユラナスは車を停車させると。

「さあ。到着です。行きましょう」

「いったいどこへ?」

「アレク様から聞くと良いでしょう。とりあえずは発着場へ──」

 ユラナスに案内されるまま、ソルは車を降りた。

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