カーマン・ライン

マン太

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第7章 未来

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 同じ頃、エクラの港にてセレステは解放された。
 民衆にも状罪が周知されていたゼストスと異なり、セレステが何を侵したのか、軍部内でもその大半は真実を知らされていない。
 ただ、軍規違反とし除隊命令と帝国領土からの追放とされた。

「お帰り。セレステ」

 輸送船が飛び交うポートの出口で、一人の男が待っていた。アスールだ。

「…ただいま」

 出発間際、出自について判明したことを伝えられた。そのショックもある。
 力なく返すセレステに相反して、アスールは笑みを浮かべていた。

「無事で何より」

 セレステはそれに答えず俯くと。
 
「ソルは…あいつの元に帰ったんだな…」

 暗闇に突き落したはずなのに…。自分と同じ場所に引き摺り下ろしたはずなのに──。

 結局、ソルの存在が全てを救った。

 僕も──アレクシスも…。

「そうだよ。引き換えに君を取り戻した」

 アスールはセレステの背に手を廻し共に歩き出す。

「私はラハティ宰相に誓わされた。もし、これを違えれば、即座に追手を消し掛け、有無を言わさず処断すると…」

「…いったい、何を?」

 不安気に視線を揺らすセレステにアスールは、

「君を生涯監視し、私の目の届く範囲に置くこと。私が亡き後はその跡を君自身が継ぎ、領土を一歩も出ないこと…」

「……」

 それは、兄アレクシスからのせめてもの譲歩だった。
 自分の預かり知らぬ事とはいえ、一度もその生存を確認しようとしなかった事への贖罪でもあり。

「僕は…籠の鳥か」

 セレステは苦笑する。

「どうかな。でも落ち着けばその籠へ遊びに来るもの好きな鳥もいるだろう。…さあ、帰ろう」

 そのもの好きな鳥は、誰を指すのか、アスールは口にはしなかったが。

 ソル…。また、君に会えるだろうか──。

 アスールはセレステの肩を抱くようにして、待たせてあった車へと歩き出した。

+++

 その腕に抱きしめられたのが、かなり昔の様な気がした。

 懐かしい──香り。

 胸に抱かれたまま、思い切り吸い込む。子どもの様な行為に我知らず笑った。
 初めて出会ったあの頃を思い出す。まさか、ここまで長く付き合う事になろうとは誰が予測出来たか。

「どうした…?」

 夜明けにはまだ早い。ソルの忍んだ笑みに目覚めたらしいアレクに、済まないと思いつつ。

「懐かしいなって…。昔、あなたに抱きしめられて眠ったのを思い出してた」

 アレクの額にかかった金糸をかきあげ、その瞳を見つめる。

 透き通ったブルー。

 外では月の様に恒星の光りを反射する星が、辺りを静かに照らし出していた。
 その僅かに窓から差し込む光に、瞳の青が揺れている。

「あなたと、こんな風になるなんて…。思ってもみなかった…」

 熱い思いを抱いて向き合う事になるなど、当時は思いもしなかった。アレクはふっと笑むと。

「私は予感していた。君を離せなくなるとな?」

「嘘だ。あんなガキだった俺に、あなたがそんな興味なんて持つはず──」

 しかし、ぐいと肩を引き寄せられたかと思うと、続く言葉はアレクの唇によって遮られ、奪われた。

「っ…」

「──ソル。私を信じないのか?」

 ソルは上になったアレクを見つめると。

「だって、あなた…。自分を分かってない…」

 まるで古代の神の彫像の様な肢体に容貌。そこに宿る瞳はどこまでも青く澄んでいて。
 正直、人とは思えなかった。

「分かっていないのは君だ…。私も普通の人間だ。人並みに恋もする。私は当時、傭兵上がりの若い青年将校で、同じく年若いながら、曇のない強い光を宿す瞳を持つ、心優しい少年に惹かれたに過ぎない。…手は出さなかっただろう?」

「キスはした…。あれで俺は余計に忘れられなくなって…」

「君だって、私に恋をしたんだ。互いに恋をした、そういう事だ。…素直に認めろ」

 優しいキスと同時にアレクが覆い被さって来る。
 触れ合う肌と肌が心地いい。
 緩く癖のある金色の髪が頬をくすぐり、白く長い指がソルの指に絡まる。
 それまでの辛い日々、悲しみが込み上げ、感極まって涙が溢れ出た。

「あなたが、好きだ…。もう…、二度と離れたくはない…」

 泣き顔を見られたくなくて腕で隠そうとすれば、アレクがその腕を止めた。
 見上げたアレクは、切なく愛おしそうな表情を見せる。

「二度と…離さない。ずっと一緒だ…」

 その言葉に、どちらともなく引き寄せ合い、長いキスを交わした。腕を伸ばしアレクの背を搔き抱く。
 
 ずっと一緒だ──。アレク─…。

 そのまま、言葉もろくに交わさずに、再び互いの熱を確かめあった。

 こんな風に人を受け入れるのはアレクだけ──。

 今後もそれは変わらない。
 幾度目かの熱を互いに開放したあと、ようやくアレクはソルを抱く腕を緩めた。

「君に、渡したいものがある…」

 そう言うと、アレクは一旦身体を離し、身につけていたネックレスを外す。
 スターサファイア。アレクの瞳を映した石。それを再びソルの首へつけ直した。
 アレクの温もりを持った青い石が胸元に触れる。アレクはソルの肩に手を置くと。

「これを私の思いの証しとして、受け取って欲しい。…私だけのソルになってくれないか」

「っ……!」

 それは、プロポーズそのもので。

「受けてくれるか?」

 涙が一筋、頬を零れ落ちていく。

「──勿論…」

 腕を伸ばしアレクの首に抱きつく。
 吸い込まれる様な青い瞳を見つめながら、落ちてきた口づけを受け止めた。

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