カーマン・ライン

マン太

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第6章 青い石

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「アレク様」

 フィンスターニスにて、幾度か目の新体制に向けた会議が終わった後。
 執務室の黒い革張りの椅子に坐り、額に手を当てていれば、入室してきたユラナスが遠慮勝ちに声をかけてきた。
 
「少し…急ぎ過ぎてはいませんか?」

 アレクはため息を漏らすと。

「急ぎ過ぎて悪い事はない。隙を与えれば何を企んで来るか…。早く終わらせてしまうに限る」

「ですが…」

「ユラナス。私はもう決めた。お前も腹をくくれ」

「はい…」

 まだ何か言いたげだったが、アレクの制止にそれ以上、口にはしなかった。

「しばらく休む。一人にしてくれ」

 その言葉にユラナスは目礼し下がった。

 一人になり、窓の外に広がる景色に目を向ける。ここフィンスターニスは人が移り住み数百年経つ。そのせいか緑が濃い。

 さすが帝都と言うべきか──。

 科学の粋を集め緑とオアシスを蘇らせた。いや、一部再現と言うべきだろうか。
 瑞々しく深い緑。満々と水を湛える湖。人工であるとは言え、心和む景色だ。

 ソルはまだ見たことがなかったはず…。

 生きていれば、ここにいて、一緒に景色を眺めた事だろう。

 いや。生きていたとしても、ここフィンスターニスでは無いな。

 アレクは計画の一端を思い起こし、苦笑を漏らす。
 ソルと共に生きるための場所を用意していた。そこで残りの長い時間、二人で過ごすつもりでいたのだ。

「…ソル。いるんだろう?」

 誰もいない空間へ話しかける。窓から差し込む光の中、そこにソルがいた気がしたのだ。

 そもそも、ソルを連れ出したのは私だったな…。

 セレステの言葉が脳裏をかすめる。
 手元に置きたいばかりに、危険を承知で自分の側へ引き入れた。ソルなら大丈夫だと油断していたのかも知れない。
 それでも、怪我を負った後は危険から遠ざける為、研究所へ引き籠もらせたが。

 結果がこれでは──。

 知らぬうちに、胸元のネックレスを指で探っていた。

 最後に言葉も交わさなかった。死んだなどと信じられるはずがない。

「信じたくなどない…」

 自分でも思わぬほど弱々しい声が耳に届いた。ソルを失ってからすっかり食も細くなり、ユラナスを心配させている。

 ソル一人がいない。

 それだけで、こうも自分が崩れるとは。
 しかし、分かっていたことだ。だから、彼を失くさない手だてを考えそれを実行してきたのだ。

 君がいない世界など、どれ程の価値があるのか──。

「ソル…。私を側に置いてくれ…」

 青い石を強く握りしめた。

+++

「手はずは?」

 乱雑にかき上げた髪をそのままに、つなぎの作業着姿の男はもう一方の男にそう声をかけた。
 薄暗い場末のバーの片隅で、額を突き合わせる様にして話す者たちがいる。
 一人はスーツを着崩し目立たぬ様にしているが、隠しきれない品の良さが滲み出ていた。一方は、服装もさることながら、この薄暗い雰囲気にすっかり溶け込んでいる。

「万端だ。計画通りに行くだろう」

「だろう──じゃあな。断言出来ないなら俺は下りる」

 強い口調に品のいい男は大げさな身振りで手を上げ慌てだす。

「馬鹿な事を言わんでくれ。これでも必死に情報を得て掴んだチャンスだ。憎らしいあの男を引きずり下ろす為にな…」

「おいおい。俺は引きずり下ろすんじゃない。殺ろうってんだ。生かしたいならほかをあたれよ」

「いや。違う…。私たち──俺たちも同じ、消えてくれれば清々する。とにかく頼んだ。情報で得た通りなら、必ず奴は来る」

「そうだな。来ない訳がない…」

 乱暴な手付きで手にしたグラスを揺らすと、琥珀色の液体が氷に溶けた。
 まるで敵のようにその様を睨みつけたあと、一気に煽ると。

「じゃあ、後は手筈通りに…」

 音を立ててグラスをテーブルに置くと立ち上がった。一方の男は機嫌を取るように笑みを浮かべると。

「ああ。また動きがあれば連絡する」

 そうして二人は別れた。
 品のある男はそのまま闇に姿を消したが、もう一方の男は更にネオン街を進んだ。
 細い路地を幾通りも通り抜け、着いた先の古びたビルの階段を上がる。
 ドアを開けるとまだ起きていたらしい女が声をかけてきた。玄関を入れば直ぐそこがキッチンとなっている。そこに女はいた。

「お帰りなさい。遅かったのね…」

 読んでいた本をテーブル伏せる。

「寝ていて良かったのに…」

「ケイパー。あなた、この頃、どこか可笑しいわ。いつも帰りが遅しいし。顔色も良くない。何か良くないことをしているの? もう、反乱部隊には入らないって言っていたのに…」

 するとケイパーは女性の頬に手を伸ばし、優しく触れる。

「なんでもない。エッドは気にしなくていい。それより、お腹の子に良くない。ちゃんと休んでろって」

 ケイパーはもう一方の手をエッドの膨らんだ腹に当てた。あと、数か月でこの世に生まれ出るはずの命がここにある。
 それでも、この計画を逃す気はなかった。
 積りに積もった恨みを晴らさねば、今後の生活などあり得ない。奴がこの世に生きている限り、穏やかに過ごすことなど出来ないのだ。

 失った仲間、地位、全ては奴の所為だ…。

 暗い思いを自分の胸を打ち抜いたものへと向けた。

+++

 その日、面会人が現れる。
 セレステの後見人と名乗る男だった。身分は旧連合の元高級士官、大将。名をアスールと言う。
 ユラナスが調べたが、男の言葉に偽りはなく、確かに旧連合の士官だった。
 今はその職を辞して辺境にある実家で実業家として暮らしている。元々裕福な家系で、職を辞しても暮らしに困る事はないらしい。
 長身な男で、焦茶色の髪と深い緑の目を持つ穏やかな眼差しが印象的な人物だった。しかし、抜け目ない印象も受ける。

「話しとは?」

 男と応接間で相対する。
 アレクの言葉にアスールは深い緑の目に強い光を宿らせた。

「単刀直入に言います。セレステを引き取らせていただきたい」

「…応じると?」

 アレクは冷たい感情のない視線を送る。

「勿論、ただでとは言いません。引き換えにお渡ししたいものがあります…」

 いい終えてアスールは膝の上で手を組むと。

「あなたなら応じるでしょう」

 その言葉にアレクは眉をひそめた。

「なんだ? それは…」

 アスールは笑む。

「青い、石です」

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