カーマン・ライン

マン太

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第6章 青い石

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 アレクがセレステを追って再びその星域に戻ってきた時、既にアウローラは降りられる状態ではなかった。
 分厚い雲が行く手を阻み、それは当分の間晴れそうにない。

 ソル…。
 この分厚い雲の向こうにいるのか、それとも──。

 ここへ自分達より先に到着したものがいる。セレステだ。
 戦闘機には追尾システムがある。記録によると、セレステはこのアウローラに着陸し、暫くして離陸し飛び去った。
 行き先は旧連合の管理下にある惑星エクラ。
 アウローラからは一番近い星だ。人工ながら緑が多く自然豊かな星だという。
 セレステ・ヴァイスマンを、この惑星エクラを出た所で拘束したと連絡が入った。
 エクラは旧連合の管理下にあるため、地上では捕らえられない。出航した所で捕縛されたのだ。
 戦闘機で周囲を囲めば、大した抵抗もなく、大人しく投降したとの事だった。こうなることは分かっていたのだろう。
 セレステがアウローラに来た理由は、ソルの救出の他考えられない。でなければ、危険を冒してまで来ようとは思わないだろう。

 なぜ、ソルの危機を知りえたのか。

 ソルが出撃したあと、ゼストスは直ぐにセレステへと連絡を取っていた。その際、ソルの危機を伝え協力を仰いだのだろう。
 それはセレステがこの計画を元々知っていて、尚且つ、それがどれ程危険なものなのか、始めから承知していた証拠だ。

 奴が内通者か──。

 セレステが外部と通じている可能性は高い。元々養父は裕福な商家で、旧連合とも帝国とも通じていた。そこから縁が出来ていてもおかしくはない。
 しかし、内情を知るはずのゼストスは、自白剤を用いても協力者の名前は口にしなかった。義理堅いのか、何かを守ろうとしているのか。
 セレステとゼストスにそれ程深い繋がりはない。二人に共通しているのはソルだ。
 ゼストスはソルの古い友人であるセレステを守る為、その名を口にしなかったのではないのか。

 何よりも──。

 奴はソルを救出できたのか?

 ソルの出撃を知って直ぐ飛び出したのなら、間に合う可能性は十分ある。

「奴に話を聞く」

「は」

 控えていた士官が答えた。
 ユラナスはそこにいない。アレクの指示があるまで、自主的に自室で待機しているのだ。アレクはそれを、咎めなかった。
 ユラナスが出来る範囲、最善を尽くしたのは分かっている。それにもし、自分がその立場だったら同じ行動を取っただろう。
 だが頭では分かっていても、どうにも気持ちの整理がつかない。
 それを分かって、ユラナスは自ら自室に下がったのだ。 
 今回の件で、大切なものが次々とアレクの下を去っていく。
 
 全てを白日のもとに晒す──。

 唇を噛み締め、目前のスクリーンに広がるアウローラを見つめた。
 
+++

 セレステは旗艦に連行されて来た。
 取り調べを受けたが、一切口を割らない。アレクに会うまで話さないと口にしているらしい。
 特に親しく接した記憶はなかった。よくある上官と部下の関係で。戦闘時も必要な事以外、話した覚えはなかった。
 それがなぜ、自分と話したがるのか。アレクには分からなかった。

「こちらです」

 士官の一人が案内に立ち、尋問室に通される。
 透明な分厚い強化ガラスの向こうに、後ろ手に拘束され、イスに座らされたセレステがいた。手荒な聴取を受けたのか、唇の端には血が滲んでいる。
 アレクの登場に、金糸の間のグリーンの瞳が鋭い光りを放った。
 そのアレクの背後にはユラナスが控えている。
 結局、彼なしでは事が進まないのだ。短い謹慎は直ぐに終わりを告げ。

 今まで通りに──。

 それが、ユラナスへの答えだった。

 確かに、ソルの選択に一理はあった。

 だが、それとソルを失うのとは話が違うのだ。ソルを失くすのは、もう一人の自分を失くすのに等しい。

 残された者はどうすればいいと言うのか──。

 アレクはユラナス以外の人間を下げさせた。

「私でないと話さないと言ったらしいが──。どんな話しだ?」

 すると、セレステは唐突に笑い出した。アレクはその態度を平然と眺め。

「なぜ笑う?」

「ふふ。笑わずにはいられない…」

 俯き垂れた前髪が顔を半分隠していた。

「僕に見覚えはない? …兄さん」

 そう言って顔を上げる。その言葉にアレクは一度目を細めてから見開いた。思わずその名を呟く。

「…カエルラ?」

 四歳の時、母に連れられ去っていった後ろ姿を良く覚えている。父が嫌いではなかったが、母と行ける弟が羨ましかった。
 金色の髪、薄い緑の目。翡翠を思わせる瞳は弟と確かに同じだったが。

「そうだよ。アレクシス兄さん。僕はあなたの弟、カエルラ・フォン・ファーレンハイト。死んではいなかったのさ」

 アレクはさすがに目を瞠った。
 別れたのは四歳。当時の面影など何処にも見当たらない。しいて言えば母親譲りの白金の髪と翡翠の瞳くらいだ。それでも、そんな人間は五万といる。
 離婚後、母親は弟と二人で暮らしたが上手く行かず、結局、実家の面倒になることになったらしい。
 その向かう途中、弟カエルラは母親と共に移動中の輸送船で賊に襲われ、母は死亡、弟は行方不明となっていた。
 結局死亡したと判断が下されていたのだが。

「証拠はこのネックレスだ」

 見れば寛げられた首元にネックレスが一つかかっているのが見て取れた。

「兄さんは青いのを持っているよね? それはソルが途中までしていたようだけれど…。父さんがそれぞれ瞳の色に合わせて採掘された石から作ったって母さんが教えてくれたよ。嘘は言っていないって信じて貰えるかな? なんなら血液を提供してもいいよ。それですぐにわかる…」

「なぜ、私が兄と?」

「母と瓜二つだもの。ある日、モニターに写った男が、後生大事にしていた母の写真と同じ顔だった…。年齢も合っている。それに話す言葉に僅かな訛りがあった。ほんの僅か…。僕と同じね」

「それだけか?」

「確信したのは、ソルが身に着けていたネックレスだよ。偶然、見たんだ…。ソルは人から預かっていると言ったけれど、ソルの交友関係から預ける様な人間はひとりしかいない…。あれは世界に二つとない、僕と兄しか持っていないものだ」

 アレクは注意深い眼差しを向ける。

「…お前のバックは誰がついている?」

 セレステは深く息を吐き出すと、もうどうでもいいと言った具合に、投げやりな態度で全て話しだした。

「旧連合の反乱分子だ。若いヤツ。リーダーはケイパーって言ったな…。あなたをどうしても殺りたいって。僕と一緒だった。それで、手を貸すことに決めた」

「以前、連合に捕らえられたソルを連れ戻しに行った際、奴を撃った。正当防衛だったが…。ソルの連合時代の友人だったな。…怨恨か」

「ソルの、ね。ソルは本当に罪作りな人間だ…」

「奴と一緒と言うことは──復讐か? お前に直接関わる様な事をした覚えはないが」

「人は輝けば輝く程、それを羨む人間も出て来るものさ。──そう。僕は兄さんが羨ましかった…。僕はずっと暗闇にいたと言うのに、僕と違って光り輝く場所に立つあなたがね。引きずり下ろそうと思った…。同じように惨めな思いをさせてやるってね」

「その所為でソルは死んだ…。後悔はないのか?」

 キッと強い眼差しをアレクに向けると。

「ないね。これでソルはあなたから自由になった」

「自由?」

「あなたと出会ったお蔭でソルは不幸になった。辺境の星で整備士をしていれば、こんな目には遭わなかった…。ソルを殺したのは兄さんだよ」 

 アレクは小さくため息を漏らすと、腕を組む。

「自分の過ちを認めず、責任転嫁か…」

 今度はアレクが鋭い眼差しを向ける番だった。一歩進むと、ガラス越しにセレステを見下ろし。

「確かに私はソルをここに連れて来た。だが、選択したのはソル自身だ。…誰を責めるものでもない」

 それは背後に控える、自責の念に駆られているであろうユラナスにも向けられた言葉だった。

 そう。選んだのはソルだ。

 広げられた選択肢から、冷静に判断した結果。それを周囲は受け入れるだけだ。
 例え不幸な結果になろうとも、自己の責任でそうなったのだ。誰も責められはしない。

 それが、二度と会えないと言う現実を突きつけて来ても──。

 唇を僅かに噛んだあと。

「お前は…アウローラに向かったが、ソルを助け出せたのか?」

 セレステは一度強い光を瞳に宿したが、次には伏せ。

「…いいや。見つけられなかった…」

 そこで初めてセレステに悔恨の色が浮かぶ。それを見たアレクは首を振ると。

「お前が弟だとして、それでは兄弟二人でソルを死へ向かわせたという事か…」

 セレステは俯いたままだ。

「…お前が何者であろうと、この罪は償って貰う」

 それだけ言い残すと、アレクはその場を後にした。

+++

 弟が生きていたとは。

 私室に戻ったアレクは窓の外に流れる星々を、見るとも無しに眺める。

 カエルラ・フォン・ファーレンハイト。

 当人でなければ、知らない名前。嘘を言っているとは思えない。
 こんな出会いでなければ、喜んだ事だろう。

 奴の手引により、全てが狂い、ソルの命が失われた。
 もう、ソルは戻らない。

 いったい、何をどう間違えたのか。

 せっかく再会した弟も、長年重用してきた部下も処分を下さねばならない。
 せっかく、あと少しで夢が叶うと言うのに、何もかも失われて行く。

 君の為に全て動いてきたというのに──。

 ソル。どうして君はいない。

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