カーマン・ライン

マン太

文字の大きさ
上 下
66 / 84
第5章 波乱

9

しおりを挟む

 ただ、羨ましいと思った。

 それまで、人を恨むことも羨むこともなかったのに──。

 なぜか、アレクの一挙手一動に心を動かすソルを見た時、その感情が初めて湧いた。

 ゼストスがソルと出会ったのは、アレクの導きがあったからだ。
 故障した機体を修理するため、アレクは辺境の惑星にある整備工場に不時着した。そこで初めてソルと対峙することになる。
 アレクの紹介により、協力して修理をすることになった。
 モニター越しの声は小さく頼りない。見た目も年相応と言えばそれまでだが、何処か頼りなく。
 協力と言っても、一方的にこちらの指示に従ってもらうことになるのだろうと思っていたのだが。予想は外れた。
 アレクに前もって言われていたのだが、その通り、ソルの知識はかなりのものだった。思わず口をついて出でしまった専門用語も理解してしまう。
 それにひと度集中しだすと、弱々しげな印象は鳴りをひそめ、態度は凛とし目は輝きを増した。
 子どもの癖に生意気だと、普通なら思ったかもしれない。けれど、本当に機械いじりが好きらしい彼の態度に、微塵もそんな思いは湧かなかった。
 短い間ではあったが、彼との時間は今まで生きて来た中で一番楽しく充実していて。毎日、ソルと顔を合わせるのが待ち遠しくて仕方なかった。
 そのソルを、アレクが正式に迎えると知って心浮き立った。

 きっと彼はエンジニアとして配属されるはず。

 しかし、彼は迎えに行く前に連合軍の戦闘に巻き込まれ、行方知れずとなってしまった。
 その後、漸く顔を見られたのは十七歳になってから。
 それまで連合軍にいたと言うソルは、能力者としての腕を買われ、そちらを主にパイロットとして活躍を見せるようになった。
 それでも機械いじりは好きらしく、アレクに無理を言って旗艦内のドックに入り浸っていて。
 その間は、二人の間を邪魔する者はいない。好きなだけソルと語り合い、作業に没頭できた。
 けれど、端々にアレクが現れ邪魔をする。
 姿を見せるわけではない。ただ、途中で退出するのも、急に来られなくなるのもアレクが原因で。
 大切な彼との時間をアレクに奪われる。

 アレクが邪魔だ──。

 初めての感情が湧いた。

 そんなある日、連合軍との戦闘でソルが重傷を負った。
 それなりに酷いけがではあったが、パイロットとしては致命傷ではない。
 しかし、これはチャンスだと思った。上手く行けばアレクからソルを引き離す事が出来る、二度とない機会。
 逃す手は無いと、その思いを実行に移した。
 医師が見る前に検査結果のデータを改ざんし、脳に損傷があったと書き換えたのだ。能力者としては致命的な障害。
 結果、ソルはパイロットとしての道を絶たれ、ゼストスの元へと戻ってきた。

 これでいい。ソルはここにいれば安心なんだ。誰にも邪魔はさせない──。

 暗い思いが心を占める。
 ソルはフィンスターニスの上空に浮かぶ、研究開発用に立てられた宇宙ステーションに配属となった。
 無理を言ってアレクに同行を願い出る。無事許可が下り、晴れてソルと共にラボで過ごす日々が始まった。
 五年間。ソルにとっては寂しい思いもあっただろうが、ゼストス自身は嬉しい限りで。このままこの時間が続くはずだった。
 しかし、そこへ新たな人物が現れる。
 セレステ・ヴァイスマン。
 ソルは親しみを込めて、セスと呼んだが。
 孤児院時代の幼馴染だと言う。辛い日々を共に過ごしたのだとか。
 彼は積極的にソルに接近しているが、ソルは取り合わない。やはりアレクが一番な様だった。
 アレク程では無いにしても、ソルとの間に新たな邪魔が入るのは不愉快で。
 ただ、セスは優秀らしく、近いうちに能力者として旗艦に配属になるのではとソルが口にしていた。

 それなら放っておけばいい──。

 そう思っていたのだが。

 セスの正体を知ったのは偶然だった。
 その日、ゼストスはひと気のない渡り廊下の先にある機器の調整を終えた所だった。
 各フロアにある空気の循環装置だが、知らないものが適当に調整すると、結露や酸素不足を起こすこともあり、デリケートな調整が必要な作業で。ある程度の技術のあるものがやることになっている。
 その作業を終え、さてラウンジで一息と思っていれば、誰かの話し声を耳にした。

 こんな所で話しとは──。

 ここには計器類しかない。用がなければ兵士など来るはずもないのだ。
 そっと壁際に身を寄せ顔をのぞかせれば、そこにはセレステがいた。
 会話は端々しか聞こえては来ないが、低い声音で話す様子は普段とは異なって見える。

「──ああ。何とかする。けど、アレクの周りにいる連中は皆隙がなくて──。…分かってる…。失敗はしない。じゃあ、また──」

 これは──。

 不穏な空気を感じ取った。
 ゼストスはセレステがそこを去るまでじっと身を潜めていた。

 自室に戻って、セレステの情報を探る。
 調べたセレステの経歴は、戦災孤児には有りがちなものだった。
 幼い頃を孤児院で過ごし、十歳になると裕福な商家に引き取られ、十二歳になるまでそこで過ごした。その後、帝国の士官学校へと入る。
 卒業後は帝国軍に入隊し、様々な鑑へと配属先を変えるうち、能力試験でその能力者としての資質を見出され、このステーションに送られて来た。
 ざっと見ても特筆すべきものはない。
 現段階では、彼がどこと関わり、何を目的としているかはわからなかった。
 ただ会話の様子から、アレクをどうにかしたいとは思っているらしい。それなら、ゼストスにとっては好都合だったが。

 当人に聞くしかないだろうな…。

 それ以外に方法はない。
 それから暫くして、セレステに声をかけた。


「やあ。セレステ。今、少しいいかな?」

 一人、ラウンジにいたセレステは、カウンターの前のスツールに浅く腰掛け、手にしていたグラスを置くとこちらに目を向けて来た。
 まだ二十歳そこそこの若く美しい青年だ。翡翠のような瞳がその美しさを引き立てる。
 彼とはソルを通じて挨拶を交わした位だった。面倒を見て欲しいとは頼まれていたが、その機会がなく今に至る。

「ゼストス? 良いけど…。どうしたの?」

「その…。実は数日前、君が端末で誰かと話していたのを聞いてしまってね…。あの、ポートを見下ろせる渡り廊下だが──」

 そこで一気にセレステの表情が冷えたものに変わった。それでやはりあの時の会話は、聞かれてはならないものだったと知る。

「いや。全て聞いた訳じゃないんだ。ほんの少し…」

「僕をアレクに引き渡す?」

 セレステは翡翠色の瞳を冷たく光らせる。その言葉にゼストスは、心の内でほくそ笑んだ。

「いや。だって俺は君が何者か知らないんだ。渡すも何も…。と言う事は君は──」

 すると、セレステの表情に微妙なものが加わる。口元に艶めいた笑みが浮かぶと。

「ここに、つてが欲しかったんだ。誰にも通報せず、僕に一番に声をかけてきたのだとしたら、あなたにも何かあるってことでしょ? 僕と取引をする? そうしたら、あなたの話も聞くよ。…僕の部屋でどう?」

 人を操るような、そんな色がその目には浮かんでいた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

すずらん通り商店街の日常 〜悠介と柊一郎〜

ドラマチカ
BL
恋愛に疲れ果てた自称社畜でイケメンの犬飼柊一郎が、ある時ふと見つけた「すずらん通り商店街」の一角にある犬山古書店。そこに住む綺麗で賢い黒猫と、その家族である一見すると儚げ美形店主、犬山悠介。 恋に臆病な犬山悠介と、初めて恋をした犬飼柊一郎の物語。 ※猫と話せる店主等、特殊設定あり

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

雪を溶かすように

春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。 和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。 溺愛・甘々です。 *物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています

【完結】白い森の奥深く

N2O
BL
命を助けられた男と、本当の姿を隠した少年の恋の話。 本編/番外編完結しました。 さらりと読めます。 表紙絵 ⇨ 其間 様 X(@sonoma_59)

新訳 美女と野獣 〜獣人と少年の物語〜

若目
BL
いまはすっかり財政難となった商家マルシャン家は父シャルル、長兄ジャンティー、長女アヴァール、次女リュゼの4人家族。 妹たちが経済状況を顧みずに贅沢三昧するなか、一家はジャンティーの頑張りによってなんとか暮らしていた。 ある日、父が商用で出かける際に、何か欲しいものはないかと聞かれて、ジャンティーは一輪の薔薇をねだる。 しかし、帰る途中で父は道に迷ってしまう。 父があてもなく歩いていると、偶然、美しく奇妙な古城に辿り着く。 父はそこで、庭に薔薇の木で作られた生垣を見つけた。 ジャンティーとの約束を思い出した父が薔薇を一輪摘むと、彼の前に怒り狂った様子の野獣が現れ、「親切にしてやったのに、厚かましくも薔薇まで盗むとは」と吠えかかる。 野獣は父に死をもって償うように迫るが、薔薇が土産であったことを知ると、代わりに子どもを差し出すように要求してきて… そこから、ジャンティーの運命が大きく変わり出す。 童話の「美女と野獣」パロのBLです

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

処理中です...