カーマン・ライン

マン太

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第5章 波乱

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 到着した艦内は、正に蜂の巣を突いたようなありさまだった。急な襲撃に皆右往左往する。
 勿論、アレクの艦だけに、場慣れしたものたちが採用はされていたが、それでも数が足りない。
 そこへもってきて頼みのザインが負傷したとあっては、搭乗するクルーたちも焦るだろう。
 ソルはザインを救護隊員に引き渡し、すぐに戦場へ戻ろうとすれば、引き受けた隊員が声をかけてきた。

「適切な処置をありがとうございます! これなら…なんとか回復の見込みがありそうです!」

「そうか…。良かった。ザインを頼んだ」

「はい!」

 隊員は頷くと、先に運ばれて行ったザインの後を追った。
 ザインは隊員内の人気が高い。パイロットとしての腕もさることながら、親分肌な所に慕う者も多いのだ。
 今の隊員もその内の一人なのだろう。
 
 何とかなりそうで良かった…。

 ホッとし、再び機体へ乗り込もうとデッキを横切ると、ここにいてはならない者の姿を目にして立ち止まる。
 落ち着いたシルバーのスーツに身を包み、豪奢な金の髪を揺らしながら、颯爽とゲートに向かおうとするのは。

「アレク…」

 呟き程の声だったのに気づいたのか、ソルの姿を認めて、青い瞳がこちらを射貫くように見返してきた。

「…ソル。来ていたのか? ここまで自身で操縦してきたのか?」

 驚きの表情を隠せないでいる。その背後にユラナスが付き従っていた。
 足を止めたアレクにソルは近づくと。

「そうです…。それより、アレク。まさか出る気ですか?」

「当たり前だ。ザインもやられた今、手が足りない。できるものが出て当然だろう?」

「でも、敵が狙っているのはあなただ。出て行けば敵の思うつぼです!」

 ソルの強い口調に、周囲の者も視線を向けてくる。

「ここにいてもいつかやられるなら、せめて出ていった方がましだろう?」

「ふざけないでください! あなたは無くてはならない存在だ…。ここは応援が来るまで俺が食い止める。あなたはいつでも脱出できる準備を整えておいてください。ユラナス、お願いします」

 有無を言わせない。
 能力者もいない。いたとしても、ザインの乗っていた専用の機体は撃墜されなかった。
 単機で行くつもりだろうが、そうはさせない。何としても、食い下がるつもりだった。

「分かっています…」

 ユラナスも引き止めたのだろう。ソルに言われ押し黙るアレクに、安堵した様子がうかがえる。
 アレクは腕を組み、黙って見つめていたが。

「…君はいつから私に指図する身分になった?」

「今はそんなことを言っている場合じゃない。あなたが無事でいることが大切なんだ!」

 引くつもりはなかった。
 ソルの態度にアレクは諦めた様にため息を吐き出すと。

「君が来ると分かっていれば、その前に出撃したのにな…。──わかった。今、出るのは止めよう。それより…」

 アレクはソルの頬に指先で触れると。

「ここまで操縦してきたと言ったが──。敵も撃ち落としたのだろう? 能力が…戻ったのか?」

「分からない…。医師は戻ることはないと言っていたけど…。多分、今までの積み重ねの結果だ。もう、ここは俺たちに任せて下がっていてくれ。必ず守る」

「…わかった」

 その声を聞き安堵すると、アレクに背を向け、ゲートへ向かおうとすれば、

「ソル」

 呼び止められ、振り返る。アレクは口元に笑みを浮かべると。

「石を…無くすなよ?」

「…分かってる」

 それは暗に無事に戻って来いと言っているのだ。胸がじりと熱くなる。
 アレクはそのままユラナスとともに再びブリッジへと踵を返した。

 これでいい。俺が──必ず守る。

 ソルは今度こそゲートへと向かった。

+++

「まだ着かないの?」

 ラスターはイライラしたように、グラスディスプレイの前に座るアルバの背後に立ち画像を睨みつけている。
 ディスプレイにはアレクの乗る巡洋艦の周囲に、敵を示す無数の赤い光点が点滅していた。
 ザイン負傷の情報は既に耳に入っている。数的に劣勢になっていることも。
 このままでは到着まで保たないとの予測が出ていた。ラスターが苛立つのも仕方ない。

「ここから、アレクのいる場所までは時間がかかる。途中、小惑星帯もあるからな。この艦の規模になると、ワープも慎重になる。飛んだ先に突然、小惑星が現れてドカン…と言う事もない訳じゃない」
 
 アルバは冷静にそう告げた。

「このまま、見ている事だけしかできねぇのかよ…」

 リーノが舌打ちした。
 しかし、刻々と過ぎる時間の中、吉報が入る。アレクの乗る艦の優勢が伝えられたのだ。

「なんでだ? ザインがいないのに…。まさかアレクがでたのか?」

 リーノの問いかけに、アルバが答える。

「いいや。それが…ソルが出ているらしい…」

「ソルが? だって、ソルは…」

 ラスターが怪訝な表情を見せ、続く言葉を閉ざす。

 能力を失ったのに──。

 そう続けるつもりだった。

「ゼストスが報告してきた。あっちの方がアレクには近かっただろう。飛び出して行ったってな…。乗って行った機体もかなり古いものらしい。廃棄寸前だった機体だそうだ。能力のことと言い、そう長くはもたないだろうに…」

 アルバは眉間にしわを寄せ、逐一送られてくる戦況の様子をディスプレイで確認する。

「なぁ。到着まであとどれくらいなんだ?」

 リーノも苛立ちを隠せず、じっとディスプレイを見つめる。

「あと、数十分だ。出撃の準備をしよう。いつでも出られる様にな」

「それまでソルがもつといいけれど…」

 ラスターの声音は重い。アルバは小さなため息を漏らしつつ。

「ああ。それを祈ろう…」

 皆がディスプレイを見つめた。
 そこには次々と敵を示す赤い光点が瞬いては消えていく様子が映し出されていた。

+++

 同じく研究所のディスプレイで、まんじりともせず戦況を見つめているものがいた。
 セレステだ。
 緊急事態に検査を中断し、待機となっている。
 貴重な能力者を、早々攻撃に参加させる事はできない。その為、研究所の外で行われていた戦闘にも参加許可は下りなかった。
 それを見越しての今回の計画だったのだが。
 セレステは腕を組んで何処か面白くない表情を浮かべている。
 既にステーションに対する旧連合軍反乱分子の攻撃は止んでいた。
 徹底抗戦するつもりはない。アレクの艦への応援を遅らせると言う、当初の目的を達成したため退却したのだ。
 セレステは親指の爪を軽く噛みながら呟く。

「どうして…ソルは出たんだ?」

 その予定ではなかったはず。

 予想外の展開にセレステは歯噛みする思いだ。何としても、アレクの乗る艦には近づけさせたくない。
 飛び出して行ったソルを阻止するため、兵を指し向けてはいたが、ソル相手に上手くいくかどうか。
 勿論、阻止するのみで、本格的な攻撃は許可していない。
 彼が出てくるのは厄介だった。

 公的にも私的にも──。
 
 ソルの登場によって、当初の計画は失敗に終わる可能性がある。

 けれど、もうひとつの予定はまだ気づかれてはいないはず──。

 強力な味方を得て立てた計画だ。

 かならず成功させる。そして、奴を表舞台から引きずり降ろしてやる──。

 アルバ達とは違う思いで、ディスプレイを見つめていた。
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