52 / 84
第4章 別離
10
しおりを挟む
その日、用務を終えて研究室の仲間とともにラウンジで夕食とっていると、セレステが姿を現した。
カウンターで夕食を受け取ると、ラウンジ内へと視線を彷徨わせる。
「隣、座れよ」
「いいの? ありがと」
ソルが呼べば嬉しそうに声をあげた。
すると既に食べ終わっていた仲間たちはそれを合図に、また明日、と手を上げ席を立っていく。
セスが幼なじみだと知られている。遠慮してくれたのだろう。
「ソルって、ゼストスが言ったようにやっぱり人気あるんだね?」
去っていく仲間の背を見送りながらそう口にした。
「人気って…。ただ仕事仲間と話していただけだろ? ゼストスの話を真にうけるなよ」
「そうかな? 皆、嫌な奴だったら話もしないと思うけど。ソルの事を分かるのは僕だけだって思ってのに…。なんか、悔しい…」
セレステは力任せに盛られたサラダをフォークでつき刺す。
今日の夕食は鶏胸肉のソテー、リンゴソースがけ。そこに彩り良くサラダが添えられている。後はカボチャのポタージュスープに全粒粉のパンがついていた。シンプルだが、丁寧に作られ味も申し分ない。
ソルは苦笑すると。
「セスは変わってないな? 昔も俺が他の誰かと話しているとすぐに割って入ってきてた。あの頃とちっとも変ってないのな?」
「…バカにしないでよ。ちゃんと変わってる。あの頃はそれくらいしかできなかったけど、今はもっとちゃんと阻止できるもの」
「阻止って…。そこまで俺に固執しなくてもいいだろ? ここは孤児院じゃない。まともな人間はずっと多い。それにいままでだって、セスをちゃんと思ってくれた人間もいただろ? いなくても、これからちゃんと出てくるはずだ」
「…要らないよ。そんなの」
「セス?」
セスは食べ途中の皿の上に視線を落としたまま。
「僕の話はいい…。ねぇ。本当にラハティ提督と付き合ってるの? ちゃんとした恋人なの?」
突然、詰め寄って来る。ソルはひとつ息をついた後。
「付き合ってる。…多分…」
「なにそれ。前もそんな風に言っていたよね? どういうこと?」
セスは引きそうにない。黙っていれば、話すまでずっとこの調子だろう。仕方なく重い口を開いた。
「…五年前まではそういう関係だった。今もそうだと思っているってのが正しい。…それでも、ラハティ提督を大切に思っているのは変らない」
「五年前って、今は違うの?」
「ちゃんと連絡も取り合っている。ごくまれに会うこともある…。けれど、ラハティ提督は以前のように身軽な身の上じゃない。俺もここへ配属されて、頻繁に会うこともなくなったってだけだ。以前の様には付き合っていないだけで──」
「それって、捨てられたんだよ。そうに決まってる。本当に大切だったら片時も離さない。僕だったらそうする」
「セス…」
「ソルは今、幸せなの? もしそうでないなら、少し考えた方がいいよ。そんな関係、普通じゃない」
セスの言葉に反論できなかった。
確かに普通の恋人同士の関係ではないのかもしれない。けれど、距離が離れても関係を持続させている連中は大勢いる。
其のうちの一人なだけで。
会っている時間だけが重要ではなく、会えない時間もどれだけ相手を信頼していられるかが大切で。疑いだせばきりがない。
思いが本物であれば相手を理解し、疑うことなどなくいられる。
アレクとはそういう関係なのだ。
「いいんだ。俺たちはこれで…」
そう自分に言い聞かせていると言ってもいいが。
「それより、訓練はどうだ? ついて行けているか?」
その話題はそれで切り上げ、訓練についての話に移った。セスは不満気だったが、一応話しに乗ってくる。
「…うん。今の所は。ちょっと疲れるけど…」
「セスは能力も高いし、順応性もある。もう少し慣れればいい線いくはずだ」
「そうなんだ。そうなれば嬉しいな」
セスは笑顔になる。
飛行訓練にペアで飛ぶときの注意点、情報伝達の仕方。危険回避方法や、救助の仕方。やることは山ほどある。
まだそのほんの一部を始めたに過ぎないが、セレステは抜群の順能力を示している。
この分なら、アレクのパートナーに選ばれるのも遠くない。
「このまま、焦らず行けば結果はついてくる。応援してる。…こっそりな?」
「フフ。ソルの応援があればそれだけで頑張れるよ」
そうして話す間にセスの夕食が終わり、各自部屋へ戻る為、ラウンジを出て通路を歩きだした所で、
「ねぇ、ソル。僕、次に会えたら必ず言おうと思っていた事があるんだけど…」
「なんだ?」
ちょうど通路を曲がった辺り、人気のない場所までくると立ち止まり、こちらを見下ろしてきた。
昔はセスの方が小柄で庇護欲を掻き立てられたのに、今は見上げる程の差がある。
大人になったのだと思った。
セスはソルの二の腕を掴むと引き寄せる。
「僕はソルが好きだった。…そういう意味で」
「セス?」
「他人に抱かれながら、ずっとソルのこと思ってた。ソルのことを思い浮かべてやり過ごしていたんだ。それなのに…いなくなって…」
突然の告白に驚きはしたが、どこかで気付いていた部分もあった。
「…ごめん」
「謝らなくていい。知らなかったんだし…。でも、今こうして会えたんだ。他の誰かとそうなれているなら、僕とだって望みはあるでしょ? 別に、無理にそうしなくてもいい。ただ、側にいてくれるだけでいいんだ…。ダメかな?」
「……」
言われてアレクの顔が浮かんだ。
アレクのよく通る低い声音。身体に触れてくる熱い手。体温、香り。
全てがなぜか蘇ってきて──。
「…ごめん。俺はアレクが今も好きだ。大切に思っている。…ほとんどあえてはいないけれど、それでも、俺はそう思ってる。だから、他の誰かとはない。…それがセスでも。ごめん」
「分かってる…」
そう言って深々とため息をつくと。
「でも、諦めない──」
くいと肩を引かれたかと思うと、通路の壁に背を押し付けられた。そこは柱の陰になって周囲からは見えない。
「セス──!」
開いた口にセスのそれが重なる。
好きだと言う思いをそこから伝えてくるような、熱の籠ったキスだった。
首をふって何とかそれから逃れたが。
「僕は…、ソルが好きだ。もうこれきりで言わない。けど、覚えておいて」
セレステの手首を掴む手が熱く、それだけがずっと記憶に残った。
カウンターで夕食を受け取ると、ラウンジ内へと視線を彷徨わせる。
「隣、座れよ」
「いいの? ありがと」
ソルが呼べば嬉しそうに声をあげた。
すると既に食べ終わっていた仲間たちはそれを合図に、また明日、と手を上げ席を立っていく。
セスが幼なじみだと知られている。遠慮してくれたのだろう。
「ソルって、ゼストスが言ったようにやっぱり人気あるんだね?」
去っていく仲間の背を見送りながらそう口にした。
「人気って…。ただ仕事仲間と話していただけだろ? ゼストスの話を真にうけるなよ」
「そうかな? 皆、嫌な奴だったら話もしないと思うけど。ソルの事を分かるのは僕だけだって思ってのに…。なんか、悔しい…」
セレステは力任せに盛られたサラダをフォークでつき刺す。
今日の夕食は鶏胸肉のソテー、リンゴソースがけ。そこに彩り良くサラダが添えられている。後はカボチャのポタージュスープに全粒粉のパンがついていた。シンプルだが、丁寧に作られ味も申し分ない。
ソルは苦笑すると。
「セスは変わってないな? 昔も俺が他の誰かと話しているとすぐに割って入ってきてた。あの頃とちっとも変ってないのな?」
「…バカにしないでよ。ちゃんと変わってる。あの頃はそれくらいしかできなかったけど、今はもっとちゃんと阻止できるもの」
「阻止って…。そこまで俺に固執しなくてもいいだろ? ここは孤児院じゃない。まともな人間はずっと多い。それにいままでだって、セスをちゃんと思ってくれた人間もいただろ? いなくても、これからちゃんと出てくるはずだ」
「…要らないよ。そんなの」
「セス?」
セスは食べ途中の皿の上に視線を落としたまま。
「僕の話はいい…。ねぇ。本当にラハティ提督と付き合ってるの? ちゃんとした恋人なの?」
突然、詰め寄って来る。ソルはひとつ息をついた後。
「付き合ってる。…多分…」
「なにそれ。前もそんな風に言っていたよね? どういうこと?」
セスは引きそうにない。黙っていれば、話すまでずっとこの調子だろう。仕方なく重い口を開いた。
「…五年前まではそういう関係だった。今もそうだと思っているってのが正しい。…それでも、ラハティ提督を大切に思っているのは変らない」
「五年前って、今は違うの?」
「ちゃんと連絡も取り合っている。ごくまれに会うこともある…。けれど、ラハティ提督は以前のように身軽な身の上じゃない。俺もここへ配属されて、頻繁に会うこともなくなったってだけだ。以前の様には付き合っていないだけで──」
「それって、捨てられたんだよ。そうに決まってる。本当に大切だったら片時も離さない。僕だったらそうする」
「セス…」
「ソルは今、幸せなの? もしそうでないなら、少し考えた方がいいよ。そんな関係、普通じゃない」
セスの言葉に反論できなかった。
確かに普通の恋人同士の関係ではないのかもしれない。けれど、距離が離れても関係を持続させている連中は大勢いる。
其のうちの一人なだけで。
会っている時間だけが重要ではなく、会えない時間もどれだけ相手を信頼していられるかが大切で。疑いだせばきりがない。
思いが本物であれば相手を理解し、疑うことなどなくいられる。
アレクとはそういう関係なのだ。
「いいんだ。俺たちはこれで…」
そう自分に言い聞かせていると言ってもいいが。
「それより、訓練はどうだ? ついて行けているか?」
その話題はそれで切り上げ、訓練についての話に移った。セスは不満気だったが、一応話しに乗ってくる。
「…うん。今の所は。ちょっと疲れるけど…」
「セスは能力も高いし、順応性もある。もう少し慣れればいい線いくはずだ」
「そうなんだ。そうなれば嬉しいな」
セスは笑顔になる。
飛行訓練にペアで飛ぶときの注意点、情報伝達の仕方。危険回避方法や、救助の仕方。やることは山ほどある。
まだそのほんの一部を始めたに過ぎないが、セレステは抜群の順能力を示している。
この分なら、アレクのパートナーに選ばれるのも遠くない。
「このまま、焦らず行けば結果はついてくる。応援してる。…こっそりな?」
「フフ。ソルの応援があればそれだけで頑張れるよ」
そうして話す間にセスの夕食が終わり、各自部屋へ戻る為、ラウンジを出て通路を歩きだした所で、
「ねぇ、ソル。僕、次に会えたら必ず言おうと思っていた事があるんだけど…」
「なんだ?」
ちょうど通路を曲がった辺り、人気のない場所までくると立ち止まり、こちらを見下ろしてきた。
昔はセスの方が小柄で庇護欲を掻き立てられたのに、今は見上げる程の差がある。
大人になったのだと思った。
セスはソルの二の腕を掴むと引き寄せる。
「僕はソルが好きだった。…そういう意味で」
「セス?」
「他人に抱かれながら、ずっとソルのこと思ってた。ソルのことを思い浮かべてやり過ごしていたんだ。それなのに…いなくなって…」
突然の告白に驚きはしたが、どこかで気付いていた部分もあった。
「…ごめん」
「謝らなくていい。知らなかったんだし…。でも、今こうして会えたんだ。他の誰かとそうなれているなら、僕とだって望みはあるでしょ? 別に、無理にそうしなくてもいい。ただ、側にいてくれるだけでいいんだ…。ダメかな?」
「……」
言われてアレクの顔が浮かんだ。
アレクのよく通る低い声音。身体に触れてくる熱い手。体温、香り。
全てがなぜか蘇ってきて──。
「…ごめん。俺はアレクが今も好きだ。大切に思っている。…ほとんどあえてはいないけれど、それでも、俺はそう思ってる。だから、他の誰かとはない。…それがセスでも。ごめん」
「分かってる…」
そう言って深々とため息をつくと。
「でも、諦めない──」
くいと肩を引かれたかと思うと、通路の壁に背を押し付けられた。そこは柱の陰になって周囲からは見えない。
「セス──!」
開いた口にセスのそれが重なる。
好きだと言う思いをそこから伝えてくるような、熱の籠ったキスだった。
首をふって何とかそれから逃れたが。
「僕は…、ソルが好きだ。もうこれきりで言わない。けど、覚えておいて」
セレステの手首を掴む手が熱く、それだけがずっと記憶に残った。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る
112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。
★本編で出てこない世界観
男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる