カーマン・ライン

マン太

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第4章 別離

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「ああ。逃げられちゃった…」

 セレステはカウンターに肘をつき、去っていくソルの背を見つめた。

「相変わらず可愛いよね? …僕のソルは」

 こんな所で出会うなんて──。 

 運命と言われれば、そうなのかもしれない。本来は別の目的でここへ来たのだが。
 セレステの表向きの目標は、能力者となって帝国軍内での地位を上げる事だった。目立てばそれだけ上に行くチャンスが広がる。

 あの男だって、元は傭兵だったんだ。僕にだってできないはずがない。

 昇り詰めて、そうして──。

「何もかも、奪ってやる…」

 手に残るソルの温もりを握りしめた。

+++

 セスと別れた後、自室に戻ると久しぶりにアレクからの通信があった。
 いつものように体調を気遣い、何か不便はないかと尋ねてくる。それに答えながら、最後にセスの事を少しだけ記した。
 孤児院で一緒だった友人が能力者として現れたと。

 アレクはどう思うだろうか。

 先ほどのセスからは友情とは違う感情を受けた気がした。勿論、応じる気はない。
 別に幼馴染が現れた位で、どうと言う事もないのだろうが。
 それでも、セスの登場によって、それまでの何かが変化しそうな予感がした。

+++

 後日から、セレステら能力者の特訓が始まった。
 反応速度を計測し、能力値を確認していく。
 様々なテストの結果、セスの能力は他の者をはるかに上回っていた。もしかしたら、過去の自分に匹敵するかもしれない。

 このまま行けば、きっとアレクのパートナーにも選ばれるだろう。

 自分には二度と訪れないその機会に、羨ましくないと言えば嘘になる。
 その後のソルの能力はすっかり失われ、一般人のそれと何ら変わらなくなっていた。
 ゼストスにも手伝ってもらい、その後何度か検査や試験をしてみたが、その欠片はどこにも見当たらず。帝国としても貴重な能力者を失ったわけであり。
 幾ら大きな戦闘は治まって来ているとは言え、セレステの登場は喜ぶべきことだろう。

「今日はここまで。各自明日の訓練までしっかり身体を休めて置いてくれ。以上だ」

 パッドを手に皆の顔を眺めながら終了を告げた。
 数時間に及ぶ検査が終わり、計測に関わった研究員らも片付けに入る。
 その言葉に他の二名ともほっとした表情を見せ、疲れ切った様子で訓練室を後にした。
 残る一名、セスは。

「ねぇ。僕はどうだったの? 役に立ちそう?」

 言いながら手にしていたパッドを肩越しに覗き込んで来る。頬が触れそうなほどに距離が近い。
 
「セス。まだ勤務中だ。それに検査結果は内密だ」

 ソルはパッドをセスから遠ざける様に胸元に寄せる。

「ケチ。僕のだけ教えてくれればいいのに…」

 ぐいとソルの腰に腕を巻き付け、背後から抱き着いて来た。小柄なソルはすっぽりその腕の中に隠れてしまう。

「よせ。まだ仕事は終わってない」

 ソルは背後のセスを睨みつけた。
 流石にこれには周囲のものも目を剥く。
 普段のソルは真面目で大人しい。皆の冗談話に付き合いはするものの、乗る事はせず、聞き役に徹し物静かに微笑んでいる──それが今のソルだった。
 その堅物の上官へ、馴れ馴れしく抱きつく新人に驚かないはずがない。

「やあ。ソルは美人によくモテるな?」 

 そう言って訓練室へ入室してきたのはゼストスだった。
 薄い茶色の髪にグリーンの瞳。今はそこへ面白がるような色を浮かべてている。

「…よくって、どういうこと? 他にもいるってこと? 前にいるって言ってた恋人?」

 セレステは問い返す。アレクの事はまだ伝えていなかった。

「はは。君はまだ来たばかりで知らないだろうが、このソルはなんと、アレク──っと、ラハティ提督のいいひとなんだ。これは周知のことだ」

「ゼストス!」

 流石に堂々とバラされては恥ずかしい。知らないものもいる。
 それに今はやはり勤務中で。無駄話をしていい時間ではない。

「だって、本当のことだろ? そんな君に抱きつく強者はザインだけかと思っていたが。新手が登場かな? しかも彼らの中で一番若く、幼い頃から君を知っている──だろ? ソルから聞いたよ、。幼なじみなんだってな? 事態は複雑だね」

 ゼストスはウインクしてみせた。

「…ゼストス、わかったからもう止めてくれ。セスも離れるんだ。話はまた夕食の時にラウンジで…」

「わかった。その時に今の話、詳しくきかせてよ?」

 明らかに不満気なセスは、渋々ソルから離れそこを退出していった。
 ソルはじと目でゼストスを睨むと。

「勤務中に話す内容じゃないだろ?」

「いや。ザインもアレクもいない今、君を危機から救うのは俺の役目かと思ってね? 君は自分が思うより人の気を惹くってことを忘れちゃいけないね」

「初耳だ」

 思わず頬が熱くなって、更に睨みつければ。

「そうそう。普段はそうやって気難しい顔しているくせに、たまに笑ったり感情を表に出すだろ? そのギャップがいいんだってのは皆の談だな。な、そうだろ? お前らいつもそう言ってるよな?」

 そう言って周囲にいた研究員へ話を振ると、皆、ささっと視線を逸らし聞こえないふりをして見せた。

「…そんなの、聞いてない」

 ソルはぽかんとしたあと、ますます頬は熱くなるが。

「はは! そりゃ、本人に言うはずないさ。アレクに知られたらそれこそ、左遷なんてもんじゃないだろう。それにザインにばれたら即、一発食らって独房行きだ」

「それって、ザインが行くべきだろ?」

「俺もそう思うがな。そうはいかないのさ」

 ゼストスは笑うとソルの肩を叩き。

「君もあの可愛い友人と余り親しくしていると、色々な意味で彼に危険が迫ってくるぞ? 友人の為にも気をつけることだ」

 ソルはただ、ため息つくしかなかった。

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