カーマン・ライン

マン太

文字の大きさ
上 下
36 / 84
第3章 仲間

8

しおりを挟む

「なあ、あれからソルの居所は分からないままなのか?」

 ケイパーは通路を行く男性士官に声をかけた。
 彼は艦の副官の補佐をしている。ケイパーとはパイロット訓練時の先輩、後輩にあたり、内部でも外部でも情報にも詳しく、聞けば許される範囲で話してくれた。
 男性士官は足を止めると。

「何も情報は入ってきていないな…。もう、諦めろ。ソルは生きちゃいないだろう」

「だって、あいつ…。自分であっちにいったってのに?」

「さあな。そこは分からんが…。知り合いがいたか知らんが、連合のガキなんか手に入れたって使い道もないだろう? 生きていたとしても、どっかの辺境の星で労働でもさせられているさ」

「ちっ、ひでぇこと言いやがる…」

 それでケイパーは士官の元を離れた。これ以上情報は得られない。
 だいたい、見習い整備士が一人いなくなった所で痛くも痒くもないのだ。詳しく探る事もないだろう。
 けれど、ソルと関わりのあったものは皆、心配していた。エッドは勿論、整備士のハンスに同じ時期に入った少年兵達だ。
 自分でも出来る範囲で探って見たが、どうやってもソルの行方は知れない

 あいつ。自分で行ったんだよな…。

 あの時、離陸した機体のコックピット内から、一瞬だけ見えたソルの瞳が忘れられない。ケイパーを認めた途端、迷いの色が浮かんだ様に見えた。

 昔、あいつの言っていた士官先はもしかして──。

 過去のソルとのやり取りを思い出した。
 二年前。連合に入隊届けを出すのにソルは躊躇っていて。どこかに行き先があると濁したのだ。
 まさかと思った。どうせ戻ってくると思っていれば、案の定、その日の夜遅く肩を落とし戻ってきて、そのままブラシノス連合へと志願した。

 何をもったいぶってんだと思ったけれど…。

 あの時。ソルを連れて行った帝国の男と会うつもりだったのでは。
 いったい何処で知り合ったのか。
 なんにしても会って話さなければ何も分からない。

 連絡くらい、寄こせってんだ。

 ケイパーは船窓の外に広がる宇宙に目を向けた。

+++

 同じく、遥か彼方の惑星で一人の壮年の男が配下のものを振り返っていた。
 エドガー・フォン・ファーレンハイト。エテルノ帝国の現皇帝だ。

「あれの行方は掴めたか?」

「いえ…。それが、医院の焼失と共にその先の情報が全て紛失してしまい…」

「三年も前の事故だ。死んだと信じ切ればいいだけだが…。息子二人共に行方が知れんのはな」

 自分の放った刺客に追われる途中、息子のひとりが交通事故を起こし、その際の爆発に巻き込まれ死んだ。
 ただ収容された遺体は損傷が激しく、当時診察に当たった医師の判断でそのまま直ぐに埋葬されたのだった。
 何処に埋葬したのかは、医師でなければ分からない。その医師は医院諸共、連合軍との戦火に巻き込まれ死亡し、医院は廃墟と化した。
 どうしても遺体を探し出し、確実に死亡したのは兄の子だと確認したい。自身の身が病に侵され始め、余計にその思いが強くなったのだ。
 しかし、その道は閉ざされた。
 病の影が覆う白い顔。今年、五十一才となる。それ程年を重ねている訳では無いのだが、年齢以上に老けて見えた。
 それは兄と同じ症状でもあり。
 それを知った口さがない者たちは、実の兄を始末した祟りだと冗談めかして口にした。
 そんな風に家臣らに言わせてしまう程、この男の権威は落ちてきている。
 男は窓辺に佇み外の景色に目を向けた。
 枝に落ちきれず残った枯れた葉が、吹く風に揺れている。ここ惑星フィンスターニスには僅かだが四季があるのだ。

「弟の方の死亡は確実です。一緒にいた母親の死亡が確認されておりますので…」

「兄がもし生きていれば幾つになる?」

「二十歳前後かと」

 男は苦笑する。

「私には男の後継ぎが一人もできなかった。皮肉なものだ。兄の子でなく私の子として生まれてくればよかったものを…」

「陛下…」

「もう良い。下がれ」

「は…」

 家臣は恭しく頭を垂れると古めかしくも豪奢な部屋を退出した。
 石造りの壁。優雅な彫刻を施した天井。意匠を凝らした刺繍が縫い取られた布張りのイス。その一つ一つが長い年月を経てここにある。
 長く積み重なった歴史。これからも絶やす事なく次へ繋げて行かねばならない。

 それは私の血でなくてはならないのだ。
 兄の血など一滴も残してやるつもりはない。選ばれたのは兄クリストフではなく、この私なのだから──。

+++

 日々の慌ただしさに追われる中、ふと連合軍で過ごした日々を思い出す。
 今の様にドックに篭もって端末の前で作業をしていると、よくからかいに来た。陽気でお調子者。負けず嫌いの──。

 ケイパー。元気にしているだろうか。

 止まった手にゼストスが声をかけて来た。

「どうした? 何か問題発生か?」

「ううん。…ちょっと昔を思い出してた」

「昔?」

「連合軍にいた時、仲の良かった奴がいて…。いつもバカな事ばっかり言う奴だったけど、いい奴だったなって…」

「パイロットなのかい?」

「テストパイロットだったけど…。今はどうだろう? もしかしたら、正式なパイロットになっているかも…」

「そうか…。なら、戦場で会うかも知れないんだな?」

「もしかしたら…」

 するとゼストスが少し考える様にしてから。

「なあ…。ソル。俺からアレクにこっちを主にするように頼もうか? パイロットでいれば、いずれその彼を討たなければならな時が来るかも知れないだろう?」

 それは、ずっと思ってきた事でもある。
 広い宇宙ではあるが、戦場は限られている。敵対していれば、いつかすれ違う事もあるだろう。

 それでも──。

「…いいんだ。覚悟は出来てる」

「そうか」

 ゼストスは気遣わしげに見ていたが、それ以上何も言わなかった。

 ケイパーとはまた必ず会う。

 そんな気がしてならなかった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

すずらん通り商店街の日常 〜悠介と柊一郎〜

ドラマチカ
BL
恋愛に疲れ果てた自称社畜でイケメンの犬飼柊一郎が、ある時ふと見つけた「すずらん通り商店街」の一角にある犬山古書店。そこに住む綺麗で賢い黒猫と、その家族である一見すると儚げ美形店主、犬山悠介。 恋に臆病な犬山悠介と、初めて恋をした犬飼柊一郎の物語。 ※猫と話せる店主等、特殊設定あり

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

雪を溶かすように

春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。 和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。 溺愛・甘々です。 *物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています

【完結】白い森の奥深く

N2O
BL
命を助けられた男と、本当の姿を隠した少年の恋の話。 本編/番外編完結しました。 さらりと読めます。 表紙絵 ⇨ 其間 様 X(@sonoma_59)

新訳 美女と野獣 〜獣人と少年の物語〜

若目
BL
いまはすっかり財政難となった商家マルシャン家は父シャルル、長兄ジャンティー、長女アヴァール、次女リュゼの4人家族。 妹たちが経済状況を顧みずに贅沢三昧するなか、一家はジャンティーの頑張りによってなんとか暮らしていた。 ある日、父が商用で出かける際に、何か欲しいものはないかと聞かれて、ジャンティーは一輪の薔薇をねだる。 しかし、帰る途中で父は道に迷ってしまう。 父があてもなく歩いていると、偶然、美しく奇妙な古城に辿り着く。 父はそこで、庭に薔薇の木で作られた生垣を見つけた。 ジャンティーとの約束を思い出した父が薔薇を一輪摘むと、彼の前に怒り狂った様子の野獣が現れ、「親切にしてやったのに、厚かましくも薔薇まで盗むとは」と吠えかかる。 野獣は父に死をもって償うように迫るが、薔薇が土産であったことを知ると、代わりに子どもを差し出すように要求してきて… そこから、ジャンティーの運命が大きく変わり出す。 童話の「美女と野獣」パロのBLです

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

処理中です...