カーマン・ライン

マン太

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第2章 流転

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 その後、ソルはケイパーと共に希望通り、整備士見習いとして入隊した。
 基本の技術は身に着けていた為、採用は早い。
 配属先は第十七艦隊。小規模な隊で主力ではなく、戦闘で負傷した兵士の救出が主な役割となっていた。
 旗艦はブランカと言い、ケイパーとソルはそこへ配属となる。
 小規模とは言え旗艦に配属され、緊張した面持ちで新たな職場へと向かったのだが、そこにいたのはやはり同じような環境に置かれた少年少女で、一気に力が抜けた。
 どうやらこの艦は若い兵士の育成も担っているらしい。皆、制服なのか濃いモスグリーンのつなぎを身に着けていた。
 輸送船で兵士に話を聞いた時、一緒にいた少女がその中に混じっているのに気づく。
 濃い栗色の髪に見覚えがあった。
 当時はおどおどした表情で、顔色も青白く大丈夫だろうかと思ったのを覚えている。
 ケイパーとソルを連れた兵士は、その少女に声をかけた。彼女は計器の前で作業中だったが手を止める。

「エッド。新入りのケイパーとソルだ。こいつらに一日の仕事を指示してやれ。力仕事はどんどん回していいぞ?」

「はい」

 兵士にそう言われ、エッドと呼ばれた少女は、ソルとケイパーを交互に見た後。

「エッドです。分からないことがあったら何でも聞いて下さい。とりあえず、一日の仕事の流れを教えます」

 小さな、でもしっかりとした声音で流暢に説明していく。
 身長は高くもなく低くもなく。身体の線は細く肌の色は白い。髪と同じく濃い栗色の目は澄んでいて、ひたとこちらを見つめて来るとドキリとした。
 暗い表情は抜けきれないが、前見た時ほどの不安定さは感じない。

「って。お前、俺たちと同時期に入ったんじゃないのか?」

 同じく覚えていたらしいケイパーが尋ねるが。エッドは自分の事になると途端に歯切れが悪くなり。

「私は…すぐに採用になったの。両親が第五艦隊で士官をしていて、それで…」

 あとは言葉を濁してしまう。
 第五ともなれば、精鋭が集められた部隊に属する。そこにいたとなれば、相当優秀な士官だったに違いない。

「あれか。離反した奴らにやられたのか?」

 ケイパーがそう口にすると、エッドが小さくうなずいた。いつか見たおどおどとした表情がそこに浮かぶ。

「だから…」

 辛そうに口を開いた所で。

「もういいよ」

 ソルが遮るとぱっとエッドが顔を上げた。ソルは先を促す。

「で、何をすればいい?」

「あ、…うん。まずはここの計器を見て。このパネルに異常状態がないか確認するの。異常かどうかはこの数値が正常値内に収まっているかで判断して、それで──」

 エッドは一日の大まかな仕事を説明した。
 主な仕事は空調や排水等の軽微な設備点検と、修理部品の補充、補佐。
 設備点検はそうでもないが、やはり整備士の補助は汚れもするし、雑多な仕事が多く大変ではあった。
 だが、その分やりがいもある。日々、戦闘機の修理や艦の設備修理は絶えることがなかった。
 ソルたちの部屋は四人部屋だったが、整備兵とその他の兵とでは生活リズムが違うと言う事で、結局、ケイパーと二人だけで使う事になった。
 ベッドと小さな収納式のテーブル、洗面台、シャワートイレ、収納ロッカーのみのシンプルな部屋だが、それで充分だった。
 それはケイパーも同じだったらしい。
 それまで、やはりソルと同じように街工場で働いていたケイパーは、それこそ寝る間もなく働かされ、衣食住は全く足りていなかったと言う。
 当時は生活費を稼ぐため、仕方なくマフィアの下っ端が持ってくる仕事を手伝ったこともあったらしい。
 だからここは天国だと笑った。
 ケイパーは左側のベッドに横になり、ソルは右側に横たわって、互いにみるともなし、天井を眺めながら話をした。
 夕食もシャワーも済ませ、後は寝るだけ。

「──お陰でそこのボスと顔見知りにもなったけどさ。もっとまともな仕事がしたくて。俺としては今回の攻撃様様ってわけ。エッドには悪いけどさ…。ソルはどうだったんだ?」

「俺だって、なんとか生きれる程度だった。けど、それでも居場所があったから。でも…」

 もっと、光の差す場所へ行けるはずだった。

 あの日、もう少し反乱軍の攻撃が遅かったなら、ソルはきっと今、アレクのもとにいただろう。

 あれは、夢だったのかな?

 夢にしては強烈過ぎて。
 でも、幸せな夢だった。
 アレクは神話の世界から抜け出してきたようで。
 あんな人がいるんだって、思った。
 今までも、きっとこれからも、あれほど美しい人間と出会うことはないだろう。
 ほんの僅かでも、楽しい夢を見られたことに感謝するしかない。

「ま、俺もお前も、これからはここで生きてくしかねぇな。色々あるだろうけど、仲良くしてこうぜ?」

「ああ…」

 傍らをみれば、ケイパーがベッドから右手を伸ばしていた。それを握り返しながら笑んで見せれば、ケイパーがおやっという顔をして見せ。

「…ソル、笑うと結構、可愛いよな? いつもムスッとしてるけどさ。もっと笑えよ。エッドにも受けるって」

「なんでエッドが出てくるんだよ?」

 ムッとして答える。

「あいつ。絶対お前に気があるって。いつも食事の時、お前だけに水運んでくるしな」

「それだけで…。ついでだろ?」

「おまえさぁ。女心を分かってねぇな? なんかきっかけが欲しいんだって。今度、もっとにっこり笑ってやれよ」

「…誤解されるのはいやだ」

「はぁ? 何言ってんだよ? エッドはああ見えて、結構いい線行くって! 気がなくたって、とりあえず唾つけとけよ。な?」

「…おやすみ」

 ソルはごろりと横になってケイパーから顔をそむけてしまう。
 するとちっと小さく舌打ちしたケイパーは、これだからガキは、とぼやいて同じく寝たようだった。
 確かにエッドは美人だと思う。前よりずっと笑うようになったし、表情も明るくなってきた。
 けれど、アレクに会った今。
 誰にたいしてもときめくという気持ちがわかない。
 どうしても、比べてしまうのだ。
 あれほど強烈な人間で出会ってしまえば、だれもが霞んで見えてしまうだろう。

 アレク。

 ここにいる間はきっと会えない。会う機会もない。

 このまま、二度と会えないのかな?

 そうあって欲しくないと願いながら、そっと、ネックレスのヘッドに触れ、目を閉じた。
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