カーマン・ライン

マン太

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第1章 出会い

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 帰宅して直ぐにストーブに火を入れる。
 昨日とは打って変わって、部屋の中はずいぶん暖かくなった。
 十度を下回る夜半や早朝はやはり暖は必要で。ストーブに使う薪は工場長が無償で置いて行った。

「先にシャワー使っていいよ。俺は買ってきたものを片付けるから」

「ありがとう。お言葉に甘えて先に使わせてもらう」

 着替えをテーブルに用意し、バスタオルもそこへ乗せると、早速片付けに取り掛かった。
 今日はもう、外で待つことはしない。
 振り返りさえしなければ、着替えを見ることもないのだ。
 それに、一日過ごしただけでもずいぶん打ち解け、変な気遣いは必要ないのだと分かった。
 着替えの際の衣擦れの音が聞こえてくる。
 ソルはとりあえず買ってきた肉と魚をとりわけ冷凍室に入れていった。

「ソル。そういえば昨日着替えたものも洗濯してくれたんだな?」

「うん。今日のもそこへ置いておいてくれれば、一緒に洗っちゃうから」

「すまないな。君にそこまでさせてしまって」

 チャリと金属の音が聞こえた。
 そういえば、白い首筋に鎖が見えていた気がする。

「気にしないでいいよ。自分の分のついでだし。洗うのは洗濯機だし」

 適当に魚と肉を分けると、冷凍パックに閉まっていく。これなら今週分は十分だろう。
 腰に手を当てて満足気に息をつく。

「ソル」

「なに──」

 呼ばれて思わず、振り返ってしまった。
 そこには鍛え抜かれた見事な体躯のアレクが立っている。
 下半身は持っているタオルでかろうじて隠されているが、後はすっかり晒されていた。
 その身体は腕のいい彫刻家が掘った彫像のよう。まるでこの部屋に似つかわしくない。
 
「私の為に無理するのだけは止めてくれ。したくないことは拒否して構わない」

「…あ、っと。いや…その、別に本当に、俺は気にしてなくてっ…」

 思わず視線を外し、足元に向ける。

「ソル?」

 ソルの様子に怪訝そうな声をあげた。近づくアレクの気配に身を固くする。

「孤児院にいた頃は、当番制でやっていて…。それがもう身についてるから、炊事洗濯も日常生活の一部で…」

「どうしてこちらを見ない?」

 いや。だって。

 仕方なく頬が赤くなっているのを自覚しつつ、アレクを見上げた。とりあえず、視線をアレクの顔にだけ集中させる。

 男同士だって言うのに。

 この人は規格外なのだ。工場長や他の誰の裸を見ても、こんな風に意識することはない。自分と同じただの身体だ。

 なのに。

「ああ、そうか。…すまない」

 こちらの動揺の原因に漸く気付いたらしい。しかし、離れるでもなく逆にソルの顎を取り上向かせると。

「君のような子どもでも意識するのだな? これからは気を付けよう」

「……っ」

 ふっと笑んだ後、手を放し浴室へ消えていった。ソルはほっと胸を撫で下ろし、肩の力を抜く。

 だって。あなたがいけないんだ。

 そう心の中で悪態をついた。
 意識せざるを得ないのだ。
 熱くなった頬を意識しつつ、残った食料を再び冷蔵庫や貯蔵室にしまって行った。


 結局、その夜も同じベッドで眠った。
 多分、アレクがここを出ていくまでこれが続くのだろう。
 今日はさすがに遠慮したのか、抱きしめてくることはなかったが、腕の中なのは変わらない。
 その腕は腰の辺りに緩く置かれていた。
 くっついた背中とアレクの胸。ソルにしてもそれは温かくて心地いいのだが、やはり気恥ずかしい。
 その夜。昨晩以上にアレクを意識しながら眠りについた。


 次の日の朝、目を覚ますと、先にベッドを離れていたアレクが部屋に戻ってきた所だった。

「起こしてしまったか?」

「ん。今起きた。朝、早いんだね…」

 ソルは寝ぼけ眼をこすりながら、身体を起こしアレクを仰ぎ見る。アレクはそんなソルの傍らのベッドサイドに腰を下ろすと。

「部隊に連絡も取っておかないとな。機体の通信機器は故障はしていない」

 ああそうか、と思った。
 早朝に起きて行くのは、ソルには聞かれたくない、知られたくない内容があるのだろう。
 それはそうだ。
 階級もある士官が暇なわけがなく。こんな辺境の片田舎の星でのんびりと過ごしていいはずがない。

 腕もいいしな。

 ここへ不時着した時の操縦の腕は目を瞠るものがあった。

 アレクがいなくなって、帝国軍も困っているんだろうな…。

 早く直して帰るべきだろう。

「なるべく早めに修理終わらせるから…」

「そうか?」

「たぶん。一週間もあれば」

 昨日のうちに、整備個所の目星はついていた。それらをひとつひとつ洗っていけば、不良個所がわかるはず。頭の中で戦闘機の図面を広げていれば。

「…私としてはもっとゆっくりしてもいいのだが」

「ん…?」

「帰れば戦闘に駆り出される。あの緊張感も決して嫌ではないが。少しはのんびりもしたくなるというものだ」

「そう、なのか?」

「そうだ」

 アレクは笑むとソルの頭にポンと手を置き。

「冷えたからシャワーを使いたいんだが…」

「…わかった。しばらくあっち向いてる…」

「すまないな。私は気にしないのだが、君が嫌だろう?」

 寝転がって毛布を被ったその頭上に、笑んだ声音がに降ってきた。そのままアレクは浴室へと入って行く。

 嫌とかじゃなく。単に目のやり場に困るだけで。

 いや。見惚れてしまったと言った方が正しいのかもしれない。

 いつもいい香りがするし…。

 朝までベッドで一緒のせいか、一日、その薫りが自分にもついて離れない。時折ふとした瞬間に香るのだ。
 それがどこかこそばゆくも感じる。彼がいない時にも側にいるような気がするのだ。

 どうかしてる。

 赤くなった頬を膨らますことで、胸に湧きあがったくすぐったくなるような甘い思いを打ち消した。

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