どうか溺れる恋をして

ユナタカ

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後編とあとがき

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「どうしたんですか。」

「え?な、なにが。」

いつもと同じように仕事を終えた帰り道、ジオが突然声をかけてきたことにカロルは驚きに肩を振るわせた。


「なにか心配事があるのではないですか。」

「そんなの、ないです。」


思わず言葉に詰まってしまったのは、脳裏に彼女のことが過ったからだ。
心配事ではないし、そもそもカロルが気にする必要のないことだ。
ましてジオの前でそれを口に出すわけにもいかなかった。
黙ってしまったカロルを訝しむように見つめていたジオが小さく息をつく。

「相談できる人は、どなたかいるんですか。」

なぜか困っているのだと確信をもっているかのように続けられる言葉にカロルは首を傾げる。

「友人に困ることなどなかったでしょう…。」

ジオが昔のことに触れるのは初めてのことだったので、カロルは驚いた。
それと同時に彼の言うがあまり良い印象を持たれていないことにも気づいてしまって、当時の友人たちとのを思って、ため息をもらした。

「友人と呼べる人は…今は多くない、ですよ。それに2人とも既婚者であまり頻繁には会えません。」

つい今は変わったのだと、自分を擁護するような言葉が口をついてでた。

「家族や恋人は…いえ、すみません。個人的なことでしたね。とにかくどうしても困ったときには相談してください。」

気まずい沈黙がその場に流れた。
カロルはなんと言えばいいのか、何を言うべきかわからず、空気をかえることが出来ない自分に落胆した。

(だって何を言えばいい?父は知らず、母には恨まれて育って物心ついたころからは地域の人がくれるものを食べて育ったから家族のことはよくわかりません。と?それともジオ以外とは付き合いたくなかったからあれからずっとひとりです。とでも言えばいいのか。いやそんなこと言われても困らせるだけだろう。)

ゆっくりと家までの道を歩いたはずなのに、結局答え場でないままだった。
そんな、会話にも満たないような些細なやりとりを重ねた。
いつ終わってしまうかわからないことに、日々カロルは少しの怯えを感じて過ごした。
それは日に日に増して、夜間は特にカロルを不安にさせた。


そしてその日は訪れた。




-------



「解決してよかったですね。」

「…はい。」


まさかあの事故が、カフェで新しく働き始めた女の子が引き起こしたことだとは思いもしなかった。
カロルは詳しい顛末をパン屋の夫婦と共にエヴァンから聞いた。

結婚するからとある貴族の男からお金を援助してもらった女の子がある日突然消息を絶った。
何かあったのではと心配し、彼女を探していた男が偶然にもカフェで笑顔を振りまいて平然と過ごしている彼女をあの日みつけてしまった。
彼女はとても困っているようには見えず、幸せそうに働いていて、男はそこでようやく騙されたと気がついた。
心配していた気持ちや愛しさはそのまま怒りと憎しみに変わり、その気持ちをぶつけるかのようにそのままに突っ込んだというものだった。
事故を起こした男だけではなく、カフェで働いていた女の子も結婚詐欺で捕まった。
パン屋の修繕費は貴族の男が全額返金してくれることとなった。

そうして今回の件は解決。
騎士団の面々ははれてお役御免となり、挨拶と説明のためにに訪れたというわけだ。



「ありがとうございました。…いやぁ、こんなことあるもんなんですね。」

でもいい休みを貰ったと考えるようにしますよと歯を見せて笑う主人に和やかな空気が満ちた。

「それでは。」

エヴァンが振り返る。

「ありがとうございました。」

カロルと夫婦はそろってお辞儀をした。

「それでは、お元気で!」

また巡回の際にはパンを買いにきますね!とにこやかにアイルが手を振るのにカロルも控えめに手を振りかえした。

「お忙しい中失礼しました。さようなら。」

カロルは、その言葉の重さにヒュッと息を飲んだ。
目が心が全てジオへと向かう、こちらを見る視線があの日のジオをうつしたように冷たく感じて。
さようならと言う言葉が、もう会わないと言う意思表示のように思えて。
そう思ってしまえばもうだめだった。

「…やだ。」

小さな拒絶を示したカロルは次の瞬間には大きな声をあげて泣き出した。
綺麗なその顔をくしゃくしゃにして、出てくる涙を袖で無理に拭う。
それでも止まることない涙がつぎつぎと押し寄せた。
エヴァンたちが、夫婦が驚いた顔をしているのが雰囲気から伝わった。



「すき。ジオ。だいすき。ぞばに、いてくだざい。こんど、はたいせつにすうがらぁ。」


ごめんなさい。あの時はごめんなさい。と謝罪と懇願を繰り返す。
感情があふれるままにとにかく伝えなくてはと急いて、息継ぎもままならず苦しさにぎゅっと手で胸元を掴んだ。


はくはくと空気を吸い込んでいるはずなのに酷く苦しい。
視界が涙のせいかグラグラと揺れて、カロルは引かれるように体勢を崩した。


「カロル。」

抱き込んできた人のひどく焦ったような顔を見て安心したように笑むとカロルはそのまま意識を失った。






-------


「んん…う。」

顔に当たる日差しの強さに、カロルは眉間に皺を寄せた。
目を開いて辺りを見渡す。

(どこ…そもそもなんで、…あ。)

見知らぬ内装に、ここはどこだったかと眠る前に何があったのかと考えそして答えに行き着く。
幼子でもないのに人前で泣きじゃくり、我儘放題いっていたことを思い出して、カロルは羞恥に掛け布団へと顔を押し付けた。

(記憶よ消えろ。)

あまりの恥ずかしさに、カロルが布団をグイグイ顔に押さえつけているとキイと扉の開く音がした。

「起きたのか。」

聞こえた声にカロルは無意識に、顔を上げ声のした方へと顔を向けた。

ジオの姿を視界にとらえ、羞恥からか好意からかカロルの頬へと熱が集まる。

「俺が、好きか。カロル。」

「愛してる。」

唐突に聞かれた質問に、カロルはすぐに頷いて返した。

「そうか。」

ジオが部屋を歩いて向かってくる。
ゆっくりと開かれた腕に考える間もなく身体を傾けた。

「あぶな、落ちるところだぞ。」

「うん。ごめんなさい。」

すんでのところで受け止めたジオを押し倒すようにしてカロルは上から抱きついた。



「すき。ジオ、愛してる。僕にはジオだけが必要だ。絶対に今度は間違えたりしないから。僕を許して。そばにいたいんだ。」

背に回された腕に力が籠るのに身を任せて、胸元に頬を擦り付けながらカロルは意識を失う前の願いを口にした。


「今度こそ、俺のものだな。」

「うん。」

「誰かと共有はしない。」

「うん。」

深いため息が首筋をくすぐり、カロルは身を捩る。
押さえるかのように力がこめられた。
ジオの身体は小刻みに震えていた。

「俺のこと…好きだったのか。」

小さな、呟くような問いかけだった。

「うん。ずっと好きだった。あの頃も、今もずっと。でも、僕はこの顔もほんとは綺麗だと思ってはなくて…だってお母さんは僕の顔を見て嫌いだと言ったから。全然…帰ってきてくれなかったから。それでもやっぱり好きになってほしくて、誰かの1番になりたくて。僕も1番好きをあげたくて…だから他の人とは違うことを頼めして確認してた。ほんとに、今はバカって思うし、ジオがいなくなったから…もうそんなことしない。だってぼくのいち、いちばんは…」

訥々と、それでも伝わるようにとカロルは言葉をつむぐ。

「そうか。」

(好きだったその気持ちすら伝わってなかったんだな。あたりまえか…)
抱きしめ返す手に力を入れて、少しだけ背中を撫ぜるとジオが少し身体を離し、カロルの顔を覗き込んできた。


「いいよ。…もうこれからは試さないなら。カロルを好きだから、信じる。」



手を繋いで、身体を寄せて。
ベットの上に腰をかけて長いことふたりで話し合って。
明日はそれぞれ職場にどう説明しようか、なんて相談して。



元の場所へと収まった2人は、それからも紆余曲折色々なことを乗り越えて、この町でも有名なおしどり夫婦となった。



***

あとがき。

ありがとうございました。
展開が飛びすぎないようにと思いながら書きましたが、3話で纏めるにはこの2人は色々と難しかったなと今さらながらに思っています。

さて、ようやく幸せへの一歩を踏み出した2人ですが、これからもいろんな苦難が待ち構えていることでしょう。
育児放棄して、カロルが愛情確認の癖がつく原因となった母が現れ、今までのことを棚上げして私を愛しているならとカロルを変態貴族に高く売りつけようと画策。
それを知ったカロルは一時また不安定になりますが、たくましく成長した騎士様が颯爽と現れ、カロルは俺のものだ。と守ってくれるでしょう。
それだけでなく、理路整然と彼女の生き方がカロルをどれだけ追い込んだかを代わりに主張してくれることでしょう。
そんなジオの姿を見て、自分の求めてきた愛に涙したカロルは立ち直り決別して未来を向いて生きていくことでしょう。

相変わらずカロルはモテますが、もう今のカロルはジオ以外をその視界の端にすらいれませんからジオが不安になることはないでしょう。
もしかしたら騎士団として活躍するジオを慕う貴族のお嬢様なんかがでてきてしまうかも。
そうなったら不安になるカロルですが、今度は自ら立ち上がり、ジオの愛が自分にとってどれだけ必要なものかを必死で訴えたり…そんなカロルの姿を見てジオは幸せを噛み締めることでしょう。


それでは、この辺りで。
ありがとうございました。
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