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おまけ
IF 推しの死亡フラグ撲滅をお願いしたら異世界に飛ばされた話。
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「……んー、いたぁっ」
寝返りをしたら壁にぶつかった。いつもより痛い。あたりどころが悪かったかなと目を開ければ見たことのない壁があった。
うちの壁紙は真っ白で板張りではない。
寝ぼけた目が一気に覚める。
「な、ど、どこっ!」
え、昨日、泥酔してどこかにお持ち帰りされた? いやいや、自宅でヤケ酒してたっ!
起き上がって辺りを見回して、固まってしまった。
「ようやく起きたか。おかげで遅刻することになりそうだ」
口がパッカーンと開いていたと思う。
魂がそこから抜け出していてもおかしくないくらい驚いた。
我が推し様がいた。
あたしは平和な日本在住で、昨夜は普通に仕事して、帰りに雑誌を買った。そして、お気に入りの漫画の推し様に死亡フラグが立っていて思わず雑誌を投げた。
そこからコンビニに愛車(バイク)を走らせ、チューハイを数缶とおつまみを買い。ついでによく行く神社にお参りしてきた。
推しの死亡フラグが折れますようにと。
手持ちに小銭がなかったので奮発したつもりで千円札をぴらっと入れたつもりだった。しかし、後で確認したら万札が消えていた。
推しの概念の眼鏡を買おうと思っていたのにっ!
そして、泥酔して今日の今である。
「なんで!?」
我が推しは架空戦記在住の魔導師だ。レギュラーではなく、準レギュラーくらいの立ち位置のそりゃあもうかっこよい大人の男である。
いつでも余裕の態度を崩さないところがいいっ! 煙草をふかしているところとかもう、額縁に飾りたいっ!
……内心盛り上がりすぎて顔がにやついてないか心配になってきた。
「騒がないでほしい。一応、ここ、独身男性用の寮みたいなところだ。
まあ、連れ込むということもないわけでもないらしいけど」
「す、すみません」
身を縮こまれせて謝罪する。
我が推しは少し困ったような顔で、椅子に座ってあたしを見ていた。彼は寝起きというわけでもなく、身支度を整えたあとのようだ。記憶にある服装とそれほど違いはない。室内というのに外套を着ているので、出かける直前といったように見える。
「俺が寝ている間にどうやって入り込んだんだ?」
「しりません」
胸を張って答えることでもないが、他に言えることはなかった。
「昨日の夜は自分の部屋にいたんです。いつの間にかここに」
「そう。
まあ、君に悪意はなさそうだけど、少し不可解だ」
そう言って彼は少し気まずそうにしている。……寝ぼけたあたしがなにかやらかしたんだろうか。記憶をたどってもなにも……。
いや、なんか言った気がする。
「何か言ってましたか」
「なにも」
即答だった。本当はなにかありましたと白状するほどの速度だった。しかも顔が赤い。
頭を抱えたい。あたし、なにを言ったの。記憶よ。戻ってくるのです。
「思い出さなくてもいい」
彼に慌てたように言われるとよほどのことを言ったようだ。悪意でなければ好意に全振りしているなにか。
寝ぼけて自制心のないあたしの発言は、駄々洩れを超える、らしい。よくわからないけど、知り合いからの話を統合するとそういうことのようだ。誰もかれもがぼやかすので全容はよくわからないままである。
ただ、見た人が優しくなる効果もあるのでろくでもないことを言っているような気がしてならない。かわいそうな子みたいな。
ということを踏まえて、推しに言うなら。
「好き、ですか。もしかして、愛してるですかっ!?」
「……どっちも」
諦めたように彼は告げた。耳まで赤くなっているのが可愛らしすぎる。
現実逃避だけど。
「大変申し訳ございませんでした」
「は?」
「初対面の相手、しかも、ベッドにもぐりこむような痴女に好意を向けられるのって気持ち悪くないですか!?」
「……言い方」
「本意ではありませんが、事実としてそうでして」
「そうだけど、言い方。
それから戸惑いはするけど、嫌ではない」
「そ、そうですか」
それは喜んでいいのか微妙なところでは。
「あの確認なんですけど」
そう言えば彼に視線で先を促される。
「不埒なこと、しませんでした?」
理性ぶっ飛ばしたあたしが、襲ってないかだけ心配。
「…………なにも」
沈黙が長すぎて、あったんですね! と突っ込みそうになった。
思わず着衣を確認するけど乱れてはいない。いや、寝るときに出来る程度の乱れはあるけど。冬仕様のルームウェアはもこもこで可愛い。人には見せられぬと思いながら買ったブツで。
……見せてる。
それだけではなく、フードに猫耳ついちゃってるのかぶって寝てた。寝ている間に耳が冷たくなるのだ。冬に室内で氷ができるほどではないけど、そこそこ寒い。
「み、みないでくださいっ!」
思わず布団にもぐった。
「かわいかった」
「うぐっ」
なんとかカエルがつぶれるような音は回避した。あれ、意外とぴぎゅっとかいう……じゃなくて。
推しが! あたしを可愛いって言ったから今日は可愛い記念日!
「で、君は、だれなんだい?」
「今、この流れで聞きますかっ」
「君が寝坊したから、遅刻するんだ。
運悪く遅刻するとちょっと面倒になる日でね。起こしに来る」
「へ?」
「そろそろ、来るんじゃないか」
そう言って扉へ視線を向ける。それから間もなく、部屋の扉を叩く音がした。
「捕まると面倒だから、移動する」
「はいいっ!?」
布団をはぎ取られ、驚愕しているうちに担がれた。あ、お姫様だっこではない?と変なところが気になってしまうくらいには混乱の極み。
「暴れると落ちる」
明確で確かな事実を告げられ、あたしは窓から一緒に落下することになった。
意外と繊細だったあたし。うっかり気絶してしまったらしい。
近くの公園らしきところで介抱されていた。
しかもルームウェア着替えもせず。
「……こ、これはなんという羞恥プレイ」
膝枕されてるぅという現実を認知したくない。挙動不審を超える何かをしそうだ。
たとえば。
「結婚しようか」
「そう、それ」
はい?
「俺のこと好きだとか言いだすような人はこの先もいないだろうから確保することにした」
「はい?」
「了承だな。教会にいこうか」
「展開早すぎるっ!」
「なぜか、とっとと確保しとけと勘が言う」
「なんですか。それ」
と言いつつ、そのまま教会まで連れていかれた。婚姻書類を流れるように用意されたのは、おそらく金の力だ。だって、寄付がどうとか話してたっ! そのあとすぐに出てきた!
「書いて」
圧をかけられてきたっ! な、なぜ、推しに結婚を迫られるてるっ!
「知りませんよっ!」
自棄で結婚するなんてっ! しかも会って一日も経過してない。数時間どころか一時間もたってない。
「アリカ。名前も可愛いな」
さらりと普通に言われる。
気に入らない名前も、そうです! 可愛いのですといいたくなるのが推しのかわいいでして。
しかも名前もってっ!
かくして、よくわからないままに推しと結婚した。
意味が分からない。
あとで聞いた話によれば、突然そんな現れ方をするのは異界からの来訪者と気がついていたらしい。そして、なんだかものすごく心配され、好きだの、幸せになってほしいだの懇願した、らしい。
それなら、一生側にいる? などと冗談のつもりで言ったが了承された、らしい。
で、結婚する気になったらしい。
全てらしいというのはそのすべてを覚えていないからだ。
普通なら覚えてない時点でなかったことにしそうだが、嫌な予感がしたのでそのまま強行することにしたとのこと。
後々のことを考えればこれでよかったという話になるのだが、この時はわけがわからないままだった。
「……なんだこれ」
重いと夜中に目が覚めたら、人が一人、上に載っていた。
しかもぐすぐすと泣いている。さらに寝ていた。ある意味器用ではある。
それは若い娘のようだった。長いつややかな髪とすべらかな肌はきちんと手入れされている証と彼は知っている。
今はそのことが問題ではない。
そのままで彼は警報を確認した。起動したようすもない。扉も窓もくぐらずここにこれが現れたらしい。
害意を検知するものも無反応だ。
つまり忽然とここに現れた、ということだ。あきらかに普通ではない。
「降りて、重い」
女性に重いは禁句であると彼も知っているが、今現実として重いものである。
「ひどい」
そう言いながらも彼女は彼の上からごろりとベッドの上に落ちてくれた。ものすごく狭くなるが、うつ伏せで上にいられるよりずっと精神衛生上良い。
彼は起き上がってベッドから出る。近いと理性が敗北しそうな気配がした。椅子をベッドの近くの寄せて座る。そのころには彼女はぼんやりとして起き上がってきていた。
「誰?」
「んー?
おお、あたしの夢。いい仕事してますね。推しがこんな間近に」
「推し?」
彼は変なことを言いだしたと思ったが、好きにしゃべらせておくかと考え直した。
「声は意外と優しいんですね。甘い声で囁かれたい」
「たとえば?」
「好きだとか、愛してるとか」
思った以上に直接的に言いだした。
彼が黙ったのを意に介さず彼女は微笑んだ。
「ほんとかっこいいです。この絶妙な垂れ目がよいんですよ。
好きです」
「……それは初めて言われたな」
いつもきりっとしていればいいのにとは言われたことがある。
仕事中とその他のときのギャップがひどいのだそうだ。勝手に好きだと言ってやってきて、勝手に失望して去って行かれるので、そんなこと言われてもと思ったものだ。
好きになろうと努力しようと思っていたところで大体振られる。
そして、妹弟子に呆れられたりするのだ。少し思い出して、彼は顔をしかめた。大事に育てたはずの彼女は今、別の男に夢中である。面白くないが、口出しはすべきではないと知っている。
まあ、面白くないが。
「……嫌でした?」
「別に。
で、君は誰?」
「アリカです。あーちゃんって呼んでください」
「アリカ、ね。では、正直答えるように」
あっさり名乗った相手に使うのはやや後ろめたいが、自分の身の安全を考えればある程度相手の手の内を知っておきたい。
多少口の滑りが良くなる魔法というものがある。禁呪でもないが、使うのもどうかと眉を顰められるようなものだ。
「なんでも聞いてください」
嬉しそうに言う彼女に、とても、罪悪感を覚える。
「どうしてここに?」
「すごく良い夢ですねっ!」
かみ合ってない答えが返ってきた。
夢だと思っているということは意図しないでここにいるということにはなるだろう。彼はため息をつきそうになる。
面倒なことになりそうな気配が濃厚だった。
「どの辺がいい夢なんだ?」
「もちろん、我が愛しのクルス様がでこんな近くに!?」
「……いや、クルスでもいいけど。
愛しってどこかで会ったっけ?」
「会ったことはありませんよ。
ただ、本誌連載も単行本も集める派です」
「……そう」
本誌とか単行本とか、まるで、本の話をされるとは。
伝承によれば異界の住人というのはこの世界のことをを何らかの方法で知っていることが多いようだと伝えられている。
しかし、それを実際聞かされると現実味がない。彼は頭痛をこらえて、次に問うべきことを考えた。
「な、なんで泣くんだ」
考えている間にぽろぽろと泣きだされた。情緒が不安定すぎないだろうか。
「だって、クルス様、故郷に帰るなんて言いだすからっ! そんな死亡フラグいりませんっ!」
「故郷に帰ると死ぬとかわけわからんこと言いだして泣くとか」
「だって、今までの推しもそうして死んだからっ!」
「不吉なこと言うな」
「そう言って、また一人また一人と……ううっ。今度は大丈夫とおもったのにっ!
幸せに暮らしましたとかそういうの希望しますっ!」
「なんだそれ」
「そう信じさせてくれればなんでも。あのフュリーでさえなければ誰でもいいから幸せにしてくれと思ってますっ!」
「なんでそこでフュリー……。嫌われてるんだけど」
「いいえ。あれはツンデレと拗れの合わせ技のラブです。間違いありません。でもやだぁ」
「やだって……。ありえないから安心しろ。年下すぎる」
「じゃあ、フラウは」
「他の男が好きだよ」
「くっ。ユウリめ。
ロベルタは」
「なんかそういうのじゃない」
「ゲルド」
「仕事の関係」
「……いっそ、男性でも?」
「なんの話だ」
「お一人様にしておくと勝手に死にそうなので」
「……おい」
「可能であれば、不肖ではありますがあたしが名乗り出るところであります。
しかし、画面の向こう側ではですね」
「……ふぅん?」
改めて彼女を眺めてみた。
かわいい。と表現してもよさそうだった。年のころも同じくらいで、好意を持ってくれている。
「それなら、アリカが、一緒にいてくれればいい」
「あたし、ですか?」
「その願いは人に頼むものじゃないだろ」
「そうですか?」
相当都合の良い夢ですねとぼそぼそと呟きながら彼女は考えているようだった。
「わかりました。
死亡フラグを折るために頑張ります」
「死ぬ気はないんだけど」
「そう言って勝手に死ぬんですよ……。ほんと心折れる。死んだら、事あるごとに思い出して落ち込む自信あります」
少しばかり、別の推しと言われていた人たちのことを聞いてみたい気もしてきた。
「だから、長生きしてください」
真剣にそう言われて、彼は返す言葉がなかった。
誰かに、生きていてほしいなどといわれたことはなかった。
かわりにおまえが死ねばよかったのにと言われたことはある。それを気にしないようにしていたが、どこか棘のように残っていたのは確かだ。
ああ、もういいかなと、思うところがあった。
「ずっとずっと幸せにしますねっ!」
「……楽しみにしてる」
「お任せください」
そう楽し気に笑うから、魔が差した。
立ち上がり、その耳元で囁いてみる。ご希望の通りに。
「はうっ」
その結果、彼女はぱたりと倒れた。
「……気絶するとか意味わかんないんだけど」
呆れ半分、おかしさ半分で彼は呟いた。そして、今日、眠るかどうかについて悩むことになる。
寝返りをしたら壁にぶつかった。いつもより痛い。あたりどころが悪かったかなと目を開ければ見たことのない壁があった。
うちの壁紙は真っ白で板張りではない。
寝ぼけた目が一気に覚める。
「な、ど、どこっ!」
え、昨日、泥酔してどこかにお持ち帰りされた? いやいや、自宅でヤケ酒してたっ!
起き上がって辺りを見回して、固まってしまった。
「ようやく起きたか。おかげで遅刻することになりそうだ」
口がパッカーンと開いていたと思う。
魂がそこから抜け出していてもおかしくないくらい驚いた。
我が推し様がいた。
あたしは平和な日本在住で、昨夜は普通に仕事して、帰りに雑誌を買った。そして、お気に入りの漫画の推し様に死亡フラグが立っていて思わず雑誌を投げた。
そこからコンビニに愛車(バイク)を走らせ、チューハイを数缶とおつまみを買い。ついでによく行く神社にお参りしてきた。
推しの死亡フラグが折れますようにと。
手持ちに小銭がなかったので奮発したつもりで千円札をぴらっと入れたつもりだった。しかし、後で確認したら万札が消えていた。
推しの概念の眼鏡を買おうと思っていたのにっ!
そして、泥酔して今日の今である。
「なんで!?」
我が推しは架空戦記在住の魔導師だ。レギュラーではなく、準レギュラーくらいの立ち位置のそりゃあもうかっこよい大人の男である。
いつでも余裕の態度を崩さないところがいいっ! 煙草をふかしているところとかもう、額縁に飾りたいっ!
……内心盛り上がりすぎて顔がにやついてないか心配になってきた。
「騒がないでほしい。一応、ここ、独身男性用の寮みたいなところだ。
まあ、連れ込むということもないわけでもないらしいけど」
「す、すみません」
身を縮こまれせて謝罪する。
我が推しは少し困ったような顔で、椅子に座ってあたしを見ていた。彼は寝起きというわけでもなく、身支度を整えたあとのようだ。記憶にある服装とそれほど違いはない。室内というのに外套を着ているので、出かける直前といったように見える。
「俺が寝ている間にどうやって入り込んだんだ?」
「しりません」
胸を張って答えることでもないが、他に言えることはなかった。
「昨日の夜は自分の部屋にいたんです。いつの間にかここに」
「そう。
まあ、君に悪意はなさそうだけど、少し不可解だ」
そう言って彼は少し気まずそうにしている。……寝ぼけたあたしがなにかやらかしたんだろうか。記憶をたどってもなにも……。
いや、なんか言った気がする。
「何か言ってましたか」
「なにも」
即答だった。本当はなにかありましたと白状するほどの速度だった。しかも顔が赤い。
頭を抱えたい。あたし、なにを言ったの。記憶よ。戻ってくるのです。
「思い出さなくてもいい」
彼に慌てたように言われるとよほどのことを言ったようだ。悪意でなければ好意に全振りしているなにか。
寝ぼけて自制心のないあたしの発言は、駄々洩れを超える、らしい。よくわからないけど、知り合いからの話を統合するとそういうことのようだ。誰もかれもがぼやかすので全容はよくわからないままである。
ただ、見た人が優しくなる効果もあるのでろくでもないことを言っているような気がしてならない。かわいそうな子みたいな。
ということを踏まえて、推しに言うなら。
「好き、ですか。もしかして、愛してるですかっ!?」
「……どっちも」
諦めたように彼は告げた。耳まで赤くなっているのが可愛らしすぎる。
現実逃避だけど。
「大変申し訳ございませんでした」
「は?」
「初対面の相手、しかも、ベッドにもぐりこむような痴女に好意を向けられるのって気持ち悪くないですか!?」
「……言い方」
「本意ではありませんが、事実としてそうでして」
「そうだけど、言い方。
それから戸惑いはするけど、嫌ではない」
「そ、そうですか」
それは喜んでいいのか微妙なところでは。
「あの確認なんですけど」
そう言えば彼に視線で先を促される。
「不埒なこと、しませんでした?」
理性ぶっ飛ばしたあたしが、襲ってないかだけ心配。
「…………なにも」
沈黙が長すぎて、あったんですね! と突っ込みそうになった。
思わず着衣を確認するけど乱れてはいない。いや、寝るときに出来る程度の乱れはあるけど。冬仕様のルームウェアはもこもこで可愛い。人には見せられぬと思いながら買ったブツで。
……見せてる。
それだけではなく、フードに猫耳ついちゃってるのかぶって寝てた。寝ている間に耳が冷たくなるのだ。冬に室内で氷ができるほどではないけど、そこそこ寒い。
「み、みないでくださいっ!」
思わず布団にもぐった。
「かわいかった」
「うぐっ」
なんとかカエルがつぶれるような音は回避した。あれ、意外とぴぎゅっとかいう……じゃなくて。
推しが! あたしを可愛いって言ったから今日は可愛い記念日!
「で、君は、だれなんだい?」
「今、この流れで聞きますかっ」
「君が寝坊したから、遅刻するんだ。
運悪く遅刻するとちょっと面倒になる日でね。起こしに来る」
「へ?」
「そろそろ、来るんじゃないか」
そう言って扉へ視線を向ける。それから間もなく、部屋の扉を叩く音がした。
「捕まると面倒だから、移動する」
「はいいっ!?」
布団をはぎ取られ、驚愕しているうちに担がれた。あ、お姫様だっこではない?と変なところが気になってしまうくらいには混乱の極み。
「暴れると落ちる」
明確で確かな事実を告げられ、あたしは窓から一緒に落下することになった。
意外と繊細だったあたし。うっかり気絶してしまったらしい。
近くの公園らしきところで介抱されていた。
しかもルームウェア着替えもせず。
「……こ、これはなんという羞恥プレイ」
膝枕されてるぅという現実を認知したくない。挙動不審を超える何かをしそうだ。
たとえば。
「結婚しようか」
「そう、それ」
はい?
「俺のこと好きだとか言いだすような人はこの先もいないだろうから確保することにした」
「はい?」
「了承だな。教会にいこうか」
「展開早すぎるっ!」
「なぜか、とっとと確保しとけと勘が言う」
「なんですか。それ」
と言いつつ、そのまま教会まで連れていかれた。婚姻書類を流れるように用意されたのは、おそらく金の力だ。だって、寄付がどうとか話してたっ! そのあとすぐに出てきた!
「書いて」
圧をかけられてきたっ! な、なぜ、推しに結婚を迫られるてるっ!
「知りませんよっ!」
自棄で結婚するなんてっ! しかも会って一日も経過してない。数時間どころか一時間もたってない。
「アリカ。名前も可愛いな」
さらりと普通に言われる。
気に入らない名前も、そうです! 可愛いのですといいたくなるのが推しのかわいいでして。
しかも名前もってっ!
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意味が分からない。
あとで聞いた話によれば、突然そんな現れ方をするのは異界からの来訪者と気がついていたらしい。そして、なんだかものすごく心配され、好きだの、幸せになってほしいだの懇願した、らしい。
それなら、一生側にいる? などと冗談のつもりで言ったが了承された、らしい。
で、結婚する気になったらしい。
全てらしいというのはそのすべてを覚えていないからだ。
普通なら覚えてない時点でなかったことにしそうだが、嫌な予感がしたのでそのまま強行することにしたとのこと。
後々のことを考えればこれでよかったという話になるのだが、この時はわけがわからないままだった。
「……なんだこれ」
重いと夜中に目が覚めたら、人が一人、上に載っていた。
しかもぐすぐすと泣いている。さらに寝ていた。ある意味器用ではある。
それは若い娘のようだった。長いつややかな髪とすべらかな肌はきちんと手入れされている証と彼は知っている。
今はそのことが問題ではない。
そのままで彼は警報を確認した。起動したようすもない。扉も窓もくぐらずここにこれが現れたらしい。
害意を検知するものも無反応だ。
つまり忽然とここに現れた、ということだ。あきらかに普通ではない。
「降りて、重い」
女性に重いは禁句であると彼も知っているが、今現実として重いものである。
「ひどい」
そう言いながらも彼女は彼の上からごろりとベッドの上に落ちてくれた。ものすごく狭くなるが、うつ伏せで上にいられるよりずっと精神衛生上良い。
彼は起き上がってベッドから出る。近いと理性が敗北しそうな気配がした。椅子をベッドの近くの寄せて座る。そのころには彼女はぼんやりとして起き上がってきていた。
「誰?」
「んー?
おお、あたしの夢。いい仕事してますね。推しがこんな間近に」
「推し?」
彼は変なことを言いだしたと思ったが、好きにしゃべらせておくかと考え直した。
「声は意外と優しいんですね。甘い声で囁かれたい」
「たとえば?」
「好きだとか、愛してるとか」
思った以上に直接的に言いだした。
彼が黙ったのを意に介さず彼女は微笑んだ。
「ほんとかっこいいです。この絶妙な垂れ目がよいんですよ。
好きです」
「……それは初めて言われたな」
いつもきりっとしていればいいのにとは言われたことがある。
仕事中とその他のときのギャップがひどいのだそうだ。勝手に好きだと言ってやってきて、勝手に失望して去って行かれるので、そんなこと言われてもと思ったものだ。
好きになろうと努力しようと思っていたところで大体振られる。
そして、妹弟子に呆れられたりするのだ。少し思い出して、彼は顔をしかめた。大事に育てたはずの彼女は今、別の男に夢中である。面白くないが、口出しはすべきではないと知っている。
まあ、面白くないが。
「……嫌でした?」
「別に。
で、君は誰?」
「アリカです。あーちゃんって呼んでください」
「アリカ、ね。では、正直答えるように」
あっさり名乗った相手に使うのはやや後ろめたいが、自分の身の安全を考えればある程度相手の手の内を知っておきたい。
多少口の滑りが良くなる魔法というものがある。禁呪でもないが、使うのもどうかと眉を顰められるようなものだ。
「なんでも聞いてください」
嬉しそうに言う彼女に、とても、罪悪感を覚える。
「どうしてここに?」
「すごく良い夢ですねっ!」
かみ合ってない答えが返ってきた。
夢だと思っているということは意図しないでここにいるということにはなるだろう。彼はため息をつきそうになる。
面倒なことになりそうな気配が濃厚だった。
「どの辺がいい夢なんだ?」
「もちろん、我が愛しのクルス様がでこんな近くに!?」
「……いや、クルスでもいいけど。
愛しってどこかで会ったっけ?」
「会ったことはありませんよ。
ただ、本誌連載も単行本も集める派です」
「……そう」
本誌とか単行本とか、まるで、本の話をされるとは。
伝承によれば異界の住人というのはこの世界のことをを何らかの方法で知っていることが多いようだと伝えられている。
しかし、それを実際聞かされると現実味がない。彼は頭痛をこらえて、次に問うべきことを考えた。
「な、なんで泣くんだ」
考えている間にぽろぽろと泣きだされた。情緒が不安定すぎないだろうか。
「だって、クルス様、故郷に帰るなんて言いだすからっ! そんな死亡フラグいりませんっ!」
「故郷に帰ると死ぬとかわけわからんこと言いだして泣くとか」
「だって、今までの推しもそうして死んだからっ!」
「不吉なこと言うな」
「そう言って、また一人また一人と……ううっ。今度は大丈夫とおもったのにっ!
幸せに暮らしましたとかそういうの希望しますっ!」
「なんだそれ」
「そう信じさせてくれればなんでも。あのフュリーでさえなければ誰でもいいから幸せにしてくれと思ってますっ!」
「なんでそこでフュリー……。嫌われてるんだけど」
「いいえ。あれはツンデレと拗れの合わせ技のラブです。間違いありません。でもやだぁ」
「やだって……。ありえないから安心しろ。年下すぎる」
「じゃあ、フラウは」
「他の男が好きだよ」
「くっ。ユウリめ。
ロベルタは」
「なんかそういうのじゃない」
「ゲルド」
「仕事の関係」
「……いっそ、男性でも?」
「なんの話だ」
「お一人様にしておくと勝手に死にそうなので」
「……おい」
「可能であれば、不肖ではありますがあたしが名乗り出るところであります。
しかし、画面の向こう側ではですね」
「……ふぅん?」
改めて彼女を眺めてみた。
かわいい。と表現してもよさそうだった。年のころも同じくらいで、好意を持ってくれている。
「それなら、アリカが、一緒にいてくれればいい」
「あたし、ですか?」
「その願いは人に頼むものじゃないだろ」
「そうですか?」
相当都合の良い夢ですねとぼそぼそと呟きながら彼女は考えているようだった。
「わかりました。
死亡フラグを折るために頑張ります」
「死ぬ気はないんだけど」
「そう言って勝手に死ぬんですよ……。ほんと心折れる。死んだら、事あるごとに思い出して落ち込む自信あります」
少しばかり、別の推しと言われていた人たちのことを聞いてみたい気もしてきた。
「だから、長生きしてください」
真剣にそう言われて、彼は返す言葉がなかった。
誰かに、生きていてほしいなどといわれたことはなかった。
かわりにおまえが死ねばよかったのにと言われたことはある。それを気にしないようにしていたが、どこか棘のように残っていたのは確かだ。
ああ、もういいかなと、思うところがあった。
「ずっとずっと幸せにしますねっ!」
「……楽しみにしてる」
「お任せください」
そう楽し気に笑うから、魔が差した。
立ち上がり、その耳元で囁いてみる。ご希望の通りに。
「はうっ」
その結果、彼女はぱたりと倒れた。
「……気絶するとか意味わかんないんだけど」
呆れ半分、おかしさ半分で彼は呟いた。そして、今日、眠るかどうかについて悩むことになる。
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