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そのあとのいくつかのこと。

5月12日 2

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 カリナは今回は完全に巻き込まれたと思っている。
 その件は何も聞いてない、である。
 そもそもエルアの帰省に同行し、ついでに人手不足の孤児院を手伝っていた。そこに多少の裏の意味は感じていたが、それが災厄の復活に化けるとは想定しようもない。
 ただ、事前情報が皆無というわけでもない。不穏であるというのは、カリナも噂には聞いたことがある。それというのもエルアの故郷のことであるので気にかけていたからだ。
 何か変であるというだけで疑うわけにもいかないのも教会の組織的問題ではある。
 だが、今回、一番変であるのはエルアであった。
 町に入ったあたりから徐々にいつもの彼と変わっていったのだ。

 エルアは柔らかい雰囲気でほっとするようなところがあった。それがいつもとは違う感じがする時が増えたのだ。普通ならば気にならないかもしれないが、カリナはエルアをよく見ていた。些細なことを積み重ねて不安が増えたのは確かで。
 しかし、なにも聞けなかった。

「聞けばよかった」

 カリナは誰もいない宿の裏で頭を抱える。人前では普通にふるまうが内心はため息と後悔しか出てこない。時々とめどもなく落ち込む。いつでも元気が信条のシスターにあるまじき態度と思ってはいるのだが。
 見透かされたのかちょっとお出かけしておいでと孤児院も追い出された。

「どうした?」

「ひゃっ、ってゲイルさんですか。脅かさないでください」

「俺は、人がいないと思ったところに謎の黒い物体があってびびったんだが」

「じゃあ、痛み分けということで。
 お帰りですか」

「おう。あまり遅いとリリーが体調不良を押して出てきそうだからな。
 カリナは今日は孤児院じゃないのか?」

「孤児院の用事で来ました。食料の融通をしてほしいんですよ。人数多いので」

「それはちょっと難しいかもな。こっちも残りは少ないって話だ。
 たぶん、二、三日のうちに補給が来るだろうから行き会ったら頼んでおくよ」

「お願いします。教会の備蓄も炭になっちゃどうにもなりません……」

「そ、それは悪かった」

「誰が悪いって話でもないんですけどね。出来ればよそでやってほしかったですよ。死ぬかと思いました」

 事実、カリナは死にかけた。災厄の復活の一助として、シスター皆殺し寸前だったのだ。災厄の封じに罅をいれるのには大量の魔素を使った魔法が必要だった。普通にはありえないほどの魔素を効率的に集めるには、人を使えばいい。人には良質な魔素がある。
 正気を常々疑われる魔導師ですらしないことを彼らはしようとしたのだ。

 魔導師たちによれば、なんて非効率な呪式なんだと憤るほどの雑さだったらしいが、発動自体はしかけたらしい。
 ユウリたちの乱入により儀式は中断され、カリナを含むシスターたちは救われた。ただ、代わりに儀式をしていた者たちの血が流れ、一部災厄は開放されてしまった。

「……まあ、生きてるっていいですね」

 貴重な経験だが二度とごめんだ。

「そうだな。エルアは大丈夫そうか?」

「駄目ですね。変に気真面目なので、操られてたとか乗っ取られたとかそういう話でも許容できないらしいですよ」

 あのときエルアは儀式をする側にいたのだ。
 彼が案内する場所だからと全く警戒せずにカリナも儀式の場所についていってしまったし、他のシスターたちも同様だったようだ。いつも来る少し胡散臭いけれど人は良い神父であるからと。

 今だから気がつくことがあるのだ。エルアは年に一度決まって故郷に戻っていた。そうしなければならないように。そんなに頻繁に古郷に帰るものをカリナは知らない。自分の実家帰省ですら数年置きというのが普通である。それを思えば高頻度だった。それほど大事なものがあるということでもなさそうではあったが気に留めたことはない。

 エルアが黒幕であった、というほうが実のところ話は簡単だった。自発的な考えであれば改心させるとか処罰するとかしようがある。
 しかし、エルアは知らないうちに災厄に浸食された。長く長く時間をかけて。そして、それはエルアだけの問題でもなかった。

「もう、全部滅してあるから残りもないはずなんだが」

「自分がしたことだからと変に悟ってしまって困りものですよねぇ」

「一部あってるからそれも困るよな」

 ゲイルとカリナはため息をついた。

 災厄の復活及び魔法使いの復権を狙ったこの事件の首謀者は教会の支部長となっている。本人への事実確認はできないが、カリナたちが死にそうな目にあいながらも確保した本や書類により罪は確定している。
 もちろん一人だけの罪ではない。彼の配下は多く、その中にはエルアのように災厄に入り込まれたものが含まれるようだ。全ての捕縛はされていない。頑張っても全部は捕まえられないだろうという話である。
 教会も魔導協会もこの件の処理には頭が痛いだろう。
 カリナですらそう想像がつく。

 特に災厄に影響されたものたちはこの町に多すぎた。その影響が残っているかどうかは今後の研究を待つことになっているらしい。一応、当事者であるアーテルが言うには全部連れてったみたいという話だ。
 連れてったって? と聞き返せば、曖昧に笑われた。知らないほうがいいことのようだ。

「ま、しばらくはここに止め置かれるだろ。カリナはフェザーに帰るか? 帰るなら準備を少し待ってもいいが」

「そういうのはもう少し事前にいうものですよ。
 もう少しここにいようと思います」

「ん。じゃ、エルアを頼んだ。おっさんの相手とか嫌かもしれんが、頼んだ」

「言われなくてもやります。
 最後に顔見てったらどうです?」

「やめとく。最後、殴ったの俺だし。さすがに怪我してるの見ると罪悪感が」

「あるんですか?」

「あまりないな。俺に感謝しろとか言いたくなる」

 おかしいなと言いたげに首をかしげるゲイルにカリナは笑いたくなった。彼らはこれでいいらしい。
 悲壮感も説教もなく、ちょっと恩着せがましく俺が助けてやったんだからと言い放つ。

「ま、困ったら連絡をくれ。次は受付を送る」

「わかりました」

 全く、迷惑かけないでくださいとぶつぶつ言いながらやってくる想像がついた。ほらお土産ですよとフェザーからの手紙とかも持ってきそうだ。
 彼らは腐れ縁と言いながらも友人をやっていて良かったのだろう。

 カリナはゲイルを見送り、伸びをした。
 後悔したところで過ぎたことをどうすることもできない。カリナにできることはいつも通りであることだけだ。

 ウェスリアが補給や復興の手伝いにやってくるのはこの数日後である。
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