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温泉と故郷と泣き叫ぶ豆
再会と 5
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バタバタの逃走の準備をしている中、先ほどお会いした男性とも遭遇したりもしましたが、無事、逃げ出すことに成功しました。
子供が一人足りないとか、誰かが逃げそびれたとかそういうのないようにがんばりました! お前が仕切るなという表情で見られた気もしますが、スルーしましたよ。時間との勝負のときは、強権を発動したほうが良いのです。魔導師の武力が背後にあると強気に出れますねっ!
そうやって逃げ出したのは地下道でした。地下に逃げ出すというのもなにか定番のような気がします。
ああ、どこかから水攻めとか火がつけられたりとか、モンスターが発生したりとかしないでしょうね? 上からの強襲とかもやめていただきたい。
「上から入ってこれないように塞いできた」
「ありがとうございます。ディレイもお疲れさまでした」
「疲れた」
エリックに珍しくそう言われて、後ろから抱えられました。頭の上に頭をのせられている状態というのはそれなりに重量を感じます。
仕方ありませんねと好きにさせていたのですが、周囲から驚愕の視線を向けられていました。
……あれ?
「手助けしてもらってありがたいんですが、なぜ、来訪者様がここに?」
どうしたのかなと思っているうちに、一人の女性が問いかけてきました。子供を捕まえていた彼女ですね。
「婚約者の里帰りの付き合いで。
あたしも疑問があるんですよ。あたしの顔そんなに出回ってないはずなんです。知り合い以外で知っているのが不思議なんですよね」
「私は元教会のシスターでマルティナと申します。肖像画の模写が各地に送られているので、教会関係者は覚えているかと」
「……それ聞いてない。ディレイ知ってました?」
「知らない。ただ、魔導協会も同じことはしてそうだ」
「知ってても知らぬふりをせよとお達しもあったので、よほどお困りでない限りは様子を見る程度でしょう」
都合よくカリナさんとエルアさんが現れた理由がわかりましたよ……。大きさはともかく、教会は各町にあります。きっちり目撃情報伝達されていたってことですね。
もうちょいちゃんと偽装しておけばよかったですよ。写真もネット、テレビもない世界だしと油断しすぎました。
「元シスターということは何かあったんですか?」
「ええ、少し問題が」
マルティナさんには言い難いことらしく言葉を濁されましたね。それからエリックに視線をとめて優しく微笑みました。
ん? んんっ!?
「婚約者が魔導師というのは本当でしたか。
あの問題児が大きくなったわね」
「お知り合いですか?」
育った町の元シスターなら知り合いでもおかしくはないのですが……。
「あ。思い出した」
「ディレイ?」
「がみがみシスターだ」
……。
なんですそれ。
感動の再会でもなく、地獄のような沈黙が訪れましたよ。ぷくくっと遠くから聞こえてきますが、子供たちですねっ! 慌てたように近くの大人が口を押えてますが、鼻もおさえてません!?
マルティナさんはこめかみを押さえています。あたま痛いですよね……。ディレイが全く悪気がないのが、むしろたちが悪い。
「訂正する。変わってない。がみがみ言いたいわけじゃなくて、悪さするのが悪いんでしょうがっ!」
ディレイは小さく笑っていて、わかっていてからかったようですよ。
「俺にシスターには逆らうべからずと叩き込んだ一人だ。アーテルも気をつけて」
「まだいるんですか」
「もう一人はまだ現役の小言マスター」
この教会の孤児院にも濃いメンツがいそうです……。
「そっちの用件は済んだか?」
こちらの様子を窺っていた男性がそう切り出してきました。
マルティナさんは彼に一瞥を投げると肩をすくめています。なんでしょう。漂う姉御感は。
「済んでないけど、譲るわ。来訪者様にケガさせたりしたら、国どころか他国からも非難がくるから気をつけなさいよ」
「なにそれ怖い」
あたしのほうが恐怖に慄きますよ。
話しかけてきた男性も表情を引きつらせています。エリックが至極あっさりとそうだなと相槌しているので、間違いなさそうなのがさらに怖い。
「どうしてここを探し当てた」
「魔法で印をつけておいた。なにもない方がいいが、万が一がある」
「慎重派だという噂のほうを信じておけばよかった。派手に魔法を使う魔導師だなんて嘘だろ」
「魔導師と知って、襲おうというのは暴挙だが」
「あ、こ、ここは私の顔に免じて一つ穏便にっ!」
慌てた様子のマルティナさんが割って入ってますね。彼女はどこまで何を知っているのかわかりませんが、魔導師に喧嘩売ってどうなるかくらいは理解してそうです。
「大丈夫ですよ。その気なら、もう、死んでますから」
「……仕事でも、命の危機でもないのにそこまではしない」
あたしがフォローしたつもりで、フォローにならず、本人が傷ついたように否定してました。
失態です。うなだれるあたしをよしよししないでください。存分に甘やかすのやめてほしいですけど。しかも人が多いところで。
「……ここで話すようなことでもないな。移動する」
毒気を抜かれたような声で彼が言ったのが印象的でしたねっ! 呆れが滲んでいたようなのは気のせいにしますよっ!
さて、道すがら聞いたことによるとこの団体様をまとめていた男性はロブさんと言うそうです。
ロブさんは十数人くらいをまとめる階級だったのだそうです。生粋の軍人で戦争途中に負傷して後方支援に回ったのだとか。戦後、退役して故郷に戻るつもりが帰るに帰れない部下などを見捨てられず今はこの町に逗留しているとのこと。本当は故郷に連れて帰ろうと思っているらしいのですが、負傷が治らないとか病気とか、冬になったとかいろいろあったようですね。
報奨金も冬前に底をつき、なんとか教会の支援で冬を越したそうです。が、やっぱり教会も人手も金も常に不足しているのであとは自力でどうにかしてという感じらしいですよ。
元気な人は日雇い労働でしのいでいるんですが、薬代が出てこなくてお困りだとか。本当に動かせない人はこれから行く別の拠点に滞在しているそうです。
「宿に戻れればお薬はあるんですけどね。旅行? 薬いるよね!? と押し付けられたので」
「ヒューイか?」
「正解です。実験台うふふふと笑っていたので、効果のほどはわかりませんが」
「腕はいいんだがな」
エリックですら言葉を濁すほどのなにかがあったんでしょうね。あたしは聞きませんよ。そんな人はあたしの主治医ですのでっ! 腕はいいけど何か不安があります。
まあ、とりあえずは手持ちのお薬の提供は約束しました。代わりになんで襲ってきたのかという全貌を聞かせてもらう予定です。そこは無償提供じゃないのかというロブさんに世の中、無料ほど怖いものはありませんよ。借りだとなにか悪いことを押し付けられますよと語っておきました。
ええ、多少の実例込みで。
マルティナさんは別口でやってきたそうで、治安の悪いところでからまれていたところを助けてもらったそうです。
元々顔見知りだったのもあってのことのようです。
お連れの子供たちが原因で孤児院を抜けて隠遁生活半年だとか。
「急に魔導協会が抜き打ちで資質のある子を見に来るようになったの。
それで、この子たちを隠すように院長に言われてそこから変だなって思ったわけ。昔もこんなことがあったなって」
ちらりと彼女はエリックを見ていたのに気がついてしまいました。
「それから魔導師の資質について調べて、本当は魔導協会に知らせようとしたの。でも、ここってないでしょ? 用事を作って外に出ようとしたんだけどそれも難しくて。
そうしているうちに、五人とも養子の行く先が決まったと言われたの。どこの家か聞いても濁されて、これはまずいんじゃないかと連れ出したのが半年前。
魔導協会に手紙も出していたんだけど」
「魔導協会ならついでに確保してきてとか頼まれそうですよね。
あるいは、即行動ですか」
「様子見に何人かは派遣すると思うが、そういう話は聞いていない。ユウリのあれこれで忙しかったというのもあるが、半年も放置はしないだろう」
ということは届かなかった、あるいはもみ消された、偶然捨てられたとかですか。
マルティナさんは諦め顔でため息をついていますね。自分のいた孤児院でこんなことが起こればそうなりますか。
魔導師の資質のある子を故意に隠し、ばれそうになると養子に出すという話にするというのはきな臭い。
……まあ、彼女の証言が全てではないので、彼女自身が隠しているほうという可能性も残しておきましょうか。
大変残念ですが、身近な古い馴染みの人も裏切っちゃったりするですよ。人間不信になりますね。
エリックは子供たちのほうが気がかりらしく、後で様子を見るとは言っていますね。
そんなこんな話をしているうちに地下道も終わりに近づき、別の拠点の近くにやってきました。こちらは出入りは地下道のみにしているそうで、病人だけが住んでいる場所ということになっているそうです。
色々押し入られないように、強面を何人か置いてるらしいので安全と言えば安全だそうな。
出た先は町の外でした。
廃墟のようなお屋敷です。幽霊が出そうというより、もうすでに住んでらっしゃるのでは?という廃墟具合ですねっ!
お出迎えの男性に悲鳴を上げるイベントがありましたが、割愛します。本気で幽鬼かとおもうくらいの白髪と痩せた体でして……。平謝りしましたよ。よく言われますと哀愁を帯びた微笑みを見たらいたたまれませんね。
いつも町で活動している人たちが皆、引き上げてきたというのは異常事態だとこの屋敷にいた人たちも理解はしているようです。
なんか、二人増えてるし。
しかも片方はいかにも魔導師。片方はマルティナさんに丁重に扱われています。説明しなくても訳アリに見えます。
「では、お約束のお薬を。文字は読めます? 使用方法メモも入っているので、指示に従ってください。従わない場合の副作用は保証できません」
だって、ヒューイさんですもの。安定の狂気の医者です。
文字が読める方はいらっしゃったのですが、中身が小難しいのでマルティナさんに託すことにしました。
規格が安定してない世界での小さじ一杯の定義が難しいことを知りましたね。小さじはさすがに持ち歩いてません。爪の先くらいと言っても誰の爪となるとか……。
我々二人はロブさんと楽しい尋問(おはなし)です。
罠に嵌めてくれやがったのは誰かという話をですね、詰めていきますよっ!
「……アーテル、怖いから少し落ち着け」
「おや? 渾身の営業スマイルのはずですが」
エリックに突っ込まれてしまいましたね。いやぁ、落ち着いた場所にいたらふつふつと怒りが湧き上がってきて困っちゃいますね。笑顔じゃなければ無表情になりますよ。
だから背中をぽんぽんと叩かないでください。子供じゃないんですよ。なんなら年上なんですからね。
ふてくされたあたしを宥めるように、大丈夫だからとか耳元でささやかないでください。ぐぬぬっ。
「……話していいか?」
「どうぞ。中身によっては暴れますからね」
ええ、先に宣言しておきましょう。別な意味で今、理性の持ち合わせがございません。
そう鼻息荒くしていたら、なぜか、エリックの膝の上に乗ることになりました。
あれ?
「……と言っても話すようなことは特にない。
支援をしてもよいが、この道にくるものを脅しておくようにと言われただけだ。貸しもあるだろうと」
「教会から?」
「領主からの使いと言っていた」
「確かめなかったんですか?」
「どうやって? 手付金ももらったし、御覧の通り大所帯だ。脅すくらいならと」
そのあたりで、リンリンと音が鳴りました。
エリックはなにかの動作でそれをとめていました。
「支援は本当、貸しも嘘じゃない。
脅すのは、嘘だ」
「本当に魔導師というのは規格外だな。
襲って傷つけておけとは言われた。それだけだ」
エリックはため息をついて、あたしをぎゅっと抱きしめました。いえ、これは拘束されてますね。
「それも少し違う。
傷をつけるというのも、俺じゃない。連れのほうだろう」
「どうして、そう思ったんだ」
「言われたか、俺の顔を知っていたかはわからないが、魔導師と知っていたんだろう? 魔導師とわかっていて喧嘩を売るような真似をするものはほとんどいない」
「確かにな。
連れを傷つけるか攫うように言われた。ただの娘で、人質にとれば身動きが取れなくなるだろうと」
なにかこう、イラっとしたエリックが制裁しそうな場面ですね。そこに魔導協会の人が踏み込んでくると相手の筋書き通りに進みそうです。
一般人への魔法の使用。あたしの処理はそうですね、嫌がっているのを無理やり連れ去ろうとしていのを保護したとか何とか。
悪いほうの想像に向かいそうなのを強制終了しました。それは起きなかったことなのでいいんです。
問題はこれから。
「じゃあ、犯人を絞めて来ましょうか」
ふふっ。人を使って嵌めようだなんて、ふざけてますね。
「うふふ。生きてることを後悔するくらい……っ、ひゃあっ」
耳噛まれた! 耳噛まれましたよっ!
涙目でエリックを見上げれば、複雑そうな表情でした。
「俺も大概だと思っていたんだが、アーテルのは度が過ぎている」
「そ、そんなことないですよっ! 正当な要求ですっ! 誰も二度と企まないように、全部ぶっ壊しておくに限りますっ! うにゃーっ!」
耳、はむはむやめてーっ!
いちゃついているように見えるかもしれませんが、これは新手の拷問なのですよっ! 力が抜けていくぅ。
「なにしてんだ」
「言葉で言ってもなんだかんだ丸め込もうとしてくる。物理で黙らせるほうが早い」
……そうだったんですね。確かにぐったりしていますが。はっ、今までの脈絡もない行動ってもしかして!?
新たなる真実にあたしが衝撃を受けていると呆れたような視線を感じます。
あら。ロブさんは表情を引きつらせてますね。
「それで領主様を絞めてくれば」
ぐにゃぐにゃになりながらもあたしは確認します。ちょっとは立て直しますよっ!
「いや、やめてくれ。領主の使いと言ったがあれは教会のやつだった。マルティナもそう言っている」
「はい? なにかしら?
……なにしてるの?」
ぐにゃんぐにゃんのあたしを不審物のように見ないでください。犯人はエリックです。まあ、正気をぶん投げにかかったあたしも悪いんですけど。
子供たちは見ちゃいけないからねーと他の大人に隔離されていました……。
それにしても、黒幕、教会説が一番有力になってきました。最初からそうだと目されていたのですけど。
なんか、忘れているような気がするんですよね。
しっくりこない。なにか、かけているところ。
なんだろう。首をかしげて、思い出したんです。
災厄の存在、忘れてました。
子供が一人足りないとか、誰かが逃げそびれたとかそういうのないようにがんばりました! お前が仕切るなという表情で見られた気もしますが、スルーしましたよ。時間との勝負のときは、強権を発動したほうが良いのです。魔導師の武力が背後にあると強気に出れますねっ!
そうやって逃げ出したのは地下道でした。地下に逃げ出すというのもなにか定番のような気がします。
ああ、どこかから水攻めとか火がつけられたりとか、モンスターが発生したりとかしないでしょうね? 上からの強襲とかもやめていただきたい。
「上から入ってこれないように塞いできた」
「ありがとうございます。ディレイもお疲れさまでした」
「疲れた」
エリックに珍しくそう言われて、後ろから抱えられました。頭の上に頭をのせられている状態というのはそれなりに重量を感じます。
仕方ありませんねと好きにさせていたのですが、周囲から驚愕の視線を向けられていました。
……あれ?
「手助けしてもらってありがたいんですが、なぜ、来訪者様がここに?」
どうしたのかなと思っているうちに、一人の女性が問いかけてきました。子供を捕まえていた彼女ですね。
「婚約者の里帰りの付き合いで。
あたしも疑問があるんですよ。あたしの顔そんなに出回ってないはずなんです。知り合い以外で知っているのが不思議なんですよね」
「私は元教会のシスターでマルティナと申します。肖像画の模写が各地に送られているので、教会関係者は覚えているかと」
「……それ聞いてない。ディレイ知ってました?」
「知らない。ただ、魔導協会も同じことはしてそうだ」
「知ってても知らぬふりをせよとお達しもあったので、よほどお困りでない限りは様子を見る程度でしょう」
都合よくカリナさんとエルアさんが現れた理由がわかりましたよ……。大きさはともかく、教会は各町にあります。きっちり目撃情報伝達されていたってことですね。
もうちょいちゃんと偽装しておけばよかったですよ。写真もネット、テレビもない世界だしと油断しすぎました。
「元シスターということは何かあったんですか?」
「ええ、少し問題が」
マルティナさんには言い難いことらしく言葉を濁されましたね。それからエリックに視線をとめて優しく微笑みました。
ん? んんっ!?
「婚約者が魔導師というのは本当でしたか。
あの問題児が大きくなったわね」
「お知り合いですか?」
育った町の元シスターなら知り合いでもおかしくはないのですが……。
「あ。思い出した」
「ディレイ?」
「がみがみシスターだ」
……。
なんですそれ。
感動の再会でもなく、地獄のような沈黙が訪れましたよ。ぷくくっと遠くから聞こえてきますが、子供たちですねっ! 慌てたように近くの大人が口を押えてますが、鼻もおさえてません!?
マルティナさんはこめかみを押さえています。あたま痛いですよね……。ディレイが全く悪気がないのが、むしろたちが悪い。
「訂正する。変わってない。がみがみ言いたいわけじゃなくて、悪さするのが悪いんでしょうがっ!」
ディレイは小さく笑っていて、わかっていてからかったようですよ。
「俺にシスターには逆らうべからずと叩き込んだ一人だ。アーテルも気をつけて」
「まだいるんですか」
「もう一人はまだ現役の小言マスター」
この教会の孤児院にも濃いメンツがいそうです……。
「そっちの用件は済んだか?」
こちらの様子を窺っていた男性がそう切り出してきました。
マルティナさんは彼に一瞥を投げると肩をすくめています。なんでしょう。漂う姉御感は。
「済んでないけど、譲るわ。来訪者様にケガさせたりしたら、国どころか他国からも非難がくるから気をつけなさいよ」
「なにそれ怖い」
あたしのほうが恐怖に慄きますよ。
話しかけてきた男性も表情を引きつらせています。エリックが至極あっさりとそうだなと相槌しているので、間違いなさそうなのがさらに怖い。
「どうしてここを探し当てた」
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「慎重派だという噂のほうを信じておけばよかった。派手に魔法を使う魔導師だなんて嘘だろ」
「魔導師と知って、襲おうというのは暴挙だが」
「あ、こ、ここは私の顔に免じて一つ穏便にっ!」
慌てた様子のマルティナさんが割って入ってますね。彼女はどこまで何を知っているのかわかりませんが、魔導師に喧嘩売ってどうなるかくらいは理解してそうです。
「大丈夫ですよ。その気なら、もう、死んでますから」
「……仕事でも、命の危機でもないのにそこまではしない」
あたしがフォローしたつもりで、フォローにならず、本人が傷ついたように否定してました。
失態です。うなだれるあたしをよしよししないでください。存分に甘やかすのやめてほしいですけど。しかも人が多いところで。
「……ここで話すようなことでもないな。移動する」
毒気を抜かれたような声で彼が言ったのが印象的でしたねっ! 呆れが滲んでいたようなのは気のせいにしますよっ!
さて、道すがら聞いたことによるとこの団体様をまとめていた男性はロブさんと言うそうです。
ロブさんは十数人くらいをまとめる階級だったのだそうです。生粋の軍人で戦争途中に負傷して後方支援に回ったのだとか。戦後、退役して故郷に戻るつもりが帰るに帰れない部下などを見捨てられず今はこの町に逗留しているとのこと。本当は故郷に連れて帰ろうと思っているらしいのですが、負傷が治らないとか病気とか、冬になったとかいろいろあったようですね。
報奨金も冬前に底をつき、なんとか教会の支援で冬を越したそうです。が、やっぱり教会も人手も金も常に不足しているのであとは自力でどうにかしてという感じらしいですよ。
元気な人は日雇い労働でしのいでいるんですが、薬代が出てこなくてお困りだとか。本当に動かせない人はこれから行く別の拠点に滞在しているそうです。
「宿に戻れればお薬はあるんですけどね。旅行? 薬いるよね!? と押し付けられたので」
「ヒューイか?」
「正解です。実験台うふふふと笑っていたので、効果のほどはわかりませんが」
「腕はいいんだがな」
エリックですら言葉を濁すほどのなにかがあったんでしょうね。あたしは聞きませんよ。そんな人はあたしの主治医ですのでっ! 腕はいいけど何か不安があります。
まあ、とりあえずは手持ちのお薬の提供は約束しました。代わりになんで襲ってきたのかという全貌を聞かせてもらう予定です。そこは無償提供じゃないのかというロブさんに世の中、無料ほど怖いものはありませんよ。借りだとなにか悪いことを押し付けられますよと語っておきました。
ええ、多少の実例込みで。
マルティナさんは別口でやってきたそうで、治安の悪いところでからまれていたところを助けてもらったそうです。
元々顔見知りだったのもあってのことのようです。
お連れの子供たちが原因で孤児院を抜けて隠遁生活半年だとか。
「急に魔導協会が抜き打ちで資質のある子を見に来るようになったの。
それで、この子たちを隠すように院長に言われてそこから変だなって思ったわけ。昔もこんなことがあったなって」
ちらりと彼女はエリックを見ていたのに気がついてしまいました。
「それから魔導師の資質について調べて、本当は魔導協会に知らせようとしたの。でも、ここってないでしょ? 用事を作って外に出ようとしたんだけどそれも難しくて。
そうしているうちに、五人とも養子の行く先が決まったと言われたの。どこの家か聞いても濁されて、これはまずいんじゃないかと連れ出したのが半年前。
魔導協会に手紙も出していたんだけど」
「魔導協会ならついでに確保してきてとか頼まれそうですよね。
あるいは、即行動ですか」
「様子見に何人かは派遣すると思うが、そういう話は聞いていない。ユウリのあれこれで忙しかったというのもあるが、半年も放置はしないだろう」
ということは届かなかった、あるいはもみ消された、偶然捨てられたとかですか。
マルティナさんは諦め顔でため息をついていますね。自分のいた孤児院でこんなことが起こればそうなりますか。
魔導師の資質のある子を故意に隠し、ばれそうになると養子に出すという話にするというのはきな臭い。
……まあ、彼女の証言が全てではないので、彼女自身が隠しているほうという可能性も残しておきましょうか。
大変残念ですが、身近な古い馴染みの人も裏切っちゃったりするですよ。人間不信になりますね。
エリックは子供たちのほうが気がかりらしく、後で様子を見るとは言っていますね。
そんなこんな話をしているうちに地下道も終わりに近づき、別の拠点の近くにやってきました。こちらは出入りは地下道のみにしているそうで、病人だけが住んでいる場所ということになっているそうです。
色々押し入られないように、強面を何人か置いてるらしいので安全と言えば安全だそうな。
出た先は町の外でした。
廃墟のようなお屋敷です。幽霊が出そうというより、もうすでに住んでらっしゃるのでは?という廃墟具合ですねっ!
お出迎えの男性に悲鳴を上げるイベントがありましたが、割愛します。本気で幽鬼かとおもうくらいの白髪と痩せた体でして……。平謝りしましたよ。よく言われますと哀愁を帯びた微笑みを見たらいたたまれませんね。
いつも町で活動している人たちが皆、引き上げてきたというのは異常事態だとこの屋敷にいた人たちも理解はしているようです。
なんか、二人増えてるし。
しかも片方はいかにも魔導師。片方はマルティナさんに丁重に扱われています。説明しなくても訳アリに見えます。
「では、お約束のお薬を。文字は読めます? 使用方法メモも入っているので、指示に従ってください。従わない場合の副作用は保証できません」
だって、ヒューイさんですもの。安定の狂気の医者です。
文字が読める方はいらっしゃったのですが、中身が小難しいのでマルティナさんに託すことにしました。
規格が安定してない世界での小さじ一杯の定義が難しいことを知りましたね。小さじはさすがに持ち歩いてません。爪の先くらいと言っても誰の爪となるとか……。
我々二人はロブさんと楽しい尋問(おはなし)です。
罠に嵌めてくれやがったのは誰かという話をですね、詰めていきますよっ!
「……アーテル、怖いから少し落ち着け」
「おや? 渾身の営業スマイルのはずですが」
エリックに突っ込まれてしまいましたね。いやぁ、落ち着いた場所にいたらふつふつと怒りが湧き上がってきて困っちゃいますね。笑顔じゃなければ無表情になりますよ。
だから背中をぽんぽんと叩かないでください。子供じゃないんですよ。なんなら年上なんですからね。
ふてくされたあたしを宥めるように、大丈夫だからとか耳元でささやかないでください。ぐぬぬっ。
「……話していいか?」
「どうぞ。中身によっては暴れますからね」
ええ、先に宣言しておきましょう。別な意味で今、理性の持ち合わせがございません。
そう鼻息荒くしていたら、なぜか、エリックの膝の上に乗ることになりました。
あれ?
「……と言っても話すようなことは特にない。
支援をしてもよいが、この道にくるものを脅しておくようにと言われただけだ。貸しもあるだろうと」
「教会から?」
「領主からの使いと言っていた」
「確かめなかったんですか?」
「どうやって? 手付金ももらったし、御覧の通り大所帯だ。脅すくらいならと」
そのあたりで、リンリンと音が鳴りました。
エリックはなにかの動作でそれをとめていました。
「支援は本当、貸しも嘘じゃない。
脅すのは、嘘だ」
「本当に魔導師というのは規格外だな。
襲って傷つけておけとは言われた。それだけだ」
エリックはため息をついて、あたしをぎゅっと抱きしめました。いえ、これは拘束されてますね。
「それも少し違う。
傷をつけるというのも、俺じゃない。連れのほうだろう」
「どうして、そう思ったんだ」
「言われたか、俺の顔を知っていたかはわからないが、魔導師と知っていたんだろう? 魔導師とわかっていて喧嘩を売るような真似をするものはほとんどいない」
「確かにな。
連れを傷つけるか攫うように言われた。ただの娘で、人質にとれば身動きが取れなくなるだろうと」
なにかこう、イラっとしたエリックが制裁しそうな場面ですね。そこに魔導協会の人が踏み込んでくると相手の筋書き通りに進みそうです。
一般人への魔法の使用。あたしの処理はそうですね、嫌がっているのを無理やり連れ去ろうとしていのを保護したとか何とか。
悪いほうの想像に向かいそうなのを強制終了しました。それは起きなかったことなのでいいんです。
問題はこれから。
「じゃあ、犯人を絞めて来ましょうか」
ふふっ。人を使って嵌めようだなんて、ふざけてますね。
「うふふ。生きてることを後悔するくらい……っ、ひゃあっ」
耳噛まれた! 耳噛まれましたよっ!
涙目でエリックを見上げれば、複雑そうな表情でした。
「俺も大概だと思っていたんだが、アーテルのは度が過ぎている」
「そ、そんなことないですよっ! 正当な要求ですっ! 誰も二度と企まないように、全部ぶっ壊しておくに限りますっ! うにゃーっ!」
耳、はむはむやめてーっ!
いちゃついているように見えるかもしれませんが、これは新手の拷問なのですよっ! 力が抜けていくぅ。
「なにしてんだ」
「言葉で言ってもなんだかんだ丸め込もうとしてくる。物理で黙らせるほうが早い」
……そうだったんですね。確かにぐったりしていますが。はっ、今までの脈絡もない行動ってもしかして!?
新たなる真実にあたしが衝撃を受けていると呆れたような視線を感じます。
あら。ロブさんは表情を引きつらせてますね。
「それで領主様を絞めてくれば」
ぐにゃぐにゃになりながらもあたしは確認します。ちょっとは立て直しますよっ!
「いや、やめてくれ。領主の使いと言ったがあれは教会のやつだった。マルティナもそう言っている」
「はい? なにかしら?
……なにしてるの?」
ぐにゃんぐにゃんのあたしを不審物のように見ないでください。犯人はエリックです。まあ、正気をぶん投げにかかったあたしも悪いんですけど。
子供たちは見ちゃいけないからねーと他の大人に隔離されていました……。
それにしても、黒幕、教会説が一番有力になってきました。最初からそうだと目されていたのですけど。
なんか、忘れているような気がするんですよね。
しっくりこない。なにか、かけているところ。
なんだろう。首をかしげて、思い出したんです。
災厄の存在、忘れてました。
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