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温泉と故郷と泣き叫ぶ豆
ただいまと
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頬に当たる手は冷たくて昔から同じだなと不意に思いました。馴染まない記憶の欠けらが浮かんでは消えていきます。
あたしの頬に手を当てながら片手で本を読んでいるエリックは器用ですね……。
手が大きいから出来ることでしょうか。見慣れぬ文字と思いきや、日本語っぽいのですがっ!?
「ちょ、どこからその本っ!」
ただいまも、おはようも抜きで起き上がりいきなり言いだしてしまったのは仕方ありません。
え、なにその呪術について、みたいなの。どこから入手したの!?
「ツイ様との付き合いについて、地雷を踏むのも嫌だから対処法の入門編が欲しいと言ったら来た」
「そ、そうですか」
ものすっごい真っ当な話をされました。この世界の人外にはエリックも対応可能でしょうけど、異世界のどちらかというとニッチな、気難し系のツイ様の対応はなかなか骨が折れます。物理で折れたりする可能性もあります。
禁忌行為についてはあたしが教える側にならねばならないのですが、そのあたりの記憶もすぽーんっと抹消されていまして役立たずです。孫対応の甘々さなので最初から役に立たない可能性もありですけどね……。
それにしても地雷って。語彙に異界語が混じり始めてますよ……。この世界、まだ地雷ないと思いますし。
エリックは肩をすくめてからぱたんと本を閉じました。
「おかえり。もう五月だ」
何事もなかったように言われてしまいました。まあ、確かにおはようというよりただいまな気分なのでよいのですが……。
「ただいまです。雨はどうなりました?」
「昨日から晴れて、暑いくらいだ。明日には問題なく出立できると思う。
あと数日くらい逗留してもいいが」
「うっ。一日延泊しましょう。休息が必要です」
だって、温泉入ってない。なにも急いでいる旅ではありません。一応、次の宿泊先は手紙で予約しているので遅れるのも望ましくはありませんけどね。日程がずれる程度は元々含みおくのだそうですよ。そうは言っても予定より遅れた場合には、部屋がなくても文句を言えないのだそうです。
次はグルウなんですよ……。逃げたい避けたいでも逃げられないって感じです。
じっとエリックを見れば少しいじわるそうに笑っているのですが。
「全部師匠のツケにしたから、豪遊してもいいぞ」
「やめましょうよ……あとで取り立てがひどいですよ」
「その場合、払うのはアリカのほうだな」
あっさりと言われたんですけどっ!
「温泉、川魚、あとは天ぷらと言ったか。それから、山菜の類とキノコは瓶詰だそうだが」
エリックが恐ろしいことを言いだしていますよ。
なんということでしょう! たしかにここは旅館でした。
「特別メニューは炊き込みご飯、だそうだ」
「わかりました。茶碗蒸しも要求します」
豪遊することにします。ええ、どこかの来訪者の人ががっつりメニュー組んだんですね! ありがとうございます。
川魚。珍しいです。王都では海から運ばれた魚が時々出てくるようなのですけどね。王城でも食べたこともあります。残念な冷えたバターソテーの記憶が……。毒見って必要なくなるといいですよね。
そんなうきうきの昼食です。完全に特別メニュー尽くし。
「わぁ、塩焼き!」
新鮮な川魚とかこっちにきて初めてじゃないですか! シンプルな塩焼きもよいものです。うーん。醤油の開発、本気でしましょうかね。歴代の来訪者が挫折してきた伝説の醤油。
なお、茶碗蒸しはだしの代わりにコンソメ系だったので別物の何かに化けました。ちがうこれじゃない。
エリックは魚の骨が嫌だそうで、半分で挫折していました。まあ、めんどくさいというのはわかります。家族ですしと残した分はあたしがいただきましたけれど。白身魚は良いものです。サンマにはいつかお会いできるのでしょうか……。
「今度、海でも行くか」
「いきますっ」
想定を超えてうきうきなあたしにやや引いていたように見えたのですが、きっと気のせいですよ。
そんな楽しい昼食後、家族風呂で温泉を堪能しました。茹って呆れられたのは痛手です。終始呆れられている気がするんですけど。
ちょっとテンションが上振れしているのは自覚があります。あたしの一部がうきうきなんですから仕方ないですよね……。
シリアスな話から逃げ回っている感もあるのですけどね。夜に重苦しい話はしないほうが良いと思うのですが、楽しむほう優先でいきたいのです。
「優雅です」
湯上りにベッドで転がって、冷たい飲み物を時々飲んだり、おやつをつまんだりと自由に過ごしています。
「優雅というより堕落」
笑いを含んだ声が事実を指摘してきます。
その声の主はお隣で本を読んでいます。その横顔は過去とちょっと違うのですよね。無精ひげの有無というだけではなさそうなのだけど。
「どうした?」
「エリックってちょっと若返ってます?」
「は?」
「なんか、こう、子供であったことを差し引いてももうちょっと年上だったような?」
「ああ、それは魔法の使い過ぎ。最適の状態に体が引きずられる」
「普通、最適って若くないですか?」
「人による。俺の能力安定は30代くらいらしい」
「そこまで伸びしろがあるんですか……」
現在でも最盛期ではまだないと。それはそれで恐ろしいですが。
「で、魔法の使い過ぎってなんですか?」
そこはスルーしていいところじゃありませんよね。エリックはしまったと言いたげに軽く目を見開いていますけど。
話を聞けば聞くほどに、エオリア異聞のエリックって通常のエリックじゃないんだなってわかりますよ……。相当無理してたんです。この様子ではわかっててやったんでしょうけど。
「ユウリが」
エリックはそう言いかけて黙りました。続きは出てきませんね。ただ、ちょっと困ったように眉を下げられるのは解せません。
なんですか、やっぱり仲良しなんですか。妬ましい。
やはり一度きっちり絞めておくべきでしょう。ええ、温情ある対処なんてしませんよ。来訪者と英雄が喧嘩と巷でうわさされても構いません。困るのは別の人たちです。
「アリカはどこまで知っている?」
質問の意図が分かりませんでした。とりあえず、ゴロゴロタイムは終了してきちんと座っておくことにしました。
「この間まで戦争中だったことは、理解しているか?」
「それなら知っています。理解は難しいでしょうね。そういったものを肌で感じたことはありませんから」
人外やら異形との争いは別カウントでいきたいものです。
エリックは少し、言葉を選ぶのに苦労しているようでした。このあたりの共通概念はないんですよね。
そして、この件について彼から話してくれるのは初めてでした。
「国力に差があるから、場合によっては相手にある程度の領地をとられることもありえる、そういう状態だった。国が滅ぶほどに危機的ではなかったが、状況は芳しくなく、英雄の存在はある種、皆の支えだった」
「そのあたりはなんとなく、わかります。そこが崩れたらまずいのは」
ユウリのプレッシャーも半端なかったでしょうね。元々そう育ったわけでもないのに英雄様として精神的な支えも含めて対処するとか。
……まあ、天然ものの可能性も否めませんが。それでも圧はあると思いますよ。
「だから、争いが終わるまでは負傷しても、何か間違ってもいけない」
「……なんか無茶な話してません?」
現実に存在しないなら可能かもしれません。二次元というか本の中の英雄なら。本誌でもきっちり負傷し、間違った判断を悔いるところありましたよ。
つまりは、現実的じゃない。
「無理な幻想をどうにかしなければ、ある程度削られていただろうな」
「その幻想を維持するために、エリックは多少の無茶をしたとそういうことですか?」
「別に俺だけじゃない。本人もかなり無理をしていただろう」
「……そうでしょうけど」
その本人(ユウリ)は報いられて、エリックはどうなんだという話で。ただ、英雄のように扱われるのは面倒そうなので、避けたというのも否めないというか。
そもそもそんなのに付き合う必要もなかったのにと思うのはあたしが薄情なのでしょう。
納得いかずに難しい顔をしていたあたしを慰めるように頭を撫でられてしまいました。なぜですか。
「もうしない」
「そうしてください。あたしのためでもダメですよ?」
そこは念入りに釘を刺しておきましょう。エリックは苦笑してますけどね、やりそうで怖いんですよ。異界のそれも一部とは言え、神のようなものに喧嘩を売った前科があります。
「アリカもしないなら」
「わかりました。じゃあ、その時は、おあいこってことで」
手のひらをくるっと返したあたしにエリックは呆れたようでしたねっ! あたしが危ない状況ってものにならなければよいのです。ダブルスタンダード上等ですっ! あたしにとって常に例外条件はエリックなので。
それを理解したんでしょうね。きっと。
そのまま、なんとなく抱き寄せられて、あたしも無茶しないと約束するまで耳元でささやかれる拷問がありました……。
なんですか、傷つくと辛いとかそういう言い方! 卑怯なーっ! と身悶えましたよ。心の中で。外面は死守したと思います。たぶん。きっと。
何か漏れてるかもしれませんけど。
あたしの頬に手を当てながら片手で本を読んでいるエリックは器用ですね……。
手が大きいから出来ることでしょうか。見慣れぬ文字と思いきや、日本語っぽいのですがっ!?
「ちょ、どこからその本っ!」
ただいまも、おはようも抜きで起き上がりいきなり言いだしてしまったのは仕方ありません。
え、なにその呪術について、みたいなの。どこから入手したの!?
「ツイ様との付き合いについて、地雷を踏むのも嫌だから対処法の入門編が欲しいと言ったら来た」
「そ、そうですか」
ものすっごい真っ当な話をされました。この世界の人外にはエリックも対応可能でしょうけど、異世界のどちらかというとニッチな、気難し系のツイ様の対応はなかなか骨が折れます。物理で折れたりする可能性もあります。
禁忌行為についてはあたしが教える側にならねばならないのですが、そのあたりの記憶もすぽーんっと抹消されていまして役立たずです。孫対応の甘々さなので最初から役に立たない可能性もありですけどね……。
それにしても地雷って。語彙に異界語が混じり始めてますよ……。この世界、まだ地雷ないと思いますし。
エリックは肩をすくめてからぱたんと本を閉じました。
「おかえり。もう五月だ」
何事もなかったように言われてしまいました。まあ、確かにおはようというよりただいまな気分なのでよいのですが……。
「ただいまです。雨はどうなりました?」
「昨日から晴れて、暑いくらいだ。明日には問題なく出立できると思う。
あと数日くらい逗留してもいいが」
「うっ。一日延泊しましょう。休息が必要です」
だって、温泉入ってない。なにも急いでいる旅ではありません。一応、次の宿泊先は手紙で予約しているので遅れるのも望ましくはありませんけどね。日程がずれる程度は元々含みおくのだそうですよ。そうは言っても予定より遅れた場合には、部屋がなくても文句を言えないのだそうです。
次はグルウなんですよ……。逃げたい避けたいでも逃げられないって感じです。
じっとエリックを見れば少しいじわるそうに笑っているのですが。
「全部師匠のツケにしたから、豪遊してもいいぞ」
「やめましょうよ……あとで取り立てがひどいですよ」
「その場合、払うのはアリカのほうだな」
あっさりと言われたんですけどっ!
「温泉、川魚、あとは天ぷらと言ったか。それから、山菜の類とキノコは瓶詰だそうだが」
エリックが恐ろしいことを言いだしていますよ。
なんということでしょう! たしかにここは旅館でした。
「特別メニューは炊き込みご飯、だそうだ」
「わかりました。茶碗蒸しも要求します」
豪遊することにします。ええ、どこかの来訪者の人ががっつりメニュー組んだんですね! ありがとうございます。
川魚。珍しいです。王都では海から運ばれた魚が時々出てくるようなのですけどね。王城でも食べたこともあります。残念な冷えたバターソテーの記憶が……。毒見って必要なくなるといいですよね。
そんなうきうきの昼食です。完全に特別メニュー尽くし。
「わぁ、塩焼き!」
新鮮な川魚とかこっちにきて初めてじゃないですか! シンプルな塩焼きもよいものです。うーん。醤油の開発、本気でしましょうかね。歴代の来訪者が挫折してきた伝説の醤油。
なお、茶碗蒸しはだしの代わりにコンソメ系だったので別物の何かに化けました。ちがうこれじゃない。
エリックは魚の骨が嫌だそうで、半分で挫折していました。まあ、めんどくさいというのはわかります。家族ですしと残した分はあたしがいただきましたけれど。白身魚は良いものです。サンマにはいつかお会いできるのでしょうか……。
「今度、海でも行くか」
「いきますっ」
想定を超えてうきうきなあたしにやや引いていたように見えたのですが、きっと気のせいですよ。
そんな楽しい昼食後、家族風呂で温泉を堪能しました。茹って呆れられたのは痛手です。終始呆れられている気がするんですけど。
ちょっとテンションが上振れしているのは自覚があります。あたしの一部がうきうきなんですから仕方ないですよね……。
シリアスな話から逃げ回っている感もあるのですけどね。夜に重苦しい話はしないほうが良いと思うのですが、楽しむほう優先でいきたいのです。
「優雅です」
湯上りにベッドで転がって、冷たい飲み物を時々飲んだり、おやつをつまんだりと自由に過ごしています。
「優雅というより堕落」
笑いを含んだ声が事実を指摘してきます。
その声の主はお隣で本を読んでいます。その横顔は過去とちょっと違うのですよね。無精ひげの有無というだけではなさそうなのだけど。
「どうした?」
「エリックってちょっと若返ってます?」
「は?」
「なんか、こう、子供であったことを差し引いてももうちょっと年上だったような?」
「ああ、それは魔法の使い過ぎ。最適の状態に体が引きずられる」
「普通、最適って若くないですか?」
「人による。俺の能力安定は30代くらいらしい」
「そこまで伸びしろがあるんですか……」
現在でも最盛期ではまだないと。それはそれで恐ろしいですが。
「で、魔法の使い過ぎってなんですか?」
そこはスルーしていいところじゃありませんよね。エリックはしまったと言いたげに軽く目を見開いていますけど。
話を聞けば聞くほどに、エオリア異聞のエリックって通常のエリックじゃないんだなってわかりますよ……。相当無理してたんです。この様子ではわかっててやったんでしょうけど。
「ユウリが」
エリックはそう言いかけて黙りました。続きは出てきませんね。ただ、ちょっと困ったように眉を下げられるのは解せません。
なんですか、やっぱり仲良しなんですか。妬ましい。
やはり一度きっちり絞めておくべきでしょう。ええ、温情ある対処なんてしませんよ。来訪者と英雄が喧嘩と巷でうわさされても構いません。困るのは別の人たちです。
「アリカはどこまで知っている?」
質問の意図が分かりませんでした。とりあえず、ゴロゴロタイムは終了してきちんと座っておくことにしました。
「この間まで戦争中だったことは、理解しているか?」
「それなら知っています。理解は難しいでしょうね。そういったものを肌で感じたことはありませんから」
人外やら異形との争いは別カウントでいきたいものです。
エリックは少し、言葉を選ぶのに苦労しているようでした。このあたりの共通概念はないんですよね。
そして、この件について彼から話してくれるのは初めてでした。
「国力に差があるから、場合によっては相手にある程度の領地をとられることもありえる、そういう状態だった。国が滅ぶほどに危機的ではなかったが、状況は芳しくなく、英雄の存在はある種、皆の支えだった」
「そのあたりはなんとなく、わかります。そこが崩れたらまずいのは」
ユウリのプレッシャーも半端なかったでしょうね。元々そう育ったわけでもないのに英雄様として精神的な支えも含めて対処するとか。
……まあ、天然ものの可能性も否めませんが。それでも圧はあると思いますよ。
「だから、争いが終わるまでは負傷しても、何か間違ってもいけない」
「……なんか無茶な話してません?」
現実に存在しないなら可能かもしれません。二次元というか本の中の英雄なら。本誌でもきっちり負傷し、間違った判断を悔いるところありましたよ。
つまりは、現実的じゃない。
「無理な幻想をどうにかしなければ、ある程度削られていただろうな」
「その幻想を維持するために、エリックは多少の無茶をしたとそういうことですか?」
「別に俺だけじゃない。本人もかなり無理をしていただろう」
「……そうでしょうけど」
その本人(ユウリ)は報いられて、エリックはどうなんだという話で。ただ、英雄のように扱われるのは面倒そうなので、避けたというのも否めないというか。
そもそもそんなのに付き合う必要もなかったのにと思うのはあたしが薄情なのでしょう。
納得いかずに難しい顔をしていたあたしを慰めるように頭を撫でられてしまいました。なぜですか。
「もうしない」
「そうしてください。あたしのためでもダメですよ?」
そこは念入りに釘を刺しておきましょう。エリックは苦笑してますけどね、やりそうで怖いんですよ。異界のそれも一部とは言え、神のようなものに喧嘩を売った前科があります。
「アリカもしないなら」
「わかりました。じゃあ、その時は、おあいこってことで」
手のひらをくるっと返したあたしにエリックは呆れたようでしたねっ! あたしが危ない状況ってものにならなければよいのです。ダブルスタンダード上等ですっ! あたしにとって常に例外条件はエリックなので。
それを理解したんでしょうね。きっと。
そのまま、なんとなく抱き寄せられて、あたしも無茶しないと約束するまで耳元でささやかれる拷問がありました……。
なんですか、傷つくと辛いとかそういう言い方! 卑怯なーっ! と身悶えましたよ。心の中で。外面は死守したと思います。たぶん。きっと。
何か漏れてるかもしれませんけど。
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