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小話 お手入れって!/打合せ

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お手入れって!

 地下の食糧庫に定期便が届くようになったのは雪も降り積もり、町への道も閉ざされて半月くらい過ぎたころからでした。冬支度をバタバタとしたので、準備が足りず仕方なしに受付さんに頼んでいます。まあ、受付さんも買い物を別の人に頼んでいるらしいので家族増えたという疑惑の眼差しを受けているそうです。
 週一で一人分よりは少ない量なので冬だからいっぱい食べたいんです、とごまかしましたとチベスナ顔でいわれました。
 大変申し訳ない気分になったのは言うまでもありません。

 そ、それはともかく、定期的に地下の食糧庫に荷物だけ置いて行かれています。向こう側の入口から一歩入ったところにぽつんと置かれています。ものだけ置いていくとあまり魔素も使わず、魔導師たちにも気づかれにくいとのことです。

 今日が予定日だったので、確認しに行けば予定通りありました。そのあたり受付さんはきちんとしてます。ゲイルさんに頼んだら時々忘れるでしょうね。リリーさんもちょっと怪しい。今はちょっと頼めない状況なのでどちらもない話ですけどね。
 エリックと地下から荷物をダイニングに持ってきて中身を確認します。

 基本的には食料品の一部補充といったところですが、多少の日常品も頼んだりしています。想定外に減ったりするものもあったりしまして。
 保湿クリームがすごい勢いで減っていくのです……。多少のカサカサも許さないと大変コストがかかるのですねと遠い目をしたくなりました。あたしは贅沢なもの好きじゃないから大丈夫と思ってましたが、現状維持に金のかかる女でした。

 そんなわけで追加で頼んだものを確認していたのですけど。
 見慣れない高級な瓶が入ってました。この世界において、透明な装飾されている瓶というのは高級品です。いろんなものが工場で量産はされつつあるようですが、それで作られるものとは一線を画しています。
 瓶の中身は液体のようで振るとちゃぷちゃぷ音がしています。あたしは注文してません。他に注文する人はエリックしかいないわけで。

「あの。これ、どうしたんですか?」

「ん? それは知らない。なんか手紙でも入ってないか?」

 おや? 高級品が謎の怪しい液体に変わりましたよ? すぐに手紙というかメモ書きを発見して謎は一瞬で溶けたように思えました。

 送り主はリリーさんで保湿用の化粧水みたいなものらしいです。どこにでも使えるというから試しに手に付けてみたらささくれもいなくなりました。あれ、地味に痛いんですよね。
 それどころか。

「なんか、恐ろしいくらいすべすべなんですけどっ!」

 思わず、エリックに手をみせてしました。面食らったような表情にやらかしたなと思いましたが、引けません。

「ほら、荒れた指先が一瞬で治ってます!」

「ふぅん?」

 確認するように手を取られ、指先が手の甲をするりと撫でられました。なんか、ぞわぞわしてきますね。触り方がエロいんですよと指摘すべきでしょうか。

「傷薬に近い美容品かなにかだと思う」

「傷薬そのものでは?」

「傷薬をさらに加工して、高く売りつけてるものだろうな。原因を何とかしないから一時的効果しかない。使い続けるか諦めるかというものだ」

「……おぅふ」

 えぐい。超高級保湿剤。肌質改善はしません。でも、一瞬で治ります。
 ……ここぞと言うときにばかりに使うものです。気軽に使うものではありません。

「でも、なんで今なんでしょう?」

「領主の館に滞在していたら、普通に使うからじゃないか?」

「お金持ちですね」

 貧乏性なので、町に行く前とかに使いましょう。日常用の保湿クリームはちゃんと入っていたので……。
 そう思っていたらまたしても頼んでないものが入っていました。

「あの、これ、なんです?」

 今度も瓶でした。二十㎝くらいの高さで細長い瓶にまたもや液体。大き目のジャム瓶みたいな感じですね。
 謎のものが多すぎませんか?

「それもなんか書いてなかったのか?」

「うーん。香油ですかね。こんな大きい瓶とは思いませんでした」

 開けてみると甘い匂いがします。髪につけてもよし、体のマッサージに使ってもよしのものらしいですよ。湯船に垂らしてもいいようです。
 ……でも、香油も高いんですよ。こんなたっぷりと用意するものでもないですし。
 惜しげもなく、使いなさいと言われているようで違和感があるんです。

「なんか、変じゃないですか?」

「なにが?」

 あれ? エリックがなんでびくっとしたんですかね? じっと見ればすいっと視線をそらされるほどの挙動不審。
 ……。
 なにか、劣化してますか。もしかして、お手入れ足りませんか? そういうこと!?
 言われてないけど、やっぱりカサカサしてるの?

「……。一週間ほど、一人で寝ますね」

「な、なんで」

「お手入れします。ええ、もう、ここぞとばかりに、念入りに」

 艶プルになるまで、おさわり禁止です。
 困惑しているエリックを残して、そのままお風呂で念入りにお手入れしましたよ。髪も艶さらになったので、地味に荒れていたと崩れ落ちそうになりました。
 なお、艶さらな髪になったらエリックに毎朝凝った髪型にされてしまうことになるとは思いませんでしたけど。

 この辺りの誤解が溶けるにはあと半月以上必要なのでした。




打合せ


「計画は順調なの?」

 急に呼び出されたと思えば、この話題だった。ディレイはため息を付きそうになる。
 今のリリーには体調の波があるから急な呼び出しは仕方ないが、今はその話はしたくなかった。

 アリカには秘密でと呼ばれた場所は魔導協会の地下だ。地下だけあって冷える。リリーを長居させればゲイルの機嫌が悪くなるだろうし、アリカも不審に思うだろう。
 仕事のちょっとしたものを魔導協会に取りに行くと出てきただけなのだから。

 彼は気が進まないままに口を開く。

「……誤解されて、落ち込まれた」

「なにをやらかしたの?」

「なにもしてない。この間の香油、あんなに用意するのが悪い。そんなに肌が荒れてるのかと涙目でお手入れすると宣言食らって、二週間、触らせてくれなかった」

 リリーは一瞬真顔になってから、ぷるぷると震えてうつむいていたが、あれは笑いをこらえている。笑い出した途端に帰ると言いだすと思っているに違いない。
 ディレイも用が残ってなければ、帰りたい。
 彼はリリーを放置して用意されていたポットから温かい飲み物を二人分注ぐ。付き合いはあるが、リリーとは仲がいいと思ったことはない。お互いの痛いところを的確に指摘しあうような状況によく陥る。

「ありがとう。
 それは災難ね。まあ、こっちの方はちゃんと手配したわよ。招待状もばらまいたし」

 笑いをようやくおさめてリリーは聞いていないことを言いだした。

「それは聞いてない」

「うん。演劇関係と出版社と歌うたいの有名どころに声かけておいたから。冬なのに、万難を排して出席しますと鼻息荒かったわ」

「だからなんで」

「世論を無視できないくらいにしておかないとさっさと始末されるわよ。
 この世界に一人だけ、誰もが欲しがる有用な人を手元に置いてる自覚を持ちなさいな。今、この国で一番、殺したい男なんだから」

「少しも嬉しくない」

「あら、近隣国も含めてと言わなかっただけ配慮したのだけど」

 楽し気に笑うリリーにそれ以上何か言う気は起きなかった。それは間違いなく存在する問題だ。排除するのが割に合わないと認識されるまで続くだろう。そのうちの一部は割に合わないと知っていても続ける。
 彼女がただの魔導師を選ぶことはよほどプライドが傷つくらしい。そういう手合いは、王族を選んだとしても僻みそうだと思うが。

「その件は、冬の間に目星をつけて圧力かける準備しておくから、楽しい話のほうをしましょ」

 リリーはぱちりと手を叩いて、軽くその話題を放り投げる。深刻さの欠片もなかった。
 もっともディレイにしても命を狙われるというのは元々想定していることなので、淡々と対処するくらいにしか思っていなかったが。
 魔導協会も来訪者の機嫌を損ねることは望まない。今までディレイには許可の出なかった資料への閲覧や門外不出と言われる魔道具を貸しだしてもよいと打診してきていた。代わりに本部へ一度、来るようにとも。もちろん、一人ではなくアリカもつれて、ということだ。
 あの魔窟に、と思うがその件は後回しだ。春先以降の予定はまだ立っていない。

 それ以前の予定がある。
 リリーは目の前に布を広げた。

「ベールは総レースで腰くらいまでにしたわ。見た目はいいけど長いと重いし頭痛くなるのよね。で、ドレスのほうだけど揉めた、というより今も揉めてるんだけどどうする?」

 以前、リリーが家に顔を出した時に粗方決めたはずの問題が戻ってきた。
 確か、デザイン画の時点で複数候補を出してあとは本人に選んでもらおうとそういう話だったはずだ。既にドレス自体はほぼ完成しているようだとは聞いていた。
 怪訝そうな表情のディレイにリリーはため息をつく。

「いやぁ、それが現役からかつて乙女まで、どうすべきか紛糾して最終的に新郎が選ぶのが一番いいという謎の結論に」

 リリーが疲れたように言っているので確かに揉めたらしい。
 暇なんだろうかと言ってはいけないだろう。最初は、こんな話ではなくて彼女の故郷の習慣に合わせた衣装で絵を描いてもらうつもりだった。
 いつか式をすることもあるかもしれないが、その時、故郷の家族が元気でいるとは限らない。今のうちに形を残しておくことが重要だと思ったのだ。

 記憶は薄れて、いつか、思い出せなくなってしまう。声も顔も優しかった手も、思い出すことができなくなる日がくる。それはひどく寂しいことだった。

「わたしはこれがおすすめ、といっておけとグレイに言われたの。
 まあ、趣味で言えばこっちね」

 ぴらりとリリーは小さな花が飾られる華やかなドレスの描かれたデザイン画を見せる。グレイがおすすめと言っていたものは、ふわりとした可愛らしいもの。

「どれを選んでも俺が恨まれるんじゃないか?」

「次の機会に話を持って行かなきゃね。外れたほうは王都での式典で作らせることにしようかしら。
 で、これでいいかしら」

「頷くだけの仕事なのか? これ」

「選んでよ。大枠はこっちで決めたんだから、最終決定」

 王都でも有名な仕立屋がこぞってだしてきただけあってどれも似合わないということはなさそうだから、どれを選んでも困りはしない。
 これから先は趣味の問題だ。特にないと言えば、リリーが主張したものに確定しそうな勢いだ。

 ディレイはため息をついて、一つ選ぶ。
 装飾もないただの白いドレス。上半身は体にぴったりとしているが、下はふんわりと広がっている。

 シンプルで良いということもあるが、露出がほとんどないというところがいい。
 あの白い柔らかい肌を誰にも見せたくはない。今回のような不特定多数が見るような場面では特に。
 そんな考えはおくびにも出さない。言えば、似合うかどうかで考えなさいと言われるに決まっている。

「……それ? こっちのほうが可愛いじゃない」

「これがいい。だいたい、冬で寒いということ忘れてるだろ」

 ディレイはしれっと別の理由を伝える。夏であったのならば、言いわけに苦労しただろうなと思う。

「あ。そうね。教会を温めても限界あるし。保温効果付け加えておくよう意見しておくわ。
 風邪をひかせちゃったらダメだもの」

 リリーはその理由はおかしいとは思わなかったらしい。他のデザインは胸元が開いているものが多い。最近の流行りということもあるが、胸元に宝飾品を飾る都合もあるらしい。注意しても留め金などが服に引っかかったりしてほつれることもあり、肌の上に直接つけるほうが安心であるようだ。

「リリーもな。体調は気をつけろよ。ゲイルがうるさい」

「そうねぇ。散歩もいけなくて困ってるのよ。どうにかしてくれない?」

「運動くらい必要だとは言っておくが、聞くか?」

「あれでもディレイの話はちょっとは聞くわ。あ、そうだ。アーテルに叱ってもらおう。そのうちゲイルを行かせるからよろしく」

 勝手にそう決めるとリリーは広げたものを片付ける。

「ばれないように気をつけなさいよ」

「薄々何かしていることは気がついているぞ」

「そこは全力でごまかして」

 ディレイは肩をすくめた。それならば、連絡は最後にしてもらいたいものだ。
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