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冬の間

ヤケ酒は計画的に。

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「フュリーは、魔導師の扱い方をわかってない」

「なぁによぉ」

 フラウはフュリーを女性用休憩室に閉じ込めるという悪事をしておきながら、さらっと戻ってきた。どこからか入手したのか酒瓶とつまみ付きで。
 食って掛かるフュリーをいなして、さっさと酒を用意していた。興味のないことは何もできないと思っていたが、やらないだけなのだと知った。
 フラウも兄弟弟子だからとディレイに甘えに甘えまくっていたが、今はどんな気持ちなんだろうか。

 フュリーとディレイの初対面は最悪だった。それだけではなく、憎悪に近いものを長く持っていたような気がする。思い返せば八つ当たりに過ぎないそれ。
 どうして、兄ではなく、彼が生きているのかと。たかが魔導師の一人と兄は比べる対象にすらなかった。領地を継いで、みんなを幸せにするのだと決めていた兄と。あちこちふらふらするだけの魔導師。
 どちらが大事かなんてすぐにわかるはずなのに。
 そう思っていた。

 ディレイはフュリーが何か言えば、少し困ったように見てくることが多かった。会話をしないわけでもないが、さらりと受け流しているように思えて腹が立った。
 焦ったような態度を見せず、困った状況でも余裕があるように笑った。周りに言われても煙草をやめなかったり、気まぐれでどこかに消えたりもしたが皆に頼られていたようにも見えた。
 特にユウリが気にかけていたように思う。

 いつしか、気になって目線が追いかけていた。強くて、優しい人だと思っていた。ちょっとは気に留めてくれていると思いあがっていたのだと思い知らされた。
 誰かに、守られたいと無意識に望んでいたことに気がついてしまった。

 そう、確かにあの時も思ったのに。
 フュリーはぐいっとあおって杯を空けた。三杯目はいつものペースを超過している。頭がくらくらしてきている気がした。
 それくらいじゃないと泣き叫びそうな気がしている。
 これは二度目の敗北だ。明らかに、優越感に満ちた笑みで来訪者は笑った。これはあたしのと言わずとも皆に知らしめるように。

 苦々しいものを飲み下し、どうにかフラウに言われていた部屋で待っていたのだがいくら待っても来なかった。気がつけば外への扉は外側から鍵がかかっていた。せっかくのチャンスを潰した落胆していれば、フラウがひょっこり現れた次第だ。
 ヤケ酒をしたい。淑女はもうおしまい。

「ほんと、なんで、好きの一言も言えなかったの。私」

 絡み酒に移行しそうなフュリーへフラウは冷たい視線を向けていた。

「打算なき好意に即落ち。落とした後がめんどくさいといわれる魔導師を落とせないってどうなの?」

 恋する魔導師がめんどくさいのは数々の逸話に残っている。それこそ、子供のころに読む童話になるくらいにはバリエーションもそろっていた。その執着、独占欲がものすごい。
 そのくせ、相手の心変わりを許さない。ただの一度も。

 フュリーもそれは知っていたが、いろいろ気がつくのが遅かっただけだ。取り返しがつかないとは思っていなかったけれど。
 戦争が終わったらと思ったら、いなくなっていた。行方は誰も知らなかった。ということになっていたようだ。数日前に問い詰めて、しってたよとユウリに言われたときには肩を揺さぶってやったのだ。ローゼが止めなければそれ以上何かしてしまったかもしれない。

「フラウはいいの?」

「あれは無理。それに、戻ってきたならいい」

「……は?」

「ん?」

 ふたりは顔を見合わせた。
 今、フラウは変なことを言った。誰が、戻ってきたというのだろうか?

 フラウは首をかしげているが、答えは出ないようだ。あの来訪者は初めてきたはずだ。異世界間の移動は普通はできないと聞く。それは戻れもしないということだ。

「よくわからない。
 まあ、それは置いといてフュリーも余計なことを考えず、大人しくするといい。今度は、ディレイも黙ってない」

「フラウはなにかしないの?」

「なにかしたら破門。そんな圧力を感じる。師匠が気に入ったらしい。今後、今まで使えなかった魔法の試し打ちさせるために山を買ったくらい。本気。これで、来訪者が国外に出ていかれたら恨まれるどころじゃない」

 ため息交じりにフラウはそう言う。しかし、フュリーの知っているフラウはその程度をものともしなかったように思える。
 本気で妨害する気はないようだ。

「害意を知っていて、放置しても同様。場合により、事後承諾で、国外追放する」

「よほど大事なのね」

「大事、というのも違う。これは契約。庇護下に置く代わりに、知識を提供、あるいは願いを聞いてもらう。そういう約束。感情論ではない」

 フュリーの主張が感情論であると指摘しているようだった。
 いや、たぶん。

「警告?」

「最終通告。顔見知りのよしみで、待っている」

「領地に帰って戻らないわ。それでいい?」

「ん。継承権については、リリーにもユウリにも言っておく。期待はしないで」

「交換条件にしたつもりはないんだけど」

「私にはあんな面倒なことをしたがる気持ちがわからない」

「フラウはどこの生まれ?」

「魔導師は魔導師。他に生きようがない。とても、楽しい」

 フラウが気負いなく、楽しいということがフュリーにはうらやましかった。

「確かに女は余計な知恵をつけずに嫁ぐことが幸せと言う世界とは違うわね」

「それと、魔導師についての忠告。
 魔導師の本気を舐めないでほしい。嫌だといおうが溺愛される覚悟ある? 執念深く何年も罠を巡らせて、手に落ちてくるのを待てるのが魔導師。心底めんどくさい」

 嫌そうにフラウは言っているが、彼女も魔導師である。つまりは、フラウの本気もそうだということだ。

「……ユウリは本気じゃなかったの?」

「私だけのものにならない浮気者はいらない」

 ぷっと頬を膨らませる魔導師はやけに子供っぽい。いや、元々、人形めいた感じはあったが中身は幼げでもあった。
 年上とは思えないと感じたことも多い。

「ローゼが本命で、他は興味ないように見えたんだけど」

「大人の魅力がわからないなんて、可哀そう」

 それがフラウの本音なのか強がりなのかはわからなかった。あるいは、ただの冗談かもしれない。
 その後の記憶は定かではない。酔い潰されて馬車に送り込まれてしまったからだ。フュリーは二日酔いの頭痛を抱えながらの帰郷となった。

「ぜんっぜん待ってないじゃない!」

 フュリーはわめいてからあまりの頭痛につっぷした。

 フラウがいれば、リリーからどうにか庇ってやった恩を感じるがいいと胸を張ったことだろう。事もなげに国外追放で良くない? と言いだしていたのだから。
 いい男を紹介しろなどとポケットに手紙が入っていて、脱力したのはそれからほどなくのことだった。
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