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眠り姫

帰宅します。1

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 久しぶりの体はひどく重くて、瞼を持ち上げるのすら苦労しました。
 とても近い金茶色の瞳が心配そうで少し心が痛みます。

「おはようございます」

「よく眠れた?」

 そうエリックはからかうように言うけれど、ほっとしたような表情が裏切ってますね。
 ほかの誰も起こすことなんてできないのに。

「十分に。起こしてくださいな」

 甘えるように手を差し出します。エリックは仕方ないと言いたげで、でも、緩んだ口元は嫌がってないのは知ってるんですよ?
 冷たい指先が触れて、思うより強い力で引っ張られました。上半身を起こしただけなのにふらつく感じがします。それに気が付いたのか慌てたように支えられてちょっと笑ってしまいました。

「大丈夫、ありがとう」

「もう少し休んでろ」

 頬を撫でる手がちょっとくすぐったい気がします。やはり触られる感覚が違うので久しぶりのものにほっとしたのは確かなんです。

「寂しかった」

 ほっとした結果、思わずこぼれた言葉に慌てました。連夜強襲してそれってどうなのだといいたいですよね! そうじゃないんですよ。今までの蓄積分がいかんのですと言い訳したい。
 しかし、返答はありませんでした。
 なぜか無言で見られると威圧感があります。言葉のチョイスを間違えた気がします。

「帰る」

「え?」

 簡潔すぎて理解できないんですけど。そういう話じゃなかったはずですし。
 さすがに何日も飲まず食わずなので、この後は診断と魔法の影響がないか調べたり一日くらいは療養したりするはずでしたよ?

 あっけにとられている間に抱き上げられちゃったんですけど。
 ……ひっそり身体強化されたのは、微妙に傷つくというか。

 あれ?
 さらに物騒な旋律が聞こえてきてるんですけど? な、なにを口ずさんだんですか?

「転移(ジエテ)」

 長距離の移動ではありませんでした。部屋の入口まで、連れ去られましたね。あれ? あれ?

 え? 皆さま、それどころじゃない? うん、宰相がなにかわめいてますねー。そっちに注意それてますか。
 そうですよね。まさかの行動ですものねー。

 そして、ここで悲鳴の一つも上げれば悪いのはエリックになってしまう現状、本人を止めるくらいしかできることがないのですが……。

 あ。みたいな顔をしたリリーさんと目があったんですけど、助けを求めるより先にもう一回、転移されてしまいました。
 廊下に急に現れたあたしたちに周りの人はぎょっとしているようです。それも全く気に留めず、どこかに歩いて行ってるんですけど。

「どこに行くんです?」

 ちらっと視線を落とされて、無視されました。
 冷静さなんてどこにもありませんね……。

 これまでの段取りが無駄にされそうなこれは許容できません。とはいってもあたしができることといえば。

「これはまずいですよ? あとちょっとで済みますって」

 どうにか耳元でささやいてみるくらいでしょうか。

「冬中の楽しみなくなりますよ。お目付け役在中の生活とか嫌です」

 む。こういうアプローチではダメということですか。特に反応はありません。

「……その、好きです」

 幸い、三歩ほど歩いたところでエリックはぴたっと止まりました。
 代わりに視線が向いたのですが、恥ずかしいので表情を観察するのやめていただきたいのです。うつむいちゃいますよ。それに待たれても続きはありません。そんなの二人きりでもハードルが高すぎて、下くぐっちゃう? というやつです。

「ものすごくお腹すいたので、なにか食べたいです」

 沈黙に耐えかねてそういえば、空気を読んだお腹がきゅーと鳴きだします。エリックに深いため息をつかれましたね。

「わかった」

 聞く耳を持ってくれたのはいいんですけど、厨房に直はどうかなって思いますよ?



「どうもすみません」

 現在、騒然とする厨房で野菜スープをいただいております。優しいお味が素敵です。体に染み渡りますね。
 どこかから持ってきた椅子とテーブルが違和感ありまくりです。もっとも一番の違和感のもとはあたしたちなわけですけど。

「いえ、その、いいんですか?」

 こそっと料理長に言われました。

「よくないので、誰か知らせてくれるとありがたいです」

「すぐに誰か来る」

 つまらなそうにエリックが言っていた通り、誰かはきました。

「ディレイ、そういうのやめなよ」

 笑いをこらえたようなユウリが。
 背後にはぜはぜはと息を乱したローゼがついてきましたけど。身体能力の差でしょうか。転移がメジャーでない世界ですので、魔導師がやってくるのはもうちょっとあとでしょうか。

 まあ、さらに厨房が騒然としたのは言うまでもないですね……。
 その、本当にごめんなさい。料理長が眉を下げたまま首を横に振ってます。今日の夕食はきっと遅れますねー。
 現実から逃避したい。

「アーテルちゃんも止めなきゃ」

「助けを求めたり、やめてとか言った瞬間にさらっと悪役振られそうで言えませんよ」

「あー、そーねー」

 ユウリも遠い目してますね。ローゼは何も言っていませんが、苦い表情です。なんかあったんでしょうね。

「それ食べたら、診察だってちっちゃい先生が言ってたよ。
 で、魔導師を抑えるには僕くらいじゃないとってお目付け役になったからよろしく」

 保護者、ユウリですか。
 今までと逆のような。

「それから、あの二人もそのまま護衛としてついてくるってさ。まあ、頑張れ」

 ……そ、それは断りたいですね。
 エリックは片眉をあげて、それから少しだけ笑みを浮かべたんですが。
 その顔、見たことある。
 ユウリの表情が引きつってます。ローゼも、あ、みたいな顔で。

「折るのは心だけにしておいてほしいんだけど」

「相手次第だな」

 副音声で場合によっては殲滅。と聞こえたのは気のせいですよね。きっとそう。
 ティルスとシュリーのほうが心配になってきました。いろいろ思うところはありますが、そこまでされるとちょっと……。
 
「無駄だと思うけど、釘差しとこ」

 ぼそぼそとユウリが述べていますが、ローゼは首を横に振ってます。
 誰も聞く耳持たず、ですかね?
 面倒なので、見せつければよいのでしょうか。普通にしているつもりでいちゃつくなと言われていたので、きっと勝手に撃沈してくれるでしょう。

「ごちそうさまでした」

 もうちょっと食べたい気もしましたけど、これ以上お邪魔するのは申し訳ないです。
 普通に歩こうかと立ち上がったところで、ふらついてもう一回抱き上げられるトラブルもありましたがなんとか厨房は脱出しました。
 どよめきが、すごく、恥ずかしかったんですよね……。

 くっ、こんな状況でなければ、顔が近いとか温度がとか、ドキドキイベントのはず。別な意味でドキドキしてますけど。
 変なフラグたってない?

「そいうえば、ユウリ、後でお話ききたいんですよね」

「ん? なぁに?」

 きょとんとした顔なので、あたしに何をしたのか覚えてないみたいですよ? あるいは悪いとも思ってないんでしょう。

「眠り姫」

「あ」

 さっと青ざめたのはなぜでしょうね? 露骨に距離をとれました。

「逃げないでくださいね?」

「諦めなさい」

 あたしが釘を刺せば、ローゼも追い打ちをかけます。味方がいないと愕然としてますけど、仕方ないでしょう。

 うなだれたユウリに案内されたのは以前滞在していた部屋でした。そのまま残されていたようです。
 逃がさないよ、という意思を感じてしまうのは自意識過剰なんでしょうかね?

 で。こっちにはいたわけですよ。
 大変お怒りのリリーさんが。それを見たエリックがちょっとびくっとしたくらいお怒りです。

「運んだら、説教ね?」

「……はい」

 ものすごく珍しいものを見た気がしました。
 素直に、はい、って。聞いたことないです。心配になってエリックを見上げれば、困ったような顔ですね。
 あるいは、ちょっと情けないような。

 寝室に連れていかれたのですが、そこにはうきうきしたヒューイさんが待ち構えていました……。
 寝室にはローゼだけが残り、他の人は別室に追い出されてます。鮮やかなお手並みですよね。ごねそうなエリックが大人しいのはお怒りのリリーさんがいるからでしょうけど。
 子供なら耳引っ張られて連れていかれそうなそんな雰囲気すらします。大丈夫でしょうか。

 心配になって扉を見ていましたが、なにが変わるわけでもありません。

「前に診察していたから、魔法展開前後の情報が取れるなんてっ!」

 ぶれませんね。むしろ自分の心配をしたほうが良いのではないでしょうか。冷や汗がでてきますね……。
 さくっと身ぐるみはがされての診察は、順調に終了しました。ひゃあとかにゃーとかうぎゃーとか言いながら、でしたけど。途中にうふふふとふはははと怪しい笑いのヒューイさんが挟まります。
 助手を任命されたローゼがこき使われてましたね。自力で脱げない服なので申し訳ない。
 とってもご機嫌のヒューイさんが言い渡したのは三日間の静養でした。
 魔素が激減していて日常にすら支障をきたすということです。最低でも一日は絶対安静。その後は応相談と言ってました。

 面会謝絶のお知らせでも出したほうが良いでしょうか。

 大変残念ですが、今の状態のエリックに会うわけには行かない気がします。ものすごく残念ですが。
 紙装甲も種類がありましてね、いまのあたしは水にぬれたティッシュレベルです。触ったらもうおしまい。
 薄っぺらくとも昔はコピー用紙くらいはあった気がします。
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