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眠り姫
起こしにきてください3
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「……行ったか」
「少なくとも気配はありませんね」
ゲイルがあたりをきょろきょろと見回しているところが妙におかしい。使い込んだ杖を手元に寄せたウェイクもしっかり確認している。
「もういない」
エリックがそう言えばほっとしたように息を吐いていた。体のそばを離れるのは望ましくないが、それだけでもないだろう。
「それで?」
「ん?」
「本人の前で言いたくないことがあったんだろう?」
ゲイルは気まずそうに頭をかいていた。ウェイクはお茶もう一杯入れてきますねーと露骨に逃げていく。あ、おまえっと言い出しているところを見ると相当言い難いことらしい。
「知らせを伝えてきたのはフラウで、今もフェザーの町にいる。
おまえら紹介してないとかどうなんだ?」
「……必要ないだろ」
「それから、その指輪の相手、誰なのっ! とか肩をつかんで揺さぶられた。いやー、久しぶりにされたわ。全力ではぐらかした俺を褒めるといい」
「それは悪かった」
エリックのまったく悪びれていない態度にゲイルがため息をつく。
彼にしてみればフラウは以前のような振舞いをしているだけで、そこに特別な意味を感じない。あるいはあったとしても相手をする気もなかった。
そっと冷たい感触の指輪に触れる。
「……ところで。アーテルの前で聞くのも何かと思ったんだが、沈静(ヴィー)いくつ重ね掛けしてんだ?」
「二つ」
強制的に感情を抑える呪式は暴徒やあるいは軍内で使用されることはあるが、あまり自分で使うものではない。抑えるというより丁寧に切り離されているようなものは解除後に反動がある。あまり使いたいものではないが、アリカを怖がらせるよりはましだろう。
ほんの僅かな殺気ですらびくついていたのだから。
「もっとつけてない?」
「最近、魔法の影響が強すぎる。武装の影響の相殺分」
「少しも冷静じゃないな」
「当たり前だ。どこが、大丈夫、なんだ」
縁談だけでも気に入らないのに、断っても話を聞く気がないともなれば怒りさえ覚えた。相手の意思を無視するにもほどがある。
アリカは一日くらいは、と思っただろうが可能な限り付け込んで日数を伸ばすのが目に見えている。
もっともそれを実行しようとしたが場合、ばっさりと切り捨てて行きそうな気はする。
そして、二度と甘い顔はしないだろう。
「ある意味、大丈夫なんだよな。本人を害するような真似はしない。
縁談だって保護したいという善意。この世界のことが分からないでしょうから、私たちが導いてあげますというのもお節介ではあるけどな」
「意思を無視して、話も聞かずに善意ね」
「そもそも若い娘に考えなんかあると思ってないんじゃないか。贅沢させときゃ鳥かごの中にいると。甘いよなぁ。過去の事例から言って、その気になりゃ建国しちゃうような来訪者だぞ。俺はアーテルがブチ切れて魔法の制御不能に陥って王都が焼ける心配をしてる」
「自業自得だろ」
「まあ、あれだ、ざまぁってやつかもしれないが、俺も家族もいるから滅びると困る。
ぜひとも何事もなかったように破滅的ななにかは回避したい。本人も個人には恨みを持つかもしれないが、滅びよとまでは考えてないのは幸いなんだが……」
ゲイルは重々しいため息をつく。もの言いたげに見られた意図はよくわからなかった。
「魔導協会としては、婚約済みであると公表するつもりはあるそうだ。つまり、相手が四の五の言ってきたら擁護するということだな。
教会は静観するが、国外に逃げるなら手助けはするそうだ。代わりに聖地巡礼しろと。
陛下はリリーに平謝りしてたそうだ。あそこも今は立場が弱いから止め難かったんだろう。
それと今回の件は議会は関わってないと言い出したそうだ。逆になにか後ろ暗いことはあったかもしれない」
気を取り直したゲイルが各組織の動向について話始める。
そのころには新しくお茶を入れなおしたウェイクが戻ってきた。人数分新しく入れてくる程度には余裕がある。人の家で何するんだとは思うが、言ったところで個人宅ではありませんしとのらりくらりと言い出すに決まっている。
「これ自体は貴族たちの暴走というところで処理するだろう。
王家がお得な話だろうな。
で、問題の眠り姫なんだが」
「起こせばいいんだろ」
さっさと行って連れ帰るくらい難しくはない。政治的なところはほかの誰かに任せたい。元々それが仕事の者がいるのだから。
しかし、ゲイルは言い難そうに唸っている。
「まーなんつーかーそのー」
「……後回しでいいじゃないですか」
「そうだな」
こそこそと話されることに嫌な予感しかしない。
「言え」
「……よく考えてみろ。
好きな人以外は嫌だと眠ったなんて物語みたいじゃないか。それで起こす誰かに注目されないと思うか? 悪の魔導師なんて言われない程度には見た目を繕っとかないとまずい」
「……わかるが、わかりたくない」
他人事の気楽さから笑うゲイルを睨むが全く気にした風でもない。
武装を強化すると善良さよりも禍々しさが増す。完全武装したらどこの悪役だといいたくなるようなものだ。
かっこいい、などと呟いていたアリカの方がおかしい。
「まあ、ちょっと恥ずかしいだけですよ。世論を味方につけるためには多少の演出は必要です」
「アーテルが惚れなおすかもよ?」
思わず了承して後悔したのはもう少し先のことだった。
「少なくとも気配はありませんね」
ゲイルがあたりをきょろきょろと見回しているところが妙におかしい。使い込んだ杖を手元に寄せたウェイクもしっかり確認している。
「もういない」
エリックがそう言えばほっとしたように息を吐いていた。体のそばを離れるのは望ましくないが、それだけでもないだろう。
「それで?」
「ん?」
「本人の前で言いたくないことがあったんだろう?」
ゲイルは気まずそうに頭をかいていた。ウェイクはお茶もう一杯入れてきますねーと露骨に逃げていく。あ、おまえっと言い出しているところを見ると相当言い難いことらしい。
「知らせを伝えてきたのはフラウで、今もフェザーの町にいる。
おまえら紹介してないとかどうなんだ?」
「……必要ないだろ」
「それから、その指輪の相手、誰なのっ! とか肩をつかんで揺さぶられた。いやー、久しぶりにされたわ。全力ではぐらかした俺を褒めるといい」
「それは悪かった」
エリックのまったく悪びれていない態度にゲイルがため息をつく。
彼にしてみればフラウは以前のような振舞いをしているだけで、そこに特別な意味を感じない。あるいはあったとしても相手をする気もなかった。
そっと冷たい感触の指輪に触れる。
「……ところで。アーテルの前で聞くのも何かと思ったんだが、沈静(ヴィー)いくつ重ね掛けしてんだ?」
「二つ」
強制的に感情を抑える呪式は暴徒やあるいは軍内で使用されることはあるが、あまり自分で使うものではない。抑えるというより丁寧に切り離されているようなものは解除後に反動がある。あまり使いたいものではないが、アリカを怖がらせるよりはましだろう。
ほんの僅かな殺気ですらびくついていたのだから。
「もっとつけてない?」
「最近、魔法の影響が強すぎる。武装の影響の相殺分」
「少しも冷静じゃないな」
「当たり前だ。どこが、大丈夫、なんだ」
縁談だけでも気に入らないのに、断っても話を聞く気がないともなれば怒りさえ覚えた。相手の意思を無視するにもほどがある。
アリカは一日くらいは、と思っただろうが可能な限り付け込んで日数を伸ばすのが目に見えている。
もっともそれを実行しようとしたが場合、ばっさりと切り捨てて行きそうな気はする。
そして、二度と甘い顔はしないだろう。
「ある意味、大丈夫なんだよな。本人を害するような真似はしない。
縁談だって保護したいという善意。この世界のことが分からないでしょうから、私たちが導いてあげますというのもお節介ではあるけどな」
「意思を無視して、話も聞かずに善意ね」
「そもそも若い娘に考えなんかあると思ってないんじゃないか。贅沢させときゃ鳥かごの中にいると。甘いよなぁ。過去の事例から言って、その気になりゃ建国しちゃうような来訪者だぞ。俺はアーテルがブチ切れて魔法の制御不能に陥って王都が焼ける心配をしてる」
「自業自得だろ」
「まあ、あれだ、ざまぁってやつかもしれないが、俺も家族もいるから滅びると困る。
ぜひとも何事もなかったように破滅的ななにかは回避したい。本人も個人には恨みを持つかもしれないが、滅びよとまでは考えてないのは幸いなんだが……」
ゲイルは重々しいため息をつく。もの言いたげに見られた意図はよくわからなかった。
「魔導協会としては、婚約済みであると公表するつもりはあるそうだ。つまり、相手が四の五の言ってきたら擁護するということだな。
教会は静観するが、国外に逃げるなら手助けはするそうだ。代わりに聖地巡礼しろと。
陛下はリリーに平謝りしてたそうだ。あそこも今は立場が弱いから止め難かったんだろう。
それと今回の件は議会は関わってないと言い出したそうだ。逆になにか後ろ暗いことはあったかもしれない」
気を取り直したゲイルが各組織の動向について話始める。
そのころには新しくお茶を入れなおしたウェイクが戻ってきた。人数分新しく入れてくる程度には余裕がある。人の家で何するんだとは思うが、言ったところで個人宅ではありませんしとのらりくらりと言い出すに決まっている。
「これ自体は貴族たちの暴走というところで処理するだろう。
王家がお得な話だろうな。
で、問題の眠り姫なんだが」
「起こせばいいんだろ」
さっさと行って連れ帰るくらい難しくはない。政治的なところはほかの誰かに任せたい。元々それが仕事の者がいるのだから。
しかし、ゲイルは言い難そうに唸っている。
「まーなんつーかーそのー」
「……後回しでいいじゃないですか」
「そうだな」
こそこそと話されることに嫌な予感しかしない。
「言え」
「……よく考えてみろ。
好きな人以外は嫌だと眠ったなんて物語みたいじゃないか。それで起こす誰かに注目されないと思うか? 悪の魔導師なんて言われない程度には見た目を繕っとかないとまずい」
「……わかるが、わかりたくない」
他人事の気楽さから笑うゲイルを睨むが全く気にした風でもない。
武装を強化すると善良さよりも禍々しさが増す。完全武装したらどこの悪役だといいたくなるようなものだ。
かっこいい、などと呟いていたアリカの方がおかしい。
「まあ、ちょっと恥ずかしいだけですよ。世論を味方につけるためには多少の演出は必要です」
「アーテルが惚れなおすかもよ?」
思わず了承して後悔したのはもう少し先のことだった。
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