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探偵と助手と客寄せパンダ
しおりを挟むピクニックは表面上、何事もなくお開きになった翌日の74日目。
早朝からお医者さんたるヒューイさんが来て身体検査されました。な、なにごと!? と思ったんですが、なんでも昨日、毒だの薬だの混入事件が起きていたそうです。
ひどい惚れ薬が入っていたので、厨房が騒然したとか。
……大変申し訳ないのですが、助かったとかしか言いようがありません。
そのため、あたしも念のため検査となりました。一日置いたのは様子見も兼ねていたと言われると微妙なきもちです。だって、なにか、昨夜のリリーさんがとても優しかったからっ!
なお、カリナさんは昨夜は教会に拉致されました。今日もまだ帰ってないのです。変な縁談とかつっこまれてないといいんですけど……。
ローゼは夜間の見張りという大事なお仕事があるので、昼間はゆっくりしてもらう事に決まっておりまして、今は夢の中です。昼間の護衛という点では、外の二人で十分だろうという判断のもとですが。お留守番も兼ねています。
これから厨房で調査をするということですが、表立っていけないのであたしを隠れ蓑にしたいとのこと。まあ、確かに縁もゆかりもない魔導師が厨房に突入って怪しいです。
捜査権限とかどうなってるのか聞けば、王家とは別で調べることを許されたとか。ただし秘密で。
あたしは昨日の料理を褒めに行く&料理長が不調のお見舞いという大義名分を用意して、朝食後の移動となりました。なお、不意打ちです。
昨日に続き、今日も厨房は大変そうですね。
原因の食べ物たちについては食べかけを確保したりして、だいたい保全されているそうです。毒物や薬の特定は厨房の調査が終わったあとにするようです。
本来は昨日のうちに厨房も調査したかったらしいですけど、操作の都合上、詳細が判明するまで伏せるとか。
この情報を漏らすと解雇程度では済まないそうなので、厨房から漏れる恐れはないそうですよ。
ちょいちょい物騒なんですよね。
さて、朝食後、汚れても良いワンピースに着替えてお出かけです。
エプロンも暇な時に書きためていたレシピも準備しました。肩掛けの鞄に詰め込みます。
その隙間にローゼにどこいくの? 気をつけてねと寝ぼけた声での反応がありました。カリナさんやリリーさんにはない反応速度。とても大事。
ゆっくり休んでくださいと言えば、ひらひらと手が振られます。ずいぶんと気安くなった気がしますね。いいことです。
「なにするの?」
そんな風に荷物を用意していたらさすがにリリーさんに問われました。困惑となにやらかすの? というのとの中間の視線ですね。
「ついでに、焼き菓子でも焼こうかと。あたしはスポンジケーキが食べたいのです」
秋を通り越えてモンブランを食べ損ねた事に気がついたんですよっ! 昨日、栗の甘露煮みたいなものが混じったクリームがあったので、栗があるのはたしかなのです。
「すぽんじけーき?」
「おいしいんですけど、計量をミスると大変な謎物体になるという代物です……。はかりくらいありますよね?」
「さあ? 私に料理のこと聞かないで」
そうでしたね。ちかくでヒューイさんが興味津々に話を聞いていました。なにを思ったかかばんをごそごそとさぐって、ずいっとなにかを差し出されます。
「最新! なんと、容器の重さを除外出来る!」
はかりらしいです。小型ですが、それにしたって片手にはあまる四面体です。
ヒューイさんはドヤ顔です。そういえば、この世界のはかりってまだ見てないような気がします。市場の量り売りみたいなのは、重さと言うよりカゴ単位だったり、個数単位だったので。
ゲイルさんの家にも、そういえばありませんでした。
「貸すからすぽんじけーき、けーき」
見知らぬところで餌付けしてしまいましたよ?
とてもうきうきしたヒューイさんによれば、なんでも世の中には、来訪者レシピ集なる読み物があるとか。見習いの時に読んで、以来愛読書なんだそうです。作るに至らないのはなぜなのかと思います。レシピ集とは名ばかりの詳細レシピなしの読み物らしいですよ。
そのなかにスポンジケーキにジャムを挟んで作るケーキがあったそうな。あたしにはシンプルに思えましたが、黄金のケーキのように思えたのだとか。
確かに黄色いですけどね。
そんな話をしながら、部屋の外に出ます。
今日も今日とてティルスかと思えば、少々気が思いのです。
外にティルスは、いないようです。シュリーが一人でいました。本来は二人でということなのですが、代わりの相棒がいるわけではないようです。
なにか別の用事で今いないといったところでしょうか。
あれでしょうか。急な医者の襲来で、色んなところに知らせをしているのかもしれません。ティルスが残っている方が、どこかには行きやすかったのですけど……。
「どちらに行かれるのですか?」
困惑したように問われました。まあ、確かに午前中にどこかに行くようなことはなかったのですよね。
だいたい、寝込むか昼過ぎに用があるかしたので。
「厨房に行ってから魔動車研究所。異界の話をするって約束していたのよ。陛下も承知されているわよ。なにか、進展が見込めるのではないかって」
「厨房ですか?」
「昨日のことで、ちょっと。料理長が調子悪いらしいって話をしたら、無理させたのかなぁって気に病んじゃって。ちょっと様子を覗いてくるだけ」
シュリーはちらっとヒューイさんに視線を向けて、納得はしたようです。護衛をしている都合上、昨日のことも知ってはいたようです。
ちなみにあたしはなにも知らない設定です。
こちらですと特に問題なく案内してくれました。
厨房は、一階の端にありました。Hのちょうど右上側と言いますか。ここから中庭まで料理運ぶの大変そうですね。
給仕をした人たちにもねぎらいは必要ではないでしょうか?
ピクニックなんて話しになったのはあたしが発端なわけですから。
厨房を覗けば朝食第一弾終了後で、厨房の人たちの朝食タイムでした。
「おはようございます」
シュリーが先になにか言い出しそうだったので制して、何食わぬ顔で、ご挨拶してみました。
誰、みたいな視線を向けられましたね。さすがにここまで顔は売れてないですか。噂の料理長はどこなんでしょうね。
「食事になにか文句でもつけられたのかい?」
一番近くに居た男性にそう声をかけられます。普通すぎるワンピース姿に使用人と間違われている疑惑。
シュリーやリリーさんを不審そうに見ているので、変とは思っているようですけど。なお、小柄なヒューイさんは視界外の模様。一般男性とでも頭一つ分くらい違うんですよね。ちっちゃい。かわいい。
「いいえ。いつもおいしいものをありがとうございます。出来れば温かいもの食べたいですけど」
冷えているとも言えない微妙な温度が、おいしさを損なっている気がします。いっそ冷たいなら冷たいでいいんですけどね……。ぬるいというのはいけません。
「料理長は、おいでですか?」
「寝込んでるよ。可愛そうに。責任とるとかなんとか言われて」
……そういう話になったんですか。薬のせいとはいえ、大変な目にあってますね。被害者なのに。
というか相手の方、女性だったんですか。男同士というのもどうなのだろうかと思ってたんですけど。なんでも厨房の見習いというのは男性のお仕事らしいので。
「あ、あのっ! 呼んできましょうか」
「大丈夫です。じゃあ、今日の責任者のかたは?」
「……あれ? 嬢ちゃん。黒い? シュリー様?」
なんか、気がつかれましたね。がたっと皆が立ち上がり、騒然となっております。
きょとんとした顔でことの成り行きを見守るあたしは悪い子ですけど。
なにやら、席を用意されて座ってます。
妙に静まりかえっていて、その上、目の前には気の良さそうなおっちゃんと人相の悪いおじさんの二人組がおります。副料理長なんだそうですよ。
「昨日はおいしい料理やお菓子をありがとうございます。あんなに用意するの大変だったのではないかと、直接お礼をと思ったのですが、ちょっと大事になってしまいましたね」
反省してますという態度が大事です。下手に出ます。
困った感じでおっさんずは顔を見あわせてます。ええ、何か言うのを押しつけあってるんですよね。わがままVIPはこまりますものね。
わかっててやりますけど。
「いつも通り、手紙でお知らせいただければ皆わかります。おいでにならなくても。せめて事前に連絡を」
気の良さそうなおっちゃんが押しつけられたようです。眉を下げて困ってます感がましましです。
「はい。次はそうします。料理長は大丈夫ですか? お見舞いでも」
「や、やめてあげてください。お気持ちだけで十分です」
「そうですか。では、お大事にとお伝えください」
さて、こんなやりとりをしている後ろで、ヒューイさんがさらっとあちこちを調べています。昨日から片付けをしないというわけにもいかないので、痕跡はあまり残っていないと思うのですが。
特殊な薬に反応する薬剤とかもあるそうです。特別製の眼鏡をかけてあちこちをふんふんと開けたり質問したりと忙しそうです。
良い目くらましになっているといいんですけどね。
なにかの探偵もののようでちょっと楽しいです。ただし、この場合、被害者はあたしですね。
「それで、お礼になるかはわからないんですけど、色々レシピを用意してきました。
大したものではないのですが、皆さん興味があると聞いたので。文字書ける方がいたら写してもらいたいんですけど」
あれがリップサービスな可能性もあるので、実際、興味を持ってもらえるかはちょっと不明です。
この国は、色んな国のミックスみたいな食生活なのですよね。統一性のあるのは食事にスープが付くくらいでしょうか。中身もだいぶ違うので、一緒と言えるかも謎ですけど。
北の方がジャガイモ系、中央の王都のあたりがパンケーキやクレープ類、南の方が麦がゆやシリアルみたいなものが主流という……。あまり国土広くないはずなんですが。
各地それぞれ別の国だった経緯がそこにあるようです。隣接する国の食文化がそのまま残っている感じでしょうか。中央だけが、小国であった名残を残しているようです。
発酵食品はヨーグルトやチーズ、色んな酢漬け類が豊富なわりに、パンとかは少しお高めの食事と認識されていたりと偏りがあるみたいです。未だにふわ甘食パンにはお会いしてません。
乳酸菌が幅をきかせすぎて、イースト菌が撤退したんでしょうか。
その結果、パンが主流ではないからパン粉もなかったようで。フレンチトーストすら存在しないとかどうなんでしょう……。固くなったパンはスープの具とかになったそうな。
その食生活を考えると、森の家にいたときはエリックが、あたしのためにパン類を買ってくれていたようなんですよね……。本人はあまり食事に興味ないですからね。振り返ればそうとしか思えないわけで。いまさら気がつくとか。
思う以上に散財させていたなと反省しています。知らなかったからとはいえ、甘やかし過ぎなんではないでしょうか。
用意したレシピはパン粉がない関係でメジャーじゃなさそうなものを攻めてみました。カツレツとかフライとか意外なところで柔らかい系ハンバーグ、コロッケなんて応用が利きそうですよね。
香草パン粉焼きみたいなのもいいかなと。
……これで、ハンバーガーとか、カツサンドとか食べれるでしょうか。あれは冷めてもいけます。
お手軽にパン粉が入手出来ない都合上、しばらくはお外で食べる料理になるでしょうけどね。
素揚げとか唐揚げみたいな粉をつけたり、天ぷらみたいなフリッターみたいなものはあったんですけどね。
質疑応答はあとに回してもらって、あちこちで書写してもらうことになりました。
その隙にあたしは材料を拝借して、スポンジケーキへの飽くなき挑戦を始めているのですけど。
わかっていたことではありますが、自力で泡立てる作業は疲れます。泡立て器が存在して良かったですけどね。
あー、ハンドミキサー欲しい。
なお、暇そうなリリーさんはヒューイさんの助手をしております。なんか探偵みたいで楽しそうです。
……それにしても、厨房の扉付近にいる物見高い皆様はどうすればいいんでしょうか? 勝手口のほうにもいますよ。
おや、なにか、メモをとりまくっているメイドさんが?
……ちなみに、シュリーはあたしの近くにおりまして、観察されております。別の意味で緊張しますね。
そんなこんなの小一時間後、ヤツ(ティルス)はやってきました。
「ほーら散った散った。なにやってんの。ほんとわがままなお嬢様ですね」
来るなり入り口に溜まった人たちを蹴散らしていくのはさすがです。
発言にいらっ☆ という感じはしますが。ええ、帰ってくんなという気持ちを抑えて、しょげた風を装います。周囲から責められるが良かろう。
「思い出のケーキが、食べたかったんです」
嘘ですが。まあ、モンブランおいしいですよね。今日のところはそこまで行きそうな気もしないので、大人しくジャムを挟むだけにしますけど。
あれはあれで良いものです。感化されたともいいます。
作業は一段落ついたので、オーブンでの作業はお任せしておきます。使い方わかりませんし。このくらいの温度で何分くらいという目安はお伝えします。
「……命じれば良いでしょう。シュリーもなんで放置してるわけ? 戻ってくるの待つか連絡をしろよ」
「それは、悪かった。だが、行動を制限するのはおかしいだろう?」
ティルスは、え、なに言ってんの、みたいな視線を投げかけております。そうですね。あたしも意外でした。
もっとお堅いかと思ったのですけど。うむ?
「病み上がりのお姫様を、ふらふらさせるなって言っている。昨日の今日でまたぶっ倒れたらどうすんだよ」
そういう話はよそでしてくださいな。
周りが萎縮しております。
「あたしがわがままを言ったんです。ごめんなさい」
などと言っておきますけどね。責を問われるのはどちらかというとリリーさんのような気がするのですけど。
「あら。ティルス殿。ちゃんと医者連れてますので、ご安心くださいね。今日はどこにお泊まりでしたの?」
「しません。悪い噂を鵜呑みにされたのですか?」
……いやいやいや、噂じゃないからっ! 行間の隙間じゃないからっ! 作者にすら取っ替え引っ替えなんてかかれてるんですよっ!
白い目で見ますよね。
シュリーも呆れた顔してますよ。周囲の視線も、えーという雰囲気がぬぐい去れません。有名なんですね。
「……今は、誰もいませんよ」
訂正しました。それでも印象は良くなりませんけどね。今までの行動を反省するといいですけどね。しませんよ。たぶん。
「ケーキはいつ焼けるの?」
全く、関与していないヒューイさんだけが通常モードです。
「ん? どうしたのかね?」
ヒューイさんは不思議そうに首をかしげています。
まあ、険悪なのよりはいいでしょうね。ちょうどおいしそうな匂いはしてきています。
「あ、様子見ましょうね。おいしくできたかなぁ」
木イチゴのジャムを挟んだスポンジケーキは、そのまま厨房の人たちに振る舞いました。
もちろん自分たちの分は確保した上ですが。
そして、お部屋へ強制連行されました……。
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