推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね

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たぶん正気じゃないなにか

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「おまえな」

 低い声がちょっとばかり怖いんですけどっ!
 え? 変な事言いました?

「んにゃーっ!」

 急になくなった背中の感触についていけず、床に転がった鈍くささは確かにあたしらしいですね。
 ……問題は、おそらく、それをわかっててやっただろうっていうことです。
 妙に表情が読めない感じで、エリックに見下ろされてますが……。

 別に立ち上がられたわけでもなく、ちょっと位置をずらされただけのようですけど。

「不意打ちで、人の我慢の限界を試すのをやめてくれないか?」

「へ? そーゆーつもりはないのですけど……」

 なぜに今、キスされたのでしょうか? 断られそうなときは許可を求めてこないところが、いつものあれは意図的なんだなと気がつきました。もしや、恥ずかしいとか照れてるあたしを楽しんでるんですか?

 現実逃避をしている間に毛布もはだけられ、押し倒されている現状についていけてません。いや、最初から転がってましたけどっ!

 ど、どこですか。スイッチ押したの誰ですかっ!

「そんな格好でいられたら、触りたくなる。その上、好きとか言われて我慢しろとは言わないよな?」

 色々押し殺したような声で、囁かれ頬を撫でられました。な、なにか触り方がエロいです。
 絶賛、貞操の危機なのでは? 触るだけで済むなんて思えませんね。
 ひやりとした外気と今はパジャマ一枚とキャミソール(長め)では頼りなさを感じます。毛布は防御力がありました。ああ、なんか、寝るときにはもぞもぞするとドロワースを断ったことを今更後悔してます。あれはあれでかわいかった。
 あれ、そういえば今日の下着かわいかったっけ? みたいなことをあわあわ考え出しているあたり大混乱です。

 でも、この状況が不快というわけでないわけで。大変混乱してますけど、ええと、ちょっと理性戻ってきなさい。最近、引き留め役じゃないですか。
 え? 2人きりならいいじゃないって、うらぎりものーっ!

「エリックの部屋に連れてってくれるなら、考えます。移動中に見られないとか証拠隠滅とか朝までに何食わぬ顔で戻らなきゃとか色々あると思うんですけど」

 つめて冷静を装って、主張しておきます。色々するのは嫌ではないのですが、さすがにお外ではちょっと、というところはあります。
 その上であたし自身は無力なので、証拠隠滅等々はエリックに考えてもらわなきゃいけないわけです。防音ってのもどの程度信頼できるかわかりませんし。色々ばれるには今は最悪のタイミングなのは確かです。

 かなり長い、沈黙でした。長すぎて、いろんなことをもやもや考え出すくらい。

 欲望の囁きが、もう、どーでもよくない!? とか言い出してます。後々の安穏な生活のためです。いいじゃないですか。引きこもってただれた生活……おっと。零れてはいけない本音でしたね……。
 あー、早く帰って冬が待ち遠しい。朝から微妙に悶々としてましてね……。

「あたしの部屋にはリリーさんもいますからね?」

 あまりにも長い葛藤ですよね……。
 一応、釘を刺しておきます。部屋に連れ帰るか、諦めるかどっちかですよ。このままは無しですよ。
 あー、なにか密着度合いがいけない気がします。いつものマントが外されていないからそれほど視覚的には……。
 いえ、金茶色の目が伏せられているのが、よく見えました。こんな至近距離で長く顔を見たことないです。
 ああ、そうです。いっそ、こちらからキスの一つでも、いや、それ絶対まずい。

「……わかった。今は、しない」

 そう言ったのに全く動きません。怪訝そうに見るあたしに口元だけ笑んで。

「少し、味見するだけ」

 ……わかってなかった。返答するより前に唇がふさがれました。やっぱり、こういうときは了承をとらないんですか。
 というか、味見って。この軽いキス程度ではないですよね?
 そもそも。

「あたしは食べ物じゃないんですけど」

「ん? そうだな」

「あうっ。耳、ダメですって」

「本当に弱いな。そんな涙目、見てるといじめたくなる」

 ……Sですか。Sなんですかっ! がっつり耳を甘噛みされて、変な声出ましたよ。首筋とかちょっとだめっ! かわいいとか嬉しそうに言わないでくださいって。なにか声が腰にくるというかっ!
 ああっ! ど、どこ揉んでんですかっ! 太ももとか、お肉がきになるぅっ! あ、もう、ちょっ……。

 あたしの抗議は完全に無視されました。むだな抵抗でした。開き直って楽しめばいいんでしょうか。

 結局。
 完食はしなかった、ということになりました。ええ、本当に人の薄着にすごい動揺する癖に何でそんなに、翻弄してくるのか。
 痕残すなと言ったのに。見えないところだからいいと涼しい顔で言ってのけましたよ。

「ダメだって言ったのに」

 身支度をしながら恨みがましく痕を確認してしまいました。
 それをされたのは太ももの内側。それも一つかと思えば三つも。そこは誰も見ないでしょう。お風呂には1人で入る主張してますので確実です。一つなんて、なんかとてもきわどいところじゃないですか。あーあ、これじゃあ数日は残りますよ。
 あたしの中ではドロワースの防御力は必要という結論が出ました。時間稼ぎでもなんでも必要なんです。

 気怠げに座り込んでいるエリックは、ちらっとこちらに視線をよこしますが、全く悪びれた様子もありません。というか、服、ちゃんと着てください。ボタン外したのはあたしですけど。
 床に突っ伏して身悶えたい。ああ、本当にもうっ! 本で見た状態よりナマのほうがそりゃ良かったですけど……。それからちょっと近いのでまた、なにかされるんじゃないかと気が気じゃありません。

「悪かった。俺の痕残したいってのは我慢出来なかった。アリカだって、こんなところにつけてるじゃないか」

 囁かれて頬にちゅって……。
 そーゆーとこですよ! そーゆーとこっ!
 それから少し離れて、エリックは煙草を取り出してます。どこに収納してたんでしょう?

「……あたしのはいつもされてるからやり返しただけです」

「そのわりに楽しそうだったが」

 煙草を指に挟んで意地悪そうに笑われたのが本当、むだに格好いいのですよ……。ただその煙草、いつまでも火をつけないのはちょっと変な気がしますけど。

「吸わないんですか?」

「匂いがつく。リリーが嫌いなんだ。頭が痛くなるらしい」

 少し名残惜しげに見てから煙草を戻して、あくびを一つ。エリックは面倒そうにシャツのボタンを閉めていきます。じっと見てたら、やってくれるのか? なんて、からかわれました。
 不埒なことをしそうな気がしたので丁重にお断りします。

 ただ、このあらゆるところのボタンが面倒というのはわかります。もうちょっと伸びる素材やジッパーみたいなものが普及すると良いのですが。存在しているかはわかりませんけど。

 既に雨は上がっているようで雨音もしません。衣擦れの音が、変に耳につきます。それほど乱されたわけでもないので、胸元のボタンを閉めるだけですけどね。
 もう一度毛布にくるまるにはちょっと支障があるので、肌寒い気はします。

「くちゅん」

 かわいい系のくしゃみで本当によかったです。場合によりおっさんになりますからね。

「寒い?」

「少し」

「おいで」

 ……うん。それに弱いことは知っていると思います。なにかこう吸い寄せられるように膝の間におさまりました。後ろからの密着というのは、先ほどまでとは別の恥ずかしさがありますね。落ち着くようなとても落ち着かないような。
 少し低いはずの温度は今は熱いように感じます。さらにマントで一緒にくるまれていると温かいです。そう言えば薄着なのに、寒そうじゃなかったのってなにか魔導具の作用だったんでしょうか。

「冷えてる」

「当たり前です。こういうのは今回でおしまいにしたいです」

「そうだな。ここまでする気は、なかった」

「……本当に?」

「いや、箍が外れそうだから、会いたくなかった」

 とてもよくわかります。抑圧したモノとか、色々重なった結果といいわけしておきましょう。
 熱に浮かされたような一過性のもの。
 発散出来てよかったとか前向きに考えておきます。本当は反省してどこかに埋まってきたい気がしているのですけど。
 そして、たぶん、さっさと部屋に戻れって話なんです。雨が上がれば見られないとも限らないわけです。
 わかってるんですけどね。だいぶ、やられています。きっとお花畑などと称される状態でしょう。色々制御不能です。

「いつもとは違ってたような気もしたんですけど、なにかありました?」

「……なんだか楽しそうで俺がいなくても、いいかと思ったら少しいらっとしてな」

「楽しくなかったですよ。あれ? いつ、見てたんですか?」

「今日、廊下で。妙な声が、こっち、と聞こえてな」

「あたしも聞こえました。タイミングは違いますけど」

 思わず顔を見あわせました。
 なにか、おかしいことが起こったようです。1人なら気のせいかもしれませんが、2人なら違うかもしれない。
 聞き覚えのある声ではあるのに誰かはわからない。なにか不吉な気はします。うっかりするとこれ、すれ違い案件ですよ。

「嫌な感じですね」

「遠くに声を届けるのは魔導師がやることだが、今そんな暇人はいない」

「じゃあ、魔導具ですか?」

「現在は禁止されている。悪用される方が多かったらしいな」

「そうですか。じゃあ、人外的ななにか、ですか」

「だろうな。なにか都合が悪いのがいるんじゃないのか」

 エリックは心底迷惑そうにぼやいてます。それからなんだか、ぎゅっと抱きしめられました。
 不審です。

「……その、見たのか?」

 あたしの様子をうかがうようにおずおずと切り出されました。
 ……レアです。今までそんなのありませんでした。しかし、あまり嬉しくありません。

「見てはいないんですが、フラウに抱きつかれたとか聞きましたね。そのあたりどうなんですか?」

 気になる所は即時解決。黙っててすれ違うのは禁止です。気まずくなっても切り込んでいった方がマシです。もやもやしてるとろくな考えが出てきません。
 何かに介入されそうと言うのならさっさと解決したいです。ついでに変なフラグも立てたくありません。積極的に折っていくつもりです。

「ただの兄弟弟子。そういうことにしといてくれ」

「そーですか」

 びっくりするほど冷たい声が出ました。そうですか、フラウでしたか。疑惑が確信に変わったくらいの差しかないのですけど。
 エリックにはもう少しうまく隠すか、はっきり言うかどちらかにしていただきたいものです。なんか、もやもやします。

「今は、何とも思わない」

「ふらつかないならいいですけど」

 拗ねたような言い方になるのは仕方ないと思いたいです。自分より長時間側にいた人がそこにいるんですから。
 ただ、フラウ本人に対して思う所はないと思います。たぶん。
 他の誰かというのなら、きっと彼女がいいのです。

「ない。俺はアリカがいればいい」

 そこはきっぱり主張するんですね。それでも、もやもやします。あたしの中もなかなかぐちゃぐちゃとしているのですよね……。嫉妬なのかと言われるとそこも微妙で。

 あたしは元々この世界に存在していない。
 なんとなく引け目があるんですよ。エリックの死亡フラグとか色々折るだけなら、ここまで近い必要はなかったとか。その場合には他の誰かがいてその場所をとっちゃったんじゃないかって。

 遠く見守っていればよかったのではないかと今でも思うんです。
 これは間違いではないかと。

「アリカは嫌になった?」

「いいえ。でも、なんか、よかったのかなぁって思う時はありますよ。面倒ごとばかり押しつけてるみたいで」

 本来必要のない面倒ばかりで、良い事はほとんどないと思います。まあ、死亡フラグも悪役フラグも折りまくるというのは、良い事かもしれませんけど。実感することはないでしょうね……。
 そうならないように予防的にするってことですから。

 起こらないことを気がつけとは言えません。むしろ、知らないままでいて欲しい。

「あたしは、エリックが幸せな方が良いのですけど、なんだか逆みたい」

 ため息が耳元で聞こえました。

「アリカが、全くわかってないのがわかった」

「なにを、です?」

「なにをどこから言えば、いいんだろうな」

 エリックが困ったような途方に暮れたような感じがしますけど、なぜに?

「まず、迷惑とは思ってない。面倒もアリカが望んだわけでもないんだから気にするな。
 それから」

 少し躊躇うように。

「自分の奥さんに頼られて甘えられて悪い気するわけないだろ」

 ……そーゆーとこですよっ! ものすっごい照れたように言うところっ!
 意識を一瞬刈り取られた気がします。ああ、本当になんなんですかっ!

 後ろ確認しようとしたらがっしりあたまを押さえられたんですけどっ!

「恥ずかしいから見るな」

「その照れてるトコみたいっ!」

「断るっ!」

 断固拒否ですか。そうですか。残念です。

「頼りがいのある旦那様でよかったです。あと、あたしのこと大好きみたいですし」

「そうだな」

 ものすっごい疲れたような声がなにか、面白いです。
 確かにそんなこと考えながら油断していた事は否めません。

 急にひやりとした空気を背中に感じました。少し離れられたんでしょうか? さびし……っ!

「んにゃーっ!」

 色気も欠片もない声が出てきます。別な意味で心臓がばくばくしてます。びっくりした。
 な、なんか、うなじ噛まれましたよっ! そんなとこ噛めるんですか!? お肉余ってる!?

「にゃ、にゃにをっ」

「なんか、腹立ったから」

「い、意味がわかりません」

 なにか楽しそうな忍び笑いが聞こえるんですけど。
 あたしもなんか疲れました。

「帰ろうか」

「はい」

 離れる直前に囁かれたのは、大変な爆弾発言でした。それになんと答えたかは記憶に全くないんですよ……。大丈夫だったでしょうか。色んな言動が。
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