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ちょ、ちょっとだけとか

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 この会場、一階なのでバルコニーと言ってもそのまま中庭に出れそうな感じです。階段は見る限りはなさそうなんですけどね。
 室内はやはり暖かかったのか外に出ると少し鳥肌が。

 庭の木々がきらきら光ってなんだか綺麗です。
 今日は特別に庭にも明かりが灯っているそうです。警備の都合と見栄えと言っていました。でも、あの庭の中を歩くのは少し怖いですね。
 この世界の夜は海の底みたいに暗いんです。都会の明るさについて思わず遠い目をしてしまいます。

 一人でぷらぷら歩くなんて夢のまた夢、といったところでしょうか。昼間ですら、今はやめたほうがいいと言われてますし。

 室内から見えるあたりの手すりに寄りかかってみます。ちょうど腰あたりに手すりがぶつかります。
 中はやっぱり盛り上がってますね。修羅場的に。駆り出されなくて幸いです。

 そのまましばらくぼんやりとしていると記憶にある匂いがふわりと漂った気がしました。苦いようなすっきりとしたような匂いがしました。懐かしい、安心するような匂い。
 エリックはちゃんと探してくれたようです。でも、それにしては匂いが強いような?

「……人のいないところなんて、危ないだろ」

 庭側から聞こえた声は少し呆れたようでした。なんとなく、がっかりしたような気がします。少しは嬉しそうにしてくれないでしょうか。

「遅いですよ。待ってたんです」

 背後に視線を向けずに答えます。どこで見られているかわからないのは変わりません。見られる確率は減ったでしょうけどね。
 危ないのは、あたしじゃないので慎重にならざろうえないです。

 いえ、やっぱりちょっと怖いのですよね。迷惑そうじゃないかとか、もう嫌になってないかとか。

「それは悪かったな。あまり近づくとリリーに叱られる」

「ん。お許しが出たのでお待ちしてました。中がああで、これから先、時間取れなさそうですって」

 思った以上に、つまらなさそうな声になりました。

 不自然にならないように、庭の方へと体を向け直します。
 相変わらずフード被ってますね。今日もなにか、うるさかったんでしょうか。

「少し離れていろ」

「はい」

 バルコニーはそれなりに庭との段差があるんですが、軽く越えてくるあたりなにか使ったんでしょうかね。身体能力が低いとか言いながら、これだけ動けるなら便利に使われるのもわかります。
 そして、かっこいい。
 ぼーっと見惚れてるのが、ちょっと間抜け面になってないことを祈ってます。締まりのない顔してそうなんですよね。自分じゃ確認できないので、わかりませんけど。

 バルコニーの中でも光が届かない場所はあって、エリックはすぐそちら側に移動してしまいました。庭のほうからはさすがに誰かがいるのはわかるのですけどね。
 光の届かない場所に立っていると妙にエリックの輪郭がぼやけて見えます。なんとなく、見づらい感じとでも言いましょうか。

「なにか、してます?」

「認識を阻害させている。そこにいるのを知っているなら全く効かないが、知らないなら印象に残りにくくなるはず」

 そういいながら、フードを外してなにか眩しいものでも見たように目を細められると少々どきどきしますね。

「そうしているとお嬢様みたいだな」

「中身は同じですけどね。ディレイだって、あんなの反則です。すごく、どきどきしました」

「……そうか」

 なにか困ったように黙られてしまいました。うっかり言いすぎましたか?
 こう、色んなものが漏れ出してきてます……。禁断症状がいけないのです。もうちょっと自制できたはずなんですけど。

「その、きれいだな」

 ものすっごい照れたように言われました。いつもは、さらっとかわいいとか言うのに。
 やっぱりあれは思ったからそのまま言った系なんでしょうか。あれも言われると照れるわけですが……。

「ありがとうございます」

 消え入りそうな声で一応、お礼は言いましたけどね。うつむいちゃいますね。顔が赤いどころではありません。

「いつもかわいいけどな」

 当たり前のように付け加えられる追い打ちがっ!
 ええ、ちょっと理性さん、どこか行きませんか? 旅行とかいいと思いますよ。今こそ思い切り抱きつくところでは?
 見られるっ! 目立つっ! いいじゃないですか。

 ふふふ。

 なんて不穏な事を考えていたことがばれたのか、なにか手を握られましたけど。あ、うん。このくらいで我慢しろと……。
 そうではなかったようで、影に引き寄せられて。ぴたっと動きが止まってしまいました。あれ?

「どうしました?」

「……化粧は崩せないし、髪も整えられていると触れない。それ、服に皺とか付きやすかったりしないか?」

「……そ、そうですね。そっちの服になにかついてもダメですものね」

 正装ってなかなかに気を使います。
 結果、後ろからの軽く抱きしめられて終了です。足りません。全く、これっぽっちも足りません。
 ずっとくっついてたっていいじゃないですか。人に見えないところ一杯ありますよ。
 そうです、いなくなったって……。

「中から見える位置のほうがいい。探されるのも嫌だろう?」

 あたしの不満が見えたように言われましたよ。ええ、ユウリがあんなで、あたしも誰かいるなんて知られたらどうなるかわかりません。監禁とか意に沿わぬ相手と、とか嫌ですよ。物理的に破壊してなんとか逃げますけどねっ! 自慢にもなりませんが、破壊力過剰です。
 簡単に人質に取れそうな知り合いがいないことは幸いです。所属組織も脅しとか鼻で笑いそうですからね。
 あたしは最悪、国外逃亡でしょうか。後々のことを考えれば、登録して周知してもらうまで終わってからでしょうけどね。

 だから、それまでには必要な距離感。
 普通に話すには少し遠い距離がもどかしいと言いますか。それでも、手を伸ばせば届いてしまう。忍耐を試されている気がします。
 視線を外して、庭をぼんやりと観賞しておきましょう。ふりでもなんでも、ちょっとは気を逸らしたいですし。

「結局、ユウリはなにをどこまでしたんですか?」

「婚姻の宣言と邪魔者は排除するとこれ以上、この件に干渉するなら国を出て行くそうだ」

 ……。そのまま言ったわけではなさそうですが、内容は思った以上にお怒りですね。
 その結果、目は黒い、有用な血を持つあたしにしわ寄せがくる予感しかしません。穏便に? 無理でしょう。

「何かあったら、連れて行くからな。国外にでるくらいは出来るから、一人で無理はしないこと」

 うーん。
 それは、出来ませんね。必要なら、一人で行きます。とは言えません。少しだけ視線を向けて、曖昧に笑って誤魔化すことにしましょう。
 その気持ちはとても嬉しいんですけどね。
 絶対なにか悪いフラグに違いありません。悪意を持って歪められるような話になりそうです。

 死亡フラグも悪役に配役されるのも避けたいんですよ。原因、あたしとか嫌です。なんのためにいるのか全くわかりません。

「アリカ」

 大変不機嫌そうに名を呼ばれました。

「は、はい!」

「俺は、そんなに頼りない?」

「そ、そんなことないですよ。十分、頼って、甘えてますけど」

 そりゃあもう、甘え過ぎじゃないかってくらいに。衣食住全て頼ってましたし、色々教えてもらって、大事にしてもらったと思うのです。
 あ、あれ? なぜに眉間の皺が深くなるので?

「わかった。俺の好きなようにする」

 返答を間違えたのはわかりました。どこが間違っていたのかがわかりません。
 あたしの困惑を知ってか大きなため息をつかれました。どうしょうもないなとでも言われたようで心外ですっ!
 だいたい、他になにを甘えろというのでしょう。

「……甘えろっていうなら、その、手を握ってもいいですか?」

 せいぜいこのくらいですよ。ぎゅっとかしたいですけど、今は無理です。その後の事を考えると何かありましたと思われるようなことは避けたいのですよ。
 して欲しい気もしますけどね。

 差し出された手に自分のものを重ねます。手袋越しでは低い温度が感じられないのは、少し寂しいですね。

 室内は変わらず、ざわざわしている音が聞こえてきます。落ち着きを取り戻すのは無理かもしれませんね。
 始まってすぐですが、主役が乗っ取られました。注目されないのは良いですが、あとでユウリには文句を付けておくことにしましょう。

 あたしは逆ハーレムとか興味ないんです。……いえ、二次元的に見ている分にはいいんですが、当事者になりたくはありません。

「どうした?」

 意味もなく手をにぎにぎしてました。落ち着かない気持ちが、安定を求めたんでしょうか。無意識が時々やらかして。

「大変だなぁって。はやく、お家に帰りたい」

「そうだな。どの程度、家が変わっているのか不安になってくるが……」

「お風呂は譲りません」

「支払いは俺じゃないならいい。さて、あまり長居していると離れがたくなる」

「え。も、もう少し」

「連れ帰っていい、というわけでもないのなら、このあたりが限界」

 ……。うん。お持ち帰りでも良いよ。とは言えません。言っても聞いてくれないような気がするので。恥ずかしいだけ損なので言いません。

 つなげたままの手をぐいと引かれました。

「キスしていい?」

 触れあいそうな至近距離で甘く囁かれました。
 はいか、いえすか、みたいな返答以外、なにが出来るんですか。この羞恥プレイ……。いえ、以前のあたしの言動がこれの原因ではあるのですけど。
 小さい、はい、がとてつもなく恥ずかしいです。許可制、やめたい……。

 冷たい温度が触れていきました。軽く触れてすぐに終わるかと思っていたのに。

「もう少し」

 甘い声でねだられて断れませんでした。いえ、その、あたしももうちょっとしたかったので……。ささやかに残っていた理性が、早々に切り上げることを進言してきたので、軽くで住みましたけど。少し、不満そうな顔をされてしまいました。
 それは甘いような胸が痛いような、少し満たされたような、逆に不足を強調されたような複雑な気持ちです。

 もっとと言われてしまう前に距離を離します。時々、箍が外れてしまうのは、お互い良くないとは思うのです。抑圧が過ぎるんでしょうか。

 軽くても何度か触れたエリックの唇には口紅が少しついてしまっていて扇情的な気が……。ってなんでなめるんですかっ! エロいです。もう、色気駄々漏れじゃないですか。

 あ、うん。もうダメ。全面的に降伏です。嘘みたいですけど、この人、あたしの旦那様なんですって……。やっぱり、都合の良い幻想なのではないでしょうか。

「誘惑するな」

 じっと見ていればエリックにため息混じりに言われましたよ……。
 そんなまずい顔してます? それに誘惑されたのあたしだと思うんですけどっ!?
 ちらっと室内を見て、苦笑してましたけど、なにが。

「じゃあ、またな。リリーに怒られるのは避けたい」

 さらっと逃げ出されましたよ。ってことは近くにいるんでしょうか。

「……話くらいって言ったのに、なぁにいちゃついてるの? 庭から見えるでしょう?」

 大きなため息付きで、リリーさんに言われてしまいました。室内に視線を向ければ、腕組みしてましたね。あ、うん。怒ってますか。そうですか。

「えへへへ」

 ごまかし笑いでどうにかする日が来るとは思いませんでした。自覚が薄いと言われればその通りです。こう、禁断症状がいけないのだと内心で言い訳しておきます。ええ、なにかなくてもああなった気がするのは、きっと気のせい。
 エリックが消えて行った先を見てリリーさんが、憂鬱そうな顔をしていました。

「あいつ、本当にこういうの器用にやるのよね。アーテルの認識も誤魔化してたから、見られても誰かがいちゃついてるくらいにしかわからないはずよ。そこから誰かなんて探そうとでもしない限り、大丈夫だと思うけど。
 ああいうの魔導協会で活用すればいいのに」

「かなり、ふらふらしてますよね」

「定住というか、特定のなにかとか誰かとかと親しくなるのは避けてるみたい。無意識っぽいのよね」

 そこで妙にリリーさんに見られました。いったいなんでしょう?

「だから、最初からおかしかったんだわ。なんで気がつかなかったのかしら。当たり前みたいに側に置いてたから、引きずられているなとは思ったけど、変とは思わなかったのよ」

 リリーさんに独り言のように言われました。

「本当に一目惚れでもしたのかしら?」

「し、知りませんよ。どこがよいのかも全くわかりません」

「アーテルはかわいいわよ」

「……顔、なんですかね?」

「それだけじゃないと思うけど。最低限、側にいても不快ではないんでしょ」

 それもどうなんでしょう……。いえ、側にいて欲しい、とは言われてますけどね。その前にリリーさんの推測ってあってるんでしょうか。
 わりと知り合いは多い気がしますよ。

 でも、そうですね。確かに、とても親しい人というのはいなかったような気がします。フェザーの町のチャラい衛兵のお兄さんくらいでしょうか。それもどちらかというと一方的。

「さて、充電できたでしょ。明日から大変よ。引きこもりなんてさせてくれないわ。なんなら、滞在伸ばされるくらいの勢いを感じる」

 さて、始まったばかりですが、誰かに捕まる前にさっさと逃亡することにしました。
 きちんとカリナさんは回収しました。ローゼには遠くから手を振っておきましたけど、気がつきましたかね。

 あー、ユウリが気がついてウィンクもらってもぜんっぜん嬉しくないんですけど。
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