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英雄は怒られるのは回避したい(不可)
しおりを挟む王都への二日ほどの旅程は平穏というよりいつも通りだった。ユウリはげんなりとした気分になりながら、笑みを浮かべたままでいることが多い。
全てにおいて面倒がないという利点と顔が引きつりそうになる欠点を常に天秤にかけている。
幸いなのは魔動車での移動で、最悪なのはフィラセントがスピード狂ぎみだということだ。
充電の都合で一気に王都までいけないのはどうだったのかはわからない。
とりあえず、ユウリもディレイも青い顔をしていたのは確かだ。フィラセント一人がつやつやしている。
魔動車が個人所有も町への侵入も禁止されているのが良かったと思う。おそらく、フィラセントはすぐに事故を起こす。
王都の入り口で魔動車は速やかに回収されて三人は放り出された。相手が魔導師なので、英雄相手でも容赦ない。
その魔導師はユウリの顔を見たあとにディレイを見て肩をすくめていた。
「お守りも大変だな」
「全くだ」
「え、俺が悪い事になってる?」
「悪いだろ。英雄殿。連絡をして、迎えを待つか?」
「いえ、家の方に行かせますので」
王都の門は大きい。さらに出入りも多く、注目されているがここで気にしても仕方ない。それよりはここにいると印象付けた方が良いとユウリは判断した。
きちんと戻ってくるとでも思わせない限り、どこかに自由に出かけるのは難しくなる。
「まあ気をつけろよ」
「ああ」
「そういや、フラウちゃんが探してた。いつもは寄りつかない魔導協会まできたから本気だぞ」
「俺は、用はないんだが。わかった」
困惑したようなディレイの様子にユウリは嫌な予感がした。
フィラセントが、あ、と何かを思い出したように呟いたのがより不吉な気がする。
「あ、えっと、ユウリ、ちょっとまずい感じですよ?」
「は?」
こそっと耳打ちされたことにユウリはげんなりした。
フラウは見込みのないユウリではなく、身近な兄弟弟子の存在に気がついたらしい。せめて半年は前に気がついていれば、多少の見込みはあっただろう。
今は全く、見込みはない。兄弟弟子としか見ていないだろうし、それもあまり関わりたがらないだろう。
「どこまで本気か全くわからないのが、問題ですけど」
「って言ってもなぁ。使い物にならなくなるな」
ユウリは盛大に振られるであろうフラウに少し同情したくなる。ユウリも振った側というか気がつかないふりをしてスルーした側だけに何とも言えない。
どこまで冗談で、どこから本気かわかりにくい、というところもある。
「いかないのか?」
怪訝そうにディレイに問われ、ユウリは慌てて作った笑みを浮かべた。自分でもあからさまに怪しいとは思うが、表情を取り繕い損ねた。
フィラセントも同じように誤魔化すように視線を逸らしている。
「……見せ物になりたくはない」
ディレイは問い詰めるのを諦めたように早く移動するように促される。視線を避けるようにフードを被ってしまったところをみれば、よほど嫌なのだろう。それは顔を隠したいというだけでなく、世の中がうるさすぎるのもあるらしい。
そういう話をユウリに少しするようになった。今までは問いかけても関係ないとかの返事であったことを考えれば大変な進歩だ。
いったいどういう心境の変化なのかよくわからないが、問いただしてやぶ蛇も嫌だったのでそのままにしている。
フィラセントは近くで馬車の手配をしていた。
「さて、最初に家に寄って、身なりを整えてから王城へおいでください」
「えー」
「ローゼも待ってますよ」
「うん。行く」
「……俺は行きたくない」
「わかります。ちょっと打ち合わせも兼ねて先に王城に行きましょう。出る前に多少は準備してきましたけどね」
「うん。わかった。じゃあ、フィラセント、例の件よろしく」
「承知しました」
ユウリの自宅の前で二人とは別れた。
「ああ、愛しの我が家、とは思えないんだよね」
ユウリが嘆くのは自宅として与えられた屋敷を前にしてのことだった。
家ではなく、屋敷である。無駄に広く無駄に人が必要だ。少しも落ち着かない。なんとなく入りたくなくて家の前をうろうろしてしまう。
ユウリが意を決して扉を開けてみれば、そこにはローゼが待っていた。
「おかえりなさい。なんで、家の前でうろうろしてたの? なんかメイドさんとかものすごい心配……」
「ただいまっ!」
ユウリはまだなにか言い続けそうなローゼにそのまま抱きつこうとした。
呆れたような顔で、ローゼはひらりと避けた。ユウリは避けられるなんて想像もしていなかった。
「え? ええっ!? なんで、どうしてっ!?」
「言うことあるんじゃない?」
「心配かけてごめんなさい? いや、でも、秘密のお仕事だったから」
「誰か、連れていって。私じゃなくていいから」
「心配した?」
「こんなところでは話も出来ないわ。応接室行きましょ」
ローゼのこいつ駄目だなと言いたげな冷たい目線がささる。
ユウリは誤魔化すように笑って従った。お怒りではあるらしいが、人目のあるところでは取り繕うくらいには冷静でもあるらしい。
後ろから抱きついたら、確実に殴られる。ユウリはローゼの後ろ姿を追いながら、いっそ殴られてもいいからやるべきかと悩んでいた。
知られれば、呆れるを通り越えて絶対零度の視線が向けられるに違いない。しかし、ユウリはそれにいつも気がつかない。
「……とりあえず、座ってくれる?」
部屋について早々、示されたのは床だった。
大変、怒っている。
そこからの話をユウリは甘んじて受けた。端々に心配したんだからねっ! が挟み込まれているので神妙な顔をしているのには苦労した。
ローゼは一通りの話を3ループしたくらいで気が済んだのか、ユウリにソファに座るように言った。
ローゼは外で待機していたメイドにお茶の用意を頼んでいた。
「で、なにしてきたの?」
優雅な花の香りがするようなお茶はユウリは苦手だった。いっそ白湯の方がマシと思っているが、ローゼの好みなのだから我慢して飲んでいる。
いつもは別のものを用意するローゼが同じものを飲ませようとするのだから、まだ、お怒りなのだろう。
場合により、再び説教が始まるなと遠い目をしそうになった。それより、抱きしめて色々補給したい。ユウリは自分の欲求が満たされるのはかなり先になることはまだ気がついていなかった。
「来訪者にあってきたよ。楽しかった」
「へぇ、友達にでもなれたの?」
「友達にしてくれたらいいんだけど。あ、ローゼと仲良く出来そうな気がしたから、護衛を頼むことにしたから」
「は?」
「かわいい女の人だよ」
「はぁ!?」
ユウリはローゼに肩をつかんで揺さぶられた。
ローゼはいつの間に立ったのか、移動したのか。ユウリは瞬間移動したようにしか思えない。揺さぶられるとさすがにちょっと気持ち悪いような気がした。
「なんで、また、女の人ひっかけてきてんのっ!!!」
ローゼにとっては魂の叫びではあるが、ユウリは大げさだなぁとのんびり思っている。
「またって。
大丈夫だよ。恋人いるし」
「……は?」
ローゼは驚いたように揺さぶられた手が止まった。
いいことだとユウリは両肩にあったローゼの手を掴んで、肩から外すことにした。ついでににぎにぎしておく。少し荒れた手ではあるが、愛しいものだ。
そっと手の甲に口づける。
「これは秘密ね。相手もまだ言えない」
「そ、そんなのじゃ、ごまかされないわよっ! それに恋人の有無とか関係なくいつもいつもっ!」
ローゼは真っ赤になって手を振り払う。照れ方がとてもかわいい。ユウリはにやにやしそうなるのをうつむいて誤魔化した。
「あれ? そーだっけ。でも、今回は大丈夫。俺は相手にもされなかったよ」
「なにしたの?」
「え、ほら、ローゼがこの間言ってた壁ドンとかいうやつ。キュンとするって言ってたじゃん?
でも、それでちょっと怖がられてんだよね」
「ユウリ」
「な、なに?」
ユウリは少々びびった。
ローゼの声は今までとはトーンが違った。その表情もすとんと抜け落ちたようで、少し恐い。
先ほどの心配のあまり怒っているでも、照れているでも、全くない。呆れているとも違う。
先ほどの揺さぶるとは全く違うように両肩をがしっと捕まれた。
「そういうのは好きな人にされるといいのであって、好意も欠片もない男されたらただのトラウマを刻むだけのことよ」
「ん? そーなの? ま、それならなおさら安心していいことになるね」
「……ユウリ。そこ、座りなさい」
「え? なんで?」
「女の人に無体働いたからに決まってんでしょうがっ!」
「ちゃんと謝ったよ」
「す・わ・り・な・さ・い」
「はい」
さっきよりもよっぽど、長い説教をされることになるとはユウリも思っていなかった。
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