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地下倉庫には秘密が?
しおりを挟む本日、56日目です。
今日も今日とて書き取りでちょっと飽きてきたのは否めません。ついでに言えば、昨夜のことで全く寝た気がしません。
あれどうにかなりませんかね。
ふぁあとあくびを二人でかみ殺しているところが、似たもの師弟ってことでいいでしょうか。
そんなこんなで、昼食後にふと思い出しました。
「そういえば、食料庫開けるっていってませんでしたっけ?」
お茶を飲みながらでしたが、ゲイルさんに苦虫をかみつぶしたような顔をされました。お茶が苦かったわけではありません。きっと。
「師匠が逃げるなんてな……」
「あれ、逃げたんですかね?」
「そう思う。もっともらしい理由をつけているが、あの人、家事全般苦手なんだよな。大貴族のお嬢様育ちで弟子時代、生活全般を金で解決したって伝説が」
「……すごい伝説ですね。あんなふわふわしたものを編んでそうな外見して」
「弟子には料理人つけて教えたという斬新な伝説もある」
ある意味、正しいです。その弟子が、新入りに教えると思えばエリックが、料理がきちんとしているのもわかる気がします。
そして、リリーさんは憶えなかったんですね……。師匠と弟子というより祖母と孫が一緒に住んでいるみたいな感じだったんでしょうか。
「じゃあ、開けるか」
「わかりました」
ダイニングにあるテーブルやイス、その他を部屋の隅に片付けて、気が進まない地下の食料庫の開封です。
ユウリがいなければ開けてもよかったんだけどとゲイルさんは言ってましたけど。魔導師のみ、あるいは、同門の者以外には見せたくないんだそうです。
床に敷いてあった絨毯らしきものも引っぺがします。床の模様とそっくりに作ってある布を絨毯と呼ぶかはさておいて。なんでも認識阻害みたいな呪式がひっそり組み込まれていたそうな……。知ってたら気がつくけど、知らなかったら見つかりにくいようなものらしいですよ。
それを外すと取っ手らしきものがありますね。指を入れるようなへこみといいますか。
その取っ手を引いてすぐに食料庫というわけではないそうです。その下にもう一つ扉がありました。
茶色の木製の扉にはなにかプレートが叩き込まれてます。めり込んでいるので、叩き込んだのは間違いないかと。
「師匠の雑さなのか、時間がなかったのか、わからないがこれで起動させるとかどうなんだと俺は言いたい。
アーテルは真似をしないように」
「はい」
出来る気もしません。
これだから感覚で生きてる奴らはという副音声が聞こえた気がするのはきっと気のせいです。
さてプレートからは不協和音しか聞こえません。
耳を押さえても聞こえてくるのです。
「嫌な時は目を閉じる。見たものを音として認識しているだけだから。
こりゃ、どこか歪んでるな。前はそんなことなかったんだが」
言われたように目を閉じたら音が消えました。今までの感覚とはやっぱり違いますね。
「目覚めよ(パビィル)」
ばきっという音がして、扉ごと消滅しました。
「は?」
ハモりました。衝撃的です。ぽっかり空いた階段だけが見えました。もちろん真っ暗です。
「そのまま、再封印しません?」
「いや、そりゃ、まずいけどな」
とても迷った末に、武装して挑むことになりました。この世界にはダンジョンはないらしいので、いきなり発生していることはなさそうなんですけど。
ゲイルさんの手持ちの武装は地味なトレンチコートでした。くたびれたオリーブグリーンのそれに、なぜか、最後に一ついいですかと聞いてくる某刑事を思い出します。
うちのかみさんがとか言い出しそうにはないですけどね。
それとは別に見たことのない棒のようなものを持ち出してきました。
「杖、ですか」
「灯りとまあ色々仕込んである。密室で使うには向いてないが、ないよりはマシ、と思う」
フレンドリーファイアとか心配しなきゃいけないでしょうか。現実的にその場にいる全てに影響を与えるのが魔法ってものでしょうし、範囲攻撃で仲間だけを外すのは難しいでしょう。
あたしはエリックからもらったケープを羽織りました。
ゲイルさんがちょっと驚いたような顔をしていたんですが。そういえば、前のときはぎっくり腰で寝込んでいたのでこれを着ていたのを見ていなかったような気がします。
「あいつにとっちゃ、ただのモノか。一応、一門の魔導師の証なんだよ。それ」
「大事じゃないですか」
確かに師匠にもらったとか言ってました。
でも、想定を越えての貴重品でしたよっ! なんで、簡単に使わないからやる、なんですかね?
本気で、モノとしかおもってませんよ。あれは。
ゲイルさんは苦笑して、脱ごうとしたあたしの手を止めました。
「でも、使わないよりも使った方がいい。俺もしまい込んで出してない。虫食いとかなってないといいが。
起動方法は、きいてなさそうだな」
「着るだけじゃ、駄目なんですか?」
「いつもはいいけど、効果が増える。代わりに魔素喰うけど。まあ、いいか。そこまで危険ではないと思う、たぶん」
たぶん。ですか。
なんとなく顔を見あわせて微妙な顔になりますね。
いざ、地下食料庫に潜入です。
階段で十段くらいで下につきました。
湿気もかび臭さもありませんでした。ただ、ひんやりしています。壁も床も石でしたけど、見た限りでは大きく壊れた所も罅も入ってないようです。
室内に入るとぼんやりとした灯りもつきました。
「空っぽだな」
「そうですね」
何にもありませんでした。棚もなにも。
ゲイルさんは首をかしげています。壁や床を丹念に見ていきますが、特に異常はなさそうなんですよね。うーん、気のせいなんでしょうか。
鳥肌が立つのは寒いせいな気がするんですけど。
「なんか、ある気がする」
壁をどごっと蹴ってますね。
……うん、なんか、こう、前々から感じてましたけど。魔導師(物理)って感じがします。
え、魔法使わないの? ってところで、やることが。
「お、隙間出来た。扉があるんだな。取っ手は」
「開けない方がいい気がするんですけど」
いやぁな予感と申しますか。昔食料庫として使われていた、というのがやはり不吉と言いますか。
なにか、沸いてませんかね?
「へ?」
遅かったみたいですけどね。わらわらと描写しない方がいいモノが、現れましたよ。ほんのわずかな隙間を埋め尽くすように無数の足が。
この世界の奴らは紫色をしていました。
しばらくナスは見たくありませんね。
「ま、まずいっ」
慌ててゲイルさんが閉めても無駄でした。なにか、体液が飛び散ってより惨状が悪化した気がします。
ゲイルさんはそれを引きつったような表情で見ていますが、悲鳴をあげないだけマシな気はしますね。
あたしは姉ちゃん、無表情が恐いと言われた境地に至っているのであまり動揺はしませんが。飲食やってるとお会いする機会の多い害虫さんたちです。いやぁな記憶も蘇ってきますね。
ふふっ。毒殺なんて生ぬるい。
可憐に悲鳴をあげるとかおまえら男かっ! という怒りもこもってます。あたしを盾にするな。
「そうですね、どうして差し上げましょうか。どいてくださいますか?」
「え、あ、はい。どうぞ」
おや、ゲイルさんはなにをそんなに諦念したような顔なんでしょうね?
不思議とどうすればいいのか、わかるんですよ。どこが世界と繋がっているのか、なんて意識する必要はありません。
ただ、お願いすれば良いんです。
「滅せよ。
塵芥のごとく消え去るが良い」
心底からの願いですね。
少し困ったような、面白がるような笑い声が耳をかすめます。
『わかったわ』
扉ごときれいさっぱり消えましたね。
向こうの部屋もなにもないように見えます。塵一つなくお綺麗なものです。
「……なんか、やばいことしたような?」
尋常じゃない疲労感だけはあります。
「おう、言い逃れ出来ないレベルでの奇跡で害虫駆除したな」
「中身、見えなくて良かったですね?」
ああ、やっぱりあの声、最初に聞いた詩神の声でしたか。暇なんでしょうか……。それともそれほど、渾身のお願い、だったんでしょうか?
「そう思っておく」
扉の向こう側のさらに向こう側にまた別の扉がありました。普通のそれを開けるかどうかは勇気がいりますね。
「明日にでもします?」
「先延ばしにしてなにかやってきたら嫌じゃないか?」
そうですね。
諦めて扉を開けようとしました。鍵がかかってましたね。押しても引いても駄目なので、たぶん。
「魔法で開けるとカウンターかけてくることもあってだな、鍵を探すのがいいと思うんだが」
「現実的じゃあありませんね」
「そうだよな。どうするかな……」
と言っていたら、逆にガチャガチャという音がしました。
ゲイルさんと思わず顔を見あわせます。
「おや?」
顔を出したのは、受付さんでした。
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