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修行というよりお勉強
しおりを挟む本日、50日目です。
このほぼ一週間なにをしていたかと言えば。
1,文字の書き取り。
2,発火の魔法の安定的発動練習。
3,緊急時連絡魔法の練習。
以上です。
基本的にやってたのは書き取りです。ただひたすらに文字を書き続ける日々はなかなか、堪えます。なお、基本的な呪式で使う単語は少ないのです。文章としての書き方のようなものは別にあるのでそれは基本的なものを憶えてからということでした。
基本的にというのは、基本的ではないものがあると言うことでして。略式語といわれるもので、こう、別のデータにアクセスしてその挙動をしなさいみたいな感じのコマンドとでもいうのでしょうか。
別のデータってどこにあるの? という素朴な疑問にゲイルさんは首をかしげてしまいました。
なんでも一門ごと、あるいは、派閥ごとに特別なアクセス可能領域があってそこにつっこんでるとか言われました。
意味が、わからないんですが、そのうち感覚で覚えると。
魔導師ってほんと規格外ですね……。知れば知るほど同種って感じが遠ざかるのですが。
そんなこんなでお勉強に明け暮れていたのです。その隙に魔導具についてのあれこれもやってましたし。
暇なく用事を押し込まれているのは気のせいではないと思います。
時々、ゲイルさんが大丈夫かなというように伺っているのには気がつきましたし。どうも余計な事を考えないようにと気を使われているようで。
泣かれたら困るぞという考えが透けているのがなんともいえませんけどね。
おかげで夜くらいしか寂しいとか言わないような状況です。寂しさのあまり、ひっそりと毛布を某所より拉致してきましたけど。
実行後、変態ですか、そうですか、そうですねと。ひっそり自分に失望しました。それでも戻しはしませんでしたよ。
毛布は出かける前に洗濯していったのかいい匂いがしましたね。ふかふかしてました。ちょっとがっかりしたような気がします……。
それはさておき、少々文字も憶えましたしと以前書いた呪式の束を貸してもらいました。現在、あの呪式の束はゲイルさんの管理下に置かれています。
勝手に試したりしないと思うけど、俺の安心のためにと保管しているそうです。
あたしも恐いので手元には置きたくないですね。
そんなわけでちょっとは賢くなったぞと呪式を見て見たのです。なお、一番上にあった元々知っていたであろう魔法というのは、言語が違うので今まで通り中身は理解出来ても言葉としては理解出来ません。
そこは飛ばして本で憶えたとおぼしき魔法のページをめくります。
頭が痛くなってきました。
ゲイルさんに教材としては難易度が高すぎておすすめしないと言われたわけがわかります。
これ、現在の知識では理解の範囲越えてます。
たとえば、単語三つで構成されている魔法なんですが、今まで習った言葉、一つも出てきません。略式語ばかりです。
長くて三行くらい。単語が拾えるだけで、通して文章として理解できるかというと疑問があります。
それ以外で理解可能なのが眠り姫という事実に打ちのめされて良いでしょうか。恐ろしく長い呪式でした。A4の紙、四枚分びっしりと書かれています。
それでも単語によってはわからないんですけどね。ゲイルさん曰く、最長の呪式と言われている、そうです。
ほぼオリジナルだそうですよ。
ゲイルさんにもわかるか聞いてみたら嫌そうな顔で、俺にも完全にはわからんと言われてしまいました。誰にでもわかるようになんて作ってないからと言い訳のように言ってましたが。中身を理解しなくても発動条件さえ満たせば使えるのがとても危険だとも。
これはエリックの方がおかしいんですよね……。教科書として前に読んだ本にも呪式の改造はやめましょうとか書いてありました。
しかし、プライドが刺激されたのかゲイルさんは呪式書いた紙を前にしばらく唸ってました。
ゲイルさんが解析出来そうなのと出してきたものは、かまいたちのようなものでした。
発動するから絶対、口にするなと念押しされてからの作業です。
「これが最初の宣言を省略した言葉。発音すると、フィリア、みたいな感じ。
中身はこの言語でこの場所にアクセスして魔法使いますよ、といったところ。
ええと、風を呼び起こして、圧縮して、速度あげるんだけど。……あれ。範囲設定どこ、継続時間とかないし、ん、これで代用すんの? おかしくないか?」
途中までは良かったんですが、ゲイルさんが困惑した顔で紙を眺めています。
なお、この呪式、5文字です。
宣言で一文字、風を起こして、圧縮して、速度あげて、で各一文字、残り一文字で終了させると思ったのですが。
「普通に全部記述するとこのくらい」
ゲイルさんは途中で説明を諦めたのか、同じ事を基本的な単語で構成しなおしたものを書き出しました。
A4の紙の半分くらいですかね。それでもなんか変だなと首をひねってました。
ゲイルさんの字はわりと几帳面といいますか、角張ってます。読みやすいようで、癖が強い感じがしますね。
魔法の使用、言語宣言、どの程度の魔素を使うのか、風を起こし、圧縮し、速度を設定、継続時間、範囲を設定、継続条件、終了条件の設定、終了条件に合致した場合に終了する。
ということをしているそうです。
ほぼ、略語で他の呪式から引用しているので、短い単語になっているようです。
「やっぱり駄目だ。こんなの憶えるのは一人前になってから」
「どこら辺が駄目なんですか?」
「最後のこれが一番マズい。範囲設定、継続時間を合わせた略語は別にいい。他でも使う。ただ、それになんで、終了の言葉までつっこんでんだと言いたい。分離できねーだろうが」
……。まあ、呪式はきちんと終わらせましょうというのが重要でしたからね。終わらせないと永続します。ついでに言えば、どの程度魔素を使用して、というのもないような気がしますが、それどこにつっこまれてたんでしょうね。
さて、どれほど危ないのか、というのを実演するということで屋外に出ました。うっかり使ったりはしないと思うけど、念のためと。
実はゲイルさんが試したかったんじゃないかと思うんですけど。
「風切(ダート)」
「あー、すごいですね……」
「魔素ものすごい絞ったのにこれかよ。即死だな」
ゲイルさんも引きつった表情でした。視界の中の一本の木がずたずたです。あぶないのであとで伐採した方がいいと思います。
あと、人間に向けるものじゃないです。
しばらく、ゲイルさんが唸ってましたね。ああでもない、こうでもないとぶつぶつ言ってますが、あたしの理解の範囲外です。
「わかった。
範囲を広げると殺傷力が低下するようになってるな。範囲を狭めたのがこれの要因か。そんで、時間も短い方が威力があがると。魔素は関係ないな」
「なんて危ない……」
「これは単体で使わないで、補助旋律つけて扱いやすくしているみたいだ。
それ自体じゃ発動しないこの下のなんだろうと思ってたが」
「補助旋律って?」
「魔法を行使するときに、安定するようにつけるもの。だいたいは同じ旋律を繰り返す」
ゲイルさんがその該当部分を口ずさんでくれます。
記憶にある感じですね。エリックがなにか考えながら口ずさんでいたものによく似ています。
「それにしたって危なくて外に出せない。というわけで使わないように。過ぎた力は誰かを傷つけるものだ。教材にもならないのはわかっただろ?」
「はい」
異論はございません。見習い魔導師には過ぎたものでした。
ゲイルさんは寒いと言いながら家に戻っていきました。
あたしは安定的に指先に火を灯す練習でもしましょう。
「発火(エイ)」
これも略式語を使ってます。
起動、現象を起こす、終了条件のみです。これは言語の宣言とかは必要ないそうなんですよね。よくわからないけど、魔素をどれくらい使うかも設定不要とか。魔素が途切れたら終了の条件なので安全と言えば安全ですね。
常時、同じ光量の光が出るようです。ただ、継続するには集中が必要です。
光を灯すと言うより現象を起こすということに意識を向けている感じでしょうか。
起動するとどこかと繋がったという感じは確かにしました。そこに魔素を供給、あるいは供給する道を用意して、現象が起こる。という一連の流れはわかった気がします。
つながりを維持している限り、現象は起こり続け、切ると終了すると。だから、終了するのは重要なのでしょうね。
繋がりっぱなしというのも良くない感じがします。
魔導具のほうも同じで常時発動し続ける前提のものは例外として、常に終了が必要とされているそうです。
常時発動を前提としない魔導具の場合、使用出来る期間が短くなるそうです。
その話をしたときにあたしの持ってる魔導具も確認してもらいました。髪留めなどについては着用時に起動し、外したときに終了するような設定だそうです。
指輪については首から下げていても着用扱いだとか。
その話をしている途中でゲイルさんがうわーという顔をされましてね。気になって聞いたのですが、指輪の方には色々いれてあったようです。
救難を知らせる機能は確かに入っています。主体としてはあってます。しかし、精神抵抗をあげるいわゆる魔法にかかりにくくなるものをこれでもかと仕込んであったそうですね……。
言って。ねぇ、いってくださいよっ!
今はいない人に言いたいです。他のものにもこっそり仕込んでないですか? 心配になってきましたので、ゲイルさんに見てもらいましたよ。
他は別になにもなかったようです。説明された機能以外はほとんど入ってないと。
ほとんど、というのは、よくわからない箇所があるとかいわれたからですが。
愕然としていたあたしにゲイルさんは笑いを堪えるようにそんな責めるなよと言ってましたけどね。過保護だなぁと言ってたのは聞こえたましたよ。
まあ、指輪については変に怖がらせたくはなかったんじゃないかとゲイルさんは言ってましたけどね。本来は精神的に支配したり、入り込んだりするようなものは禁止されていますが、破る人もいるらしいですよ。好奇心とかお金とかなにも考えずにとか。
……本当に魔導師ってどうなんですかね。
その対象にあたしが選ばれる可能性も考えたのではないかと。一瞬でも乗っ取られ思ってもないことをいっても消すことはできないから。
それでも次にあったときに問い詰めておこうと思います。隠されてなにか入れ込まれてると不安になりますよ。
次っていつでしょうか。
ふっと火が消えました。
「会いたいなぁ」
ぼそっと呟いたのが、なかなかに致命的です。
十日ほどですか。
朝起きてもおはようを言えないんですよね。あたりまえですが、おやすみなさいも。
食事を作るときも何気ないお茶の時間もいないんです。
空白ばかりが目立つような気がしています。他の何かで埋められない隙間。いえ、埋めたくはないのですよね。
さびしいけど、ずっとではないから。
……そのうち、ベッドにでも侵入してみればいいんでしょうか。余計に寂しくなりそうですけど。
いえ、その発想、どうなんだと自分を問い詰めたいですけど。
鍵なんて渡してくる方が駄目なんですよ。責任転嫁ですよね。わかってます。ああ、もう本当に。
「駄目ですね」
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