107 / 263
修行の前に
しおりを挟む異世界生活40日目です。
「行っちゃいましたね」
ユウリとクルス様もさくっとお出かけです。そして、しばらくは帰ってきません。
ユウリは二度と来なくてけっこうです。
ジャスパーは連れて行って欲しかったんですけどね。こう、乗馬技術的に。
ちょっと、危なっかしいですよ。
「ま、大丈夫だろ。どうせ、あとは馬車か魔動車に詰め込まれる」
あまりにも心配そうに見ていたせいかゲイルさんにもそう言われました。ふぁあとあくびをしてもう一回寝るとか言われました。
自由ですね。
「それで、お師匠様。あたしは何をすれば?」
「泣いてきたら? ひどい顔」
笑われましたので、その通りにしましたよ。笑顔で見送ったあたし偉い。
お昼にゲイルさんにあった頃には、腫れに効く軟膏をいただきました。目元とか大丈夫なのか心配になりましたが、魔法薬なので問題はないそうですよ。
便利そうなのですが、教えるのは無理と断られました。一グラム単位での計量とか素材を刻むのにもミリ単位の指定があるそうです。
その上、髪も染められないんじゃ材料がかわいそうだと言われたのでした……。
まあ、無理ですね。というかなんて話をしているんですか。恥ずかしい思い出も色々蘇ってきて赤くなってしまいました。ゲイルさんには不審そうに見られましたが、説明は回避しました。
言えませんっ!
「さて、門外不出のブツを出してきたからこれは内密にするように」
昼食後にそんなことを言われました。場所は改めてうつる必要もなく、ダイニングテーブルに紙の束を広げました。
ゲイルさんは木箱から羽ペンを出されました。見た瞬間にきぃんと耳鳴りがしましたね。
「憶えている魔法を自動筆記する魔導具。まあ、基本的に魔導師は自分の知っている魔法は教えない。師弟関係でも隠している魔法の一つや二つあるものだ。
で、これは神々からの下賜物、ということになっている魔導具。真実は不明だが」
「え? でも、あたし魔法を使えませんよ?」
「そう思ったんだが、支部長が来訪者が魔法を使えるのはおかしいと主張するから試すことにした。
なんでも魂の形が違うから、こちらで肉体が作り替えられても魔素を保存をする器官がない、らしい。俺も初めて聞いた」
「……解剖でもしたんですか?」
「ま、死んだあとどうなったかなんて知らない方がいいだろ?」
……死後は真っ当に火葬なり、土葬していただきたいものです。
「それはともかく、ないからそもそも使えない。この家の魔導具も使う人がもっている魔素を利用するものが大半だ。それを使うのは問題がなかったんだろう?」
「え、ええ」
「だから、持っているんだよ。それからユウリがいたとき、変な事はなかったか?」
「あ、そういえば、最初にコンロが使えないとか言ってましたね」
灯りも消せたけど、もう一回はつけられなかったとか。
ユウリの魂も異界のもののままなので、魔素を溜めておく器官がないってことでしょうか。
エリックは、ユウリに相性が悪いとか、壊れているとか言ってましたけど。そのあと何か直してはいたようです。
「魔導具全般も遠ざけられていたのも意味がないわけじゃないだろうな。本人の魔素がいらない魔導具はいくつか渡しておいたからそれは使えるだろう」
「じゃあ、なんであたしが使えたんでしょう?」
「元の世界で魔法使いだった、あるいは、魔法に相当するモノが存在した、どちらかじゃないかと支部長は言っていた。
ああ、これ、師匠も知らんし、持ち出したのも支部長の独断。だから、結果は誰も知らないことにして葬る。ディレイにも言わない」
「……調べないとかは?」
「どこで何が暴発するかもわからん弟子は持ちたくない」
「わかりました」
当たり前でしたね。エリックがいないときに使うのもわかります。ものすごい興味を持ちそうです。そして、相手の要求を断れるかというと自信はありません。
羽ペンを持たされて、起動するための言葉を教えてもらいます。
「開始(サエラ)」
意識が不明になりました。
意味がわかりませんが、気がついたら右手が痛いです。なんですか、乗っ取り系の道具なんですか。時計が数時間経過したことを教えてくれます。
「……いやぁ、これはまずいな。どこにも出せない」
「どっちですか。この魔導具問題ありすぎませんか?」
「使用上の注意、起動後に読んだ。終わりまで止まりませんとか血の気引いたね」
「それは先に読んでください。で、結果は……」
ゲイルさんがテーブルに広げてくれました。
「魔法の名前とおぼしきものが、こっち」
三枚ほどびっしり書かれていたんです。
見覚えのない言葉で、それでも意味がわかります。大変気持ち悪いです。
「その中身がこっち。憶えているにしても系統が違い過ぎておかしい」
束でした。そりゃあ、手も痛くなりますね。
ぱらぱらっと見ていても意味はわかる謎言語が続いています。なお、複数の言語があるようです。
「あ」
「身に覚えがあるのか?」
「ここから、このあたり、なにか癖が」
文字のリズム感といいますか、構成の癖に見覚えがあります。魔導具もらったりしていたので、見ているうちに憶えたんですかね……。
「……あ、これディレイの呪式だな。どこで憶えたんだ?」
「ええと本で」
憶えているほどに熟読したのかと自分を問いただしたいですねっ! 呆れたような視線は甘んじてうけます。
でもあたしは見たのは完全版でもないはずなんですよね。紙面の都合で。
この紙に書かれているのは魔法そのもの。手順に乗っ取ってやればすぐに起動します。
「使うなよ。相手が、死ぬ。なんつー改造してんだ。殺意が高すぎないか……」
「わ、わかってますよっ! 平和で穏やかな世界から来たので、人に向けるのに躊躇があります」
「そう。そのわりに、攻撃的な感じがするんだよな」
「ここからここまでは全く記憶にありません。このあたりは、なにか父の書斎で見たような?」
押し花をしようと父の書斎に分厚い本を求めたこともありました。あの時はこっぴどく怒られたので憶えています。
日本語じゃない、くらいしか憶えてなかったんですが。
あれってもしや魔導書だったんでしょうか?
あの事件以降、鍵がかけられたのでその後入った事はないのです。まさかの魔法有りな世界に生きてたのでしょうか。そんな事象に当たったことはない、と思います。
いや、もしかして、あの幽霊って……?
淡い記憶に残るのは冷たい指先で。
……幽霊って触れましたっけ?
しばらく、ゲイルさんは唸って書いたものを見ていました。
「たぶん、魔法使い、いたぞ。しかも身内」
「え」
「そっちの魔法は血統による縛りがあるようだ。頭の中で構成しようとしても意味あるモノに組み上がらない」
よくわかりませんね。
「その血が発動の鍵として必要のようだ。それからこちらの法式にあわせて翻訳されているからおかしな事になっている気がする」
「見ただけでは全く、あいたたたっ!!」
な、なんか、ねじ込まれたような気がしますっ!
たとえば、無遠慮に虫歯を弄られたようないやぁな痛みです。脳みそ弄られたとか考えたくないので……。ぎゃーっ! あたしの灰色の脳細胞がっ!
「……大丈夫か?」
「うぐぅ。二日酔いな感じがします」
「で、憶えた?」
「憶えたんじゃないですかね。試し打ちとかできないタイプですけど」
「なんなの?」
「んー、世界間のお手紙をどうにかする方法、ですかね」
魔法リストから一つを指します。現状、一番欲しかったものです。
「なんの役に立つんだ?」
「少なくとも家族を安心させることは出来るんじゃないでしょうかねぇ」
安心するのかは不明ですけど。
手紙を出した場所は偽装されます。向こうからの手紙についてはどうするんでしょう。魔導具の作り方なんて脳内に追加されました。
あ、そういう……。
「絵はがきみたいなのって売ってます? 今度送ってみます」
魔導具のポストみたいなので送って、向こうからの手紙もこのポストに届くようになると。
最初に魔法ではなくて、魔導具作る羽目になりそうです。
「今度、郵便屋に聞いてみよう。他には?」
「電話とメールが頑張れば使えます」
「なんだ、それ」
遠くの人と話せるのと、すぐに手紙が届くような機能としか説明できません。機能の詳細なんて説明したら作れそうな人に言いたくはありません。
電話とかずっと開発されなくてもいいんじゃないでしょうか。
休みの惰眠を貪っているときの電話ときたら……。
「あとは写真が取れますね。特別な紙を用意するところからスタートとか、なんですか。便利機能ってどこにあるんですかっ!」
「……つまり、異界での技術を魔法で再現するって事なんだろ」
「ええ、圧力鍋とかいります? 理由はよくわかりませんが、圧力をかけると肉が短時間で軟らかくなるとか」
役に立つんだか、立たないんだか、みたいな魔法ばかりですよ。
一つ一つ解説していけば、ゲイルさんは首をかしげています。
「たぶん、上の方が、血統による魔法。真ん中が、ディレイというか本で憶えたもの。で、したの部分が変なんだよな。
異質というか、力業でねじ込んだ、みたいなものばかり。生活上、役に立ちそうではあるが」
「発酵とかいけそうな気がします。やわふわなパンが焼けるかもっ! 幻の醤油もやれるかも」
「なにっ!」
……そこから大いに脱線して行きました。
気がつけば部屋が暗くなってきていましたね。なにしてるのでしょうか。
上の部分の魔法が問題ばかりで現実逃避したかったんだと思います。真ん中のも物騒で。
一番最後に、帰還魔法があったことについてはお互いに黙殺しました。可能ですが、どのくらいの禁忌を犯すのかというレベルなので。一つの国を更地に変えるくらいのことが必要ですし、魔素の要求量はゼロがいっぱいでしたね……。
魔導師大量虐殺でもしないとまかなえない量って半端ねぇなと聞こえたのは、気のせいですよ。きっと。
「ここから上は、使うな。本当は、ディレイがこういうのは得意なんだが、見せるのはまずい気がする」
「そうですね……。知らない間にハイブリットな問題あるモノを作り出す気がします」
それも倫理観やらは置いたままに。作れるから作った、という以上の理由もなく、後の世に混乱をもたらしそうな気さえします。
その点には全く信頼がおけません。むしろ、危険すぎます。
「証拠隠滅します?」
「一応、推測の解説くらいはしてからだな。それも基礎理論とかどう教えられているかによる。明日からな」
「はい」
軽く夕食は済ませて部屋に戻ることになりました。
俺もおっさんになった、夜更かしも睡眠不足もつらいとかゲイルさんは言ってましたね。結局おいくつなんでしょう。お子さんもけっこう大きいような話なんですけど。
リリーさんともお子さんとも離れて寂しくないかと聞けば、首をかしげてましたね。
記憶の始まりから、一人だったそうです。だから、誰かがいなくてもそんなもんかなと思っているとか。
さりげなくハードな人生なんですね……。
6
お気に入りに追加
982
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった
白雲八鈴
恋愛
私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。
もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。
ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。
番外編
謎の少女強襲編
彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。
私が成した事への清算に行きましょう。
炎国への旅路編
望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。
え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー!
*本編は完結済みです。
*誤字脱字は程々にあります。
*なろう様にも投稿させていただいております。
【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません
たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。
何もしていないのに冤罪で……
死んだと思ったら6歳に戻った。
さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。
絶対に許さない!
今更わたしに優しくしても遅い!
恨みしかない、父親と殿下!
絶対に復讐してやる!
★設定はかなりゆるめです
★あまりシリアスではありません
★よくある話を書いてみたかったんです!!
恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜
k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」
そう婚約者のグレイに言われたエミリア。
はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。
「恋より友情よね!」
そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。
本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
私と一緒にいることが苦痛だったと言われ、その日から夫は家に帰らなくなりました。
田太 優
恋愛
結婚して1年も経っていないというのに朝帰りを繰り返す夫。
結婚すれば変わってくれると信じていた私が間違っていた。
だからもう離婚を考えてもいいと思う。
夫に離婚の意思を告げたところ、返ってきたのは私を深く傷つける言葉だった。
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる