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魔導協会にて

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 お昼をかなり過ぎてようやく魔導協会にお邪魔しました。
 入ってすぐに右手側に受付があり、左側に本棚が並ぶ一角があり図書館のようでした。

 喫茶店のように飲み物と軽食が注文出来るカウンターとかもありまして、雰囲気も明るいです。
 思ったより人が多いですね。入ってきて一気に注目されたんですけど。思わず、クルス様の背中に隠れてしまいます。恐い。

「いやいや、よくおいでくださいましたっ!」

 受付の男性がうきうき声をかけてきます。びくっとしてしまうのはなぜでしょうか。
 冷静に考えれば、ここにいるの全員魔導師なわけで。大半は普通なんでしょうが、少し欠けてはならないところを欠いている場合もあるようなんですよね。

 魔導協会ではクルス様の側を離れないようにゲイルさんが念押ししてきました。初の師匠命令がそれってどうなんでしょうね?

「隠す気ないだろ」

「待ちに待ってましたので。我々は新しい魔導師を歓迎しています。噂の通りお美しい」

「……?」

 意味がわからなくてクルス様の服を引っ張りました。少し困ったようにクルス様にフードをさらに下げられて、目の前が見えなくなっちゃいましたけど。
 大きめなのでやる気になったら鼻先まで見えなくなっちゃうんですよね。そうでなくても眼鏡もあります。
 つまりは顔の半分くらいはよくわからないわけで。それに美しいなんて言われるのもまずありません。可愛いなら最近よく言われてますけどね。
 主にクルス様からですけど。

 ゲイルさんは近所の知り合いの子が大きくなってかわいいとかいうそんなニュアンスを感じます。ユウリは思ったまま口にしたって感じです。はいはい。と受け流すには罪悪感もありません。

「見るな」

「けちくさい。支部長が手ぐすね引いてお待ちです」

 手ぐすねって……。完全に準備済みってなにを?

「絵描きは?」

「同室で待機してます。うきうきして絵の具を揃えてましたね。最初は急だとか文句言ってたんですがね」

 こちらです。そう言って彼はうきうきと先に立って歩き出しました。スキップでもしそうなくらいです。

 魔導協会は真新しい建物でした。理由は教会地上げ事件後に建て直したから。ついでに現状維持の魔法など実験的に施したので老朽化とは無縁だそうです。しかし、改装も改修も出来なくなって別な意味で困るそうですよ。壊れない、じゃなくて、壊せない、なので。
 他の魔導協会にはエレベーターやエスカレーターみたいなものが設置されつつあるそうです。あれは悪魔の乗り物ですと重々しく受付さんが言います。建物壊して作り直そうぜとか言い出したくなると。
 さすがに五階分階段を上るとなると確かに欲しいですね。

「大丈夫ですか?」

 途中、受付さんにも聞かれてしまいました。
 運動不足の身の上にはとてもきついです。上下運動ってのものがほとんどありませんからいつもと違う筋肉が頑張ってます。
 最後はクルス様に手を引いてもらうていたらくで。

「エレ、ベーター、つ、つけましょ?」

 ようやく上についてぜいぜい言ってます。

「出来たらやってます」

 良い笑顔で受付さんが言ってます。そ、そううでしたね。

「建て、直しすれば……」

「無理だな。壊れない、という概念で作られた。破壊するなら、町一つ潰す覚悟がいる」

 ……なんてものつくってんですか。テンション駄々上がりでやらかしたあとに気がついたのではないでしょうか。

「階段だってすり減ってないでしょう? たまに欠けるときもありますが、微再生もあるらしく直ってるんですよ」

 良い笑顔です。ふざけんなと思っているのが透けます。受付さんが一番上り下りするのかもしれませんね。
 クルス様もうんざりした顔で上っていました。

 なお、はぁはぁ言っているあたしのために皆様お待ちです……。
 もう、来ない。話があるなら一階とか二階とかにしましょう。

「人気のない部屋なので支部長が使ってるんですよ」

 でしょうね。

 どうにか息が整ってきたところで、フードを外しました。さすがに偉い人に会うのに顔が見えないのは失礼かと思いまして。
 が、すぐに被せ直されました。

「な、なんでっ」

「支部長、変に鋭いのでやめた方が良いですよ。顔見えない方が安心」

 受付さんにも気の毒そうに言われました。何があるって言うんですか。

「妖怪とか化け物とか、そんな類」

 前情報でそれほしいですよっ!? 妖怪ってなんですかっ!

 受付さんはあはははとかわいた笑いをしながら一つの扉を開けました。というか目の前の一つしか扉ないんですけどね。

「ようこそ」

 中にいたのは三人でした。
 ようこそと言ったのは初老の男性です。くすんだ茶色のローブを纏ったいかにもな感じでした。白い髪がさらさらで伸ばされています。ヒゲも綺麗に手入れされてますね。

 もう一人は上品そうな老婦人でした。安楽椅子で何かふわふわとしたものを編んでいそうな感じと言いましょうか。ただし、つり目ぎみでどこかで似たようなものを見た気がします。

 最後の一人はイーゼルの前に座ってますので、きっと絵描きさんなのでしょう。クルス様を見てひっと悲鳴をあげていたのが気になりますが。

「久しぶりです。師匠はどこをほっつき歩いてたんです? リリーが困ってましたよ」

 老婦人に向かって、クルス様が言ってました。師匠の前では口調は改まるようですね。ただ内容までは改まらないようです。いつも通りな気がします。

「おやおや。ディレイは困ってないようだね」

「ええ。全く。もうちょっと不在でも構いませんでしたよ」

「昔はもう少し可愛げがあったような気がするんだけどね」

「あれから何年たったと思ってるんです?」

 やれやれと言いたげで、少しばかり師匠が苛立ったような雰囲気を感じました。何か口を開きかけてやめたようです。
 代わりにあたしを観察されましたが。クルス様の後ろに隠れたくなりましたが、ここは頑張って横に立って営業スマイルを浮かべる事にしました。ええと、ちょっと服くらいは握ってもいいですよね。

 受付さんは私はこれでとひっそりと言っていました。まるで、気がつかれたくないようにひっそりと。

「お茶」

 その背後に推定支部長さんが声をかけていました。
 びくっとした受付さんが可哀想な気がします。どこまで水が出るのかわかりませんが、だいぶ階下なのは確かそうです。
 がっくりと肩を落としていましたね。

「どうぞ」

 席を勧められたので座りますけど。なにもそんなにくっつかなくてもよくないですか? クルス様。三人掛けソファってもっとゆったりしているものでは?
 ものすごい警戒している感じはしますけど。なんなら手も握られました。

「ぷっ」

 少し離れたところから吹き出したような声が聞こえました。絵描きさんですね。赤毛の女性ですが、その赤に見覚えがある気がします。
 綺麗な透明感のある赤。

「あいつか」

 クルス様は視線を向けて機嫌悪そうに呟いてましたね。びくっとして絵描きさんがイーゼルの向こう側に隠れてしまいました。
 あれ、もしかして、赤く染まった事件の加害者の方でしょうか。

「まだ、弁償されてない」

「ただ働き中だから待ってやって欲しい」

「教会に出稼ぎに行くものっ! そしたらとっとと返してやるわよ」

 イーゼルの向こう側からそう聞こえてきました。
 ……。ああ、大変ですね。色々と。

「フェザー支部の支部長タイニーという。ようこそ、新しき魔導師」

「それの師匠のステラだよ。リリーが世話になったね」

「アーテルです」

 他になにを言っていいのかわかりません。
 遠く、どこかでかちりと音がした気がしました。なにか、スイッチを入れたような音でしたが、この世界では聞いた事のない感じの音ですね。
 ちりっと髪に静電気のようなものが走ったような気がして、首をかしげます。なにか、変な気がするのですが。

「ディレイもそんな警戒しなくてもいい。取って食いはしない」

「勝手に調べようとするのは、たちが悪いと思います」

「ばれたか。良い耳をしている」

 タイニー氏は懐から小さい箱を出してきました。オルゴールみたいな音が聞こえてきますが、不快に感じるのはなぜでしょうか。

「最新式、能力測定機、簡易版だ」

「ずいぶん小さくなりましたね」

「拡大鏡というものがようやく手に入って量産目前までこぎ着けた。一つでも違ったら発動しないというのは困りものだよ」

 以前、ゲイルさんのところでしてもらったのと同じでしょうか。
 タイニー氏が再び触ってカチリと再び音が聞こえました。そして、箱から聞こえた音が止まります。ちりっと感じたものも消えましたね。
 今までこんな事なかったんですが、どうしてでしょう?

「使わせてもらいたいが、いいかね?」

「どうぞ」

 あっさりと言うとなぜか驚かれました。以前は白紙だったので、改めて調べてもらう必要もありますから。
 正式にとなるとやはり血を採られました。痛かったです。涙目で指先をなでてしまいます。ちょっと大げさに絆創膏みたいなものを張られたんですけどね。

「うーん、そそられるというか」

 遠くから紹介してもらえない絵描きさんがぼそぼそ言っています。
 じっと見ていれば小さく手を振られました。

「出力はこっちから」

「そこは切り離せたんですね」

「十年かかってようやく」

 タイニー氏とクルス様は箱(おもちゃ)に夢中な感じですね。新しもの好きですか。気がついたら手は離されてますし、物理的に距離があいています。適切な距離感な気はしますが、寂しいとか毒されてますね。

 ステラ師匠はにこにこと笑ってますが、なぜでしょう。一番圧力を感じています。父方の祖母と同系列の圧力な気がします。穏やかにみせて怒らすと恐いんですよね……。遊びに行くたびにやらかすあたしが悪い気もしますけど。
 でも、怒られた経験だけが鮮烈に残っているのか、何をしたのか憶えてなかったり。

「うちの弟子たちが困らせただろう? すまないね」

「い、いえっ、お世話になってます」

「悪気はないが、悪い時はあるからね」

 そうですね。ちょっと倫理観的な欠落が時々露呈しますね……。善良ではありますけど、善意が全て良いというわけでもなく。
 逆なのかもしれませんけど。
 力がありすぎるから、善良にしなければならない。

 どう返答しようかと迷っているとお師匠様がにやりと笑いました。何でしょうね。この既視感のある悪い笑み。
 嫌な予感がしますよ?
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