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疑惑

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 帰りが遅くなってしまった。

 教会で用事が済んだと思えば、調子の悪い魔動具があるとか言われて直す羽目になった。やはり教会のシスターというものは人をこき使いたがる。嫌いではないが苦手だ。
 神官も笑っているばかりで助けようともしないのに問題を感じる。逆に悪いね、ただ働きさせてと無償を強調されるたちの悪さもあり、昼食を用意されて誤魔化された。

 定期的な寄付を止めてやろうかと考えたが、指輪の入った箱が上等なもので綺麗に包装されていたことで言い損ねた。
 それにあわせてお守りと言われて渡された紙袋の中身も確認していない。

 その上、魔導協会で予想外に時間をとられた。
 むしろ、待ち構えていたと言っていい。受付に有無を言わさず個室に連れ込まれた。幹部相手に来訪者の情報を洗いざらい吐けと言われても言えないものは言えない。
 隠しようもないいつ頃からいるのか、その特性については話た。それ以外は確定していない情報なので言えないと拒否したが、ずいぶんと食い下がられた。

 リリーのところでだいぶ情報を止めていたらしい。師匠の目があっては手を出せないと思っていたところに行ってしまったようだ。
 迂闊にもほどがある。

 ユウリの件はなんとかすると軽く受け終われた方が心配になる。

「捕まえておけ、なんて出来たら、やってる」

 ぼやけばジャスパーがなんか言ったかと言いたげに耳を動かした。暗くなりかけた道をのんびりと帰る。
 本当は急ぎたいが、ジャスパーの機嫌に左右される。いつもより足下が見えない分慎重になっているようだ。

「留守の間は頼むからな」

 どうしようかと言いたげに頭を振られて、苦笑が漏れた。彼女が良く話しかけるからつい話をしてしまう。
 町にいたときはそれほど感じなかったが、今はなにか足りない気がしている。

 寂しい。

 その言葉で言い表せるかはわからない。

「早く帰らないか? 心配している、と思う。たぶん」

 平気そうな顔で、大丈夫でしたよなんて言われそうな気がする。あの強がりはどこから来ているのだろうか。
 泣き言らしきことも、弱音もあまり言われた事がない。泣かれたことなど一度もない。

 少しはその気になったのかジャスパーの足が速くなった。



 家が近くなり遠く灯りが見えた。ゲイルあたりが気を利かせて魔法の灯りでも用意していたのだろうかと思ったが。
 ぼんやりと見えたものが人だとわかったときにはため息が出てきた。
 外はもう暗い。寒くなる時間に外にいるとは思わなかった。

 無様にならない程度には取り繕って馬から下りる。

「おかえりなさい」

 それを見て、彼女は近づいてくる。ほっとしたような嬉しいような表情がない交ぜになっていた。
 ただ、町に行ってくるだけでこれで本気で大丈夫だと思っているんだろうか。こんな場所でわざわざ待っているということはかなりの不安か心配を抱えている気がしてならない。
 たぶん、本人は大丈夫と言い張るだろう。表面上はそのようにみえるのが厄介な気がしてならない。

「ジャスパーもお疲れ様」

 ジャスパーが鼻先を押しつけようとして、彼女が露骨に避けた。

「いや、ちょっと押されると倒れます。ダメだって言ったじゃないですか。代わりに明日は念入りにブラシかけてあげますね。他の子もブラシかけてって言ってきてもヤキモチとかいけませんからね? 仲良くするんです」

 言い聞かせている様子がいつも通りでほっとした。だが、ジャスパーの方ばかり構っているようで少し面白くない。
 こちらに背を向けている分、いつもより油断している。

「ただいま」

「うひゃっ」

 う、後ろからとかダメだと思いますとかごにょごにょ言っているが、触れたわけでもない少しだけ近かっただけだ。

「俺も疲れてるから、暖かいもの用意してくれるといいんだが」

「は、はいっ!」

 うわずったような声が、動揺をそのまま表しているようだった。
 それが面白くなってきて、少々のいたずらくらいはと実行してしまう。

「あぅ」

 耳を押さえて逃げる様はなにか小動物のようだ。嫌な時ははっきり逃げて行くので、ある意味安心する。近頃、今までの暗黙の了解を踏み越え過ぎていた。

「遊ばれてる気がするんですけど」

 警戒心をもって距離を離しながら、それでも手が届かないほどではない。怒っても何かの限界を超えたようでもないようだ。

「いい反応するから、つい」

「つい、ついって」

「ほら、約束していたお土産」

 誤魔化すように取り出したものを見てもきょとんとした顔で見返されて違和感を憶えた。

「お土産?」

「朝、約束しただろ?」

 さらに首をかしげる仕草で理解する。どうも憶えていないらしい。あるいは夢だとかなんとか処理されたのだろうか。

「あれ? 夢ではない?」

「寝ぼけていたのか」

 憶えていないことに少しばかり気落ちするが、いつもと違った理由がわかった。素直に甘えてきて可愛かったことは別に言う必要もない。
 考え込んでいる彼女の手を取り、指輪を入れた箱をのせる。彼女は目を見開いてその箱とこちらを交互に見ていた。

「豪勢な箱ですね」

「あとで一人で開けるように」

「はい」

 彼女はよくわからないという表情のまま肯く。
 ゲイルあたりはすぐに感づくだろう。言い訳は用意してもそれだけとは思わない。魔動具づくりを生業としているだけあって、同じ機能を持たせる道具は他の形状でも構わないと知っている。

 ただ、これを持っていて欲しかっただけなのだとすぐに見破られるに決まっている。

「じゃ、飲み物用意して待ってます」

 そうして機嫌良さそうに足取り軽く去って行く。
 その間、ジャスパーは大人しく待っていた。さりげなく距離を置いていたことには彼女も気がついていなかったようだ。
 今ももういいかと問いたげに頭を向けてくる。

「おまえ、本当に馬なわけ?」

 別な生命体とかじゃないだろうかと疑いつつある。なにか他の馬より賢く、人の言葉を理解しているようにしか思えない。
 素知らぬ顔で厩舎のほうに歩き出すにいたっては誤魔化しているような気さえしてくる。

 おそらく、気のせいで済ませるのがよいのだろう。
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