上 下
77 / 263

変ですよ?

しおりを挟む
 細身に見えてあんがい筋肉ついて引き締まってましたね。骨っぽいところもありますけど。
 え、抱きついた感想ですが、なにか。ちょいと不埒なことをしたがる気持ちを押し込めておでこを肩あたりにくっつけました。
 全身熱い気もしますが、しばらく、このままでいた方がいいんでしょうか。変な事を言い出したり、したりしないような自制心が残っていることに期待しましょう。
 いえ、でも奴ら裏切りましたからね。

 へろっと変な事言い出さないといいのですが。
 好きだとか言うのはもう言った気もするので、そこは安心していられる気がします。どこが好きとかも言いましたし。
 あれ? 言って困るようなことはあまりないのでは?

 ダメな行動は山ほどありますけど。

「……足りました?」

 そろそろいいかなと聞いてみましたが、うろうろしていた手がようやく背中に回されました。きつくはないですが、逃亡防止に思えて苦笑してしまいます。
 見上げればまだ狼狽えたままではあるようで、視線が合いません。どこ見てるんでしょうね?

 かなり踏み込んでくると思いきやこういうところで狼狽えられるとどうしていいのかわかりません。
 いないから充電したいとか言い出すようなことってかなり好きなのでは? という疑惑は宙に浮いたままです。
 好意はそのままで無自覚だった部分が自覚に切り替わったような印象があります。自覚した分、行動が直接的になったといいますか……。そして、それに慣れてないからやらかしたあとがこうなのかなと。

 きっかけは眠り姫なんだろうと思いますけど。でも現状がおかしい感じなのは、それだけでもなさそうなんですよね。それとは別に理由があってこうなんだと思います。あたしからは見えない理由。

「どうしたんです? ユウリが来てから変ですよ?」

「しばらくしたら落ち着くと思う」

 普通、とか返ってこなかったので、変だという自覚はあるのでしょうね。
 ただ、しばらく、といってもですね。居なくなってしまうわけで。クルス様が落ち着いたかどうかもわからないままというのも不安です。

「本当ですか?」

「たぶん」

 とても自信なさそうですね。何か出来ることがあればいいのですけど。うっかり色々して余計悪化しそうなんですよね。
 昼間のあれこれで悪化している可能性も否めないのです。

 ただでさえ、意識しているところにたたみかけたような出来事だったかもしれませんね。ちょっと色々考えなしでした。
 あたしも全くどこも冷静さはありませんし、正気? とか言い出しそうな事ばかりでして。
 知らない間に煮詰まってたんでしょうか……。

「ところで、そろそろ離してもらってもよいでしょうか」

 理性の限界がやってきそうなので。少々、刺激が強いですよね。うっかり色々ねだりそうで怖いですよ。
 額だけじゃなくてこめかみとか頬とか首筋とかいいですよね。

 ……。
 こ、これだけは駄々漏れしたくありません。逃げますけど、嫌じゃないんですよね。不可解かもしれませんけど。恥ずかしいんですって。

 クルス様が離してくれたのは良い事です。ちょっと寒いような寂しいような気がするのは気のせいですよ。いつもの距離感からすれば、近すぎるくらいなんですから。

「ここは片付けておきますから、もう休まれてはどうでしょう?」

 空白に耐えかねてそう言えば、クルス様に面白くなさそうな顔をされてしまいました。

「あんなに寂しいなんて言ってたのに」

「それはそれとして、独りになったときに浸りますので」

「浸る?」

「そういうのも恋の醍醐味かと思いまして」

 クルス様はよくわからないと言いたげに少し首をかしげました。
 今まで側にいないということもなかったですからね。放置されたことはありましたけど。あれは寂しいの種類が違う気がします。あれこそ、構って欲しいけど我慢するというものでしたね。

「いつから」

 不自然に切れた言葉は、本来なんと続く予定だったんでしょうか。
 その続きは、全く出てきませんでしたけど。ちょうどよい話ではありました。

「この世界に来る前から、好きは、好きでしたけどね。この二年のことをユウリの視点からしか知りませんよ。そういう物語でしたから」

 軽く聞こえるとよいのですが。
 それで、イヤな顔とかしてないともっといいとおもいますけどね。確認する勇気はありませんね。床とか見つめちゃいますよ。

「そうか」

 聞こえた声は素っ気ない、全く気にもしていないような風に思えました。

「文献の通りなんだな。気にしないわけでもないが、そこまで思い詰めて言われるほどでもない」

 普通の声で、なんでもないことのようにそう言われました。
 それにどれだけほっとしたのかわかりません。それでも、まだ見上げる勇気は出てきませんね。

「気持ち悪いとか思いません?」

「……少し、面白くない」

 面白くないって、なに?
 思わず顔を上げてしまいました。確かに、とても眉が寄ってますね。クルス様がが不快ってのは感じます。
 ただし、あたしに対してではないようですが。

「その話の俺ってそんなに良い男にみえたわけ? 最初からあんなに安心するくらいに」

「え、その、ちょっと、舞い上がってましてそこまで考えてませんでした」

 大変、恥ずかしい気がします。推しなので無条件に信頼したというのがちょっと重たいでしょうし。そこはそこはかとなく流していきましょう。

「こう、とても、好きだったので」

「なんかあったら、どうしたわけ?」

 へらりと笑って誤魔化しました。ま、それは、それで、ねぇ?
 クルス様もなにか察したみたいですけど、詳細は追及はしないようです。喜ばしいのかどうかはわかりません……。

 呆れたように頭をぽんぽんしないでください。ついでのように髪を弄らないでください。な、なんかその触り方ちょっとこう……。

「付け込んでおけばよかったな」

 低く笑いすら含んだその声が色気過剰なんですけどっ!
 そんなのおいしいかどうかはわかりませんが、一瞬で食べられてしまったでしょうね。現実感なくてふわふわしてたので、今ほど抵抗感は感じない気がします。
 半歩ほど、距離をとりましょうか。ぐらぐらします。言っちゃいけないこと言いそうです。

 それでも、まだ、手を伸ばせば届く距離。

「……お茶、もらってもいいですか?」

「ああ」

 その返答は、いつものようでほっとしたような気がします。
 渡されたマグカップの中身は完全に冷えてます。いっきにぐいと飲み干して冷静さを取り戻したい気がしますね。ついでに離れた距離に安心します。それなりに理性が帰ってきたようで幸いです。
 至近距離で寂しいとか言い出すのは正気とは思えませんね。

 ふと見ればクルス様はさっさと飲んでしまったようです。

「じゃあ、あとは頼んだ。また、明日」

「おやすみなさい」

 と言っても全く動かないんですけど。
 どうしたんだろうと見上げれば、小さく笑われました。

「キスしていい?」

 ……聞かれるのも恥ずかしいです。
 このあたりの匙かげん、どうすればいいんでしょうか?

 黙って肯く以外の選択肢はありませんでした。

 場所は慎み深く、頬でした。
 でも、頬って言っても唇の端とかかすってるんですけど。だから余計に妙な期待が……。

 ちょっと落ち込みました。やだなぁ、あたしったら。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません  

たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。 何もしていないのに冤罪で…… 死んだと思ったら6歳に戻った。 さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。 絶対に許さない! 今更わたしに優しくしても遅い! 恨みしかない、父親と殿下! 絶対に復讐してやる! ★設定はかなりゆるめです ★あまりシリアスではありません ★よくある話を書いてみたかったんです!!

恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜

k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」 そう婚約者のグレイに言われたエミリア。 はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。 「恋より友情よね!」 そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。 本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...