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我は謡う 2
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眠りに落ちるように世界は閉ざされたような気がしました。
体の感覚も薄く、ぼんやりとした意識が浮かび上がってくるような、沈んでいくような不思議な感じがします。
楽しげに歌う声も、色とりどりに散る絵筆も、花のような匂いも幻のように現れては消えます。
曖昧な体の感覚も輪郭がほどけていきそうなくらい曖昧に感じます。
壊れていくわけではなく、ただ溶けて。
残るのは小さなきらきらしたものです。
「どんないろがいい?」
「どんなおとがいい?」
「どんなにおいがいい?」
「どんなあじがいい?」
「どんなてざわりがいい?」
声が、聞こえてきました。幼いような、とても大人のような不思議な声は、きらきらとはじけました。
しかし、すぐに暗くなって見えなくなってしまいます。
「だめだよ。このこはぼくの」
うっとりとしたような声の主は顔がありません。のっぺらぼうとでも言いますか。
聞き覚えのある声と思ったんです。そして、似ているなと。
「ねえ、ぼくをえらんでよ」
甘い声が、白い手が誘います。
「たいくつはしないよ。だいじにする」
抵抗感を覚えます。これは肯いてはいけないもの。
業を煮やしたのかそれが触れました。
「触らないでっ!」
ぞわりとしたそれは、記憶にあるものと一致しました。最後にあたしを侵食しようとしていたものと同じです。
急に意識が戻ってきました。再構成されたように一つずつ輪郭を取り戻していきます。馴染んでいるのに違和感だけがありました。
新しいような気がします。
小さいやけどの傷があったはずの手はまっさらに白く見えました。
さらに黒髪にもどってますよっ!
元の部屋にいるというわけではないようです。ただ、意識だけがここにいる気もしますし、体もある気もします。不思議な感じがしました。
「あれ? ざんねん。いまなら、うばえるとおもったのに」
……ヤバイのが目の前にいました。あたしは、これを知っています。
堕落を誘い破滅を望むもの。負の側面だけを強調されたようなヒトならざるモノ。
主人公に堕落を誘い、時々出てきては思わせぶりに何もしないという。
ある意味とても人気がございました。だから、思い出したんですけど。いろんな色々が量産されるとかいう感じの色々です。明確に言いたくないのはお察しください。
あの家にいたのはコレですか。侵食されるという印象も、なにか焦って弟もどきがでてきたのもわかりました。
乗っ取られたら災厄の復活、あるいは実体化です。
一部かも知れませんが、笑い事じゃないですね……。いや、本当に自我が滅されます。
「ねえ、ちょうだい?」
それはガン無視しました。顔がないっていうのにどうしてか意地悪そうな表情を想像出来る声なんですよね。
代わりに知っていた歌を口にしました。意識がもどったらやることがわかりましたからね。
体はもう一度作り直されました。ならば、魔導師としての立ち位置を決めるだけです。
くすくす笑う声の主が舞い降りてきました。
ひとときも同じ色をしない人の形をしたものです。やはり顔はありません。風もないに揺れる髪は音を奏でます。
「ようこそ。異界からの来訪者。詩神の加護を」
表情がないはずなのに、微笑んだような気がします。
「本当はこんな所まで来てはいけないの。今回だけよ?」
その方は困ったように上を見上げます。
「階段の上に明かりが灯りました。よそ見をせずに、お帰りなさい」
いつの間にか目の前に螺旋階段がありました。確かに上が明るいですね。
そこからはただひたすらに階段を上りました。とても、遠い感じがします。あちこちに灯りが灯ったり、消えたりして迷う度に何かの音が呼んでいる気がするのです。
それはとても優しい声のような気がします。
「ねえ、名前教えてよ」
そんな道のりになぜか禍々しい生き物がついてくるのです。名も無き災厄とでもいいましょうか。ぼくの、なんて言われて嬉しくないですね。
妙に聞き覚えがある声なので、つい耳が拾ってしまうのが嫌です。
「いいません」
「えー、僕はルー。僕の名前聞いたんだから名乗ってよ」
名も無き災厄、本名はとっても長いです。ええ、本編に書いていたので知ってます。その手口も。
粘着されることも予想されて頭が痛いどころではありません。隙を突いて乗っ取りかけてくるくらいやりかねませんよ。心の隙とかついてくるいやらしいタイプなので、隙だらけのあたしとしては相性が最悪です。
邪神、などといわれることもあるこの災厄ですが、今の時代には力を失っています。
この世界の現在は実在していた神々が形を失い、干渉をしなくなった時代です。形を失った理由はわかりません。この災厄も本来は形を失って干渉しないはずなんです。
先の戦争が原因で少しだけ自由になったという設定でした。封印されているとかなんとか設定があった気がしましたが、あたしが読んだところまででは進展はなかったですね。
戦争編が終わったあと、新章が始まったりしたんでしょうか。
それなりに人気ありましたし、続きそうではありますね。アニメ化とかしてたんでしょうか。……惜しい気がします。
さて、無視していてもそれとなく話しかけてくるんですよね。
「暇なんですか?」
「ユウリが相手してくれないから」
「さようで」
だからといってあたしが相手をしたいとは思いません。
ちなみにこの災厄の声を知っているのはドラマCDにちょくちょく出てきたからですよ。ああ本当に、声だけは良いですよね。中身は最悪ですが。
「……あ」
はっきりと音が、聞こえます。
名を呼ぶ声が。
「どうして、僕ってこんなに間が悪いのかな?」
災厄はぼやいていますが、おそらく、そこが憎まれないコツですよ。
いいところまでいくのに、覆されるんです。
「では、お迎えがきましたので」
「じゃあ、また」
……またなんていらないのですが。
体の感覚も薄く、ぼんやりとした意識が浮かび上がってくるような、沈んでいくような不思議な感じがします。
楽しげに歌う声も、色とりどりに散る絵筆も、花のような匂いも幻のように現れては消えます。
曖昧な体の感覚も輪郭がほどけていきそうなくらい曖昧に感じます。
壊れていくわけではなく、ただ溶けて。
残るのは小さなきらきらしたものです。
「どんないろがいい?」
「どんなおとがいい?」
「どんなにおいがいい?」
「どんなあじがいい?」
「どんなてざわりがいい?」
声が、聞こえてきました。幼いような、とても大人のような不思議な声は、きらきらとはじけました。
しかし、すぐに暗くなって見えなくなってしまいます。
「だめだよ。このこはぼくの」
うっとりとしたような声の主は顔がありません。のっぺらぼうとでも言いますか。
聞き覚えのある声と思ったんです。そして、似ているなと。
「ねえ、ぼくをえらんでよ」
甘い声が、白い手が誘います。
「たいくつはしないよ。だいじにする」
抵抗感を覚えます。これは肯いてはいけないもの。
業を煮やしたのかそれが触れました。
「触らないでっ!」
ぞわりとしたそれは、記憶にあるものと一致しました。最後にあたしを侵食しようとしていたものと同じです。
急に意識が戻ってきました。再構成されたように一つずつ輪郭を取り戻していきます。馴染んでいるのに違和感だけがありました。
新しいような気がします。
小さいやけどの傷があったはずの手はまっさらに白く見えました。
さらに黒髪にもどってますよっ!
元の部屋にいるというわけではないようです。ただ、意識だけがここにいる気もしますし、体もある気もします。不思議な感じがしました。
「あれ? ざんねん。いまなら、うばえるとおもったのに」
……ヤバイのが目の前にいました。あたしは、これを知っています。
堕落を誘い破滅を望むもの。負の側面だけを強調されたようなヒトならざるモノ。
主人公に堕落を誘い、時々出てきては思わせぶりに何もしないという。
ある意味とても人気がございました。だから、思い出したんですけど。いろんな色々が量産されるとかいう感じの色々です。明確に言いたくないのはお察しください。
あの家にいたのはコレですか。侵食されるという印象も、なにか焦って弟もどきがでてきたのもわかりました。
乗っ取られたら災厄の復活、あるいは実体化です。
一部かも知れませんが、笑い事じゃないですね……。いや、本当に自我が滅されます。
「ねえ、ちょうだい?」
それはガン無視しました。顔がないっていうのにどうしてか意地悪そうな表情を想像出来る声なんですよね。
代わりに知っていた歌を口にしました。意識がもどったらやることがわかりましたからね。
体はもう一度作り直されました。ならば、魔導師としての立ち位置を決めるだけです。
くすくす笑う声の主が舞い降りてきました。
ひとときも同じ色をしない人の形をしたものです。やはり顔はありません。風もないに揺れる髪は音を奏でます。
「ようこそ。異界からの来訪者。詩神の加護を」
表情がないはずなのに、微笑んだような気がします。
「本当はこんな所まで来てはいけないの。今回だけよ?」
その方は困ったように上を見上げます。
「階段の上に明かりが灯りました。よそ見をせずに、お帰りなさい」
いつの間にか目の前に螺旋階段がありました。確かに上が明るいですね。
そこからはただひたすらに階段を上りました。とても、遠い感じがします。あちこちに灯りが灯ったり、消えたりして迷う度に何かの音が呼んでいる気がするのです。
それはとても優しい声のような気がします。
「ねえ、名前教えてよ」
そんな道のりになぜか禍々しい生き物がついてくるのです。名も無き災厄とでもいいましょうか。ぼくの、なんて言われて嬉しくないですね。
妙に聞き覚えがある声なので、つい耳が拾ってしまうのが嫌です。
「いいません」
「えー、僕はルー。僕の名前聞いたんだから名乗ってよ」
名も無き災厄、本名はとっても長いです。ええ、本編に書いていたので知ってます。その手口も。
粘着されることも予想されて頭が痛いどころではありません。隙を突いて乗っ取りかけてくるくらいやりかねませんよ。心の隙とかついてくるいやらしいタイプなので、隙だらけのあたしとしては相性が最悪です。
邪神、などといわれることもあるこの災厄ですが、今の時代には力を失っています。
この世界の現在は実在していた神々が形を失い、干渉をしなくなった時代です。形を失った理由はわかりません。この災厄も本来は形を失って干渉しないはずなんです。
先の戦争が原因で少しだけ自由になったという設定でした。封印されているとかなんとか設定があった気がしましたが、あたしが読んだところまででは進展はなかったですね。
戦争編が終わったあと、新章が始まったりしたんでしょうか。
それなりに人気ありましたし、続きそうではありますね。アニメ化とかしてたんでしょうか。……惜しい気がします。
さて、無視していてもそれとなく話しかけてくるんですよね。
「暇なんですか?」
「ユウリが相手してくれないから」
「さようで」
だからといってあたしが相手をしたいとは思いません。
ちなみにこの災厄の声を知っているのはドラマCDにちょくちょく出てきたからですよ。ああ本当に、声だけは良いですよね。中身は最悪ですが。
「……あ」
はっきりと音が、聞こえます。
名を呼ぶ声が。
「どうして、僕ってこんなに間が悪いのかな?」
災厄はぼやいていますが、おそらく、そこが憎まれないコツですよ。
いいところまでいくのに、覆されるんです。
「では、お迎えがきましたので」
「じゃあ、また」
……またなんていらないのですが。
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