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な、なにもしないですよっ

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 客間の方は問題なかったので、二階から降りてきました。なにか落ち着かないので、眼鏡をだしてきました。少し安心します。

 リビングの方に顔を出そうかとも思いましたが、ユウリと二人きりというのも嫌なんですよね。
 ……魔動具の件もありますし、クルス様の部屋の様子でも見に行きましょう。もしかしたら新しいものが必要になるかもしれませんからね。

 というわけで、クルス様の部屋の扉を叩いてみたのです。
 返事はありません。
 いないのでしょうか。

 開けて確認したい誘惑にかられますが、いけませんね。うっかり忘れられてません? とかこう、不安になるんですよ。

 もうリビングにいるかもしれませんし、戻りましょうか。

「ひゃあっ!」

 頭の上を何かがふわっと触れていったのです。
 ……なにか、いますよ? きっとこの家、何かがいますってっ! なんかきらきらしたものが視界にはいりましたもの。
 それがすっと消えたんですっ!

「え、なに? どうし……」

「……いたんですね」

 クルス様にとても気まずそうに視線を逸らされましたね。

「いただいた魔動具壊れてしまったみたいなので、ちょっと見て欲しかったのですけど」

 諦めたようにため息をつかれたのは、なぜなんでしょうか。
 入って、なんて言われてしまったので、そのままお邪魔しました。気になるほどの大きさではないはずの戸が閉まる音にびくりとしました。

 この部屋に入ったのは初めてです。ものがない感じで机と椅子と書棚、それから謎の大きな箱があります。
 コートかけにいくつか服がかけてあって、その奥にベッドが見えました。全体的にはそんな広くない部屋です。時間帯もあって少々薄暗くなりつつある感じがします。

 きょろきょろと見回すのは失礼とは思いますが、つい。この部屋では煙草を吸っているのかやはりあの苦いようなすっきりとしたような匂いがします。妙に落ち着く匂いなんですよね。

 ポケットから纏めて置いた破片をいれたハンカチを取り出します。

「これなんですけど」

「ここに置いて。壊れたのはいつ?」

 机の上に置くとクルス様は慎重に広げていきます。途中で暗かったのか机の上の灯りをつけました。
 明るくなった分、範囲をずれたところにより暗く見えます。

「昼過ぎくらいに気がつきました。落ちていたのは、玄関です」

 そう、と小さく呟いて一つずつパズルのように組み合わせていきます。ばらばらでも位置はわかるようですね。
 普段あまり見ない真剣な表情もいいです。近くで見る機会なんてこの先もあまりなさそうですし、気がつかれないことをいいことにじっと見てました。

「足りない。あとで確認してくるか」

 ふと視線が落ちてきて。驚いたように目を見開かれて、一歩下がられたのには、こちらも驚いたのですが……。
 もしや、いるの忘れてました?

 この短い時間で?

「警戒心とかないのか……」

「ありますよ?」

「ここ、俺の部屋だってわかってるよな?」

 首をかしげてしまいます。知ってることをわざわざ言う必要がよくわかりませんでした。
 クルス様はそれを見て額に手をあてて、信じらんないと呟かれるに至ってはあたしがおかしいのだろうかと思うのですが。

 ……おおっ! 密室に二人ですねっ! しかも至近距離です。

 一瞬で茹だった気がします。

「な、なにもしないですよっ」

「……なぜ、アリカがする前提なんだ」

 そりゃもう、邪悪な何かがあるからにきまってますねっ! ちょっと言い過ぎですか。
 クルス様にぽすぽすと頭を叩かれてしまいました。なんですか、その複雑そうな表情は。

「代用品は用意する。数日はかかるから、気をつけるように」

「はい。ありがとうございます」

「それと、廊下で何に驚いていたんだ?」

 頭上をなにかきらきらしたものが触れたとか、他2件についてお話ししたのですが。

「……ユウリだな。使役妖精のどれかだろう」

 そんな設定ありましたっけ?
 クルス様は苦笑して、本人から説明させると言っていましたが。ユウリは魔法は使いません。ただ、ちょっと世界の根幹から力を借りてくることはしていましたね。
 裏技とか、切り札として。

「これで用事は終わりか?」

「はい。お邪魔しました」

 長居するのも良くない感じはします。あたしが血迷ったこと言い出す前に撤退です。机の前の明るさと外れたときの暗さの落差がありますのでちょっと見えにくいんですよね。
 廊下も少し暗くなりかけています。
 部屋を出かけたあたしにクルス様がちょっと待つようにと声をかけてきました。ぱたんと扉が再び閉まります。

「そうそう。すっかり忘れてた。これはあまり使わないからやるよ」

 クルス様はコート掛けから以前借りたケープを出してきました。
 ものを受け取っただけなのに、触れる指先に意識がもってかれるのはこの場所が良くないと思います。
 うつむいて顔は隠しますけどね。赤いと思いますよ。
 冷たい指先が、頭を撫でていくのですが優しい触り方にぞくりとします。良くない兆候です。

「ありがとうございます」

 あれ?
 なにか黙られて、少し距離を詰められたような?

「ふぅん? こういう感じ」

 ……今、なにを確認したんですか?

 冷静に確認してみましょう。
 背後は扉ですね。ええ、出かけだったので背中がつくくらいには側です。
 少し顔をあげると近かったです。ええ。クルス様、時々全く遠慮なく、近づいてきますよね。
 いつかみたいに目の色がわかるくらいに近いです。狼狽えたような表情の自分が確認出来ます……。

 少し前にユウリに同じことされましたよ?

 確かにしてくれたら上書きできると思いました。でも上書きと言うより、真っ白になってしまいそうですっ!

「追い詰めていくのは、楽しい気がする」

「……あたしは楽しくありません」

 許容量オーバーしました。ぐぐっと両手でクルス様を押せば、渋々離れてくれましたけどね。
 本当にどこまで本気なんでしょうか。

「あんな顔しといて?」

 笑う声がとてもいじわるに聞こえました。ああもう、本当に! 確かにどきどきしてましたよっ!
 それ以上、なにかされるのかとちょっとこう、よからぬ妄想しました。

 恥ずかしくて死にたいです。
 どうにか、部屋からは逃げだしましたけどね。

 見逃された、という気がしないでもありません。
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