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あとでね。

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 夕食は和やかに過ぎ去りました。
 グラタンがおいしくできたので満足です。ゲイルさんが興味を持ったらしく、二人で話をしていたらリリーさんにヤキモチを焼かれましたけど。

 リリーさんにつくってあげたいから聞くんじゃないですかなんていったら、でれでれしてました。
 らぶらぶなのですねぇ。

 遠く兄夫婦を思い出しました。あの家も……。いえ、独身者にはちょっと目の毒な何かがあったのです。
 両親も家ではドライな癖に外でデートしてましたからね。大人になってから知ったことでしたけど。
 仲良く腕組んで歩いているのを見た時の衝撃ときたら……。慌てた母が腕をふりほどいて父を突き飛ばし捻挫事件に発展しました。笑い話といえば笑い話なのですけど。
 冷静なはずの母が動揺していることに動揺しました。

 ……相変わらず、元気にしているでしょうか。そして、娘の不在に気がついているでしょうか。一番先に気がつくのは店長だと思うのがとても嫌です。お仕事に来ないとすぐに電話かけてきますからね。バイトが急病とか言われた日も時間関係なく連絡してきますから。
 この世界には個人宅に電話はまだないそうなので、良い事です。
 大きなお店とかにはあるらしいですよ。それも登録した場所にしかつなげないようなので、自由にかけられる日はまだ遠いようです。

 クルス様はなにか物思いに沈んでいるようにも見えて、口数は少なかったようです。

 片付けやお風呂など諸々を終了し、りりーさんと二階へ上がってきました。クルス様とゲイルさんは明日の準備をしておくと工房の方にすぐに行ってましたし。えー、おれやだーとかゲイルさんが言ってたのを引きずっていったという感じですかね……。

「さて、楽しくないお話しの時間よ」

 娘さんの部屋で、女二人でのお話しのようです。
 借り物のパジャマは可愛い感じですが、生地の感じが頼りないといいますか。薄くないですか。バスローブの延長線上にある感じの脱げそうな感じが頼りないです。
 自分の曲線について思いを馳せるデザインは少々、へこみます。

 あたしはベッドに、リリーさんは椅子に座って、ベッド脇のテーブルには飲み物が用意してあります。

「どこから始めましょうか。
 色々あるにはあるのだけど、注意事項から始めましょうか」

 リリーさんが調べた限り、と前置きして言われた事はこのようなことでした。

 まず、来訪者は国に届け出を出す。その後、後見人を見つけてある程度の世界に対しての教育を受ける。期間は人による。
 あとは自由、ということのようです。

 ……自由、って。

「ある意味、我々は関係ありません、宣言よ。自己責任でというわけではないのだけど、その国が責任を負うにはちょっと色々ありすぎたの。聞く?」

「……あとでお聞きします」

「賢明ね。
 現状、新しい誰かが現れたとして後見人を押しつけあうか、奪い合うかはわからないわ。そこまでの余裕があるようには見えないけど、権力ってのはろくでもないもの」

「自由というわりにそこは選べないんですか」

「そう。お祖母さまがなんとかするというか、強引にもぎ取ってくれると思うから安心しなさいな。お祖母さま本人に振り回されるのはご愁傷様って感じだけど」

 ……そ、そうですか。破天荒とか言われるのは伊達ではないということですね。
 無茶な修行とか言われるとかあるのでしょうか。

「うっかり、破壊兵器レベルに仕込まれないように監視しておくけど、やばそうなのは断ってね」

「……わぉ」

「自分では起動しないものとかも片っ端から試させるくらいやりかねないし、そのために山一つくらい焼くわよ」

「わお」

 他に言いようがありません。自分の身の安全をどうにかできても、他人に恐れられるだけではないかと……。

 出来ればお会いしたくないのですけど。

 二人とも飲み物を口にし、しばし、沈黙しました。
 ちなみに、今日の飲み物はハチミツで作ったお酒の水割りだそうです。甘い感じで、お酒感はあまりありません。
 森の家の方ではお酒を見たことがなかったと話せば、意味ありげに笑ってましたけど、なにかあるんですかね。

「……そもそもの話として来訪者が帰還出来るか否かについて聞いてる?」

「いいえ」

 リリーさんは、あの男どもと唸っています。言ってないとは思ってなかったから今まで話題に出ていなかったようです。

「ディレイが言わないのは単純に、わからないからでしょうね。
 魔導師というのは地縁も血縁も薄いものだから、どこかに帰りたいとか家族に会いたいとかまで考えが至らないみたい。
 意図的に隠したわけでもないから、そこだけは知ってて欲しいかな」

 帰り方をあたしが聞かないのにも理由はありましたが、そういえばクルス様も聞いてこなかったんですよね。

 そこら辺に理由があったのでしょうか。確かに興味ない振りじゃなくて興味ないんだと思いましたよ。あの雨の日に聞いた感じでは。
 ないものはないと割り切っているのでしょうか。ある意味、どこにいても俺は俺だし、とか言い出しそうでその安定感は羨ましいのですけど。

「あたしも聞かなかったので、そこは気にしてませんよ」

 そう言えば一瞬、リリーさんはほっとしたような表情になりました。
 が、あれ? という表情のあとに頭を抱えてしまいました。

「ええと、なにかまずいことでも?」

「やっぱり、任せたのが間違いだった気がする。
 帰りたいわよね?」

「そうですね。可能があれば帰りたいとは思いますよ」

「詳細は聞きたい?」

「……あー、ちょっと、心の準備が」

 視線がうろうろしてしまいます。簡単に帰れるならこんな言われ方しません。たぶん、ダメなんですよ。
 でもうっすらでも希望というか退路が残っていた方が安心するんです。

「過去の事例なら胡散臭い物から事実っぽいまで本に書いてあったりするから、調べてみたらいいわ。私の知識も精々その程度しかないの。ごめんね」

「いえ、自分で調べてみます」

 記述内容によっては大荒れするでしょうし。そんなの見せたくないので。暴言と八つ当たりする自信がありますよ……。
 そんなことしたら、自己嫌悪どころか、存在をやめたくなります。

 そうでなくても疑惑があるのですから……。

「そう? 来訪者については今のところ話せるのはこの程度かしら。
 あ、でも一つだけ注意して欲しいことがあるの」

「なんです?」

「来訪者には縁談が山ほど来ると思うわ。黒髪でなくて良かったわね」

「え?」

「え? 黒髪、なの?」

「染めてまして」

 あれ、もしもし、リリーさん?
 なぜ、再び頭を抱えたのですか。

「あー、なし。今の無しで。イケメンに囲まれてちやほやされている間に縁談が決まるか、ぶち切れて国を出るか、くらいが前例よ」

 ひどい例を出されましたっ!
 なんかの乙女ゲーですかっ!?

「男性もほとんど同じ感じよ。囲い込みたい感じが伝わればいいけど。ディレイには言ってないの?」

「それほど大事とも思ってなかったんです」

「そうね、そーだったわ。普通なのよね。国内にはほとんどいないし、今いる一人は……。ああ、なんか、わかった」

 ものすごく憂鬱そうな声でした。

「つい最近まで戦争してたの。その英雄が黒髪、黒目でね。ここであなたが出て行ったらきっと、縁談組まれるわ。
 希なもの同士の結婚とかで色々暗いところを吹き飛ばそうなんて考えそうだもの」

「……いやぁ、あれはご遠慮したいですね」

 本気で、嫌ですよ。会いたくないくらいです。初対面でひっぱたきたいくらいには色々溜まってまして。
 本人にはたまったものではないと思いますけど。
 別なイキモノとしてもなにかこう、いらっとしそうな気がします。

「なにか、聞いてるの?」

「え、ええと聞いたような気がします」

 おっと、余計な何かが出てました。色々知っていることは、言ってないのですから気をつけねばいけませんよね。
 そう言っても知っている事なんてそんなにないのですが。
 ピンポイントで、主人公周りだけです。

「そう。ま、こういう事情が出てくるかもしれないからしばらくは髪染めたままの方が良さそうね。ディレイにも言っておいた方が良いと思うわ」

「わかりました」

 改めて考えれば問題ばかりですよね……。
 よくもまあ、放り出さないと思いますよ。こんどこそ手に負えないとか言われるんでしょうか。
 出て行くつもりはあるのに、放り出されるのは嫌とか、矛盾にもほどがあります。根底にあるのは嫌われたくない、なんですけど。

「大丈夫よ。結構、絆されてるの見ててわかったから」

 ……それも困るんですけどね。

 見ない振りとか、気がつかない振りなんて、それほど持ちませんよ。
 この場合の防御力なんて紙ですからね。避けるしかないです。

 色々黙った状態で、望むのはどうにも破綻するしかないように思えるのです。でも、言うのも踏ん切りがつきません。

 だから、現状を維持したいというとてもわがままで、嫌な考えなのですよ。

 不意に頭を撫でられました。

「ま、色々あるけど、困ったら相談して。そうそう、連絡帳渡しておこうかしら」

「連絡帳、ですか?」

「魔動具なのだけど、書いたものが対になったものに転写されるの。これならどこにいても大丈夫」

 ね、と笑うリリーさんになぜだか安心して。

「ちょ、ちょっと何で泣くのっ!」

「気が緩んで」

 実は一度も泣いてないものでそう簡単には止まりそうにないですよ?
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