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不審者ではありません(たぶん)

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 本日、通算12日目です。

 振り返ればなにかあったような気もする雨の日もそれなりには穏便に過ぎました。夕食のころには正気を取り戻していた、と思います。疑惑は渦巻いてますが、気にしても戻れる気がしないので今はスルーするのが最適でしょう。たぶん。

 その翌日には晴れていたのですが、名称未定馬改めジャスパーが嫌がったのでお出かけは延期となりました。
 予想通りでした。

 なお、無事名前は気に入ってもらえたようです。一応、ブラウンってどうよ? と聞いてみたのですが、お断りされました。首をものすごい勢いで横に振られたので、嫌と言うことだけは良く伝わりました。

 色々あってなんとか町です。
 クルス様のほうがこんなものだと諦めたのか、あたしだけがわたわたしてました。
 降りたときにジャスパーは、おまえなにやってんの、という視線を送ってきましたけど……。
 乗るの拒否とかされませんよね?

 現在、門の前です。以前お会いした方とおなじかどうかはわかりませんが、門番が居ます。
 ものすごい不審者を見るような目線が痛いです。その気持ちはわかりますが、しんどいです。

「……違う子?」

「いや、この間、見られたのが嫌なんだそうだ」

 そんな会話が聞こえてきます。ええ、今日のあたしは完全に不審者になっています。
 昼間からフード付きケープで、目のあたりまでフードを下ろしています。さらに髪はきっちり結んでフードの奥に、マスクと眼鏡と顔の露出ほとんどありません。
 このくらい変な格好でも魔導師ならと思われると言われて微妙な気持ちにもなりました。魔導師、フリーダム過ぎませんか。

 そう考えればクルス様って普通すぎますね。ちょっとコートが物々しい感じではあるのですが。今なら、このコートが普通の服じゃないことがわかります。あのマントだけかと思ったらこれにも色々仕込んであるみたいなんですよね。
 今、貸してもらっているケープも内側はいくつか呪式が縫い込まれていました。模様のようになってましたけどね。
 防御特化とかなんとか言われましたが、詳細は長そうな気がしたので聞きませんでした。少し残念そうな顔されたので良い判断だったと思います。
 マニアックそうですもの。

「今はそのくらい用心したほうがいいかもな。戦場帰りが増えている。ディレイも気をつけろよ」

「揉め事は起こさないようにする」

 たぶん、そう言う事じゃないんだと思いますよ。クルス様。
 微妙に鈍いといいますか。知人に心配されるとか想像の外なんですかね。

「いや、そーじゃ……」

 案の定、門番の人に微妙な顔してますよ。
 それもあまり気にも留めず、さっさと通り抜けちゃうんですけどね。

「気にしてくれてありがとうございます」

 あたしはそう言って頭を下げときますけど。びっくりしたような顔されるのもちょっと心外です。

「いくぞ」

「はーいっ! あ、あの子、ジャスパーってつけたのでよろしくお願いしますっ!」

 クルス様が言っている気が全くしないので伝えておきます。
 少し先でいらっとした感じでクルス様が立ってました。遅かったのが嫌だったでしょうか。

「お待たせしました」

「ちゃんとついてくるように」

 子供のように注意され、やはり手をつながれました。最初の時よりは慣れたような気がします。どきどきはしますけど、安心感のほうがあります。

 出かける前に今日の予定は聞いてました。最初に魔動具屋に行って、そこであたしはお留守番させてもらい、その後色々測定してもらおうという話にはなっています。
 ただ、ゲイルさんは驚くでしょうね……。少々、同情します。原因が言うなと言うところではありますが。

 面倒な来訪者に関わってしまって申しわけないですが、知り合いは多い方が良いと思うので巻き込まれてください。

 魔動具屋につきましたが、今日いたのはゲイルさんではなく女性でした。

「本当に、しばらく居るんだな」

 クルス様、かなり嫌そうですね。この反応、弟で見たことありますよ。
 めんどくさい姉が居る、みたいなヤツです。話に聞いていたゲイルさんの奥さんでしょうか。
 そんなことを考えながら、マスクだけは外しました。

「あら、挨拶くらいしなさいな。こんにちはお嬢さん。
 ところで、呼んでいい名前は決めた?」

「……忘れてた」

「困るから、早く決めなさいね。説明もしてないみたいだし」

 彼女は、なにしてるの?、と言いたげですね。
 まあ、前回は帰宅後、色々ありましたので忘れていても仕方ないのではないでしょうか。

「リリーよ。ディレイにとっては姉弟子になるかしらね。
 魔導師同士の暗黙の了解で、本名は名乗らないし、呼ばないことになっているの。その関係者も基本的には呼ばないことにはされているから、何か別の名を考えて欲しいと言っておいたのだけど」

 本当にこの弟は、みたいな言葉が続きそうです。クルス様、居心地悪そうですね。
 自分が悪いとわかっているようで、あれこれ反論しないところが良いと思いますよ。おそらく、倍以上で返って来ます。ソースは自分です。

「わかりました。よろしくお願いします」

 そう言って少しだけ頭を下げました。やり過ぎるとフードが落ちるんです。これもいつまでつけてればいいんでしょうか。

「よろしくね。
 ところで、その格好ってどうしたの?」

 外してもいいかとフードに手をかけたら、クルス様に手を抑えられました。

「そのままだと問題がある」

「置いてくれば良かったじゃない? 前もそうだったでしょ」

「……いや、少し問題が」

 クルス様も言い淀んでますね。
 どちらも問題があったんです。
 あたしとクルス様を交互に見てリリーさんは何かを察してくれたようです。

「家の方で聞くわ。面倒そうなのだもの。ゲイルはぎっくり腰。そんな年でもないのに」

 あとで見舞いに行ってちょうだいなどと軽く話ながら、奥へ案内されます。
 店舗と繋がって工房を経て家に着く長細い感じでした。リビングとか応接室というよりもよそのお家のキッチンにお邪魔した感じですかね。二階が住居スペースということでした。

 まず話を聞こうというリリーさんにクルス様は、とりあえず、お茶、と言い放っておりました。
 ……なぜでしょう。帰省中に会う弟を思い出しました。あの子も同じようなところがありましてね。久しぶりに返って来た姉をなぜこき使っていいと思ってるんでしょう。

 なお、あたしの手伝いの申し出は断られました。お客さんは座ってなさいとのことで。
 まあ、あたしは疲れていたので座れたのはありがたかったのですけど。

 同じように座りかけたクルス様は、手伝いなさいと言われていました。彼が不満顔ながら従うところを見るのがちょっと楽しかったりもしました。姉に頭が上がらない弟感、とでもいいましょうか。
 血縁ではないけれど、兄弟のような人がいるのはなぜだか嬉しくて。

 しばらくして、お茶がやってきました。それぞれに好みがあるようで、各自別の飲み物でした。あたしは最近よく飲んでいるココアもどきです。クルス様はいつものレモンっぽい匂いのするお茶で、リリーさんはカフェオレみたいな色のものでした。

 リリーさんに、ホットチョコレート、好きなの? と聞かれたので、ココアもどきはホットチョコレートだったようです。
 本来は砂糖をどっさり入れるらしいですが、その説明はされませんでしたね。そのまま溶かして飲んでいたと言えば苦笑されました。

 濃くてどろどろであまーくして飲むのが現地のおすすめだそうです。シナモンやクローブなどスパイスを入れるとより良いとのことでした。
 飲む人がいないそうで、在庫をいただけることになりました。
 まあ、この甘くなくて苦い感じが好きなのでこのまま飲むでしょうけど。一度くらいは試しても良いかもしれません。

 全員が席に着いてから、ようやくフードも外し、眼鏡も外したわけです。

 リリーさんに凝視されました。

「……そうね、眼鏡は仕方ないにしても、フードまでするのはどうかと思ったけど。
 つやつやの髪が逆に目立つのね。触ってもいいかしら?」

 断る理由もなかったので素直に頭を差し出しました。小さく笑い声で聞こえたんですけど、なんでしょうね。
 リリーさんに結んだ髪の先で少々遊ばれてしまいました。

「良い手触りだけど、格好に見合ってない感じ」

 なんと服装の駄目出しをいただきました。
 せっかくだからと以前買った花柄のワンピースきたらとおすすめされたんですけど、断ってまして。
 可愛いのにと素で言われて逃走したりもしましたね……。

「髪が綺麗な子はいるけど、そういう子って服装とかもそこまで地味ではないのよ。借り物って感じのマントもしないでしょ。ちぐはぐで、変に浮いてる」

 ちらっとクルス様を見たら、なに? とい言いたげに首をかしげられました。
 リリーさんが想定した方向で気を使われたようではないようです。まあ、そうなら露出ない格好なんてさせませんよね。

 ……。
 うん、服は可愛かったですね。

「ほどほどに目立たない服見繕ってくるから、あとで買い物連れて行くけどいいわよね?」

「わかった」

 ……あたしの同意はどうなんですかね。スポンサーが良いというなら買ってきますけど。

「で、こんなの着せてきたのはそれだけが理由じゃないでしょ? 貸すにしても、もうちょっと普通の服だってあるし。どうしたの?」

 リリーさんにこんなのと言われたのはケープの方でした。
 見る人が見れば、なにか違うのはわかるっぽいです。

「魔導師の素質がある。何もないと思うが、一応、遮断しておいた」

「そう、じゃあ店の中では外せないわね。慣れてないうちは魔動具の音がうるさいもの。
 ……ん? 素質あり? な、なにか発動しちゃった?」

 リリーさんが途中で何かに気がついたように早口になりましたね。焦っているように聞こえたのですが気のせいではないですよね?

「発動はしていないが、リリーのだよな?」

 何枚かのメモをクルス様はテーブルに置きました。
 あたしは見ないように言われているのでどう言った内容かはわかりません。発動はしないはずだが、危ないものだからと表現されていましたので、怖くて見る気にもなりせんでした。

 ……本編で使用している呪式って基本的にヤバイ感じに強いので、その系統だと皆殺し感が漂いまして……。自分で使うのは遠慮したいと日和りたくなります。

「あちゃあ。なんかの本に挟んでたと思うんだけど、落ちてた? ほんとごめん」

「片付けをしていたら、あちこちから落ちてきたと」

「あははは。申しわけありませんでした」

 クルス様に白い目で見られて、さすがにリリーさんも頭を下げました。
 ……子供の頃の事とはいえ、危険なことをしていたものです。まあ、子供というのは危険なことを知らずに実践したりもするものですからね。
 そんなもんかもしれないですけど。

「あとで、思い出せる限り教えろよ」

「ええ、それはもちろん。
 それじゃあ、測定もしていくのね。でも、ゲイルがいないと出来ないから、今日のところは泊まってく?」

「それはいいが、明日になったら回復するというものでもないだろう?」

「そろそろ痛いとか言ってないで動いて欲しい感じだから無理矢理やらせる」

 ……ええと、ゲイルさん、ご愁傷様です。まあ、ぎっくり腰は動けるなら動いた方が良いと言われていましたし、がんばってください……。

 とりあえず、口出し出来るところもなくお泊まりが確定しました。ついでに買い物に連れて行かれることも……。


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