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雨の日に

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 現在、異世界に来て通算10日目です。この三日ほどは平和でした。
 あくまで表面上ですが。

 熱はぶり返さず、体調はすこぶる良好です。

 魔導師としての心構えや初期に気をつけるべき事などを説明されたのとは別に本を渡されました。

 気休めと魔封じの魔法をかけられ、魔法の発動を阻害するという腕輪もいただきました。いえ、作ってもらったと言う方が正確ですか。
 いろんな形や色、材質の入った箱の中から好きなものを選んだので。何でもよい、というのが一番困ると言われれば、真面目に選びますよね。

 あたしが選んだのは3×10センチくらいの長方形の金属片で、色合いはピンクゴールド、表面が波紋のような柄でした。
 ほどほど可愛い、邪魔にならないかなと言うサイズです。
 つけるための紐も選んだんですが、青系統に偏ってましたね。濃紺あたりにしましたけど。
 必要なものだったかも知れませんが、嬉しくて時々意味もなく触ったりしています。

 さて、こんな感じに日常生活の隙間に色々教えてもらって、本を読んだりして過ごしていました。

 本当は今日か明日には町にいくことにはなっていたんですが、延期になりそうです。
 出かける準備をしている途中から雲行きが怪しくなり、様子を見ているうちに雨が降りそうになってきたんです。

 慌てて洗濯物などを取り込んだりとばたばたとしていました。朝は晴れていたので油断していました。
 部屋干しできるところがあるのかと思ったのですが、浴室のほうで干すように紐が渡してありました。台を駆使し、どうにか干してきたのですが変えられるようならそのうち高さを変えてもらおうと思います。

 今は少し休みたいとダイニングにやってきたところです。

「降ってきたな」

 玄関から外の様子を見てきたクルス様がダイニングに顔を出します。

 少し残念です。
 今回は一緒に町に行くことになっていたのです。
 魔導師の資質があるならとゲイルさんのところで測定してみるそうです。正式なものは魔導師協会にあるそうなのですが、現時点では顔を出したくないそうです。

 この間の染色事件の後遺症と申しますか、髪色はそのままです。落ちもせず、解呪もうまくいかなかったようなんです。クルス様は加害者の顔を見たらいらっとして、何かしそうな気がするなどと物騒なことを言ってました……。

 まあ、これはこれで格好いいのではないかと思うのですけど、推しに対するひいき目ですかね。

「出かける前でよかったですね」

「そうだな」

 クルス様もそのまま座ったので、お茶の用意でもしようかと立ち上がりました。
 お湯を沸かしている間に、ティーポットやマグカップなどを準備します。
 窓際だからか雨音が少し聞こえました。

 この時間はわりと好きです。
 気配がわかって、でも、遠い感じが安心しますし、誰かのためにすることがあるとほっとします。

 それぞれのお茶をいれて持っていきます。クルス様に笑ってお礼を言われると未だに照れるのが難関ではあるのですが。

「この時期に長雨はないから、降っても明日にはあがるだろう」

「晴れたら町にいきますか?」

「あいつ、泥は嫌がるんだよ。明後日あたりになりそうだ」

 名称未定の馬ですか。
 まだ名前決まってないんですよね。気にしてはいるので、何かいいのはないかと辞典のようなものを借りているのですがなかなか決まりません。
 見たままブラウンとかつけた方がマシな気がします。

「馬の名前なんですが、ジャスパーとブラウン、どちらがいいと思います?」

「ジャスパーでいいんじゃないのか?」

「では、ご本人に確認して異存ないようでしたら……って何で笑うんです?」

 クルス様の笑いのツボにはまったようですよ?
 隠そうとしていましたが、肩が不自然に揺れて言うというか……。

「い、いや、なにか、こう、対等なのだと思って……。話とかしてるのか?」

「黙秘します」

 話しかけてますよ。ええ、クルス様には言えないような話してますよ。妙に上手に相づち打たれたりもします。
 ただの馬にしては頭が良すぎな気もするんですが、異世界ですからそんなものなんでしょう。

 しばらくそのまま笑われてました。……なにか、納得がいかないのです。
 最終的には笑いを含んだ声のまま謝罪されましたけどね。

 こんな風に一見平穏そうなんですけどね。
 クルス様は部屋に籠もりがちになりました。それで、ちょっと言い合いくらいは発生してまして、少々気まずい気もします。さすがに一日以上、出てこないと心配にはなります。
 今日は朝から出てきましたけど、一応、予定上町に行く日だから以上の意味があったかは謎です。

「今日はどうする?」

「へ?」

 そんなことをつらつら考えていたので、反応が遅れました。
 どうする、と言われてもいつもと変わらないような気がします。

「俺は雨の日はなにもしないことにしてる。不調とまでは言わないがなんとなく、よくない」

 クルス様は憂鬱そうな表情ですね。
 あまり構って欲しくないのかもしれません。とは言ってもずっと本を読んでいるのも退屈な気がします。

「んー、では、あたしは料理でもしますね」

「は?」

「一応ですね、料理人みたいなことをしていたんです。普通は時間かかりすぎてしないことを試してみます。あ、でも、そんなに期待しないでください」

 でも、まあ、楽しみにしているとか言われると張り切りたくもなるものです。
 クルス様は自分の部屋の方に居るそうなので、用があれば呼ぶように言われました。

 最低限、明日の分はなにか残しておくとして、何をつくりましょうか。
 リンゴが三つ残ってますね。焼きリンゴでもしましょうか。

 玉葱、人参、ジャガイモがあるとなぜかカレーやシチューを作りたくなります。トマトの瓶詰めがあったので、トマトシチューとかよいかもしれません。
 まだ缶詰は発明されていないか普及していないようなのですよね。

 お昼は、背徳のジャガイモのガレットでも試しましょう。自分用にはあんまり作らないのです。細切りのジャガイモを作るのも面倒ですが、それ以上に作らない理由がカロリーだったりします。ええ、チーズをたっぷり加えるのがおいしく作るコツです。

 アスパラに似た薄紫のものや白いナスっぽいもの、黒いカリフラワー、ブロッコリーだけ普通に緑で逆に違和感がありますね。
 野菜は素揚げしてマリネでもしますか。多めにつくって明日の分に回してしまいましょう。

 ……そう言えば、お酒がこの家にはないんですが飲まないんですかね? それとも存在しないのでしょうか?
 ビネガー類があるということはお酒自体はありそうなのですけど。

 飲まなくても困らないタイプなのでよいのですけど。

 ベーキングパウダーのようなものはあるらしいので、夜は甘さ控えめの蒸しパンでもよい気がします。
 久しぶりにあれこれするのは楽しい気がします。背後からオーダーに追われないのがよいですね。

 お昼は刻んだ野菜とベーコンのスープ。野菜のマリネとガレット。マリネは好みがあるので、普通のゆでた野菜も用意しました。久しぶりにフレンチドレッシングを作りましたよ。
 食後用に焼きリンゴになりました。

 見た目わりと地味です。知ってましたけど。

「ここら辺の料理ではないな」

 クルス様は少々戸惑っているような感じですね。

「冷めると悲しくなるので暖かいうちにどうぞ」

 チーズが固まると悲しい気持ちになります。
 ……また、笑われました。

「可愛いなと思って」

 ……幻聴ですね。しれっとなに言ってんですか。

「なんか、面白い感じ」

 色々処理不能になっている間に食べ始めてますね。なにか、対応に慣れて来たような気がしますよ?

 ジャガイモのガレットは周りはかりっと、中身はほくほくして、チーズが出てくるという素敵な一品です。
 んー、おいしくできました。作っている途中から無の境地になりつつありましたが。
 さて、ガレットは大皿に一枚を8等分くらいにして置いていたんです。各自取り皿を用意してという形式は今まであまりしていなかったんです。なにか同じ皿からとるというのもずいぶん親しい感じがして。
 あと、性格が出ます。

 最初は二きれずつでした。

「もらっていい?」

 クルス様が四きれ食べたあたりで、お伺いを立てられました。
 お皿に残っていたのは一きれでした。

「どうぞ。おいしかったんですか?」

「とても」

 ……軽く聞いたことを後悔しました。真顔で言われるとダメージを喰らいます。ああ、なにかこう、きゃーっ! て感じです。
 料理出来てよかったですよっ!

 もにょもにょとお礼みたいなことを口にするくらいの謎生物に成り下がった気がします。……ある意味いつも通りですか。そうですか。

 気を取り直して、他の料理でもつまんでましょうかね。
 野菜のマリネのほうはもうちょっと時間を置いた方がよかったかもしれません。ちょっと酸味が尖っている感じで好みは分かれます。
 あたしはどっちでも良さがあると思います。

 野菜スープが物足りない感じなのは、コンソメやブイヨンなどに慣らされた舌があるせいでしょうね。
 こちらの世界の野菜は、味濃いめって感じではあるので、そこそこよいお味になっているとは思うのですけど。

 ……いつもは食事中も会話があることが多いんですが、今日はほとんど無言ですね。頬杖をついて、あたしが眺めていることもクルス様、気がついていないんですよ。
 なんとなく食べ方がきれいだと思ったのは新しい発見です。そこまで見てる余裕なかったんですねぇ……。

「……見ていて楽しいか?」

 さすがにクルス様にも気がつかれました。もしや、気がつかない振りをしていたのでしょうか。

「とっても」

 ええ、それはもちろんですよ。推しですからねっ!
 そこは素直に主張しておきましょう。
 絶句されましたけど。
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