上 下
25 / 263

おかえりなさい。

しおりを挟む
「おかえりなさい」

 と玄関で言ってみたのですが、ものすごい驚いたような表情だったんですけど、なんですかね。

「ただいま。問題はなかった?」

 クルス様がコートを脱いで、変わったところに気がつきました。
 よく見れば、あちこちおかしいですね。

「なにかありました?」

「面倒に巻き込まれた。だから、魔導協会は嫌なんだ」

 クルス様の露骨に不満と言いたげな表情が珍しい気がします。まあ、服を赤に染められたらそんな顔にもなるでしょうか。
 全部というよりコートで隠れていなかった部分がそのまま綺麗に染まっています。靴もなんだか可愛らしげな水玉模様みたいでした。
 色自体は透明感のある赤で良い色だとは思うのですけど。

 クルス様は先に着替えてくると言うので、見送りました。ああ、髪の一部も赤くなってますね……。何事なんでしょうか。
 とりあえずは、荷物を運びましょう。食料と思われるものだけ先に収納しておくことにします。

 トマトにナスにアスパラとブロッコリー、それからキャベツ。
 ちなみに全てっぽいものとつきます。色味が少々違うのですよね。白いナスは日本でも見た気がします。ジャガイモや玉葱、人参とかは在庫はそれなりにありましたから今日は買ってきてないようです。

 以前あったのとは別のタイプのチーズが二つ。一つはクリームチーズ系ですかね。もう一つは殴ったら痛そうです。ウィンナーと言うよりヴルストと表現したくなるようなものが色違いで三本ずつ。
 紙包みの中はちょっと不明ですが、お肉ですかね?
 このあたりは保冷ボックスのようのものにいれられています。簡易的に温度を維持する魔動具を組み込んであるそうです。

「あ、パスタ」

 前にこんなのありませんか? と話していたんです。形状はショートパスタとマカロニの中間くらいでした。
 でも、今日は卵はありません。少ししょんぼりしてしまいますが、お願いしたわけでもありませんし、次はお願いしてみましょう。
 カルボナーラが呼んでいた気がしたのですけど……。
 パン類は今日はライ麦風の茶色系の素朴な感じでした。これはこれで味わい深いものです。

 大体片付け終わったころにはクルス様はダイニングに顔を出しました。

「……本当にひどい目にあった」

 ぼやくほど嫌だったんですね。よく見れば指先も赤がついてます。

「お茶でもいれますから、少し休んでください」

「悪いな。協会に入ってすぐ、呪式をぶっかけられた」

「……それってかけられるものなんですか?」

「虹色(プリズム)は光を使って魔法を使う一派なんだが、あれはバケツにいれた水をかけるような勢いだったな」

 ……バケツ一杯の魔法ってなんでしょうね。
 理解しがたいです。クルス様は眉間にしわを寄せているあたしを笑ってましたけどね。

「感覚的なものだから、同派でなければ説明しがたいんだが、呪式を見ると色として認識するらしい。それで、形を作って使う、らしい」

「絵を描くみたいに、ですか?」

「と主張している。ただ、俺には別の音に聞こえるから相互理解は難しいな」

 この世界の魔法、思ったよりめんどくさそうです。そこまでの興味はないのでいいのですけど。
 しかし、そうですか。
 クルス様は呪式は音として聞こえているのですね。

 ちょっとお話ししなければいけませんね。予定を変更して、自分の分のお茶もいれました。
 あたしはいつも座る椅子が決まっています。クルス様は時々に応じて向かい側だったり、隣だったりするんです。
 ……今日は隣に座りたい気分らしいですね。
 あとから座るときにこれが困るんです。
 わざとらしく、一つ開けるのも向かいにすわるのも何か違う気がして、いつもの椅子に座るのです。微妙な葛藤に彼は気がついてないでしょうね……。

「問題がちょっとあったみたいです」

 ことりとマグカップを置いてから切り出しました。

「なんだ?」

 クルス様がすぐに飲まずに温かいマグカップを両手で包むところがちょっと可愛い感じがします。外は寒かったってことなんでしょうけど。
 あたしはテーブルの上に無造作に置かれたメモを指さします。先ほどまでなかったので、今、クルス様が書いたのだと思います。
 それは落ちていたものとは比べものにならない密度で書かれています。
 ピアノに似た音が旋律を奏でます。途中から連弾のようになっていくのです。少し音が足りないような気もするのですが、途中からだからでしょうか。

「このメモを見ると音が聞こえます」

「……は?」

 かなり、間が開きましたね。クルス様にしても予想外だったんでしょう。
 そうでなければ、こんな紙の整理任せたりしないですよね。読めない、聞こえないと思っていたから。

「落ちていたプレート類もそう言えば音が聞こえてました。幻聴かなぁと……」

「過去、素養があったものはいない。だから、余計な興味を持たないように説明しなかったんだが……」

 完全に裏目にでましたね。話をすればわりと早めに発覚していたでしょう。まあ、あたしもあまり興味なく、魔法的な話はしようとは思わなかったので、どちらが悪いという話ではないのでしょうけど。

 クルス様はそのまま考え込んでいるようなので、その隙にお茶を飲むことにしました。朝や晩は冷え込むようになってきたので、温かいものが恋しい気がします。
 冬服とかも準備しなければいけないのでしょうか。雪とか降らないところだといいのですが。

 それにしても、クルス様の髪、かなり赤くなってますね。色の境目がグラデーションになっているので違和感なく、綺麗といえば綺麗です。でも、別人みたいで少しどきりとします。

「声に出さないで見るように」

 考えがまとまったのかクルス様はそう言って、紙に何かを書かれました。相変わらず謎文字ですね。こう、文字同士がくっついていたりするのです。図形みたいなのもの加わると何が何だか。

「聞こえますね。ええと」

「口に出さない」

 慌てたように手で口を押さえられました。間にあったカップが揺れています。倒れなくて良かったとかぼんやり考えて。
 ……何事もなかったように離れましたけど、心底びっくりしました。

「参ったな。リビングも出入り禁止な。ここは片付いてきているから全部終えてしまおう」

「わかりました。じゃあ、洗濯物取り込んできますね。そろそろ、暗くなってきそうですし」

 お互いが妙に早口だったのは、気にしない方が良さそうです。想定外の何かがあるとこう、色々ありますよねっ!
 手の感触が妙に生々しいというか……。

 いえ、気にしすぎです。

 ちなみにお外はまだ明るいです。明らかに部屋を逃げ出す口実なのですが、気がつかれていないことを祈ります。
 かさばる洗濯物を片付けたり、馬の様子を見に行ったりしている間に少々落ち着いてきた気がします。

 夕食のころには魔導協会であったことの顛末を聞いたり、町の様子などを聞いて普通にしていたと思います。
 あまり具合が悪いとは思っていなかったですが、翌日、熱が出ました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません  

たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。 何もしていないのに冤罪で…… 死んだと思ったら6歳に戻った。 さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。 絶対に許さない! 今更わたしに優しくしても遅い! 恨みしかない、父親と殿下! 絶対に復讐してやる! ★設定はかなりゆるめです ★あまりシリアスではありません ★よくある話を書いてみたかったんです!!

恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜

k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」 そう婚約者のグレイに言われたエミリア。 はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。 「恋より友情よね!」 そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。 本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

処理中です...