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推しとお出かけすることになりました
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案の定と言いますか。寝れるわけもなく、翌日眠い目をこすり起きることになりました。
ダイニングの方かリビングの方にいくか迷ってリビングの方にしました。
そして、なぜだかクルス様も眠そうに起きてきました。あたしは昨日の服をそのまま着てきたのですが、彼はパジャマのままです。
原作設定のままですか。そうですか。
一瞬、誰? みたいな顔をされましたが、覚醒してきたのか慌てたような態度で、それを外しました。
寝癖がつくからってナイトキャップしてるんです。可愛いんです。付け忘れたときに寝癖がつくんです。
うぐぅとか変な声が出そうで口元を抑えてうつむきました。
「……、笑うなら笑え」
「い、いえ、そのかわいいです」
呆れたような顔をされてしまいました。いい年した大人がとからかわれるシーンがありましたね。確か。
唯一のサービスカット! と思ったものでした。
「着替えてくる」
こんなうっかり一度で済んでしまうんでしょうか。可愛いので次回も期待してしまいます。あとパジャマのボタン外れていたので鎖骨とか見えましたけど。朝からサービスカット過ぎませんか?
……さて、一通りの説明は昨日のうちに受けていたので、顔を洗ったり身支度を調えるのには困らなかったんです。
しかし、食事についてはどうしたらいいのかわかりません。昨日はお手伝いはお断りされてしまいましたし。ここで、待っていたらいいですかね?
そのうちに朝食から試していきたいところではあります。
ご都合主義といいますか、昨日ちらっと見えたキッチンにはコンロがありました。
竈などで作れと言われたら途方に暮れますのでよいことです。主食はパンや麦がゆやジャガイモ、一部麺類だそうです。パンと言っても発酵したものはお店で買うもので個人の家ではあまり作られないとか。
クルス様は家では甘くないクレープとパンケーキの中間くらいのものを食べているそうです。小麦だけでなく、雑穀が混じったものが多いそうです。
ガレットみたいな? と思いましたが、巻いてないラップサンドみたいな感じもします。
昨日の食事もそのパンケーキと腸詰め、ゆでた野菜程度でした。夕食は基本的にスープ類が多いそうです。昼ぐらいから他の作業しながら煮込むみたいな感じで。なので、夕食は昼食の腸詰めと野菜がそのままスープになったものでした。
普通においしかったです。
生鮮品は何日かに一回、近くの町に買い出しに行くそうです。
なお、クルス様は面倒になったらただひたすらに蒸かしたジャガイモに塩かバターで済ませるそうです。なぜ蒸かすかというと忘れても鍋は焦げてもものは焦げないからだって言ってました。
……人としてどうかとは思いましたが、キャラ的にらしいと言いますか。
クルス様って凝り性っていうか、微妙にマッドサイエンティストな匂いがぷんぷんしてました。ほっとくと好奇心でヤバイ物を作り出しそうっていうんですかね。だから火力特化なんてしてるんでしょうけど。
もし続編があったら、うっかり敵側で出てきそうな予感がするっていうかですね。
今までの経験が訴える不安感がぬぐい去れません。なにか予兆があれば阻止する気はあるんですが、できるんですかね。
「……どうした?」
「へ? ええっと、ごはんをどうすればいいのかと考えていました」
思ったよりもずっと考え込んでいたようです。着替えて戻ってきたクルス様に変なものを見るように視線を向けられているといたたまれません。
今日は昨日よりきっちりとした格好でした。
シャツのボタンはきっちり閉めていますし、三揃えっていうんですかね。ベストとジャケットも着込んでます。格好いい。
「教えるから、来い」
いや、本当に一々きゅんときますね。リアルな推しってこんな破壊力あるんですか。そうですか。出来ることなら本の外に出たいです。ばくばくする心臓がヤバイですって。
気がついていないのか、そんな振りなのかわからないですけど、顔をのぞき込むようにするのは反則なので。
顔をとっさに両手で隠します。いや、ほんと見れた顔では……。
「そう」
一体なにを納得したんでしょうねっ! 怖くて聞けません。ちょっと笑っている気配はするんですけど、見上げれば既に背中を向けられていました。
気合いを入れて追いかけます。
昨日も説明されたとおり、この家、微妙に広いんですよね。本来は廊下も二人並んで歩けるくらいには余裕ありますし。
これの片付けやら掃除などは結構、大変な気がします。
ダイニング兼キッチンにつくとクルス様は慣れたような動作でジャケットを脱ぎ、ダイニングの椅子にひっかけ、シャツの袖をまくっています。
……うん、安定のかっこよさですね。
エプロンなんかは用意してない見たいですけど、カフェとかで良くあるエプロンとかすごく似合いそうです。
じっと見てれば目があいますよね。怪訝そうな表情で見返されるとわたわたしてしまうんですがっ!
「作るの見るか?」
「はいっ! ぜひ」
クルス様の中でのあたしが、そういう挙動不審な謎の生き物として処理されている気がしてきました。間違ってません。
手慣れた動作で、用意を始めるところを見れば最低限はなんとかなっている感じがします。見習いとかしているときに教えてもらったんでしょうか。一人でもちゃんとしているところが出来る男って感じですね。
……実家のだらしない兄や弟を見ていると本気で思います。父はあたしや兄が家を出たあとになにか始めたらしいです。ホワイトデーに出来のいいアイシングクッキーを送られてきた時には女子力について悩みました。
なんで、ハイヒールとか香水瓶とか可愛いのっ! おいしかったです。あ、あたしが送ったのは市販品です。そこそこのお値段がしたので、あれはおいしかったはず。
「さて、チーズの残りとハムがあった、気がする。それから、野菜は酢漬けくらいしかないな」
「……きちんとしてますよね」
「食料の管理はうるさかった」
「一人でもちゃんとしているのってすごいと思いますよ」
……でも、棚の奥からなにか引っ張り出してくるのが、すこぉし不安ですが。
「店で買ったものだから、それほどまずくはないはずだ」
「ちょっと怪しい感じしますけど」
キュウリって色抜けるんでしたっけ? それ、食べれます?
「いつ買ったかな」
首をひねっているので廃棄していただきました。もったいないかも知れませんが、あたしはお腹を壊したくありません。
昨夜の腸詰めも少し怪しく思えてきますが、今更仕方がありません。
「冷蔵庫は動いているから大丈夫」
疑惑のまなざしを受けて彼は肩をすくめました。
……昨日は気がつきませんでしたが、冷蔵庫もあるこのご都合主義な感じが、まあ、和製ファンタジーっぽいですよね。大変ありがたいです。
ワンルームに設置されているような小さいものですが、本気でありがたいと思います。
でも不安なので最初にハムの味見させてもらいました。おいしかったです。
ちょっと厚めのクレープにハムとチーズをのせて二つ折りにしたものが今日の朝食になりました。
チーズはエメンタールって言うんですかね。あの穴のあいてるチーズ。それを厚切りにしたのでカロリーってと思ったことは内緒です。
あたしができたのはお茶の用意くらいです。言われるままに用意していたので用意したうちにはいるのかどうか……。
お茶と言いますが、やはり紅茶ではないようです。ハーブティに近い感じでしょうか。知っている匂いに似ているんですが、思い出せません。
いくつかブレンドしたりもするらしいですが、今日は素のまま用意しました。
昨日は香草を入れていたそうです。
少し、飲みやすくなっていました。
ダイニングテーブルは昨日片付けた成果があり、食事するくらいのスペースはあります。
しかし、この家、どこにでも紙類が転がってますね。片付け前は謎の機械っぽいものとかプレートも同じくらい転がっていましたが、それらは回収されたようです。
「いただきます」
「……いただきます」
神妙な顔でクルス様は言ってました。ここらへんの礼儀は同じっぽいんですよね。ごちそうさまも言うみたいです。
「今日は町まで行くから」
「はい。行ってらっしゃいませ」
だからきちんとした格好してたんですね。魔導師っぽい格好は目立ちます。特別製のマントで武装しているのも見たくはあるんですけど、そんな事はない方がいいです。
そして、クルス様がちょっと困った顔をしているので、きっと返答間違えたんでしょうね。どこぞのメイドさんのようにご主人様とか言えば良かったでしょうか。マジで怒られそうなので控えたんですけど。
「……一緒に行くんだが」
「は? あ、荷物持ちですか」
「……生活用品その他。服もいるだろう?」
クルス様にものすごい残念な生き物を見るように見られました。はっ、これはかなりの負担をかけてしまうのでは。現在、無一文です。
しかし、着替えは必要です。致し方ないとはいえ、のーぱんというのは……。いえ、ひっそり洗って寝るときに干したので朝には乾いておりまして良かったです。本当に。
そう言う意味でも昨夜は扉を開けるわけにはいきませんでしたね。
「後々お返し出来るようにがんばります」
「いや、だから……」
なにか言いたげですが、なんでしょうか?
「……名前はなんていうんだ?」
困ったように言われて、名乗っていないことを思い出しました。あたしは一方的に知っていたので別に困りもしてませんでした。
そもそも知っていても呼べる気がしませんでしたし。
でも、クルス様は知らないわけで、それはお困りでしたでしょう。呼びかけようとしても知らないじゃあ問題ありますもの。
「アリカ。アリーとでもお呼びください」
あんまり好きじゃないんですよ。自分の名前。亜璃歌(ありか)とか言うんです。その意味するところが、在処、ということらしいです。弟は彼方(かなた)と言って、それも嫌がってましたね。兄だけなぜか宗一郎と普通でした。なぜ、普通にしなかったと両親に問いたいです。
友人知人にはアリーって呼んでで通してます。まあ、大体、あーちゃんって呼ばれましたけどね。
「アリーね、覚えた。……アリカも可愛いとは思う」
今、致命傷を喰らった気がしますよ?
手のひらクルーしますよ? いいです。推しが可愛いって言うなら、アリカって名前も可愛いのです。
クルス様はちょっと迷ったように、クレープの残りをつついています。
「エリック・クルス。エリックでいい」
……は?
えっ、ええっ!
クルス様、家名の方だったのですね……。知らなかったです。そしてわりと普通のお名前なんですね。
「クルスは師匠から引き継いだものだから、家名ではない。一門のものはみなクルスの名を継ぐ。仕事のときはクルスに統一しているから、依頼人の前では呼ばないように」
……疑問が顔に出ていたようです。今まで個人名は名乗られていなかったということでしょう。お仕事なので。
あたしはお仕事ではないので名前を呼んでも良いと。
ハードルが高すぎて呼べる気がしません。
「わかりました。え、エリック様」
「……様はいらない」
「助手兼家政婦なら、これでいいのでは?」
舌打ちされたっ!?
え、呼び捨てオッケーってハードルあげすぎじゃないですかっ! むり。今ですら、顔赤いと思うんですよ。気がついてください。是非とも。
「外では、呼ぶなよ」
念押しされました。ああ、人からそう呼ばせているなんて見られたくないんですね。嫌だなぁ勘違いですか。そうですか……。
「了解です」
疑いのまなざしが痛いです。
「それで、どういう設定がよろしいので?」
「……設定?」
「ええ、今まで一人で暮らしていたのに、急に誰か連れてきたらなにか不審に思われませんか?」
「知人」
「それでもいいんですけど、勘違いされるんじゃないですか」
「は?」
「それでもいいんですけど」
大事なことなので二度言いました。身の程知らずですね。いや、本当に。
年頃と言えるかはわかりませんが、まあ、男女が一つ屋根の下に暮らしているってこの世界的にどうなんですかね。
ある程度の雇用関係ならともかく知人では、なにかあるなんて勘ぐられますよ。兄弟とか遠縁とかそんな言い訳の方がまだマシではないでしょうか。
ようやく思い至ったようで、絶句して顔が赤くなっていくのをみているとそんなに嫌がられてもいない気がして微妙です。
是非とも他の素敵な方と一緒になっていただきたいんですよ。結論的には。役に立たないあたしではなくて。
ちょこっとの幸運で一緒にいれるだけで十分ですって。
それ以上とか死にます。あたしの許容量を超えます。むりですって。
「まて、考える」
「ところで、そのクレープ、可哀想なことになっているので食べてあげたらいかがでしょうか。穴だらけですよ?」
迷った分だけつつかれているのか。
クルス様は複雑そうな顔でもそもそ食べています。……うっ、かわいい。
「兄弟弟子を一時預かりした、で通そう。簡単な知識は教える」
「はい」
まあ、妥当なところでしょうね。食事を終えて、片付けをし、お出かけとなりました。
……なんかこう、一緒に片付けしていると新婚さんみたいとか過ぎったんですけど、だいぶ、ダメになってきてますね。
最初からダメはダメなんですが。
契約が終わったらさっさと出て行きましょう。そして、微妙な距離の友人あたりを目指します。近いのはちょっと困るんです。
そこまで血迷わないことを祈りましょう。
ダイニングの方かリビングの方にいくか迷ってリビングの方にしました。
そして、なぜだかクルス様も眠そうに起きてきました。あたしは昨日の服をそのまま着てきたのですが、彼はパジャマのままです。
原作設定のままですか。そうですか。
一瞬、誰? みたいな顔をされましたが、覚醒してきたのか慌てたような態度で、それを外しました。
寝癖がつくからってナイトキャップしてるんです。可愛いんです。付け忘れたときに寝癖がつくんです。
うぐぅとか変な声が出そうで口元を抑えてうつむきました。
「……、笑うなら笑え」
「い、いえ、そのかわいいです」
呆れたような顔をされてしまいました。いい年した大人がとからかわれるシーンがありましたね。確か。
唯一のサービスカット! と思ったものでした。
「着替えてくる」
こんなうっかり一度で済んでしまうんでしょうか。可愛いので次回も期待してしまいます。あとパジャマのボタン外れていたので鎖骨とか見えましたけど。朝からサービスカット過ぎませんか?
……さて、一通りの説明は昨日のうちに受けていたので、顔を洗ったり身支度を調えるのには困らなかったんです。
しかし、食事についてはどうしたらいいのかわかりません。昨日はお手伝いはお断りされてしまいましたし。ここで、待っていたらいいですかね?
そのうちに朝食から試していきたいところではあります。
ご都合主義といいますか、昨日ちらっと見えたキッチンにはコンロがありました。
竈などで作れと言われたら途方に暮れますのでよいことです。主食はパンや麦がゆやジャガイモ、一部麺類だそうです。パンと言っても発酵したものはお店で買うもので個人の家ではあまり作られないとか。
クルス様は家では甘くないクレープとパンケーキの中間くらいのものを食べているそうです。小麦だけでなく、雑穀が混じったものが多いそうです。
ガレットみたいな? と思いましたが、巻いてないラップサンドみたいな感じもします。
昨日の食事もそのパンケーキと腸詰め、ゆでた野菜程度でした。夕食は基本的にスープ類が多いそうです。昼ぐらいから他の作業しながら煮込むみたいな感じで。なので、夕食は昼食の腸詰めと野菜がそのままスープになったものでした。
普通においしかったです。
生鮮品は何日かに一回、近くの町に買い出しに行くそうです。
なお、クルス様は面倒になったらただひたすらに蒸かしたジャガイモに塩かバターで済ませるそうです。なぜ蒸かすかというと忘れても鍋は焦げてもものは焦げないからだって言ってました。
……人としてどうかとは思いましたが、キャラ的にらしいと言いますか。
クルス様って凝り性っていうか、微妙にマッドサイエンティストな匂いがぷんぷんしてました。ほっとくと好奇心でヤバイ物を作り出しそうっていうんですかね。だから火力特化なんてしてるんでしょうけど。
もし続編があったら、うっかり敵側で出てきそうな予感がするっていうかですね。
今までの経験が訴える不安感がぬぐい去れません。なにか予兆があれば阻止する気はあるんですが、できるんですかね。
「……どうした?」
「へ? ええっと、ごはんをどうすればいいのかと考えていました」
思ったよりもずっと考え込んでいたようです。着替えて戻ってきたクルス様に変なものを見るように視線を向けられているといたたまれません。
今日は昨日よりきっちりとした格好でした。
シャツのボタンはきっちり閉めていますし、三揃えっていうんですかね。ベストとジャケットも着込んでます。格好いい。
「教えるから、来い」
いや、本当に一々きゅんときますね。リアルな推しってこんな破壊力あるんですか。そうですか。出来ることなら本の外に出たいです。ばくばくする心臓がヤバイですって。
気がついていないのか、そんな振りなのかわからないですけど、顔をのぞき込むようにするのは反則なので。
顔をとっさに両手で隠します。いや、ほんと見れた顔では……。
「そう」
一体なにを納得したんでしょうねっ! 怖くて聞けません。ちょっと笑っている気配はするんですけど、見上げれば既に背中を向けられていました。
気合いを入れて追いかけます。
昨日も説明されたとおり、この家、微妙に広いんですよね。本来は廊下も二人並んで歩けるくらいには余裕ありますし。
これの片付けやら掃除などは結構、大変な気がします。
ダイニング兼キッチンにつくとクルス様は慣れたような動作でジャケットを脱ぎ、ダイニングの椅子にひっかけ、シャツの袖をまくっています。
……うん、安定のかっこよさですね。
エプロンなんかは用意してない見たいですけど、カフェとかで良くあるエプロンとかすごく似合いそうです。
じっと見てれば目があいますよね。怪訝そうな表情で見返されるとわたわたしてしまうんですがっ!
「作るの見るか?」
「はいっ! ぜひ」
クルス様の中でのあたしが、そういう挙動不審な謎の生き物として処理されている気がしてきました。間違ってません。
手慣れた動作で、用意を始めるところを見れば最低限はなんとかなっている感じがします。見習いとかしているときに教えてもらったんでしょうか。一人でもちゃんとしているところが出来る男って感じですね。
……実家のだらしない兄や弟を見ていると本気で思います。父はあたしや兄が家を出たあとになにか始めたらしいです。ホワイトデーに出来のいいアイシングクッキーを送られてきた時には女子力について悩みました。
なんで、ハイヒールとか香水瓶とか可愛いのっ! おいしかったです。あ、あたしが送ったのは市販品です。そこそこのお値段がしたので、あれはおいしかったはず。
「さて、チーズの残りとハムがあった、気がする。それから、野菜は酢漬けくらいしかないな」
「……きちんとしてますよね」
「食料の管理はうるさかった」
「一人でもちゃんとしているのってすごいと思いますよ」
……でも、棚の奥からなにか引っ張り出してくるのが、すこぉし不安ですが。
「店で買ったものだから、それほどまずくはないはずだ」
「ちょっと怪しい感じしますけど」
キュウリって色抜けるんでしたっけ? それ、食べれます?
「いつ買ったかな」
首をひねっているので廃棄していただきました。もったいないかも知れませんが、あたしはお腹を壊したくありません。
昨夜の腸詰めも少し怪しく思えてきますが、今更仕方がありません。
「冷蔵庫は動いているから大丈夫」
疑惑のまなざしを受けて彼は肩をすくめました。
……昨日は気がつきませんでしたが、冷蔵庫もあるこのご都合主義な感じが、まあ、和製ファンタジーっぽいですよね。大変ありがたいです。
ワンルームに設置されているような小さいものですが、本気でありがたいと思います。
でも不安なので最初にハムの味見させてもらいました。おいしかったです。
ちょっと厚めのクレープにハムとチーズをのせて二つ折りにしたものが今日の朝食になりました。
チーズはエメンタールって言うんですかね。あの穴のあいてるチーズ。それを厚切りにしたのでカロリーってと思ったことは内緒です。
あたしができたのはお茶の用意くらいです。言われるままに用意していたので用意したうちにはいるのかどうか……。
お茶と言いますが、やはり紅茶ではないようです。ハーブティに近い感じでしょうか。知っている匂いに似ているんですが、思い出せません。
いくつかブレンドしたりもするらしいですが、今日は素のまま用意しました。
昨日は香草を入れていたそうです。
少し、飲みやすくなっていました。
ダイニングテーブルは昨日片付けた成果があり、食事するくらいのスペースはあります。
しかし、この家、どこにでも紙類が転がってますね。片付け前は謎の機械っぽいものとかプレートも同じくらい転がっていましたが、それらは回収されたようです。
「いただきます」
「……いただきます」
神妙な顔でクルス様は言ってました。ここらへんの礼儀は同じっぽいんですよね。ごちそうさまも言うみたいです。
「今日は町まで行くから」
「はい。行ってらっしゃいませ」
だからきちんとした格好してたんですね。魔導師っぽい格好は目立ちます。特別製のマントで武装しているのも見たくはあるんですけど、そんな事はない方がいいです。
そして、クルス様がちょっと困った顔をしているので、きっと返答間違えたんでしょうね。どこぞのメイドさんのようにご主人様とか言えば良かったでしょうか。マジで怒られそうなので控えたんですけど。
「……一緒に行くんだが」
「は? あ、荷物持ちですか」
「……生活用品その他。服もいるだろう?」
クルス様にものすごい残念な生き物を見るように見られました。はっ、これはかなりの負担をかけてしまうのでは。現在、無一文です。
しかし、着替えは必要です。致し方ないとはいえ、のーぱんというのは……。いえ、ひっそり洗って寝るときに干したので朝には乾いておりまして良かったです。本当に。
そう言う意味でも昨夜は扉を開けるわけにはいきませんでしたね。
「後々お返し出来るようにがんばります」
「いや、だから……」
なにか言いたげですが、なんでしょうか?
「……名前はなんていうんだ?」
困ったように言われて、名乗っていないことを思い出しました。あたしは一方的に知っていたので別に困りもしてませんでした。
そもそも知っていても呼べる気がしませんでしたし。
でも、クルス様は知らないわけで、それはお困りでしたでしょう。呼びかけようとしても知らないじゃあ問題ありますもの。
「アリカ。アリーとでもお呼びください」
あんまり好きじゃないんですよ。自分の名前。亜璃歌(ありか)とか言うんです。その意味するところが、在処、ということらしいです。弟は彼方(かなた)と言って、それも嫌がってましたね。兄だけなぜか宗一郎と普通でした。なぜ、普通にしなかったと両親に問いたいです。
友人知人にはアリーって呼んでで通してます。まあ、大体、あーちゃんって呼ばれましたけどね。
「アリーね、覚えた。……アリカも可愛いとは思う」
今、致命傷を喰らった気がしますよ?
手のひらクルーしますよ? いいです。推しが可愛いって言うなら、アリカって名前も可愛いのです。
クルス様はちょっと迷ったように、クレープの残りをつついています。
「エリック・クルス。エリックでいい」
……は?
えっ、ええっ!
クルス様、家名の方だったのですね……。知らなかったです。そしてわりと普通のお名前なんですね。
「クルスは師匠から引き継いだものだから、家名ではない。一門のものはみなクルスの名を継ぐ。仕事のときはクルスに統一しているから、依頼人の前では呼ばないように」
……疑問が顔に出ていたようです。今まで個人名は名乗られていなかったということでしょう。お仕事なので。
あたしはお仕事ではないので名前を呼んでも良いと。
ハードルが高すぎて呼べる気がしません。
「わかりました。え、エリック様」
「……様はいらない」
「助手兼家政婦なら、これでいいのでは?」
舌打ちされたっ!?
え、呼び捨てオッケーってハードルあげすぎじゃないですかっ! むり。今ですら、顔赤いと思うんですよ。気がついてください。是非とも。
「外では、呼ぶなよ」
念押しされました。ああ、人からそう呼ばせているなんて見られたくないんですね。嫌だなぁ勘違いですか。そうですか……。
「了解です」
疑いのまなざしが痛いです。
「それで、どういう設定がよろしいので?」
「……設定?」
「ええ、今まで一人で暮らしていたのに、急に誰か連れてきたらなにか不審に思われませんか?」
「知人」
「それでもいいんですけど、勘違いされるんじゃないですか」
「は?」
「それでもいいんですけど」
大事なことなので二度言いました。身の程知らずですね。いや、本当に。
年頃と言えるかはわかりませんが、まあ、男女が一つ屋根の下に暮らしているってこの世界的にどうなんですかね。
ある程度の雇用関係ならともかく知人では、なにかあるなんて勘ぐられますよ。兄弟とか遠縁とかそんな言い訳の方がまだマシではないでしょうか。
ようやく思い至ったようで、絶句して顔が赤くなっていくのをみているとそんなに嫌がられてもいない気がして微妙です。
是非とも他の素敵な方と一緒になっていただきたいんですよ。結論的には。役に立たないあたしではなくて。
ちょこっとの幸運で一緒にいれるだけで十分ですって。
それ以上とか死にます。あたしの許容量を超えます。むりですって。
「まて、考える」
「ところで、そのクレープ、可哀想なことになっているので食べてあげたらいかがでしょうか。穴だらけですよ?」
迷った分だけつつかれているのか。
クルス様は複雑そうな顔でもそもそ食べています。……うっ、かわいい。
「兄弟弟子を一時預かりした、で通そう。簡単な知識は教える」
「はい」
まあ、妥当なところでしょうね。食事を終えて、片付けをし、お出かけとなりました。
……なんかこう、一緒に片付けしていると新婚さんみたいとか過ぎったんですけど、だいぶ、ダメになってきてますね。
最初からダメはダメなんですが。
契約が終わったらさっさと出て行きましょう。そして、微妙な距離の友人あたりを目指します。近いのはちょっと困るんです。
そこまで血迷わないことを祈りましょう。
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