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おまけ 恋に落ちる音がした
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クリスは騎士として勤めて長い。なんだかんだと10年、無傷とは言わないまでも復帰できない負傷もなく後輩を指導する立場になっている。
18で入って今年28。そろそろ老後の備えをすべき年になっている。もっとも騎士団に残って指導員になるか、はたまたどこか新しい勤め先をさがすか。そのどちらかくらいしか選べる幅がない。
クリスとしては下町で飲んだくれた用心棒とかしたい。というわりと終ってる願望はあるが、世の中にはそんな素敵な職場はない。
「居心地はいいんだけどな」
野郎だけの寮とは思えないほど、掃除は行き届き、料理はうまい、洗濯だって綺麗に洗われ、ピシッとアイロンがかかっている。
もっとも自室が乱れまくっているというのは個人差であろう。個室であるのでそこは不可侵として存在している。
ただ、虫が湧いたときだけはその部屋は押し入られ、何もかも外に出され検分される。今も年に一度くらいはあって、皆が震える無慈悲さで開帳されてしまうのだ。いろんな、アレが。
こぇえと思うクリスはほどほどのところで掃除することにしてる。
居心地は良すぎて、給料も良くて、同僚とも揉めたりもしない。優秀な職場。難があるとすれば要人警護で怪我あるいは命そのものがなくなる可能性があること。
年食ってからする仕事ではない。
そうクリスもわかっているが、だらだらと居残っている。おそらくあと数年は惰性で残りそう。
そう思っていた日常が変わったのは、ある娘さんがやってきてからだった。
「え、うちに何日か女の人がくるの?」
クリスはその日、任務で外に出ており騒動の後に帰ってから聞いた。
その女性は針子部屋でミスをし、その罰として各地の針仕事を請け負っているらしい。団長から国王陛下にお伺いを立てて結果数日やってくる見込みのようだ。
詳細は不明だが、団長とは知り合いらしく親し気だったそうだ。
なんだか気になって繕い物部屋を覗くことにした。その部屋の主はアトスという。きわめて恵まれた体格と微妙に繊細なところがある青年である。勤続7年。そろそろベテランの領域だが、現場仕事は苦手としている。
得意なのは裁縫。よくもそんなにちまちまとやれるものだとクリスからは思えるのだが、それが楽しいらしい。女性なら重宝される特技ではある。
残念ながらアトスは大男で、そういう見た目に期待されるのは力仕事であったりする。そんなギャップに悩む優しい男ではあるが、大体見た目で遠ざけられがちだ。
「なに、お客さん来たっていうけど、ど、」
クリスは開いていた扉を何とも思わず中を覗いた。
なんか、小柄な女性がアトスの手を握っていた。
「……ふむ。では、うちに在庫があるか確認するね。ちょうどいい指ぬきあるといいんだけど」
彼女は手を握ったのに疚しさ一ミリもなしの笑顔をアトスに向けていた。
そのまま手に持ったリボンを輪に仕立てている。
「ぴったりはまるかな」
指輪をはめるようにその手を再度握ったりなんかしてる。
当のアトスはと言えば、固まっていた。
あ、こりゃあ、ダメだ。クリスは頭を抱えたくなった。なんて場面に居合わせたのか。
恋に落ちた音がした。
”どーん”とか”ずががが”とかそんな音だ。断じて可愛らしいチャイムでも鐘の音でもない。地鳴りしそうな気がするくらいだ。
免疫もないであろう野郎にひでぇことしやがる。
「あれ? 騎士団の人ですか? クレアと言います。しばらくよろしくお願いしますね」
彼女は立ち上がりきちんと淑女の礼をとる。ただの針子じゃない。貴族のご令嬢、確定。働くのを良しとしない風潮はまだあるのだから、隠して働いているに違いない。
訳アリも訳アリである。
どう考えても、揉め事の気配がする。アトスを使い物にならなくさせなければよいのだが。
「……よろしくな……」
クリスはどうにかそうひねり出した。
それがクリスとクレアの初対面だった。
18で入って今年28。そろそろ老後の備えをすべき年になっている。もっとも騎士団に残って指導員になるか、はたまたどこか新しい勤め先をさがすか。そのどちらかくらいしか選べる幅がない。
クリスとしては下町で飲んだくれた用心棒とかしたい。というわりと終ってる願望はあるが、世の中にはそんな素敵な職場はない。
「居心地はいいんだけどな」
野郎だけの寮とは思えないほど、掃除は行き届き、料理はうまい、洗濯だって綺麗に洗われ、ピシッとアイロンがかかっている。
もっとも自室が乱れまくっているというのは個人差であろう。個室であるのでそこは不可侵として存在している。
ただ、虫が湧いたときだけはその部屋は押し入られ、何もかも外に出され検分される。今も年に一度くらいはあって、皆が震える無慈悲さで開帳されてしまうのだ。いろんな、アレが。
こぇえと思うクリスはほどほどのところで掃除することにしてる。
居心地は良すぎて、給料も良くて、同僚とも揉めたりもしない。優秀な職場。難があるとすれば要人警護で怪我あるいは命そのものがなくなる可能性があること。
年食ってからする仕事ではない。
そうクリスもわかっているが、だらだらと居残っている。おそらくあと数年は惰性で残りそう。
そう思っていた日常が変わったのは、ある娘さんがやってきてからだった。
「え、うちに何日か女の人がくるの?」
クリスはその日、任務で外に出ており騒動の後に帰ってから聞いた。
その女性は針子部屋でミスをし、その罰として各地の針仕事を請け負っているらしい。団長から国王陛下にお伺いを立てて結果数日やってくる見込みのようだ。
詳細は不明だが、団長とは知り合いらしく親し気だったそうだ。
なんだか気になって繕い物部屋を覗くことにした。その部屋の主はアトスという。きわめて恵まれた体格と微妙に繊細なところがある青年である。勤続7年。そろそろベテランの領域だが、現場仕事は苦手としている。
得意なのは裁縫。よくもそんなにちまちまとやれるものだとクリスからは思えるのだが、それが楽しいらしい。女性なら重宝される特技ではある。
残念ながらアトスは大男で、そういう見た目に期待されるのは力仕事であったりする。そんなギャップに悩む優しい男ではあるが、大体見た目で遠ざけられがちだ。
「なに、お客さん来たっていうけど、ど、」
クリスは開いていた扉を何とも思わず中を覗いた。
なんか、小柄な女性がアトスの手を握っていた。
「……ふむ。では、うちに在庫があるか確認するね。ちょうどいい指ぬきあるといいんだけど」
彼女は手を握ったのに疚しさ一ミリもなしの笑顔をアトスに向けていた。
そのまま手に持ったリボンを輪に仕立てている。
「ぴったりはまるかな」
指輪をはめるようにその手を再度握ったりなんかしてる。
当のアトスはと言えば、固まっていた。
あ、こりゃあ、ダメだ。クリスは頭を抱えたくなった。なんて場面に居合わせたのか。
恋に落ちた音がした。
”どーん”とか”ずががが”とかそんな音だ。断じて可愛らしいチャイムでも鐘の音でもない。地鳴りしそうな気がするくらいだ。
免疫もないであろう野郎にひでぇことしやがる。
「あれ? 騎士団の人ですか? クレアと言います。しばらくよろしくお願いしますね」
彼女は立ち上がりきちんと淑女の礼をとる。ただの針子じゃない。貴族のご令嬢、確定。働くのを良しとしない風潮はまだあるのだから、隠して働いているに違いない。
訳アリも訳アリである。
どう考えても、揉め事の気配がする。アトスを使い物にならなくさせなければよいのだが。
「……よろしくな……」
クリスはどうにかそうひねり出した。
それがクリスとクレアの初対面だった。
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