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聖女と隠者と聖獣
一方そのころ王国では 7
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「ナキが、ちょっと変なんだけど至急周囲を調べてとか言いだしておる。
王太子の従者から部屋が用意されているとか言われて、レベッカ嬢に連れていかれてじじいがいっぱいで。うむ?」
「意味が、わからないんですけど」
ルーにも想定内の問題が発生したのはわかったのだが、どうしてレベッカにあって、それからじじいの話になるのかつながりが読めない。いつもより話が見えなかった。
うむーと白猫が唸っている。一瞬、動きをとめて無の表情になるところが怖い。
「……今、屋上に向かっているみたいだけど、誘導されている感じがするらしい。周囲に敵対反応が多数存在してるし、中立にしても数が多いとかなんとか。
そっちのほう、大丈夫? だというが」
「屋上、ですか。
レベッカ様には逃げるとき上に行く習性があります。それも知られていたら誘導されているかもしれませんが。聖女様を害すると反動があると知っているなら、誰も敵対など」
そう言いかけて、カイルは黙った。何か引っかかるところがあったようだ。その答えを聞く前に扉が叩かれる。
返答する前にそっと開き、ルーの侍女たちが音を立てず入ってきた。彼女たちも異常事態を感じたらしい。
「殿下、お話し中、申し訳ありません。
外の護衛が他のものの呼び出しで引き上げていきました。すぐに次の者が来るというのですが、いつもは代えが先に用意されているものです。それから、嫌な予感がすると」
「構わないわ。準備して」
ルーが許可をすると侍女たちはそれぞれ得物を用意し始める。元傭兵や冒険者ということもあり、手際よく用意されていった。
「キエラは感じないの?」
「私は帳簿付けが主戦場です」
そう言いながらもキエラは短剣をいくつか腰帯に挟んでいた。投げナイフはちょっとしたもんですよと自慢していたことを思い出す。
カイルとウィルと言えば、その様子に少し驚いたようではある。カイルは自身の護衛について彼女たちに確認し、そちらもすでに引き上げたと聞くと顎に手を当てて何かを考えているようだった。
「長剣の予備はありますか?」
「どうぞ、王子様。うちのお姫様を頼みます」
「わかりました」
生真面目に答えるウィルにルーもちょっとだけ胸がざわつく。
カイルはキエラに短剣を借りていた。
それからほどなく、扉は叩かれる。
油断しきった皇女の一行を想定していたのだろう。争いというほどもなく、制圧されていた。そのうちの一人とお話した結果、想定外のことが出てきた。
「レベッカ様を事故死させようとか正気なのかしら」
この結婚式の表舞台を仕切っている彼女がいなくなれば、立ち行かない。いや、それだけでなく挙式自体が取りやめになるだろう。
その混乱の隙に聖女を捕まえておき、他国の王族に王冠を乗せる話だと。
わかりやすい簒奪ではある。違和感もありすぎるくらいのものだが、ひとまずおいておくことにした。今、大事なのはレベッカの生死である。
幸いというべきかナキと白猫が一緒にいるというと生存率は高い。むしろ、相手が返り討ちにあうくらいではないかとルーは踏んでいた。
しかし、そうは言っても実の母親が危機であるということにウィルは焦りを見せている。飛び出そうとしているところをルーは呼び止めた。
「では、ご一緒に」
「はい?」
面食らったようなウィルににこりとルーは笑った。
「少なくとも私の侍女は使えますし、今のところ裏切りの予定もございません。
お役に立てますよ。出来ればカイル殿もご一緒のほうが良いでしょう」
渋る二人を時間がないと押し切って移動を開始する。幸い、この部屋は上階のほうだ。屋上までは近い。
「近衛を統括されている方も関与しているのかしら」
ルーは移動途中にも話を聞くことにした。後でというととぼけられそうな気がしている。
「イゼリア家の次男が継いだばかりですね。ここ数代は王家派ですが、恨みは持たれているかもしれません」
カイルは気が進まないような口ぶりだが、そう答えた。
ルーの記憶にもイゼリアの名前はある。王家の相談役のような立場にいるようだとは認識していた。ただ、表に立ってなにかをすることはなくよくも悪くも印象に薄い。
帝国の皇女といって特別扱いするようなことはなかったように思える。どちらかというと興味がなく接触もほとんどなかった。
その王家の相談役が王家に恨みがあるという。根深そうな問題だ。
「先々代は王弟派だったのです。当時は王太子が王弟殿下だったのですが、シリル殿下へとその立場を譲り臣籍に入るという話がありました。それが揉めている時に急病で亡くなったので陰謀だと訴えていたらしいですよ。調べても他の要因はなく病死だったようなのですが、納得されていなかったのでしょう」
「それを、いまさら?」
王弟殿下が亡くなったのは20年くらい前の話だった。家系図の話でちらりと触れられただけで流されたのでルーも大して興味を持っていなかったのだ。あれは意図的に話されなかったということだろうか。
「いまさら、ではないのかもしれませんが」
カイルが言葉を濁したのを不審に思うが、ルーは問うのを諦めた。二人だけならば言えるかもしれないが、侍女もいればウィルもいる。白猫はカウントに入れなくてもいいかもしれないが、その向こうにはミリアやナキもいる。
迂闊に聞いていい話ではなさそうだ。
「殿下、やっちゃっていいですかーっ!」
「あ、ちょ、暴力反対」
先行していた二人からの声が響く。屋上へあがる階段では既に乱闘になっているようだ。
「姫の護衛はお任せしますね。王子様の王子様っぷりをぜひっ!」
「な、なにいってるのっ! もう、護衛が護衛しなさい」
あはははと笑ってキエラも参戦していった。動かないでねーと後方からナイフを投げているのが見ていてひやひやする。
それでも連携がとれているのは日ごろの訓練の成果だろう。役に立たないといいがと言いながらもユークリッドが鍛えたかいはあったようだ。
あっさりとはいかないまでもある程度片付けたところで、階下から足音が聞こえてきた。一人二人くらいならばルーも気がつかないだろうが、数が多く聞こえた。
ウィルは緊張した面持ちでルーを背後に庇い、剣にてをかける。
「……おや、息子よ。なにをしている」
姿を見せたのはウィルの父親であった。
「父さんこそ」
「今は急いでいるので通してもらうぞ」
「どうぞ。みんな道をあけて」
ルーは引くことにした。侍女たちもただならぬ気配に退く。
「母様が大変だって」
「知っている。猫が、知らせに来た」
彼は白猫に目をとめると礼はいずれと告げて階段を駆け上がっていった。その後ろには屈強な兵士たちが従っている。
「本職は迫力が違いますね。
いかがいたしますか。ついていきますか? 血なまぐさいのはあまりお見せしたくないのですが」
後方でほどほどにきれいなままのキエラが代表してそう尋ねてきた。ルーは少し迷い先に進むことにした。
知らぬままというのも気持ちが悪い。それに、血も見たこともないと思われているようだが、表よりも後宮のほうがよほど血なまぐさい。
当事者ではないが、遠くからそれを見ていればきれいなお姫様でいることは難しい。
ちらりとウィルを見れば、少し驚いているようだった。幻滅されたかもなと思うが仕方がない。
「お手をどうぞ」
少しためらって、それから覚悟を決めたようにウィルは手を差し出した。
「母が無事だといいのですが」
「無事ではあるが屋上にはおらぬぞ」
「え?」
「詳細は言えぬが、ナキが保護しているので安心するように」
「ええと、それは父には?」
「言い忘れたかのぅ。さっきのことだから」
慌てたようにルーとウィルは屋上に駆け込んだ。屋上にいないということはなにか勘違いをされる危険が高い。儚んで後追いすることはないとは思いたいが、気の迷いということもある。
屋上にはウィルの父とその配下がどこか困惑したように立っていた。やはりその場にはレベッカもナキもミリアもいない。争った形跡はないが、物騒なことにいくつかの矢が落ちている。
彼らの視線の先をルーも追う。
「良く釣れる日じゃな」
ルーが知らない老人がそういって笑った。
王太子の従者から部屋が用意されているとか言われて、レベッカ嬢に連れていかれてじじいがいっぱいで。うむ?」
「意味が、わからないんですけど」
ルーにも想定内の問題が発生したのはわかったのだが、どうしてレベッカにあって、それからじじいの話になるのかつながりが読めない。いつもより話が見えなかった。
うむーと白猫が唸っている。一瞬、動きをとめて無の表情になるところが怖い。
「……今、屋上に向かっているみたいだけど、誘導されている感じがするらしい。周囲に敵対反応が多数存在してるし、中立にしても数が多いとかなんとか。
そっちのほう、大丈夫? だというが」
「屋上、ですか。
レベッカ様には逃げるとき上に行く習性があります。それも知られていたら誘導されているかもしれませんが。聖女様を害すると反動があると知っているなら、誰も敵対など」
そう言いかけて、カイルは黙った。何か引っかかるところがあったようだ。その答えを聞く前に扉が叩かれる。
返答する前にそっと開き、ルーの侍女たちが音を立てず入ってきた。彼女たちも異常事態を感じたらしい。
「殿下、お話し中、申し訳ありません。
外の護衛が他のものの呼び出しで引き上げていきました。すぐに次の者が来るというのですが、いつもは代えが先に用意されているものです。それから、嫌な予感がすると」
「構わないわ。準備して」
ルーが許可をすると侍女たちはそれぞれ得物を用意し始める。元傭兵や冒険者ということもあり、手際よく用意されていった。
「キエラは感じないの?」
「私は帳簿付けが主戦場です」
そう言いながらもキエラは短剣をいくつか腰帯に挟んでいた。投げナイフはちょっとしたもんですよと自慢していたことを思い出す。
カイルとウィルと言えば、その様子に少し驚いたようではある。カイルは自身の護衛について彼女たちに確認し、そちらもすでに引き上げたと聞くと顎に手を当てて何かを考えているようだった。
「長剣の予備はありますか?」
「どうぞ、王子様。うちのお姫様を頼みます」
「わかりました」
生真面目に答えるウィルにルーもちょっとだけ胸がざわつく。
カイルはキエラに短剣を借りていた。
それからほどなく、扉は叩かれる。
油断しきった皇女の一行を想定していたのだろう。争いというほどもなく、制圧されていた。そのうちの一人とお話した結果、想定外のことが出てきた。
「レベッカ様を事故死させようとか正気なのかしら」
この結婚式の表舞台を仕切っている彼女がいなくなれば、立ち行かない。いや、それだけでなく挙式自体が取りやめになるだろう。
その混乱の隙に聖女を捕まえておき、他国の王族に王冠を乗せる話だと。
わかりやすい簒奪ではある。違和感もありすぎるくらいのものだが、ひとまずおいておくことにした。今、大事なのはレベッカの生死である。
幸いというべきかナキと白猫が一緒にいるというと生存率は高い。むしろ、相手が返り討ちにあうくらいではないかとルーは踏んでいた。
しかし、そうは言っても実の母親が危機であるということにウィルは焦りを見せている。飛び出そうとしているところをルーは呼び止めた。
「では、ご一緒に」
「はい?」
面食らったようなウィルににこりとルーは笑った。
「少なくとも私の侍女は使えますし、今のところ裏切りの予定もございません。
お役に立てますよ。出来ればカイル殿もご一緒のほうが良いでしょう」
渋る二人を時間がないと押し切って移動を開始する。幸い、この部屋は上階のほうだ。屋上までは近い。
「近衛を統括されている方も関与しているのかしら」
ルーは移動途中にも話を聞くことにした。後でというととぼけられそうな気がしている。
「イゼリア家の次男が継いだばかりですね。ここ数代は王家派ですが、恨みは持たれているかもしれません」
カイルは気が進まないような口ぶりだが、そう答えた。
ルーの記憶にもイゼリアの名前はある。王家の相談役のような立場にいるようだとは認識していた。ただ、表に立ってなにかをすることはなくよくも悪くも印象に薄い。
帝国の皇女といって特別扱いするようなことはなかったように思える。どちらかというと興味がなく接触もほとんどなかった。
その王家の相談役が王家に恨みがあるという。根深そうな問題だ。
「先々代は王弟派だったのです。当時は王太子が王弟殿下だったのですが、シリル殿下へとその立場を譲り臣籍に入るという話がありました。それが揉めている時に急病で亡くなったので陰謀だと訴えていたらしいですよ。調べても他の要因はなく病死だったようなのですが、納得されていなかったのでしょう」
「それを、いまさら?」
王弟殿下が亡くなったのは20年くらい前の話だった。家系図の話でちらりと触れられただけで流されたのでルーも大して興味を持っていなかったのだ。あれは意図的に話されなかったということだろうか。
「いまさら、ではないのかもしれませんが」
カイルが言葉を濁したのを不審に思うが、ルーは問うのを諦めた。二人だけならば言えるかもしれないが、侍女もいればウィルもいる。白猫はカウントに入れなくてもいいかもしれないが、その向こうにはミリアやナキもいる。
迂闊に聞いていい話ではなさそうだ。
「殿下、やっちゃっていいですかーっ!」
「あ、ちょ、暴力反対」
先行していた二人からの声が響く。屋上へあがる階段では既に乱闘になっているようだ。
「姫の護衛はお任せしますね。王子様の王子様っぷりをぜひっ!」
「な、なにいってるのっ! もう、護衛が護衛しなさい」
あはははと笑ってキエラも参戦していった。動かないでねーと後方からナイフを投げているのが見ていてひやひやする。
それでも連携がとれているのは日ごろの訓練の成果だろう。役に立たないといいがと言いながらもユークリッドが鍛えたかいはあったようだ。
あっさりとはいかないまでもある程度片付けたところで、階下から足音が聞こえてきた。一人二人くらいならばルーも気がつかないだろうが、数が多く聞こえた。
ウィルは緊張した面持ちでルーを背後に庇い、剣にてをかける。
「……おや、息子よ。なにをしている」
姿を見せたのはウィルの父親であった。
「父さんこそ」
「今は急いでいるので通してもらうぞ」
「どうぞ。みんな道をあけて」
ルーは引くことにした。侍女たちもただならぬ気配に退く。
「母様が大変だって」
「知っている。猫が、知らせに来た」
彼は白猫に目をとめると礼はいずれと告げて階段を駆け上がっていった。その後ろには屈強な兵士たちが従っている。
「本職は迫力が違いますね。
いかがいたしますか。ついていきますか? 血なまぐさいのはあまりお見せしたくないのですが」
後方でほどほどにきれいなままのキエラが代表してそう尋ねてきた。ルーは少し迷い先に進むことにした。
知らぬままというのも気持ちが悪い。それに、血も見たこともないと思われているようだが、表よりも後宮のほうがよほど血なまぐさい。
当事者ではないが、遠くからそれを見ていればきれいなお姫様でいることは難しい。
ちらりとウィルを見れば、少し驚いているようだった。幻滅されたかもなと思うが仕方がない。
「お手をどうぞ」
少しためらって、それから覚悟を決めたようにウィルは手を差し出した。
「母が無事だといいのですが」
「無事ではあるが屋上にはおらぬぞ」
「え?」
「詳細は言えぬが、ナキが保護しているので安心するように」
「ええと、それは父には?」
「言い忘れたかのぅ。さっきのことだから」
慌てたようにルーとウィルは屋上に駆け込んだ。屋上にいないということはなにか勘違いをされる危険が高い。儚んで後追いすることはないとは思いたいが、気の迷いということもある。
屋上にはウィルの父とその配下がどこか困惑したように立っていた。やはりその場にはレベッカもナキもミリアもいない。争った形跡はないが、物騒なことにいくつかの矢が落ちている。
彼らの視線の先をルーも追う。
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