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聖女と魔王と魔女編

女王陛下のお仕事8

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 先導するように現れたのは見たことがあるような騎士だった。

「……誰だっけ?」

 こそっとジャックに尋ねる。あれは黒の制服だったはずだ。

「元黒の騎士団団長です。処分保留にしていたはずですよ」

「そうだっけ。いっぱいいて忘れてたかな」

 考えてみれば先代の黒の騎士団の団長との面識は三度程度だ。見覚えがあっただけ上々だろう。
 わらわらと他の人たちも入ってきたが、所属を表すような服は着ていない。それでも統率がとれているのだろういきなり切りかかったり、口上を述べたりもしない。
 まあ、私がそれに付き合わなくてもいいんだけど、形式というのは大事だ。

 お互いが正当性を主張し、どちらかが敗北する。
 勝てる気があるから、それを選択できるというところもある。

 しばし待つと人形と王弟がやってきた。

「私に成り代わろうなんて、悪い子ね」

 そう声をかけた。
 私と同じように作られた人形は確かに動いていた。顔を薄いベールで覆っているのは、そうするしかないからだろう。
 あれは表情はつくれないんだ。ただの人形がそうであるように見る側を意識してそう見えるように擬態はできる。でも、そこまでだ。私も表情がないと言われがちだが常に無表情ではない。

「あなたこそが、偽りの女王です」

 芝居がかった言葉で人形は話した。私と似た声で。音声機能はあるにはあるけど、遠くから声を届けるようなものだった。
 自発的に話せるようにもなったらしい。まあ、そうでなければ自分こそが本物であると言えないだろうけど。

「身代わりの身でなぜこのようなことをしたのですか。ユリア」

 想定の斜めからやってきた言葉にちょっと止まってしまった。
 私、ユリア設定なの?

 積極的に隠していないのだから、そこを突いてくるのはありえるところだけど。

「ふふっ。私に成り代わるなんてユリアがきいたら泣いて絶対嫌ですっていうでしょうね」

 薬の調合もできないじゃないですかっ! なんて言って。
 ユリアをうなずかせるなら、人体実験やり放題など人道的にまずい提案が必要だ。やばい研究所で、死ぬ研究とかを始めかねない。

「では、女王陛下。王になったあなたはなにをするの?」

 玉座から降りて、人形に近づく。
 それを察して、阻もうとするのは訓練されたものの動きだ。護衛をすることに慣れた反射行動。

「なにを?」

 首をかしげる仕草は妙に似ている。行動擬態はわりといいところいっているかも。
 無防備そうに見えて、そうでもない立ち方。
 手を隠して、見せないのも。

 あ、もしや。

「私は、なにもしないわ。
 夫に任せればよいのでしょう」

 その発言を聞き流し、私は元の場所へ駆け戻った。

 私に成り代わる、そんなの簡単にできるわけもない。それなら、私がそれを放棄するように仕向けるだろう。
 今、私が一番、こわいもの。

「え、陛下?」

 呆然としたような彼を押し倒した。
 頭上をなにかが切り裂く音が聞こえた。見れば壁に短剣が刺さってる。立っていたらぐっさりだ。

 あっぶなっ!

 ピンポイントで殺しにきてる。

「間に合ってよかった」

 思った以上にほっとした。
 頭打ったとかそう言う話はあとで聞く。なかなかいい音がした。
 私は立ち上がり、人形に向き直った。

 軽く肩をすくめたところは、失敗しちゃったと言いたげである。外からやられると腹が立つな、あれ。

「ディラスも後ろ下げてね。いないと困る」

「恐縮です」

 こちらは大人しく下がってくれそうだ。

「なぜ、その男なんですか」

 問う声は王弟で。

「あら、わからない?」

 答えた声は人形だった。

「彼のほうが利用価値があって、都合がいいからよ」

「まあ、そうなんだけど」

 肯定したら、沈黙された。
 うん?
 なぜ、言いだした人形のほうが絶句したのだろう。

「あー、姉様、ちょっと、本人の前でそういうの肯定するのはちょっとどうかなぁって」

「わかってるよね?」

「そうだろうなぁと思ってますし、それでいいとも思ってます」

 少し困ったような声で彼は言う。

「私のほうが、手勢もあり手を組んだほうが利があるでしょう」

「今はないかな。
 最初に会ったときに申し出てもらえれば考えたけど、もう遅いの。ごめんね」

 信じがたいと言いたげだけど、私は自分で何とかしてしまったのだ。どこかで頼って甘えらればあった未来だろう。でも、残念ながら、私はこういう人間なのだ。

「偽物を私として入れ替えようとしたのは明確な反逆行為ね。
 捕縛しなさい」

 もうちょっと面白い話でも聞けるかと思ったんだけど残念だ。
 その他大勢の相手は他の人に任せるとして、私は人形に向き直った。中身が中身だけに他の誰かに回すわけにもいかない。
 ただ操っているとは違うようで、身体能力もかなり優れている。モノであるから人の限界を超えた動きをしても大丈夫だろうから全く油断ならない。

 人形は得物は次は変えてきた。私よりもリーチの長い長剣。

「なによ、恋なんて興味ありませんって顔して」

「……え、そこ?」

 興味ないんじゃなくて、ことごとく失恋してひどい目にあった私になんてことを言うのだ。

「私が愛されていたのに、どうしてうまくいかなかったの」

 そう喚かれながら切りかかられても……。

「しらないわよ。大事にすればよかったじゃない」

「私に尽くすのが幸せでしょう!?」

 そーゆー女神様なところでは。
 ものすごく不毛な気がして、指摘はしなかった。

 状況は一進一退といったところで、援護がない分、本体とやり合ったときより手こずっている。
 意外に強いな、私の人形。モノであるから耐久力には限界はあると思うけど、モノなので体力の限界はない。
 どっちが先に尽きるかという話になってくる。

「陛下、少し動きをとめさせてください」

「え? 無茶言う」

 なにかしら手があるってことだよね?
 視線を向けることすら出来ないくらい余裕がないんだけど。

 ええい、ちょっと痛いけど我慢。

「なっ」

 わざと一撃受けてあげたよ。
 ひるんだような声がちょっと意外ではある。

 少し動きをとめた人形にひらひらと光が降ってきた。
 これは。

「おかえり」

 優しいようで冷たい。声にも似た何かが響いた。
 次の瞬間、膨大な光があふれる。

「おつかれさま」

 そういって頭を撫でたなにかと、こらぁうちの子に何すんだと叫ぶ声を最後に意識は闇に落ちていった。
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